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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第八章 決戦、魔王軍との戦い
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第百七十八話

お待たせしました。

第百七十八話です。

 救命団での夕食を終えた僕は、少しだけ緊張しながらも団長室の前に立っていた。

 思い返せば、あの時のローズの様子は感慨深そうで、それでいて何かしらの覚悟を決めたような……前とは少し違った雰囲気があった。

 重要な話をする、という前提で団長室へと訪れた僕はいつもより重く感じる手を掲げ、扉を叩く。

 『入れ』という声に従いゆっくりと扉を開けると、ローズがいつも通りの位置に座っており、手を組んで窓の外を無言で眺めていた。

 書類は既に片付いているのか、昼間に山積みになっていた書類はきれいさっぱりとなくなっている。


「楽にしろ」

「はい。失礼します」


 その言葉に従い、あらかじめ用意されていた椅子に腰を下ろす。

 暫しの沈黙に少しだけ居心地の悪さを感じていると、不意にローズが口を開いた。


「さっきまで、お前がこの世界に来た時のことを思い出していた」

「来たときって、勇者召喚に巻き込まれた時ですか?」

「ああ」


 ローズの言葉に、僕もこの世界にやってきた時のことを思い浮かべる。

 思えば、あの日から今の僕が始まったといってもいいだろう。

 まあ、始まりからしてローズに強制入団させられての地獄の満漢全席みたいなことさせられてたから、色々と感慨深いものがあるけれど。


「今に思えば、お前を見つけたのは奇跡だったんだろうな」

「え?」


 窓の外から視線を外さないまま、そう呟いたローズの言葉に呆気にとられてしまう。

 失礼かもしれないけれど『奇跡』という言葉がローズの口からでたことに驚いてしまったのだ。全然イメージに合わない……。

 呆気にとられる僕にローズは、ようやくこちらへ顔を向ける。


「ウサト、お前は正真正銘の一般人だ。そんなお前が勇者召喚に巻き込まれ、この世界に来てしまったことは、本来はありえないことだったはずだ」

「まあ、僕に勇者としての素質や才能なんてありませんからね。普通に召喚されるはずがありませんし」


 魔法使いとしての才能も、戦いのセンスも先輩とカズキの方が圧倒的に優れている。

 魔力量だって、普通より少しだけ多いってだけだ。

 そんな僕が今日までやってきたのは、ひたすらに体を鍛えてきただけだった。


「僕が先輩達と一緒にこの世界に来た時、貴女に城から連れ出されなければ、きっと今とは違う道を歩んでいたでしょうね」

「だろうな。お前はウェルシーかオルガあたりから魔法を学び、真っ当な治癒魔法使いになっていただろう」


 今のように腕力にものをいわせての肉弾戦をしたり、戦場の真っただ中を走るなんてことはしなかったはずだ。

 少し感慨深い気持ちになっていると、ローズは口の端を歪めた。


「なんだ? その方がよかったか?」

「まさか、今ここにいる自分が一番気に入っていますよ」


 からかうように言ってくるローズに、僕も苦笑しつつ返答する。


「それに、ここで鍛えたから助けられた人たちもいますから」


 脳裏に浮かぶのは、書状渡しの旅で訪れた王国で出会った人々の姿。

 時にはピンチになったり、どうにもならない事態になったけれど、最後には助けることができた。


「元の世界では、本当に普通の学生だったんです。自分が変わるきっかけが欲しくて、代わり映えのない日常が変わってほしいって、そんなことを願っていました。でも、この世界にきてからその考えは変わりました」


 日常が大きく移り変わったことで、僕の考えも次第に変化していった。

 そのきっかけは、先輩とカズキ、二人の勇者と救命団にあると思っている。


「最初は先輩とカズキの助けになりたくて、必死に訓練を頑張っていました。二人の迷惑になりたくないし、僕の治癒魔法を扱える才能を役立てられるかもしれないって」


 あの時は、救命団の訓練と合わせて我武者羅に突き進んでいたような気がする。

 言い換えれば、あやふやな理由で前に進もうとしていたともいえる。


「それから、魔王軍との戦いで僕は、騎士の皆さんの命を救うために戦場を駆けました。戦場は……物凄く怖かったけど、それでも先輩とカズキを助けられてよかったと思います」

「……」

「だから、思ったんです。僕」


 我武者羅に突き進んでいたが、いつしか指示された道を見つけたんだ。

 戦場で傷つく人たちを癒す救命団員としての道を――、


「誰かが笑って、普通に生きられる日常を守りたい。悲しむ人がいるなら手を差し伸べて、傷つく人がいるなら助けたいって」


 そう言葉にすると、こちらを見て暫し無言になったローズは額に手を置く。

 どういうことか、その表情が険しいように見えた。

 もしかして何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか? いや、我ながらこっぱずかしいことは言った気がするけども。


「ウサト」

「は、はい」

「……お前の考えは、褒められたもんなんだろう。私自身、その考えを褒めてやりたいところだが……お前はまだ、本音を口にしていない」

「え? いえ、そんなことは……」


 そんなことを言われるとは思ってもいなかったので、狼狽してしまう。


「ウサト、お前は戦場でなにを見た?」

「……」


 その指摘に心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 この人も僕と同じ役目を担っているから、分からないはずがない。

 それは承知しているけど、もう指摘されないものだと思っていたから、これほどまでに動揺してしまっている。


「恐らく、お前は既に乗り越えているんだろうよ。誰にも言われるでもなく、テメェの中で答えが出ているから、強い意志を以て行動に移すことができた。……私にすら今の今まで気づかせなかった時点で、相当なもんだ。本当に大した奴だよ、お前は」

