第百八十話
お待たせしました。
第百八十話です。
今回は、いつもより長め。
キリのいいところまで書ききったら少し長くなってしまいました。
ローズの口から彼女の過去に関することを聞いた。
僕の師匠がどれだけ辛い過去を送ってきたか、それを知って色々と思うところもあった。
「よし、訓練するか」
まあ、それはそれ、これはこれで翌日から普通に訓練するんだけどね。
そう思い立った僕は、翌日の早朝から、救命団の訓練場の周りを延々と走り続けたあとに、欠伸をしながら宿舎から出てきたネアとフェルムを呼び止め、かつてナックに施した回避力を鍛える訓練を行っていた。
「ネア! フェルム! 僕は団長と違って早打ちはできない! 速さ的に物足りないだろうけど、変化球だけで我慢してくれ!」
「「ふざけんなぁぁぁ!」」
「問答無用! 治癒魔法乱弾!」
籠手を展開させた右腕に浮かせた複数の魔力弾を、狙いもつけずにネアとフェルムの方へ振り回す。
ばらまくように放たれた治癒魔法の魔力弾を、横に飛んで回避したフェルムとネアに、笑みが零れる。
「ちゅ、躊躇なく範囲攻撃してきたわよ、あいつ!? ギリギリで避けたのはいいけど——」
「今のボクならお前程度の魔力弾、楽勝で避けられるもんね! べーっだ!」
「って、なんであんたは考えなしに挑発してんのよ!?」
「ハッ、別にいいだろ! 今のボクたちならあいつの魔力弾くらい訳ないはずだ!」
悪ガキのように舌を出してくるフェルムの襟をネアが掴み上げる。
うん、まだまだ余裕そうだな。
それも当然か。ローズの魔力弾に慣れてしまったのなら、僕の魔力弾なんて亀のように遅く感じるだろう。
フェルムはさておき、ネアがしっかりと対応してくれたことを嬉しく思う。
本当に頑張っていたんだなぁ。
しかし、僕の力量不足で二人の訓練にならない、という状況にはできない。ならば、僕も本腰を上げて訓練に臨まなくちゃいけない。
「フェルム! あんたまだあの訓練バカのこと分かってない! 全然分かってない!」
「ハハハ、さすがだ! 成長したな二人とも!! なら、僕も出し惜しみなしで行くぞ!」
「ほらぁ! あんなことになるぅ!」
右の掌に魔力弾を作り出す。
つい最近は治癒パンチの発展形ばかり編み出していたけれど、今度は治癒魔法弾の強化版を実践していく。
「まずはフェルム、行くぞ!」
「なんでボク!? い、いや、来い! そんな魔力弾簡単に避けてやる!」
掌に作り出した魔力弾を握り、軽く振りかぶる。
手の甲から治癒加速拳を放出させた、速射型の治癒魔法弾。
掌に瞬間的な加速を用いることで、その速度を飛躍的に上げる……!
