第百八十二話
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
お待たせしました。
第百八十二話です。
先輩とカズキの二人の勇者が先に平原地帯に設置した拠点へと向かうことになった。
僕達救命団は彼らより遅れる形で出発する。騎士達と共に出発した彼らを見送った僕は、不備がないように準備を進めながら、副団長としての責務をこなしていた。
「どうした、ウサトォ! テメェの力はそんなもんかァ!?」
「んなわけないでしょうが!」
「なら、さっさと反撃して見せろ!」
ローズの怒号と共に抉るような蹴りが僕の側頭を蹴り穿つように放たれた。
籠手で蹴りを受けると同時に、横にジャンプして衝撃を逃がしてから地面を二回転ほどしてから立ち上がるが、すぐさまバク転し、真上から叩き潰すような踵落としをなんとか避けきる。
「逃げるのは達者になったようだな」
「まだまだ、これからですよ……!」
大粒の汗をかいて息を切らしている僕に、ローズはニヒルに笑って見せる。
拠点へ向かう前日で、ローズとの実践訓練――、普通なら精神を疑われる行為だけれども、あっちに行ったら訓練どころではなくなるので、今しかない。
「せめて一発ぶん殴ってやらァ!」
「上等! やれるもんならやってみろってんだ!」
正直、ここ一時間極限状態のまま戦闘を続けているので、若干テンションがおかしくなっている。
衝動に任せて声を荒らげた僕は、拳を固めたローズへと向かっていく。
「わたしなんでここにいるんだろう……」
——肩でサポートをしてくれているネアと共に。
●
「——ここまでにするか」
「ええ、そうですね。……ありがとう、ございました」
訓練場の真ん中で大の字になって寝転んでいる僕をローズは見下ろす。
ネアも疲れたのか、フクロウ状態のまま地面に横になり、ぬいぐるみのように完全に脱力している。
「ぜったい、ぜーったいに、貴方から血、もらうからね……そうじゃなきゃ割に合わないから……!」
「分かってる。約束は守るよ」
「絶対よ!?」
そこまで念を押すほどか。
まあ、無理をいって参加してもらったから、断らないけど。
そもそも、なぜ平原に設置した拠点に向かう前日にローズとの模擬戦をしているのかというと、最後の最後に僕以上の身体能力を持ったローズの動きに慣れておきたかったからだ。
それと、副団長としての責務として、有事の際に団長の代わりとなって動く可能性を考慮するということ。
僕にローズの代わりがどれだけできるかは分からないが、僕以外には誰にもできないことだから、やるしかないって考えたからだ。
「治癒魔法はかけておいたが、しっかりと体を休めておけ」
「分かりました」
全然疲れた様子のないローズの言葉に頷く。
「丁度いいから今聞いておくが、今回はブルリンは戦場に連れていくのか?」
「……あー、それは——」
少し前、ブルリンに魔王軍との戦いに赴くかどうか聞いてみたのだ。
というより、事実上のお留守番宣言をしたのだけど、それに対してブルリンは怒りながら僕の足を何度も叩き、戦争に行くという意思を見せた。
……もしかしたら、僕はブルリンに過保護すぎたのかもしれないな、と思い出しながら、ローズの言葉に頷く。
「ええ。ブルリンも連れていきます」
「そうか。なら、ブルリンに救命団専用の鎧を用意させておいた。それを装備していけ」
「え? そんなのいつ作ったんですか……?」
「お前達がルクヴィスに会談に行っている間にな。一応のために作らせておいたんだが、必要なようでなによりだ」
ブルリン専用の鎧か。
……『ブルリン・アーマー』? いや、『メタルブルリン』の方がいいかな?
