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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第八章 決戦、魔王軍との戦い
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第百八十四話

お待たせしました。

第百八十四話です。


今回も文章量的に長めですね。


 平原地帯に設置された拠点は僕が想像していたよりも大規模なものであった。

 四王国の軍と物資が集められているのだから、この広さも当然のものだとは思うけれど、それでも圧倒されてしまった。


「拠点の向かい側は、見張り台や壁が作られているのか……」

「未完成とはいえ、この短期間でこれだけのものを作れるのはすごいわねぇ」


 拠点の前線に建設されている壁と見張り台を横目で見つつ、ネアの呟きに頷く。

 拠点に到着した僕達救命団員は、迎えてくださったリングル王国の騎士の案内の元、僕達が活動する場所へと案内されていた。

 すれ違う他国の兵達は僕達を好奇の視線で見ていたけれど、その理由の大半はブルリンにあるだろう。

 見慣れたリングル王国の騎士なら今さら何とも思わないだろうが、他国の兵達からすればブルーグリズリーという魔獣は危険なモンスターなのだ。


「鎧の調子はどうだ? ブルリン」

「グルァ~」

「まあ、お前からすれば着心地はよくないか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」


 不満げに鳴くブルリンの頬のあたりを撫でつつ、彼が纏った鎧を見る。

 僕とローズの団服のような純白の鎧は、全身を覆うように装備されている。

 特筆すべきは、その背に取り付けられたベルトと大きめの鞍だ。

 この鞍に怪我人を乗せ、ベルトで固定し、黒服と同じように拠点に運ぶことができるのだ。


「お前の役割は分かっているな?」

「グルゥ」


 僕の言葉にブルリンは強く頷く。

 救命団においてブルリンの役割は二つ。

 黒服から怪我人を請け負うこと。

 その鎧を以て負傷者を守り、黒服と同じように救出すること。

 魔獣として敵を襲うのではなく、救命団の一員として味方を救うのが、ブルリンに与えられた役割だ


「ウサト」

「はい? なんでしょうか?」


 ふと、前を歩くローズに声をかけられる。

 彼女は前を向いたまま話しかけてくる。


「ついさっき騎士から伝えられたんだが、増員の治癒魔法使いは既に到着しているようだ」

「そうなんですか……。では、今から顔を合わせに?」

「ああ。だが、私は先にやるべきことがあってな。生憎、私が新顔と顔を合わせるのは後になりそうだ」


 まあ、ローズは団長としての任務があるので、忙しいのは分かる。


「ということは、僕が救命団についての説明とかをすればいいんですか?」

「察しがよくなってきたな、その通りだ。それに、この件に関してはお前が適任だろうしな」

「え? なぜですか?」

「今、奴らを怖がらせるわけにはいかねぇからな。私よりもお前の方が幾分かやりやすいだろうよ」


 この人、自分が怖いことを自覚していたのか……!?