名付けて――、
「治癒加速弾!」
「え、はや――おべぇ!?」
サイドスローの要領で加速と共に放たれた魔力弾は、慌てた様子のフェルムに直撃する。
着弾を確認した僕は、即座に目標をネアへと移す。
隣で魔力弾の直接食らい膝をついているフェルムを見て顔を青くしたネアは、何を思ったのか、フェルムの後ろに隠れ、彼女を盾にした。
「お、おまっ! なにして!」
「たまには盾として役に立ちなさい! く、なんでこの脳筋治癒魔法使いは、技だけは多彩なの!?」
「救命団員が味方を盾にするとは何事だァ!」
ネアも使い魔とはいえ、救命団の一員だ。
それなのに、訓練とはいえ味方を盾にするのは救命団員の風上にもおけない。
今度は、ネアの頭上目掛けて、あえて的外れな方向に魔力弾を放り投げる。
「ふ、ふふ! どこ投げて――」
「気を抜くなぁ! 治癒遠隔弾!」
「え?」
右腕を大きく振り下ろし、一度だけ魔力弾を曲げる。
グィン! と突如として急降下した魔力弾は、勝ち誇ったような表情を浮かべたネアの頭に直撃する。
「むほぅ!?」
へんてこな悲鳴を上げたネアは、頭を押さえて一瞬だけ顔を顰めたがすぐに不思議そうな表情で顔を上げた。
「うぐぐ……って、あれ? 思ったより衝撃が、ない?」
「そういえば、ボクの方も全然平気だ……」
先に直撃したフェルムも驚いた表情で僕を見た。
不思議そうにしているネアとフェルムに、僕は不敵な笑みを向ける。
「当然だよ。これは僕の魔力量の調節を兼ねた訓練でもあるからね。君達ふたりを訓練しつつ、魔力量を調節する感覚を鍛えようと考えたんだ」
この訓練はフェルムとネアだけの訓練じゃなく、僕のためのものでもあるのだ。
系統強化を破裂させることによる魔力の消費量を抑えるには、魔力の操作に慣れなくてはならない。
魔力量そのものを調節するような感じだから、カズキの卓越した魔力操作とはちょっと違う感じかな?
「当たっても吹っ飛ばされないから、もしかして楽……?」
「あの化物よりマシ……?」
何を思ったのか分からないけど、表情が明るくなった二人。
小さく何かを呟いていたようだけど、この距離では聞こえなかった。もしかして……僕と同じことを考えているのだろうか?
「二人の考えていることも分かる。そうだよね、衝撃も精神的ダメージも少ないってことはいいことだ」
「そ、そうよね! まさか貴方も分かってて、この訓練を?」
「うん、君もそう思う? だよね、これなら――」
笑顔のネアに僕も頷き、右手に魔力弾を作り出す。
衝撃も精神的ダメージも少ない。それに加え、僕の魔力も節約できる。
「たくさん訓練できるね!」
「「……」」
少し離れているせいか分からなかったけれど、一瞬だけフェルムとネアの瞳から光が失われたように見えた。
●
夕方、ひたすらに訓練を行った僕は自身の魔力の量を体感で確認しつつ、膝をつき息を切らしているネアとフェルムに声をかける。
「大丈夫?」
「貴方の魔力弾、ローズさんより避けにくい! 同じ投げ方して三種類に変化するって頭おかしすぎるでしょ!」
「お前、本当に治癒魔法使いなのか!?」
なんたる総スカン。
まあ、僕とローズの違うところは、魔力弾にある程度の応用をしているってことだからな。
複数の魔力弾を放つ治癒魔法乱弾。
急加速する治癒加速弾。
一段階だけ弾道を変えることができる治癒遠隔弾。
これらがランダムで飛んでくるとなれば、避けれないというのも分かる。
「何度かちゃんと避けてたじゃないか」
「それ以上に当てられまくったけどな!」
呆れたように座り込んだフェルムを見て、ネアも地面に腰を下ろした。
僕も訓練場に置いてある訓練道具――、もとい正方形状の石の重りに腰を下ろす。
「フェルム、今日君の訓練を担当したのは理由があったんだ」
「はぁ?」
「団長から、君のことを任されてね」
怪訝な表情を浮かべるフェルム。
一方でネアは、ジト目で僕を睨みつけてきた。
「ねえ、それじゃあなんで今日、こいつと一緒に訓練をやらされたの? こいつに話があるなら私、いらなかったわよね?」
「……? え、回避訓練は君のためになるし、外す理由の方がないよ?」
「えぇ、巻き込まれたんじゃなくて、純粋な親切心って……」
ネアに関しては、この子のためだ。
例えこの子が望んでいなくても、今の積み重ねが、いつか彼女の危機を救うことになるのならやるべきだ。
