第百八十一話
お待たせしました。
第百八十一話です。
※登場人物紹介にて、
第六章にアマコ、第七章にフラナを追加いたしました。
それは、何度も体験した感覚だった。
まるで水の中にいるような浮遊感と、それと反比例するかのように冴えている思考と視界。
真っ先に、その感覚が自身の予知魔法によるものだと理解した私は、自分がこれから見せられるであろう未来の景色をしっかりとこの目に焼き付けるべく、眼前の光景を注視する。
「———これ、は」
まず目の前に映り込んだのは、竜に似た魔物の背に乗り、地を駆け、空を舞う魔族の兵士達。他にも、凶暴そうな狼の魔物など、前に見た予知とは比べ物にならないほどの戦力が、リングル王国の騎士達に襲い掛かろうとしている。
そして、その背後には、あの邪龍と同じくらいの大きさの蛇がおり、その周りにも一回り程小さい個体が数体いた。
「前の戦いとは、規模も何もかもが違う……」
誰しもが予想していたことだけど、夢から目覚めたらこの予知の内容を一刻も早く伝えなければならない。
そう考えていると、まるで絵のように予知の光景が移り変わる。
獣のような衣を纏ったコーガと相対するウサトとカズキ。
雷を纏ったスズネと、炎を纏った女性の魔族。
戦場の中で、周囲に被害をまき散らしている巨大な竜巻。
まるで、絵本のように未来の光景が移り変わっていく。
「……」
多分、今見せられた場面が、戦いの行方———いや、魔族と人間の未来を左右するであろう重要な場面に違いない。
カズキとスズネが黒騎士に殺されてしまう未来を見た時と同じ予知……。
そんなことを考えていると、場面が別のものへと切り変わる。思わず身構えるが、その光景に呆気に取られてしまった。
「……何やってるの……! ウサト……!?」
鬼のような形相で空を飛ぶ飛竜に蹴りを叩き込もうとしているウサトに、先ほどまでの焦燥を忘れ、思わず真顔になる。
全く状況が理解できない。
遠目でよく分からないけれど、ウサトの団服が微妙に変わっているようにも見えるし、どうやって彼が空中にいるのかも理解できない。
……いや。
「深く考えるのはよそう。ウサトだし」
経験上、この場面に至るまでのウサトの行動は、絶対に普通のものではないと分かるので、これ以上考えても疑問が解消することはない。
「——うっ」
予知の終わりを意味する何かに引き戻される感覚。
どうやら、私が見れる予知はここまでらしい。
予知の光景が遠ざかり、それと同時に目の前が暗くなっていく感覚に身を任せる。
「——ッ」
次に目を覚ますと、慣れ親しんだ私の部屋のベッドの上であった。
目元を拭いながら、気怠い体を起こした私は先ほどの予知のことを考え、頭を抱える。
「……なんでウサトは予知を見る度、特殊な状況の中にいるんだろう……」
誰も答えられないのは分かっている。
分かっているけれど、それでもそう呟かずにはいられなかった。
●
フェルムが本当の意味での救命団の団員になった日からの数日間、僕は戦いに備えて様々な作業を行っていた。
城を通してミアラークへ文を送ったり、増員となる治癒魔法使いの要員についての資料の確認をしたりなど、副団長としての仕事をしていたが、アマコが僕の元を訪れたことで状況が大きく変わった。
『魔王軍との戦いの予知を見た』
アマコの予知の重要さを理解しているロイド様と城の方たちは、すぐさまに招集をかけ、彼女が見た予知に関する会議を開くことになった。
アマコの予知を簡単にまとめると――、
・魔王軍が魔物を戦力として用いてくること。
・カズキと僕が第二軍団長コーガと相対。
・先輩が炎を操る魔族、恐らくアルクさんがヒノモトで戦ったアーミラと相対。
・戦場の中で、周囲を蹂躙するように存在している竜巻。
・なぜか飛竜に空中戦を仕掛けている僕。
……どうして僕がオチみたいな予知をされているのかは、置いておくとして、重要な情報には違いない。
今は、戦いの場になるであろう平原地帯に拠点を設置している重要な段階。そのタイミングで相手の出方が分かれば、こちらが優位に立てるかもしれない。
「カズキ君とウサト君は第二軍団長と、私は炎を扱う魔族とはね」