名称はあとで考えるとして、ローズにはお礼を言っておこう。
「ありがとうございます!」
「礼なんて必要ねぇよ。私が勝手にやったことだしな。それと、もう一つ」
ローズが団服のポケットから一つの文を取り出した。
投げ渡されたそれを見れば、それはミアラークから送られてきたものであった。
「ミアラーク……団長、これって……」
「それはお前個人に贈られたものだ。王国には正式なものが送られてきている。内容は……まあ、勇者の武器は、戦争に間に合うか分からねぇって報せだ」
「そうですか……」
間に合うか分からないか。
いや、ここは間に合わない、と断言されなかっただけでもマシだ。
僕の時とは違い、ファルガ様は一から勇者の武器を作りだそうとしているので、相当な無理がたたっているはずだ。
そう考えると、ファルガ様を到底責める気にはなれない。
「思いつめるのはいいが。出発は明日だ。準備が整い次第、明日に備えて体を休めておけ」
「はい!」
起き上がってそう返事すると、ローズは宿舎へ戻っていく。
明日に備えて忙しかったはずなのに、ローズは貴重な時間を割いてくれた。申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちを抱きながら、立ち上がる。
「さて、僕も明日のためにやることがたくさんだ」
応急処置用の包帯やら薬草など、魔力を使い切り治癒魔法使いが役に立たなくなった状況を想定した準備の続きをしなくてはならない。
むしろ、僕個人の荷物よりもそっちの方が重要だ。
「うぇぇ……準備のこと忘れてたわ……」
「君はもう少し休んでいてもいいよ。準備は僕がやっておくから」
「ぁーい」
ぬいぐるみのように地面に転がっているネアを肩に乗せつつ、治癒魔法を発動させる。
呻くネアに苦笑いしつつ、ローズから受け取った手紙を見やる。
「さて、その前に、こっちを読んでおくか」
文を送る際に、勇者の武器以外に籠手のことについても質問を送っていたのだ。
丁寧に手紙の包みを外し中を開くと、流れるような綺麗な文章が記されていた。
●
これはリングル王国に送られた文とは別で、ウサト・ケン個人へ送らせていただく。
私は、ミアラークの勇者レオナ。
長々しい前口上をしている状況ではないのは理解しているので、君に知らせるべき事柄を簡潔に記そう。
まず、ファルガ様による二人の勇者の武器の創造は、リングル王国への魔王軍襲撃時には間に合わないかもしれないというものだ。
完成次第、ミアラーク最速の船で送るつもりではあるが、間に合う保証はない。
そして、君の籠手についての質問についてだ。
まず、第三者への籠手の譲渡・貸し出しは可能か? ということについてだが、ファルガ様によると不可能とのことだ。
それは真なる意味で君専用の装備であり、他の誰にも真なる性能を発揮することのできない武具である。
例外として、私の持っている『勇者の槍』があるが、これは担い手を選び、形を変えるようファルガ様が作り上げたからそうであって、君の籠手にはそれができない。
●
「——望みは薄いと思っていたけれど、やっぱり駄目か」
僕の籠手を他の誰かに貸すことはできないか?
破格な力を持つことはないけれど、これ単体は尋常じゃない硬度を誇る籠手だ。先輩とカズキに持たせることができれば、二人の助けになれるかもしれないと思ったけれど……諦めるしかないようだ。
「でもこの籠手、貴方ぐらいしか使いこなせないんじゃないの? ただ硬いだけだし、防具にしか使えないと思うけど」
「防具になるだけでも十分だよ。それに、魔力操作の補助をしてくれるし」
先輩なら雷獣モードが、カズキなら卓越した魔力操作がさらに強化されることになる。
「あ、そうだ。足に手甲をつけてみるとか? そうすれば、貴方の技もえげつない感じになるわよ?」
「いや、これはあくまで手甲だから、足に装備した状態で展開したら大変なことになるよ?」
具体的には足が籠手の形に無理やり変形する的な……。
……想像しただけでも痛そうだ。
そもそも足首に腕輪自体嵌まらないしね。
「えー、足から籠手と同じようなことができれば、色々できそうだと思うんだけどね」
つまらなそうに、呟いたネア。
僕としても考えなかったわけじゃないけど、代償が大きすぎる。
……でも、治癒魔法破裂掌ならぬ、治癒魔法破裂脚でジャンプしての治癒キックはやってみたかったな。
『治癒キィィック!』みたいな感じで。
そんなアホなことを考えていると、訓練場の入り口の方から黒髪の救命団員、ナックがやってくる。
「ん? ナック、どうしたの?」