なんともいえない表情になっているネアを横目に見つつ、フェルムが話しかけてくる。
「ボクのことを任されたって、何をだよ」
「君は魔王軍との戦いが始まったら、どうするのかって話だ」
「……」
いつか言われることが分かっていたのだろうか、それほど驚かずに口を噤むフェルム。
それに構わず僕は、僅かに表情を顰めつつ言葉を発する。
「フェルム。はっきりと言うけど、君の立場は非常に危うい」
黒騎士。
それは、魔王軍で戦っていた時のこの子の姿であり名前。
そしてカズキと先輩を殺しかけた敵でもある。
「君は元々は魔王軍に所属していた僕達の敵だった。戦場では、敵として騎士の方々を多く傷つけ……殺してしまった人もいるかもしれない」
「……」
それは、僕には分からない。
もしかしたら、強面達が怪我人を連れ去って奇跡的に全員助けているかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ローズの話によると、騎士の中にはこの子に恨みを抱いている人、恐れている人もいるらしい。その理由が魔族だからだとか、他の理由からくるものなのかは教えてもらえなかったけれど、彼らはそんな感情を押さえ込んでくれている。
僕は、改めてそれをフェルムに教える。
「その事実は絶対になかったことにはできない。分かるね?」
「そんなこと……ボクが一番分かってる」
その表情には後悔の色が見えた。
ここで生活したことで、この子の考え方も変わってきたのかもしれないけど……それは逆に精神的な重荷になってしまったかもしれない。
「……魔王軍との戦いが差し迫っている。その時、君はどうしたい?」
「どうするって……ボクにはどんな選択肢があるんだ?」
「この王国に残っていてもいい。……その場合、君は一時的に地下牢に入ることになる」
「ちょっとウサト、地下牢って……」
地下牢という言葉を聞いて声を上げようとするネアだが、フェルムはさほど動じず納得したような反応をした。
「まあ、ローズがいない王国にボクを野放しにするわけにはいかないしな。当然の対応だよ。で、もう一つは?」
「……もう一つは、救命団員として僕達と一緒に戦場に行くこと。次の戦いは規模が大きくなるから、一人でも手が欲しいのが現状なんだけど……」
ここまでは副団長としての言葉だ。
だけど、本音は違う。
「正直、僕は君にこっちを選んでほしくない。同族を相手にすることもそうだし、君を危険に晒してしまうからだ」
本来、フェルムがここに入れられた理由は、黒騎士としてのこの子の性格を矯正するためだ。
救命団員にするというのは建前みたいなものだったらしいけれど、ローズは僕にフェルムのことを任せた。
それはつまり、フェルムに救命団員としての資質がしっかりと備わっていることを意味する。
「お前は……」
「ん?」
「ウサトは……ボクに、どうしてほしいんだ……?」
ここにきて、フェルムは僕に判断を委ねてきた。
その言葉を聞き、立ち上がり腕を組んだ僕は不安そうな表情のフェルムを見下ろし、一言。
「君が選ぶべきだ」
ぴしゃりとそう言い放った僕に、フェルムが驚きの表情を浮かべる。
ネアは「やっぱりかぁ」みたいな表情をしている。
「それは、ないだろ……」
「いいや、これは君が選ぶべきことだ。選択肢こそ与えたけど、それに従わなくてもいい。どうしたいか、何をしたいのか、自分で考えるんだ。時間が必要ならできる限り待つ」
ローズの口ぶりからして、裏切るなんてことはありえないと考えている。
僕も、この子が裏切るなんて考えは不思議となかった。
●
物心ついた時から、ボクは自分の魔法を使えた。
最初は、あらゆることからボクを守る黒い衣、だった気がする。
誰かに傷を返す力なんてなかったはずだ。
それでも、両親を含めた周りはボクのことを怖がっていた。
忌避される闇の系統を持つ魔法に目覚めてしまったと、
災いを招く子供だと、
幼い頃に、そんな言葉を投げつけられた。
自分の魔法を消し去りたいと何度も願ったこともある。でも、ボクの身に危険が迫ると勝手に魔法が発動して、ボクの体に纏わりついてしまう。
それを見た周りの奴らは、ボクを避けるように遠ざかっていった。
ボクが両親だった奴らから離れるのは、ある意味で当然のことだったのかもしれない。