 いや、確かに今から会う治癒魔法使いの方が、ルクヴィスで初めて会った時のナックのような性格だったら、ローズと相対して恐れないはずがない。


「そういうことなら、僕に任せてください」

「おう、頼んだぞ」


 何気に重要な役目を請け負ってしまったな。

 急な参加と言えど、戦いを共にする仲間になるわけだから、変なわだかまりは残したくない。


「第一印象が肝心だな。うん」

「嫌な予感しかしないわね……」


 ネアがそんなことを呟いていたが、問題はない。

 僕とて書状渡しの旅を経て、初対面の人との接し方などを身に着けてきたのだ。

 出会いがしらに怒鳴らなきゃセーフだ。


「そういえば……ここにカズキと先輩達もいるんだよな……」


 姿は見ていないけれど、先輩とカズキはここにいるはずだ。

 二人とも勇者としての仕事をしてて忙しいんだろうけれど、一度くらいは顔を合わせておきたいな。



 案内された救命団の活動拠点は、かなりのスペースがあった。

 複数の大きめのテントに、応急処置用の物資、怪我人を寝かせるための敷物など、必要な場所と物は全てそろえられているとすら思えた。

 これだけの広さが確保されていれば、早々に怪我人で溢れることはなさそうだ。


「先に到着なされた治癒魔法使いの方々は、そちらのテントにいらっしゃいます」

「ああ、分かった」


 案内役の騎士を見送ったローズは、そのまま振り返り僕へと顔を向ける。


「ウサト、先も言った通り、私は一旦この場を離れる。あとは任せたぞ」

「はい。任せてください」

「副団長としての任、しっかりとこなすようにな」


 ポン、と肩に手を置いたローズはそのまま僕とすれ違うと、拠点の奥の方へ向かっていった。

 使命感で高ぶる気持ちを深呼吸と共に鎮めた僕は、救命団員たちへと振り返る。


「まずは荷物と物資の整理から始めようか。フェルム、君はできるだけ外を出歩かないようにお願いね」

「分かってるよ」

「頼むよ? 君が勘違いで襲われてしまうって可能性もなくはないからね。バレたとしても、僕達は全力で君を庇うつもりだけど、バレないことには越したことはない」

「……ああ」


 この拠点にいる間は、フェルムには顔を隠してもらう必要がある。

 リングル王国の騎士達はフェルムの存在をよく理解しているが、他国の騎士はそうはいかない。最悪、スパイ扱いされてその場で斬りかかられてもおかしくない。

 それと……。


「オルガさんは移動で疲れているでしょうから、あとは僕達に任せて体を休めてください」

「い、いや、僕も何か手伝うよ」

「ウサト君の言う通りだよ。お兄ちゃんは貧弱すぎるんだから、無理はしないで」


 オルガさんは生まれつき体が弱い。

 馬車での移動は座っているだけでも疲れるから、彼にはできるだけ休んでもらいたい。

 それに、彼は救命団にとって最も重要な存在と言っても過言ではないのだ。


「そいつとウルルのいう通りだぞ。オルガ」

「トング……ごめん。僕の体が弱いばっかりに」


 軽く肩を叩いたトングに、申し訳なさそうに謝るオルガさん。

 そんな彼に他の強面共が気遣うように話しかける。


「生まれつきならしょうがねぇよ」

「俺達はお前のことを迷惑だなんて思ってねぇしな。気にすんなよ」

「お前さんは救命団の要だからな。しっかりと休んでおきな」

「力仕事は俺らに任せろってな」

「皆……ありがとう」


 彼らの言葉にオルガさんは、お礼をいいながら頷いた。

 ……顔は怖くても基本的に善人なんだよなぁ。顔は怖いけど。


「んで、強面連中とフェルムは物資の確認と整理」

「お前はどうすんだ? 副団長だからってサボりは許さねぇぞ、コラ」

「話は最後まで聞け。……僕は先に増援の治癒魔法使いに顔を出しておかなきゃいけないんだ。それに、ネアとウルルさんも付いてきてもらおうかなって」


 そう説明すると、ウルルさんが自分を指さして首を傾げた。


「ウサト君、私は何をすればいいの?」

「ウルルさんは僕と一緒に増援の方に会いに行きます。正直、僕一人では不安なところもあるので、貴女の力を借りられたらと」

