第二話
結局カズキは王様の頼みを受ける事にした。
勿論カズキは最初は断るつもりだったらしいが、魔王によって引き起こされた惨状を聞かされると、生来の性のせいか渋りながらも頼みを受けてしまった。
加えてカズキの判断に犬上先輩こと、犬上鈴音は特に反論はしなかった……いやむしろ反論する気もなかったと僕は感じている。
理由は分からない、全く見当もつかないな……。
「ではカズキ、スズネ、ウサト。この水晶で貴方達の適性を計りたいと思います」
この部屋に僕達を案内した王国お抱えの女魔法使いのウェルシーさんの話によると、部屋の中心に鎮座されている水晶に手を掲げる事によって、適性……つまり使える魔法が分かるという。
使える魔法の種類は多岐にわたるらしいが、オーソドックスなものとしては、「火」「水」「雷」といったものらしい。
転移系とか幻術系、他にも沢山あるらしいが、中には特定の種族(?)にしか滅多に出ない物もある、とのことだ。
僕にとって魔法とは箒で飛んだり、杖から守護霊出したりする事。あまり現実感が沸かない魔法を使えるという期待感が僕の心を少しだけ躍らせた。
「ではカズキから触ってみてください」
一体僕はどんな能力になるんだろうな……そんな思いを抱きながら、僕は順番が来るのを待った。
「スズネは黄色……雷撃系の魔法の適性がありますね!!魔力量もカズキに引けをとりません!!」
「雷撃……くふふ」
カズキは光で、そして犬上先輩は雷。
後、犬上先輩、もうキャラが崩壊してます。
凄い魔力量だとウェルシーは興奮気味に言う。「流石、勇者ですね!」とウェルシーさんが喜んで何回も言っていると、ピンポイントで僕の濡れたティッシュ並みのメンタルが破れる。
ん?カズキは嬉しくなさそうだ。
「どうしたのカズキ?」
「……だってよ、光って何だ?闘ってるときぴかーって光って敵の目をくらますのか?」
「ビームを出せばいいのだよカズキ君、それか光で断ち切る剣を―――」
「少し黙ってくれませんか?犬上先輩、世界は壊しちゃいけないですよ?」
この人やべえ。
異世界きてからおかしくなったぞ?
「中々辛らつだね、ウサト君は。そういうの……嫌いじゃないぞ?」
もうこの人嫌だ。
誰だ、学校一の美人って言ったの?あっ僕か。
犬上先輩は置いといて、カズキはというと……。
「いえいえいえいえッ!!すごいですよ光の魔法は!なんせ扱える者が限りなく少ない魔法なんですよ!光をもって邪を払う!対魔戦闘では無類の力を誇る最高の属性です!」
「そ、そうなんだ……」
「ふふふっ鍛えるのが楽しみです!!さっ行きましょう!王様に報告です!!」
あれっ僕まだ終わってないよ?忘れられている?
僕の事を忘れているウェルシーさんはカズキの手をとって部屋から出ようとしている。
このまま行かせるわけにもいかないので、呼び止めようとした瞬間、ウェルシーさんの腕を掴む犬上先輩。
「まだ見てない子がいるだろ?ウェルシーさん」
「……誰が?ってああっすみません!!忘れてました!!ささっえーっと」
「ウサトです」
名前を覚えられていないってこんなにも人を傷つけるのか……。
上がりに上がったワクテカが消沈するのを感じつつ水晶に手を添える。
水晶を見ていると、水晶はやや透明な緑へと変わる。
「っ!!」
「美しい色だ、まるでエメラルドのようだな」
「確かになあ、俺もなんか光ってるだけで色なんて分からなかったし」
犬上先輩、カズキが僕の触った水晶を見て口々にそう言う。
色の薄さは魔力量を表しており、色は属性。とウェルシーさんに聞かされていた。
色が微妙に薄いから、常人より少し上くらいかな?
この水晶は緑色つまり―――
「植物とか操ったりして……ってどうしたんですか?ウェルシーさんそんな顔を蒼くさせて……」
「つ、伝えないと」
「はい?何で僕の手を掴むんですか?」
「伝えないとォォォォォォォォ!!」
僕の手を万力のような握力で掴み走り出すウェルシーさん。
えっ?何?何なの!?僕何か悪い事した!?