どうせ嫌われるなら、怖がられるなら、他人に理解されたくもないし理解したくもないと思うようになった。
傷つけられるなら、逆に傷つけてやる。
ボクの受けた痛みを、同じだけ味わわせてやる。
魔王軍という他者を傷つけられることが認められている場所で、そう考え続けた末にボクの魔法には『反転』という特性が備わっていた。
鎧に受けた『傷』を相手に返してしまう能力。生物が相手である限り、無敵ともいえる力だが、ボクと同じ闇の魔法を持つ第二軍団長相手には効果が薄かった。
あのろくでなしは、初めて会うタイプの魔族だったけれど、ボクとは根本的に考えていることが違うということがなんとなく理解できた。
というより、あいつ自身が――、
『フェルム、俺とお前は求めているモンが逆だ。俺は好敵手を求めているが、お前は理解者を求めている』
そんなことを言っていたが、その時のボクは感情に任せて否定した。
自分は生きる実感が欲しくて戦っていると、思っていたからだ。
反論するボクにコーガは「知ってた! 否定するよな! うん!」という物凄くむかつく笑顔を浮かべていたが、最近になってあいつの言っていたことが分かった気がする。
……今、目の前で真剣な表情でボクを見下ろしている男、ウサト。
先日救命団の副団長となったあいつが、ボクに選択を突き付けている。
「……フェルム、どうする?」
無言の僕に心配そうに声をかけるウサトに感情が揺さぶられる。
こいつは、いや、この場所はボクにとって優しすぎた。
やらされていることは鬼のような場所だと断言できる。それは絶対に変わらない事実だ。
延々と走らされたり、蹴飛ばされたり、心が折れそうなほどの罵詈雑言を叩きつけられたりする。そんな地獄のような場所が救命団だけれど……それでも、この場所はボクにとって優しかったんだ。
『は? 魔族ってだけで怖がるような奴がうちにいると思ってんのか?』
救命団に入った当初、ローズに言われた言葉がソレである。
闇の系統魔法を使えてしまうボクを全く怖がらず、それどころか敵であるはずの魔族に対して、普段通りに接してくるおかしな奴ら、それが救命団という組織。
というより、ここにいる団員にとって魔族よりも恐ろしい存在が頂点にいるから、今さら魔族なんて気にもならないのだ。
そんな環境で、訓練を受け、一緒に飯を食って生活する。
それは、今まで一人で生きていた時間とは違う、他の誰かと時間を共有するということだった。
気づいたときには、ボクはこの救命団での生活を心底気に入ってしまっていたのだ。
「ここにいる奴らは、皆、変だ」
魔族としての自分を嫌ってくれればこんな気持ちにならなくて済んだのに。
もっと黒騎士だった頃の罪を責めてくれれば良かったのに。
怒って、憎んでくれれば、こんなにも重く、苦しい気持ちを抱かなかったのに、ボクはこんなにも、“ここにいたい”と思うようになってしまった。
黒騎士としてのボクが消えていって、いつしか救命団としてのボクがこの場所にいるようになった。それは、ボクに訪れた変化というやつなんだろう。
そう考えていくごとにこみ上げていく感情を押し殺して、呟く。
「ボクは、お前が嫌いだ……」
「え? あ、う、うん……ごめんね?」
普通に傷ついたような表情になるウサトに面を食らうが、それでも続けて言葉を発する。
「勝手に人の心にズカズカと入り込んでかき乱して……そんなところが、大っ嫌いだ……!」
「……え、ちょ、フェルム。貴女、泣いて――」
「うるさい。泣いてないっ」
隣のネアにそう叫んで、目元を拭う。
当のウサトは、こちらを見て驚いた表情を浮かべたが、何も言わずにボクと視線を合わせた。
「ボクはずっと一人だった。誰かと一緒にいるなんて心底くだらないと思ってた。だけどここに入れられて、たくさん酷い目にあった」
「うん」
「魔物みたいな奴もいたし、見た目は人間だけど化物な奴もいた」
「……う、うん」
「見た目は弱そうなのに中身がおかしいお前が、ある意味ローズより化物染みてると思った」
「……」
「お、落ち着きなさい、ウサトっ。ね? 深呼吸、深呼吸……!」
笑顔のまま表情が変わらなくなったウサトをネアが鎮めにかかる。
一瞬怖気のようなものを感じたが、構わず次の言葉を発する。