「勿論、任せてよ。早速頼ってくれて嬉しいな」


 ぶっちゃけ、一人で対面するのは不安だ。

 なので快活で優しい印象のウルルさんに一緒にいてもらえれば安心できる。


「ウサト、私はどうして?」

「君は人を見る目はありそうだからね。一緒に来てもらおうかなって」

「あー、なるほどね」


 自分で言うのもなんだけど、僕は人を疑うのが苦手なのであっさり騙されたりするし、実際に散々な目にもあった。だから、色々と鋭いネアを連れていくことにした。

 ネアに加えてコミュニケーション能力の高いウルルさんがいてくれるのなら鬼に金棒だ。

 さて、これで最初の割り振りが終わったな。

 それぞれの作業に移ってもらおうとすると、トングが顎に手を当てて感慨深そうな表情を浮かべていることに気付く。


「しかし、新しい治癒魔法使いか。俺達の背中を任せる奴らになるってんなら、今から会うのも楽しみだな」

「いや、お前らはすぐに会わないほうがいい」

「はぁ? なんでだよ」


 トングの疑問に僕は隠さずに答えることにする。


「何も知らない人がお前らを見たら、まず盗賊か山賊の類かと思うだろ。だから、僕が先に説明してから合わせようかなって——」

「お前も相当だと思うぞ」

「顔の怖さで言うとどっこいどっこいだ」

「いや、むしろ豹変する分こいつの方が悪質だぞ」

「確かに、第一印象で騙しにかかるからな」

「姉御と殴り合う時点でまともじゃねぇし」


 ……。

 なるほど、そうか。


「よし、ここは穏便にあと腐れなく殴り合いで決着をつけないか?」

「ウサト君!?」

「おおお、落ち着きなさい! ウサト!」

「お、穏便とは……?」


 おっといけない、つい怒りに囚われてしまった。

 ウルルさん、ネア、フェルムの言葉に我に返った僕は、『上等だァ!』と言わんばかりの表情を浮かべている強面共に謝罪しつつ、話を元に戻す。


「僕も顔合わせが終わり次第、そっちの作業を手伝うから、お前らは先に始めてくれ。くれぐれも喧嘩をしたり、騒いだりするんじゃないぞ?」

「「「おーう」」」

「フェルムもね?」

「そう何度も言わなくてもいい。言いつけくらいちゃんと守る。……迷惑も、かけたくないし」


 そっぽを向いてそう口にしたフェルム。

 それから各々の仕事へと向かっていく強面達と、フェルムを見届けた僕はウルルさんとネアへと向き直る。


「じゃ、僕達は増援の治癒魔法使いたちに会いに行こうか。ネアはフクロウに変身しておいて」

「分かったわ」

「どんな人たちなんだろうねー、不安もあるけど楽しみだね」


 肩にフクロウに変身したネアが乗ったのを確認した僕は、ワクワクとしているウルルさんと共に増援の治癒魔法使いのいるテントへと近づいていく。

 すぐにテントの入り口の前に到着した僕は、小さく深呼吸しつつ入り口の布に手をかけ、中に入る。


「失礼しま―――」

「見てください、見てください! これこそ、スズネ様のウサト様への大告白をまとめた記事です! 完全版です!」

「ぐはぁ……ッ!」


 入った瞬間に僕が膝をつかされた……!?

 動揺しつつもテントの中を見やれば、そこには束になった記事を抱えている青みがかった黒髪をポニーテイルにした少女と、困ったような笑顔を浮かべている黒よりのブロンドをおさげにした女性がいた。

 そして、そんな二人から離れているところに、僕と同い年くらいの金髪の男性が所在なく椅子に座り込んでいる。

 恐らく、この三人が増援の治癒魔法使いだろう。


「ウサト君、大丈夫?」

「ええ、しかし、増員の治癒魔法使い……中々に侮れないですね……」

「単純にスズネのせいじゃないのかしら……」


 三人ともが僕の姿に気付いたのか、すぐに横一列に並んでくれた。

 これ以上の醜態を晒すことは僕自身が許せないので、しっかりと自己紹介をしておこう。


「はじめまして。僕は救命団、副団長のウサト・ケン。肩にいるのは僕の使い魔のネア。今回は、ここにきてくれて本当にありがとう。僕達、救命団は君達が仲間に加わってくれることを心から歓迎している」