着いたのは王様のいる大広間。
息も絶え絶えになった僕は荒い息を整えながら、ウェルシーさんに手を引かれ王様の前に出る。
女性に手を握ってもらえたのは小学校以来だけど、何か違う。こんな全力疾走で鬼気迫った感じじゃない。
大広間には王様と重鎮並びに、鎧を着た衛兵が壁に沿って並んでいた。
「ロイド王!!」
「どうしたウェルシー、カズキ達の適性が分かったのか?おや、そこにいるのはウサトではないか?他の者はどうしたのだ」
「カズキ並びにスズネも素晴らしい素質を持っていました。しかし……」
「……何だ?ウサトは元々巻き込まれてこの世界に来たのだ。闘わせるために来させたわけではないのだぞ?」
この王様、本当に良い人すぎです。
多分、ウェルシーさんが僕のことを役立たずと言外に言ってると感じた事からの言葉だと思うけど、未だ僕の手を握りつぶさんばかりの力で握っている彼女はそんな事を思っていない……はず。
「違います!!私もその事は深く理解しております。しかし彼の適性が……その……」
「どうしたというのだ?まさか闇を司る属性というわけじゃあるまいな?ハハハハハハ!!」
いきなり笑い出す王様とその周りの人々。
闇を操るものは、魔族の者でさえ持つものが少ない稀有の才能という。
僕の水晶は緑色だから、その可能性はない。
でもウェルシーさんの戸惑った表情が僕の危機感を増大させる。
「治癒系……なのです」
「はは……は?今なんと?」
「水晶が緑色に、つまり治癒魔法使いになれる素養を持っています」
治癒、魔法?
何その回復職みたいな魔法。
「「「……」」」
「何で皆さん無言になるんですか?」
僕の系統がそんなにもヤバイの!?笑い飛ばせないくらいにヤバイの!?
治癒って名前からして治すタイプの能力ですよね!?それでなんでこの場がお通夜みたいな空気になるんですか!?
王様が僕の方を見てコホンと咳払いする。
彼の表情は喜びと困惑を混ぜ合わせたようなおかしな表情だった。
「ウサト、状況を分かっていないはずだから説明するぞ?」
「あっはい」
「治癒系の魔法使いは稀有なものでの、普通の魔法使いで行う事ができる応急処置程度の治癒魔法を遥かに上回る治癒魔法を用いる事ができるのがこの系統の強みじゃ。実際、この国にも数人おる」
「それでなんで……?」
「いやーその、なんと言えばいいのだろうか……そっそうだ明日から始まる訓練にウサトを城下町の医者に派遣するのはどうだろうか!!」
あまりにも分かりやす過ぎる話題の転換にだんだん怖くなってきた。
この人たちは、僕に何を隠しているのだろうか?
『それがいいですぞウサト殿!!』
『そうですぞ!』
「いい話じゃないか、受けたまえよウサト君」
「ウェルシーさん、さっきから掴んだままの僕の手がだんだん湿ってきてるんですけど」
汗をだらだらと流した王様は、僕の方を見ながらそう告げた。お付の人も含めて医者に紹介する事を押してくる。いやこれは命令に近い。
それにさっきからウェルシーさんに握られている手が汗ばんできている、自分のではない。隣にいる魔法使いの女性のだ。
「え?でもこの国にも僕と同じ治癒系統の魔法使いがいるって……」
「いや、あやつらは駄目だ!!色々と駄目だ!!お主には真っ直ぐな治癒魔法使いになってもらわねば!!」
「あやつらって……」
あやつらって誰だ。王様が危険視するほどの人物?