「ウサトさん、トングさんが早く手伝いに来いって」
「あー、分かった」
あいつらだけに準備させるのも悪いし、僕も早く行こうか。
ローズとの模擬戦での疲れもほぼ回復したし。
立ち上がった僕は、ナックと共に宿舎へと向かう。
「ウサトさん、明日行っちゃうんですよね」
「そうだね。ナックは城へ?」
「はい。ここには俺一人だけになってしまうので、ローズさんが手配してくれたんです」
僕達がここを離れたら、ここにはナック一人になってしまうからね。
十二歳の少年を一人で生活させるわけにはいかないし、ローズの判断も当然のものだ。
「本音を言うなら、俺も……ウサトさん達についていきたいです」
「ナック……」
「分かってます。俺はまだまだ子供だし、皆さんほど強くもない。それは、俺自身が一番よく分かってます」
自分の掌に治癒魔法を浮かべたナックの呟きは、どこか感情を押し殺しているように思えた。
治癒魔法使いとしても、年齢的にも未熟なナックを戦いの場に連れていくことなんてできない。いくら人手が足りないとしても、それだけは絶対に譲れない。
「だけど、それで悔しがっているだけなのは違うなって思ったんです」
顔を上げたナックがこちらを見上げる。
「先日、ローズさんに頼んで、城で手伝いをお願いできないか頼んだんです」
「手伝い?」
「はい。今は城からも沢山の人が出払ったりして、かなりの人手不足なので、力になれないかなって」
なるほど。
拠点に人が集まっている今、城の方はかなりの人手不足といってもいいだろう。
不意の襲撃に備えての騎士は残しているらしいけれど、それでも少ないことには変わりない。
「それじゃあ、城の守りは君に任せることになるな」
「えっ、そんな大袈裟な……。それに俺、まだ大したこともできませんし……」
「ナック、君は自分で考えて行動に移したんだ。僕は、すごいことだと思う」
多分、僕が君と同じ立場だったら同じことはできなかったはずだ。
思考停止して筋トレばかりしたりとか、無力な自分に嘆いてしまっていたかもしれない。
「ウサトさん!」
「うん!?」
意を決したような表情で声を上げたナックに驚く。
彼は僕を見上げると、戸惑いながらも口を開いた。
「ウサトさんが帰ったら、治癒パンチとか治癒魔法弾のやり方を教えてください!」
「え、そういうことなら今——」
「このおバカ!」
普通に教えようとしたら、ネアが翼で僕の頬を叩いてきた。
なんだ、と訝し気な視線を向けるとネアが信じられないといった視線を僕へ向けていた。
……そういうことか。
僕はナックと視線を合わすように膝をつき、彼の両肩に手を置く。
「ナック、君は人を傷つける技を学ぶべきじゃない。例え、最終的に相手が無傷だとしてもね」
「ウサトさん……」
「君にはまだ選択できる余地がある。無理に僕のような乱暴な治癒魔法使いにならなくてもいいんだ」
なんだろう、真っ向から自分自身を否定するって結構響く。
でもこれもナックを、間違った道に進ませないためだ。その為ならば、僕の心にどんな傷を負ったとしても、構わない……!
「でも、俺……」
「ルクヴィスでやったときの訓練を覚えているかい?」
「忘れられるはずがありません。あんな……あの訓練は……」
……あんな?
なんだろうか、言い間違いにしては妙に引っかかるな。
あまり気にしないでおこう、うん。
「その時と同じだよ。君だけじゃ見つけられないのなら、僕が一緒になんとかしてやる」
「……はいッ!」
「いい返事だ」
強く頷いたナックの頭に手を置く。
彼の成長は、まだこれからだ。
一時は彼の師匠だった立場として、それを見届けなければならない。
ゆっくりと立ち上がった僕は、肩にいるネアに礼を言う。
「ありがとう。ネア、君が言いたいことはこういうことだったんだな」
「いや、違うけど。違うけれど……結果的にはよかったの……かしら?」
「?」
小声でぼそぼそと呟いているネアに首を傾げながら、ナックと共に再び歩み始める。
明日になったら出発だ。
一時的に救命団の拠点から離れることになり、ナックだけが王国に一人残されることになるが、彼なら大丈夫だろう。
なにせ、彼はローズが……僕達救命団員が認める仲間だからだ。
実をいうと、半分ほど書き直しました。
本来はウサトの強化イベントの予定でしたが、デメリットなしな上に応用の幅が広がってしまうのでボツにしました。
強化自体は果てしなく地味だったんですけどね……。
※コミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』第三巻発売について、活動報告を書かせていただきました。