「うっわ、胡散臭……」


 肩のネアの呟きに笑みを崩しかけながらも自己紹介をする。


「絵と、全然違う……?」


 ポニーテイルの少女の呟きにメンタルが削られるが、なんとかスルーしつつ、ウルルさんに自己紹介をするように目配せする。


「救命団に所属しているウルル、18歳です! ここに来て、不安とかあるかもしれないけれど、皆で頑張って乗り越えていこうねっ!」


 僕のフレンドリーさの欠片もねぇ自己紹介の万倍は好まれる感じのやつだ。

 僕だったら、自分よりもウルルさんの方に好印象を持つだろう。


「君達の名前を聞かせてもらえないかな?」


 気を取り直して、彼らの名前を確認しておこう。


「ニルヴァルナ王国のゲルナだ」

「お初にお目にかかります! カームへリオ王国のケイトと申しまっす!」

「え、えーと、サンダーラ王国……近辺の農村から来たシャルンです。よろしく、お願いします……」


 短く切りそろえられた金髪で、身長の高い男性がゲルナ君。

 ややブルーの入った黒髪の少女がケイトさん。

 黒よりのブロンドの髪をおさげにした女性がシャルンさんか。

 ゲルナ君とケイトさんが僕と同年代。シャルンさんが二十代半ばほどで、オルガさんと年が近い感じだな。


「思ったより、若い人が来てくれて驚いたよ。それじゃ、君達がやるべきことを説明するからよく聞いてね」

「……」

「はい!」

「……はい」


 うーん、これは先が思いやられそうだ。

 特にゲルナ君なんかは僕を睨んでいる。

 とりあえず、救命団でするべきこと、気を付けるべきことを簡単に説明することにしよう。

 ウルルさんに補足を入れてもらいつつ、要点を教えること十数分。

 おおまかな説明をし終えた僕は、理解度を確認すべく、彼らに声をかける。


「———ここまでは分かったかな?」

「はい!」

「うん、いい返事だね」

「それだけが取り柄でしたからっ!」


 ケイトさんの快活な声とシャルンさんのか細い返事が聞こえる一方で、ゲルナ君は僕を観察するような視線を送っている。

 話は聞いてくれているようなんだけど……試しにネアに聞いてみるか。

 悩むような仕草で口元を隠しつつ、小声でネアに話しかける。


「ネア、君から見てゲルナ君はどう? 怪しい?」

「疑いの視線を向けてくるけど……多分、あれは陰謀とかは関係ないわね」

「?」

「単に貴方のことが気に入らないだけじゃないの?」


 ……そ、そうなのか。

 ネアのストレートな言葉に地味に落ち込んでいると、ウルルさんが軽く肩を叩いてきた。


「ウサト君、ウサト君」

「はい?」

「説明も終わったんだし、親睦を深める意味でちょっとした話をしようよ」

「それもそうですね。それじゃあ……なにか質問のある人はいるかな?」

「で、では……いくつか質問をさせてもらっても……」


 そう訊くと最初に手を挙げたのはシャルンさんであった。

 内心で驚きつつも、彼女の質問を受け付ける。


「シャルンさんですね。なんでしょうか?」

「あの……ここにいる治癒魔法の方は何人くらいいるのでしょうか?」

「僕とウルルさん、ここにいない団長と、ウルルさんの兄の四人だけです」

「四人ですか……。では、救命団の治癒魔法使いは自ら戦場に出て負傷者を癒すと聞いているのですが、まさか四人全員が戦場に出てしまうのですか?」


 シャルンさんの質問を聞き、話すことをまとめつつ返答する。


「いえ、戦場を駆けるのは僕と団長のみです。ウルルさん達の役目はここに運ばれた負傷者を治癒魔法で癒すこと、これがシャルンさん達にやってもらう仕事になりますね」

「因みに、救命団の服の色には意味があって、戦場を駆ける治癒魔法使いである団長さんとウサト君が白服。私とお兄ちゃんのような拠点で治癒魔法を行使するのが灰服。今は外にいるけれど、戦場で倒れている負傷者を回復魔法で応急処置しながら、拠点にいる灰服の元へと運んでくれるのが黒服なんだ」

「なるほど……」


 僕の言葉を補足するようにウルルさんが解説してくれる。

 シャルンさんも納得してくれたのか、しきりに頷きながら考えに耽っているようだ。


「じゃあ、はい! ウサト様! 関係ない質問でもいいですか!」

「全然構わないよ。あと様付けはしなくてもいいよ」


 次に手を挙げたのは、元気いっぱいといった印象の少女、ケイトさんだ。


「ではウサトさん! スズネ様との関係ってどうなったんですか!?」

「ぐふっ……」


 衝撃のあまり噴き出しかけながら、笑顔を保ち手を横に振る。

 ウルルさんに助けを求めるが、彼女もこの質問の答えを気にしているのか、期待するような視線を送ってくる。

 ネアは翼で口元を押さえて笑みを堪えている。


「いや、あれはちょっと複雑な事情があってね。記事の件は間違いだったんだ」

「え……」

「ごめんね。がっかりさせちゃったかな?」

「……いえ! それはそれで面白いので!」


 面白いとは?