「あまり深く考えない方がいいよ、スズネ。無理に変えようとすると未来が捻じ曲がる可能性も少なくないし」
「うん、分かってる。でも、自分の戦う相手となると思うところがあってね」
会議が終わったあと、僕とアマコは先輩と一緒に城の廊下を歩いていた。
向かう場所は、アルクさんのいる城門。
先輩が彼にアーミラという魔族と戦った時のことについて詳しく訊こうと言うので、彼のことをよく知る僕とアマコもついていくことにしたのだ。
「その魔族のことなら、アルクさんが報告書を出してくれたって話ですけど」
「それはもう目を通したよ。でも、彼の口から戦った時の状況を聞きたいと思ってね」
「なるほど」
確かに文字よりも、アルクさん本人から話を聞いたほうが当時の状況などの想像もしやすいな。
先輩の言葉に納得しつつ、一つ気になっていたことを訊いてみることにした。
「カズキと先輩は、もうすぐ拠点へ?」
「ああ。魔王軍が動き出しているからね。私達勇者も拠点に向かって、準備を整えなければならない」
既に魔王軍は動き出している。
それに合わせ、ニルヴァルナ王国、サマリアール王国、カームへリオ王国の戦力を、平原地帯に設置している拠点に召集させており、あと数日たらずで四王国での連合軍が結成されることになる。
僕達救命団は、先輩とカズキより少し遅れる形で拠点へ向かうことになる。
「……」
戦いを前にしている実感は既にある。
しかし、以前の戦いよりも準備をする余裕がある分、少し変な感覚がある。
自分にはまだやるべきことがあるのではないか? 何か大事なことを見落としているのではないか? とか、そういうことを考えてしまう。
「ウサト君?」
「え? あ、ああ、すいません。ちょっとボーっとしていました」
僕の顔を覗き込んできた先輩に、ハッとしながら返事をする。
その反応を見て何を思ったのか、先輩は照れるような素振りを見せた。
「もしかして、心配してくれてるかな?」
「そうですね。カズキのことが心配です」
「私は!?」
「先輩のことも心配してますけど……貴方ならなんだかんだで一人でなんとかできそうなので……」
実際、この人なら大抵のピンチも切り抜けられそうな気がする。
いや、もしピンチになったらすぐに助けに向かうけれども。
僕の言葉に必死に首を横に振った先輩は、自分を指さしながら僕へ話しかけてくる。
「ウサト君! 私こそ一人にしちゃいけないと思うよ!? 私、ウサト君がいないと何するか分からないよ! それでもいいのなら、君は覚悟しておいた方がいい……!」
「なんでこの流れで僕が脅されなきゃならないんですかね」
「すごい。自分を盾にして脅す人、初めて見た」
ストッパーである僕がいなかったら、本当に何をやらかすのか地味に怖い。
そしてアマコ、感心したように呟くな。
全然感心する要素ないからね?
「とにかく、先輩は大抵のことは流せる性格ですけど、カズキはちょっと悩みとかを溜め込んじゃうところがあったので、心配なんです」
それが心配だ。
最初の魔王軍の戦いの前に彼に相談された時、僕は彼の中に年相応の弱さを感じた。
もちろん、その弱さは僕にもある。というより、カズキ以上にあると思う。だけど、僕はその前にローズとの会話を経て覚悟を決めていた。
「彼にはセリアとフラナがいるから大丈夫さ。それより、君もあまり人のことを言えたもんじゃないと思うよ?」
「え、そうですか? いや、確かに最近は悩み事ばっかりありますけど」
先輩の言葉に、腕を組んで自分が今悩んでいることを考える。
まず副団長としての振る舞いとかだろ。
魔王軍との戦いに向けての、僕が伸ばすべき長所とかだろ。
次にナック、フェルム、ネア、ブルリンの訓練方針。
それと――、
「ウサトの悩みは鍛錬関係だもんね。最近、そればっかり考えてるんじゃない?」
「アマコよ。なぜ分かる」
「だって、ウサトだもん」
なんでこんな当たり前のこと聞いてくるの? みたいな純粋な目で首を傾げられ、言葉に詰まる。
フッ、さすが共に旅をした仲間だ。
僕の悩み事はお見通しというわけか。
「うーん」
「先輩?」
首をひねっている先輩に話しかける。
なにか気になったことでもあったのだろうか?