「でも、いつしかボクは“ここにいたい”って思うようになったんだ。ここは黒騎士も……闇の魔法も、関係なくボクのことを認めてくれた場所だから……」
怖がられていただけの人生だった。
それを受け入れて生きていたけれど、この場所を知ってしまったボクは……黒騎士としてのボクは死んでしまったのだろう。
全てを拒絶し、誰の言葉も受け入れようとしなかった黒騎士。
そんなボクを救ったのは、今目の前にいる男に違いなかった。
「ここが、ボクの帰る場所だ。だからボクは……救命団の一員として、戦う」
もう後戻りはできない。
これで、完全にボクは魔王軍にとっての敵になった。
そう思い至った瞬間、自分の先ほどの言葉を思い出し、猛烈な恥ずかしさが後から襲い掛かってくる。
そんなボクに頷いたウサトは、僕の前まで歩みよってきた。
「なら一緒に戦おう。奪うためじゃない、救命団として命を救うための戦いを」
「……ああ」
ウサトの言葉に俯きながらも頷く。
すると、前触れもなくウサトがこちらへ手を伸ばしてくる。
「じゃ、これはもういらないね」
「は?」
いったい何を――と身構えようとした瞬間、バチンッ、という何かが切れる音が首のあたりから聞こえた。
見れば、ウサトの手には今の今までボクにつけられていたベルト部分がちぎられた魔力封じの魔具があった。
「団長から、外していいって許可は出ていたからね。あ、でもあまり乱用しないように。最悪、もう一度魔力を封じることになっちゃうから」
「……な、なな」
ははは、となんのこともないように呑気に笑っているウサト。
しかし、ボクの驚いているところはそこではなかった。
まさかこいつ、鍵穴があるのに素手でちぎったのか?
「あ、心配はいらないよ。予備があるし、修理すればまた使えるらしいしね」
当の本人はさも当たり前のようにポケットに魔具をしまいやがった。
こいつが素手で引きちぎられるものを、今の今までどうにもできなかったボクって……いや、考えるのはよそう。
とりあえず、久しぶりに魔力が戻ったので試運転がてら魔力を纏ってみる。
足元から魔力が体に纏わりつき、服の形へと変化していく。
「……うぅ、やっぱりこの服のままだ」
形になったのは、ウサトの着ている白い団服を黒にしたもの。
ウサトに呼び出された時から変わっていない形に、嫌な声が漏れる。
「闇魔法は、使用者の精神状態で変化する。それが団服を形どったってことは……うん、そういうことか」
「これってあれよね。相当ここを気に入っているってことよね」
「うるさい! そんなはっきり言うな!」
じろじろとボクを見ているウサトとネアに叫ぶ。
ボクの魔法が変化しているのは自分でも分かる。
そういう魔法なのは分かっているし、何より自分が変わってしまった自覚もある。
「おい、ウサト。ボクの魔法が変わってないか調べるぞ」
「調べるって、何を?」
「この服にデコピンしてみろ。反転できるかどうか試してみる」
左腕を差し出し、手の先までを魔法で覆いこむ。
黒騎士の時に用いていた受けた傷を返す『反転』の能力。
「えぇ、だって僕に痛みが返ってくるんじゃ……」
「今更、まともな人間っぽいこと言ってないでやりなさいよ。私も闇魔法の力、見てみたいし」
「ひ、酷い……」
いつの間にかフクロウに変身したネアを肩に乗せながら、ウサトがデコピンを作った指をボクに近づける。
ウサトも自分に痛みが返ってくるのが分かっているのか、それほど力をいれていないようだ。
「じゃ、やるぞ」
一旦魔法で受けたあとに、反射させればいい。
ビシッ、とウサトのデコピンが左腕に当たる。
前と同じく痛みは感じない。ここまでは同じなので、反転させようと念じてみるが——、
「……やっぱり、できなくなってる」
「僕も痛みはないね」
と、いうことはボクの魔法の『反転』という能力は消えてしまったということか。
ある意味で当然とも言える。今のボクには、他人を遠ざける必要も傷つける必要もないのだから、相手を傷つけるための能力もいらなくなるはずだ。
そう自分で納得していると――、ボクの意志に関係なく左腕を覆う魔力が動き出した。
動き出した魔力は、掲げられているウサトの左手に吸い付いた。
「「え?」」
まるで食らいつくような魔力の動きに、その場にいる全員が面を食らう。
「うおお!?」
「吸い付いた!?」
「な、なに!?」
魔力が勝手にウサトに引き寄せられた!?