 ……深く気にしないでおこう。


「では、ウサトさん関連の記事も?」

「内容によるかな? 似顔絵とかその辺は見ての通り、全然違うよ」


 いつか僕の似顔絵を描いた人に小一時間説教をしてやりたい。

 記事に関しては、物理関連のものはほとんどが真実だけれども。


「リングル王国の治癒魔法使いがこんな覇気のない奴だなんて……」


 そんなやり取りをケイトさんとしていると、ゲルナ君がそんなことを呟いた。

 彼の不遜とも思える態度に、隣にいるケイトさんが食って掛かった。


「ちょっと、失礼だよ! ゲルナ君!」

「お前もそう思っただろ。あのインチキくさい記事持ち歩いてたくせに。なんだよ、治癒魔法で目つぶしとか、治癒魔法でぶん殴るだとか、これ以上治癒魔法に変な印象をつけるんじゃねぇってんだ……」

「なんだと! インチキっぽいけどインチキじゃないもん!」


 がおー! と謎の叫び声を上げながらゲルナ君へ、腕を振り回すケイトさんだが、あっけなく額を掴まれ止められる。

 確か、ゲルナ君はニルヴァルナ王国から来たんだっけか。

 だとしたら、僕のせいで風評被害のようなものを受けてしまったであろう彼の反応は当然かもしれないな。


「文句なら今のうちに聴こう」

「……え?」

「ゲルナ君、君の言いたいことはよく分かる。僕のせいで治癒魔法に関しての噂が広まってしまったことは確かだ。だから、今のうちに言いたいことは全部言ってくれて構わない」


 わだかまりを残しておくことは僕の望むところではない―――というのが二割ほどの理由だ。

 残り八割の理由は、彼がそれをローズの前で話した時、彼が大変な目にあってしまう事態を避けるためである。

 なんとなくだけど、彼はメンタル的にそれほど強くない感じがする。

 今も怒っているというより、強がっているように思えた。


「……あんたのせいで、治癒魔法使いの評価はおかしくなっている」

「うん」


 僕の言葉に逡巡する様子を見せていた彼だが、決心がついたのか途切れ途切れに言葉を吐き出していく。


「治癒魔法で攻撃だとか、投げるだとか、終いには一国を崩壊させかけた龍人と戦ったとか信じられるはずないだろ……。今、あんたをこの目で見ても、到底信じらんねぇよ……」


 覇気がないと言われてしまったけれど、平常時の僕はどんな顔をしているんだ。

 そんなに情けない顔してるのかな……。


「だけど、噂に妙に信憑性があるから、上の奴らも本気になってニルヴァルナの治癒魔法使いの俺に訓練を施そうとしたんだ……」

「もしかして、無理やりに?」

「いいや、志願した。それでも三人も集まったけどな」


 志願制ってことは、少なからずゲルナ君も治癒魔法使いとして強くなりたかったっていう思いがあったのか……?


「最初は俺も、今までバカにされてきた治癒魔法で強くなりたいって思ったよ。他の二人も俺と同じことを考えていた。だけど、俺達に待っていたのは、訓練とは名ばかりの苦行だった……!」

「……どんな訓練をしたの?」

「気絶するまで走らされたよ!」


 声を荒らげる彼に頷く。


「それからは?」

「その次の日もだ! まともじゃないくらいの訓練をやらされたんだ! それがリングル王国で実際に行われているらしいってだけでだ……!」


 気絶するまで走る、か。

 普通の治癒魔法使いである彼からしたら、気絶するまで走らされる時点で相当苦しかったはずだ。

 間違っても、僕と同じ風には考えちゃいけない。


「え、気絶で許してくれる……? ねぇ、ウサト。私、知らない……そんな訓練」


 肩の上でネアが虚ろな目でそう語りかけてくるが、今は大事な話をしているのでスルーする。

 以前、ルーカス様の口から聞いたな。サマリアールでも僕やローズのような治癒魔法使いを育てようとしたけど、失敗したって話。

 もしかして、それと同じことが他の王国でも行われているのだろうか?