「なんだか、ウサト君は自分が“本当に抱えている悩み”を悩みって思っていないような気がする」
「え?」
「あ、気にしないで。あくまで気がしただけだからね。それより、そろそろ城門だよ」
先輩の言葉に呆気にとられると、気づけば城門の近くにまで来ていたようで、視線の先で城門を守っている守衛のアルクさんの姿を見つける。
一度気を取り直してから彼の名を呼びながら、手を振る。
「アルクさーん」
「おや、ウサト殿。それにスズネ殿にアマコ殿も……私になにか御用ですか?」
「はい。実は――」
先輩がアルクさんの戦った炎を扱う魔族の剣士について聞きたいという旨を伝える。
事情を聞いた彼は、快く了解してくれた。
同僚の守衛さんたちに一時、その場を任せたアルクさんは、こちらへ向き直る。
「アーミラ・ベルグレットとの戦いについてですね?」
「ああ。相手がどんな戦い方をするのか知りたいんだ」
「そうですね……私が戦った感想としては、彼女はとてつもなく戦いが巧いという印象を受けました」
当時の戦いを思い出しているのか、顎に手を当てながら話しだすアルクさん。
彼の話に、先輩は真剣な様子で耳を傾ける。
「私以上の炎の魔法に、剣技。加えて、それを完全に自身のものとして扱う技術。もし、彼女が私を殺す気で襲い掛かって来ていたのなら、私はここにいなかったでしょう」
強力な炎を操るアルクさんがここまで言うということは、それほどの相手だったということだろう。
思考しながらアルクさんの話を聞いていると、先輩が彼に質問を投げかけた。
「報告書には炎を鎧のように纏ったと書いてあるのだけど、いったいどういうことなのかな?」
「文字通りの意味です。炎そのものを纏うことにより、あらゆる攻撃を熱風で跳ね返し、単純な移動でさえも炎が後押しし、剣を用いた斬撃には常に爆炎に覆われたりと、攻守ともに優れた戦法を彼女は用いていました」
「……私の雷獣モードと似ているね」
「そうですね。私から見ても、アーミラの技術はスズネ殿の技に似ていると思います」
旅を経て先輩が身に付けた技術、雷獣モード。
それは電撃を纏うことにより、高速での移動を可能にする強力な技。
先輩は移動に特化しているように思えるけれど、アルクさんから見ればアーミラと先輩の扱う技は似ているらしい。
「魔法を纏う、か」
アーミラの戦い方は、ローズから聞いたネロ・アージェンスの戦闘法とも酷似している。
生半可な技術ではないことが分かるので、アーミラがネロと同じ技術を扱っているのは、偶然ではないはずだ。
「正直な話、私では彼女の本気を引き出すことができませんでした。渾身の一撃も、彼女の鎧を一時的に切り裂いただけで、生身にはほとんど攻撃が届いてはいなかった」
「アーミラ・ベルグレットは非常に危険な相手です。彼女の扱う剣技、技術も並外れたものであり、そんな彼女と相対するとなれば……スズネ様は、自身の持ち味を生かした戦い方を行えばいいかもしれません」
「私の、持ち味……」
先輩の持ち味と聞いて考えてみる。
まず思いついたのが——、
「空気を、読まないところ……?」
「ウサト君が私のことをどう思っているかよーく分かった! これはあれだね? 私が本気になっていいってことだよね? だよね!?」
何を本気になるのか分からないけれど、なぜか嫌な予感がした。
先輩に両肩を掴まれながら、弁解の言葉を口にする。
「お、落ち着いてください。相手のペースを無視して、自分のペースでいけるって地味にすごくないですか?」
「褒められてる気がしない!」
なんて言ったらいいか迷っていると、僕と先輩のやり取りを静かに見守っていたアルクさんが口を開いた。
「ははは、ウサト殿の言うことにも一理ありますよ」
「アルクまで!?」
「それと含めて、スズネ殿は自身の系統魔法の強みを生かせる戦い方を模索するべきだと、私は考えます」
先輩の電撃の系統魔法の強みを生かせる戦い方、か。
先輩の魔法は、僕のように籠手と系統強化を用いて無理やり能力の幅を拡張しているのではなく、やりようによってはあらゆる状況に対応することができる。
誰もが無理と断言するはずの応用も、先輩自身の魔法の才能と類まれなセンスにより可能にさせてしまう。
その最たる例が、雷獣モードだろう。
「前半は釈然としないけれど……私の戦い方か。考えて損はなさそうだ。ありがとう、アルク。すごく参考になったよ」
「少しでもお役に立ててよかったです。では、自分はそろそろ職務に戻ります」
その場で僕達に一礼したアルクさんは、小走りで守衛の任へと戻っていった。
彼の背中を見送った先輩は、僕の方へと向き直った。
「本当はこのまま君達と街に遊びにいきたいけれど、このまま城に戻ることにするよ。私も、勇者としてやらなければならないことがあるからね」
残念そうに笑いながらそう言葉にする先輩。
救命団の副団長である僕と同じように、勇者である先輩にもやるべきことがある。
それに、騎士達の希望とも呼べる存在でもあるので、その重要度は僕とは比べ物にならないだろう。
「遊びにいくくらい、戦いが終わったらいくらでも付き合いますよ。な、アマコ?」
「うん。全然いいよ」
勿論、その時はカズキも一緒だ。
僕とアマコがそう言って先輩に笑いかけると、先輩は一転して真顔で顎に手を当てた。
「いいの? そんな約束を私として? 絶対に忘れないよ?」
「……ウサト。スズネ、真顔だけど大丈夫?」
真顔でそんなこと言われたら、嫌な予感しかしないのですが。 まあ、悪いことにはならないのは分かっているので撤回はしないけれども。
とにかく、ここでも一つ絶対に生きて帰らなくてはならない理由ができてしまったわけだ。
今回は予知魔法回でした。
魔王軍との大きな戦いを前にしてアマコが予知を見ないのは、やっぱり不自然かなと思いまして書くことになりました。