当のウサトは、自身の左手を見て混乱している。
「な、なんだこれ! 気持ち悪っ!?」
「汚いものみたいに言うな! ボクの魔法だぞ!?」
「いやだって、がっつり張り付いてるよ!? 魔力も吸われてる感じがするし、大丈夫なの!?」
焦りながらボクに左手を見せてくるウサト。
彼の左手首から先には黒色の魔力が手袋のように張り付いていた。
咄嗟に、戻るように念じるが、久しぶりに扱う魔法なのでうまく操れない。
「っ、久しぶりに使うから、うまく扱えない」
「見たところ、魔法自体に急激な変化が起こってるからフェルム自身も操りきれていないってことかしらね」
「冷静に考察するな!? ……フェルムが無理なら、内側からの衝撃で弾き飛ばすしかないか。多少痛いけれど、この状態のまま放っておくよりはいい」
ウサトが何をするか知らないけれど、とりあえず一刻も早く自分の魔法を支配下に置くために強く念じる。
こういうことは初めてじゃない。
こういうのは、しっかりと自分の魔力を認識していけばいいだけだ。
それほど難しいことでもないので数秒ほどで魔力を再び自分のものにして、僕はすぐにウサトの手の魔力を戻そうとする。
しかし――、
「治癒魔法破裂掌!」
「うわ!?」
隣から衝撃のようなものが発せられ、バランスを崩し倒れかける。
何かと思い、衝撃が来た方を見てみれば、ウサトが治癒魔法特有の緑色の魔力を左手から放っていた。
相変わらずボクの魔力は左手に纏わりついていたが、それはすぐにウサトの手を離れ、ボクの方へ戻ってくる。
「と、とれた……よかった。一瞬、形を保ってたから駄目だと思った……」
「……結局なんだったのかしら?」
無傷な様子の左手を見て、安堵の表情を浮かべるウサトとネア。
ボクとしては、自分の魔法のことが余計に分からなくなってしまったので溜息しかない。まあ、結果的にはウサトの手に纏わりついたのも戻せたし、今のところはこれでよしとしよう。
そう考えていると、口元に翼を当てたネアがボクに体を向ける。
「でもウサトに引っ付くって、なんだか同化してるみたいよね。もしかして、そういう能力になっちゃったのかもしれないわね」
「き、気持ち悪いこと言うな!」
ネアの言葉に鳥肌が立った。
今の出来事を考えると、ありえない話でもないからだ。
でも本当にそうだったらと思うと――、
「ははは。そうだよ、ネア。そんな能力だと僕も困るよ」
「……」
笑いながらそんなことを言ったウサトの脛をつま先で蹴る。
蹴られた本人はケロリとした表情で、頬を掻いた。
「ねえ、なんで今蹴られたの?」
「うるさい! 自分で考えろ!」
効かないのは分かっていたけれど、やらなければいけないと思った。
フェルムの魔力がウサトに張り付くときの動きは、ヴェ〇ムのイメージが近いです。
そりゃあ、ウサトも慌てます。