「俺以外の二人の治癒魔法使いも心が折れちまって、たった数日しかやってねぇのに脱走しちまってた……」

「君は、残っていたんだね?」

「俺は、まだ信じていたかった。治癒魔法使いは強くなれるんだって、存在する意味のない魔法じゃないって証明したかったんだよ……」


 それだけ聞いて、彼が治癒魔法使いとしてどんな言葉を受けてきたのかが分かった。

 彼は治癒魔法使いとしての存在価値を示したかった。

 だからこそ、彼はここに来た。


「ここに来たのは純粋に治癒魔法使いとして助けになりたかったって理由もある。でも、それ以外にあんたに関する噂が本物かどうか知りたかった……」

「……そうだったのか」


 ここで、自分の力を明かすことを躊躇しちゃ駄目だよな。

 もし躊躇してしまったのなら、僕は会談の時から何も成長していないってことになる。

 とりあえず、ここで見せられるのは治癒魔法弾と治癒パンチくらいか? それで納得しなかったら治癒飛拳でも模擬戦でもしよう。

 そう決意し、ゲルナ君に話しかける。


「ゲルナく――」

『おい、ウサトォ! 挨拶終わったんならさっさと手伝いに来い! テメェのバカ力が必要だ!』

「……」


 このタイミングで、外から無駄にデカい声でトングが僕を呼んでくる。

 その声にケイトさんとシャルンさんだけではなく、ゲルナ君もびくりと肩を震わせた。

 あのスキンヘッド野郎……。


『おーい!』

「あ、あの、呼んでますけど?」

「いえ、気にしないでください。シャルンさん、あれは野生の魔物の鳴き声だと思ってくれて構いません」

「そ、それもまずいんじゃないですか……?」


 なんの説明もなしにあの強面共と会うのはショッキングすぎるだろう。

 僕でさえ初対面の際は盗賊と間違え、泣きかけたのだ。

 どう見ても怖がりなシャルンさんが、強面の顔を見て恐怖しないわけがない。


「ウルルさん、今すぐ外で騒いでいる彼を静かにしてきてください」

「う、うん……」


 トングに事情を話して静かにしてもらうようにウルルさんにお願いする。

 これで一安心、安堵したのも束の間、ウルルさんが出入り口から出ようとすると――、


「聞いてんのか、ウサト。あいつら別んとこいってて手が足りてねぇ……って、お?」

「あちゃー、これまたタイミングばっちりだよ……」


 ここで、ぬゥ、っとテントの入り口から海坊主じみた頭が入ってきやがった。

 トングの強面を目にしたゲルナ君はしりもちをつき、シャルンさんは小さな悲鳴を上げ、ケイトさんは「わぁ!」と驚いたのか喜んだのか分からない声を上げている。

 そんな三人の反応を横目で見た僕は、笑顔を浮かべたままトングの襟を片手で掴み上げる。


「皆、ちょっとごめんね。こいつに用があるから待ってて」

「おうおう、いきなりなんだよ?」

「トング君、ちょっと外に出ようか」


 トングを片手で釣り上げたまま、テントの外へ出る。

 テントの少し離れたところには、二メートル四方、高さ三メートルほどまで物資が積み重なっていた。

 これは確かに一人だけでは無理だな。

 しかも崩れないようにするためか、がっちがちにロープで縛られているから解くのも苦労しそうだ。これなら僕と力を合わせて、一気に運ぼうっていう考えも分からなくもない。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 トングを地面に下ろした僕は、ようやく笑顔を崩し、怒りに肩を震わせる。