周りの人物達もしきりに頷いている事から、余程の事なのは理解できる。
とりあえず明日の派遣についての事を了承するために口を開こうとすると、大広間の扉から一人の衛兵が息も絶え絶えな様子で入ってくる。
「王様大変です!ローズ様がやってきましたァァァ!!」
「何!?絶対に通すな!今は特にだ!!」
「しっしかしそれが……ッ」
はて、ローズとは誰なのだろうか。
その名前を聞いて、周りの人が僕に「隠れろ!今すぐ隠れろ!」と声を出して呼びかけてくる。
隠れた方がいいの?でもウェルシーさん僕の手を離さないんだよ。
ちょっと離してウェルシーさん……え?「ごめん」?何で謝るんですか!?目に涙を浮かべたウェルシーさんから離れようと四苦八苦していると、大広間の扉が勢い良く開けられる。
「ロイド様!勇者はもう来てるんですか!」
「あっ、マズイ……」
大広間の扉をやや乱暴に開け、男勝りな口調の美女が入ってくる。身なりは白衣のような服を纏って医者に酷似する姿だが、右目を塞ぐ傷に緑色の髪が美しさを強調させるというより、凶暴性の方が強調させている。
ツカツカと王座までやって来た女性は、汗をだらだらと流す王に近づく。
「何で私の顔を見て驚いているんですか?何か知られたくない事でも?」
「そっそんな事はないぞローズ。君は今は休みをとったはずじゃないのかね?」
「カハハ!私が国の為に休む事は―――……んん?お前誰だ?」
ローズと呼ばれた女性がギロリとこちらを見る。
うっ、何だあの人怖い……。この人に僕が治癒の適性があるって知られたくなかったのか
「そ、そやつは勇者ではない!不幸にも巻き込んでしまった少年だ!」
王様必死。
「そうですか……おうボウヤ、名前はなんて言うんだ?」
「う、ウサト……です」
「……ウサトか、私の名前はローズ……唯のローズだ。王国の救命団の団長をやってる。よろしくな」
救命団の団長?……僕の目にはこの人が人の命を助ける職業をする人には見えない。むしろ命を刈る職業をしていそうな人に見えます。
端正な顔立ちなのに恐怖が先に出るのがおかしい。
じわりと額に汗が滲むのを感じる。
「そ、そろそろいいだろうか?ウサトも疲れてるだろうから休ませてあげたいのだが」
「それもそうですね、じゃあロイド様、他の勇者は何処にいるんですかァ?」
「ああそれなら……」
「おいウサト!大丈夫か!!」
「いきなり走り出してどうしたんだ、ウェルシー」
ローズの入ってきた扉から、後から追ってきたカズキと犬上先輩が入ってくる。
ごめん、僕の近くにオーガみたいな存在が一頭いるから近くにはいけないんだ。
王様は、カズキの方を見る。
「こやつらだ」
「ほお、いい面構えじゃないですか」
ロイド王は内心ガッツポーズをする。これでローズの興味がカズキ達に移った。
周りの者達もローズに気付かれないように安堵の息を漏らす。
「大丈夫だよカズキ」
「……ふぅ何だよ~お前の触った水晶が緑色になったのを見てウェルシーさんが血相変えてお前を連れて行ったときは何だと思ったぞ~」
あっ、言いやがった。
「緑色……だと?」
ローズさんがこっちを見て、ニヤァと口角を上げた。
王様の顔が顔面蒼白になる、勿論僕もだ。未だかつてないほどの危機に僕は陥っている。主犯は僕の近くに居る男、カズキ。
悪気が無いのは分かってる、でも……空気を読んでほしかった……ッ。
「ロイド様、ちょっとその子借りますね」
「ウェルシー!!ウサトを避難させるのだ!!今や彼は我が国にとって国宝級の人物なのだ!!」
「何時の間に僕国宝級になったんですか!?」
王様の命令を聞き、僕の手を離したウェルシーさんは、僕の前に出て杖を構える。僕は貴方が前に出てるせいで前が見えないです。
前が見えない僕は、横に動いて、前を見ようとするが、既にローズさんの姿はない。ウェルシーさんも「どっどこです!?」と戸惑っている。
僕も周りを見ようとすると、突然の浮遊感、誰かに抱きかかえられた。
何時の間にか隣に居たローズさんが、脇に抱えるように僕を持ち上げ……た?僕、身長170センチあるのに軽がると持ち上げられた!?
「ロイド様。この少年、私が一人前の治癒魔法使いに育て上げて見せましょう!!」
「待て!お願いだ待ってくれ!!ウサト殿は穢れを知らないんだ!!まだ何色にも染まってはいない真っ白な治癒魔法使いなのだァァァァァ!!」
椅子から立ち上がり、僕を抱えたローズさんを呼び止めるロイド王。
だが高笑いをあげているローズさんには届かない。僕はどうしたらいいのだろう。カズキと犬上先輩を見ても、呆然としていることから事態に着いて行けてない。
えっ?えっ何これ、拉致!?国内で!?今更になって自分の状況を改めて理解した僕は、こちらを猛獣のような笑みを浮かべ笑うローズさんにひたすら視線を合わせないようにするのだった。
ウサト君が連れ去られてしまった。
会ってから、まだ半日も経ってはいないが、彼は私と通ずるものがあった。
そのはずなのに……くっ許してくれウサト君ッ連れ去られる君がヒロインに見えて動けなかったッッ!