「テメェは無駄にでけぇ図体してるくせに言われた仕事も満足にこなせねぇのか? 言ったよなぁ、静かにしてろって……!」

「まだ説明してたのかよ……。まあ、悪かったな。じゃ、さっさと手伝ってくれ」

「……はぁー、さっさと済ませるぞ」


 三メートルほどに積み重なった物資を、彼と共に両手で持ち上げる。

 後ろから、息を呑むような声が聞こえたような気がしたけれど、生憎物資を持ち上げているので後ろを振り向けない。


「ネア、後ろで誰かこっちを見てるか?」

「ウルルが……いえ、誰もいないわよ?」

「……んー、そっか」


 少し声が震えているように思ったけれど……。

 まあ、彼女が言うなら僕の勘違いか。

 トングと共に物資を運び、地面に下ろす。

 見上げるほどに大きい物資を見て、額を拭いながらもトングへと向き直る。


「これでいいか?」

「おう。助かったぜ」

「全く、次はちゃんとこっちの状況を察してきてくれよな……」

「どうせすぐにボロが出るんだから、別にいいじゃねぇか? というより、後ろ見てみろよ」

「ん? ……あ」


 トングに言われた通り振り返ると―――、開かれたテントの入り口からゲルナ君達がこっちを覗き込んでいる姿が目に入る。

 もしかして、さっきのトングとのやり取りから物資を持ち上げるところまで見られた?

 微妙な空気のまま、テントに入るとニコニコとした笑顔のウルルさんと、三人の視線が向けられる。


「あー、ごめんね。怖いものをみせちゃって……」


 苦笑いしながら、かろうじてそう口にすると未だに戸惑っているように見えるゲルナ君が前に歩み出た。

 彼は勢いよく頭を下げると、よく通る声を発した。


「生意気なこと言って申し訳ありません……! 望まれるのならば、気が済むまで殴っていただいて結構です……!」

「そんなことしないよ!?」

「ニルヴァルナ王国の者として、この落とし前はきっちりつけなければなりません……!」


 ニルヴァルナはどこの世界に生きているの!?

 慌てながらも、なんとかゲルナ君に顔を上げさせる。

 他の二人を見ると、シャルンさんの方は意外にも先ほどと変わらない様子だけど、ケイトさんは「これは本当だったんだなー」と何やら得心のいった表情をしている。

 怖がられていないことに一安心していると、依然としてニコニコとした笑顔を浮かべているウルルさんが話しかけてくる。


「ウサト君。私が君とトングのやり取りを、三人に見せたんだ」

「ああ、ウルルさんでしたか……」


 僕が治癒魔法の技を実践するまでもなくゲルナ君と打ち解けることができたので、ここはウルルさんのファインプレーってことなのだろう。

 ……僕とトングのやり取りを見た彼らに怖がられなくて本当によかった。


「ウルルさん、ありがとうございます」

「いいよいいよ、お礼なんてー。それに彼にとっては、ウサト君の力を見せたほうが早いかなって」


 そう言って、ゲルナ君達を一瞥した彼女はこちらを向く。 


「やっぱり、時には力押しも有効だね!」


 両拳を握りながら、自信満々にそう口にするウルルさんに思わず笑ってしまった僕は、彼女が普通の女性ではなく、ローズと同じく救命団に所属している強い人だと言うことを再認識するのであった。

「それからは?」→気絶で終わると思っていない。

「その次の日もだ!」→次の日の話だと思っている。


意識の食い違いって恐ろしいですね……。


新しく増員された治癒魔法使い達について簡単な紹介をば。


ゲルナ:ニルヴァルナ王国出身。

    強さに憧れた一般的な治癒魔法使い。

    精神面は弱いが、純粋に人を救いたいと思う気持ちはある。


ケイト:カームへリオ王国出身。

    元気なことだけが取り柄な治癒魔法使い。


シャルン:サンダーラ王国(近くの農村)出身

     村の治癒魔法使いとして、人々を癒してきた女性。

     多くの人が傷つくと聞き、いてもたってもいられず志願した。

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