「あぁ、ウサトは異世界から来た関係の無い一般人だというのに……」
「ウサト君はどこに連れて行かれたのですか?育て上げるといってはいましたが……」
今、ここで飛び出してもしょうがない。
まずは事情を知っているロイド王に聞かなければならない。
「……ウェルシー説明を頼む」
「はい……えーと」
どかりと腰をおろしたロイド王は、疲れきった表情でウェルシーに説明を頼む。
余程、先程のローズという女性の相手に精神をすり減らしたのだろう。
ウェルシーは、私とカズキ君の前にまで歩み寄り、王に命ぜられた通りに説明を始める。
「彼が連れ去られたのは、この城から少し離れた場所にある医療施設ですね。そこには臨時団長のローズ様を筆頭に2人の治癒魔法使いと5人の助手の総勢8名により運用されているのです」
「少なすぎませんか?」
一介の救命団としてはあまりにも少なすぎやしないか?
魔物と闘うのならば、かなりの数の人数が必要な筈だが……。
「十分です。魔法使いはどんな適性を持っていても、応急処置程度の治癒魔法は使えます。だから自分の傷は自分で治せる。無論仲間の傷も……でも、大怪我はすぐには治せないのです」
「そこで出るのが……」
「ウサトが適性を示した治癒系統の魔法です」
自分で治せない傷を治すのが治癒魔法使いの本領……という訳か。となるとウサト君はこの国でも貴重な治癒魔法使いになれる可能性を秘めているということになるのか。
だが解せない事がある。それは救命団の団長であるローズにウサトを任せることを渋った事だ。
「何故、ローズという女性にウサトを任せたくは無かったのですか?」
「……ロイド様」
「構わん」
ロイド王に許可を求めたウェルシー。
やはり何か事情が有ったのか……。
「ローズ様は、治癒魔法使いのエキスパートです。しかし……なんといいますか……少し部下に対する教育方針がおかしいんです」
「おかしい?具体的に言うと?」
「えと、私も詳しくは知らないのですが……『救命団は常に死と隣り合わせ!よって貴様らにはどんな苦境でも生き残れる術を授けてやろう!!』……とばかりに団員を厳しく指導しているのです。そのしごきに耐えられず、逃げ出してしまう団員が後を絶たないのです。実際、衛兵と救命団との合同訓練ではローズ様の指導に衛兵側の兵士が耐えられなくなり、結局は救命団のみの訓練になりました」
「衛兵が耐えられないとなると、ローズという人物は相当な実力を持っていると判断しても?」
訓練された衛兵が音を上げるのだ、その訓練を行っているローズはその訓練を行えるだけの実力を持っているはず。
私の問いにロイド王は、懐かしむように顎をさすりながら答える。
「ああ、今は怪我で救命団に移っているが前は……いやこの話は止そう……あやつには並みの兵では全く歯が立たん。それに魔王軍が侵攻してきた際は、救命団の活躍のおかげで大多数の兵の命が助かった。彼らのおかげで魔王軍を撃退できたと思っても良いほどにな。……そういう功績もある事から、ローズの教育方針は間違ってはいない……しかしな……」
「しかし?」
「その教育で出来上がるのが………はぁ」
ウェルシーの説明を王座で聞いていたロイド王は、大きなため息を吐く。
王様といっても、心労が絶えないものだなと年甲斐もなく思いながら、ウサト君の身を案じるのだった。
ローズによって僕は、城から少し離れたレンガで造られた大きめの建物に連れてこられた。
空は既に暗くなっており、周囲は林が生い茂っている。
ローズに促され建物の中に入ってみると、中は清潔に掃除されており、奥の方には患者用のベッドや薬品のような物が置いてあった。
診療所のような内装に僕は「意外と綺麗にしてあるんだなー」と、感嘆の声を上げながらきょろきょろと中を見回す。
「今日からここがお前の寝泊りする場所だ」
「え?」
「おいッお前ら!!新入りだッ出てこい!!」
僕が質問する前に、獣のような大声で誰かを呼び出すローズ。
すると、建物の奥の方からバタバタと複数人の足音が一斉に近づいてくる。最初に入ってきたいかつい風貌の男がローズの前にバッと背を伸ばし立つ。
何この人怖い。
「お帰りなさいませローズの姉御!!」
「おうアレク、私の留守の間何か有ったか?」
「いつもどおり誰も来ませんでしたぜ!!」
「そうか、それはいい事だ」
アレクと呼ばれた男を皮切りに続々とやって来る男達。
僕はその面子に顔を硬直させる。
ここだけ世界観が違う……?
「お前らに紹介するぜ。今日から私が面倒を見ることになったウサトだ、お前等も仲良くしてやんな」
「「「わかりやっした!!」」」
「よしッ!!」
よしッじゃねえよ!!
思わずキャラ崩壊した僕は、目の前で自分に注目する5人の悪人面の男達を見てこの先の展開に恐怖するのであった。
生きてかえれるかな、僕。