「団長、僕は……」

「だが、吐き出せるときに吐き出しておけ。そんなもん抱えて良いことなんて一つもねぇしな。幸い、ここには私とお前しかいねぇ」


 暫し無言になってしまうが、自分の掌を一度見つめた僕は小さく頷く。


「……そう、ですね」


 確かに、ローズの言う通り、僕は本音を隠した。

 勿論、口にした理想は僕の本心だった。

 傷ついた誰かを助けたいし、平和な日常を守りたいと思っている。

 だけど、僕の根底にある『苦しんでいる人を助けたい』って感情は、別のところからきたものだった。

 その感情が芽生えたのは……多分、魔王軍との戦いの中だったと思う。


「魔王軍との戦いの時の、話です」


 思えば、このことを誰かに話すのは初めてかもしれない。

 改めて、そう考えながら掌を見つめたまま、絞り出すように声を発する。


「今でも鮮明に思い出せるんです。僕の目の前で力尽きてしまった人達の顔を」


 最初の魔王軍との戦いの中で、僕は全ての命を救えたわけじゃない。

 助けられなかった人もいたんだ。

 あと少しというところで、間に合わなかった人もいた。

 掴んだ、と思ったらもう冷たくなっている人もいた。

 助けた人が、次に見たときは倒れて動かなくなっていたこともあった。

 それでも、僕は戦場を走り続けた。まだ、戦っている人たちがいたから、止まってなんていられなかった。


「皆、生きたいって願っていた。それなのに、助けることができなかったんです」


 全ての人を救えるだなんて思い上がっていない。それでも、行き場のないどうしようもない後悔は残る。

 あと少し、早ければ、手を伸ばせていたら……と、いくら感謝されて褒め称えられても、心のどこかではずっとそのことを考えてしまっている。


「僕はこれからも、無茶なことをしてしまうでしょう。これまでの旅での出来事のように、自分から厄介ごとに首を突っ込んでしまうことも……だけど、それでも――」


 きっと、割り切ってしまえば楽になれるのだろう。

『しょうがない』

『精一杯やった』

『頑張ったけど、無理だった』

 そう考えてしまえば、心にのしかかる後悔の念を消してしまえるけれど……それは、僕が絶対に許さない。

 僕は、この後悔をずっと引きずっていくことに決めたんだ。


「――もう二度と、そこにいる誰かを助けられなかった自分に後悔したくないんです」


 開いた手のひらを強く握りしめ、ローズへと視線を合わせる。

 僕の独白を聞いたローズは組んでいた腕を解き――、


「すまなかったな」


 そんな、謝罪の言葉を口にした。

 予想外の謝罪に、僕は動揺を露わにする。


「なんで、団長が謝るんですか?」

「いくら並外れて心が強くとも、お前は平和な世界で生きていた十七歳の子供だった。そんなお前に辛い経験をさせたのは、他でもないこの私だ」


 確かに辛いとは思っていた。

 けれど、当時の僕はそれが理由でローズを恨むって考えにはならなかった気がする。

 それ以上に、救命団で得たものが多かったからだ。


「僕は貴女を恨んでなんていませんし、ここに連れてこられてよかったとさえ思っていますよ。それよりも……団長に謝られたことの方が驚きました。そういうの、絶対にしないとぶふ!?」

「ハッ、人が真面目に話してるってのに。相変わらず空気の読めねぇ奴だ」


 額にデコピンの要領で放たれた治癒魔法弾が直撃し、軽くのけ反る。

 苦笑いしながら額を摩っていると、ローズも呆れたように笑みを零していた。


「前置きが長くなっちまったか。……そろそろ本題に移るぞ」

「……はい」


 机に肘をつき、手を組んだローズ。

 僕も少しだけ緊張しながらも話しが始まるのを待つ。


「……ネロ・アージェンス。奴について語るとなると、救命団を創設するに至った理由も話す必要がある」

「ここが作られた理由……」

「まず私がリングル王国、大隊長だった頃の話をしよう」


 大隊長、どれほどの地位かは分からないけれど、高い位置にいる役職なのは分かる。

 そもそも、身体能力どころか状況判断能力すらもずば抜けているこの人が一兵士止まりなはずがない。


「救命団が創設される前、リングル王国の大隊長っつー地位にいた私は、少人数の部隊を率いていた」

「その構成員は……トング達ですか?」

「いいや、あいつらよりも前に私の部下だった奴らだ。私が手ずからに集めた問題児で構成された部隊でな。構成員は私を除き、たったの七人だけだが、その実力は折り紙付き、こと集団戦においてまさに敵なしだった」


 なんだか今の救命団の団員と似ている気がする。

 特に問題児で構成されたってあたりが。

 しかも、ローズが実力を保証しているってことは、相当な実力者たちだっていうことだ。

 かつての部下にかなりの興味を持った僕は、興味ついでに質問することにした。


「その方たちは、今はどうしているんですか?」

「死んじまったよ。魔王軍との戦いが始まる前にな」

「……え?」

「気にするな。お前にはあえて黙っていたからな。知らなくて当然だ」


 かつてローズの部下だった人達。

 その方々はもうこの世にはいない。それがどんなことを意味するのか、すぐに察することができた。察することができたからこそ、あまりにも無遠慮すぎた質問を恥じる。

 僕の不謹慎な言葉に、特に気にした様子もなく彼女は続けて言葉を発する。


「あいつらは、どいつもこいつもまともな行動をしなくてな。あらゆる場所で問題を起こしたもんだから、私が手ずから部隊に引きずり込んで指導してやったんだ」

「それは、今の救命団と変わってないんですね……」

「全くだ。お前を見ていると、つくづくあいつらのことを思い出す」


 どうして僕だけなんですかね……?

 どことなく、ローズの部下だった人達と僕に通ずる部分があるような気がする。

 もし、その人たちが生きていたら、意気投合できていたかもしれないな……。できることなら、話をしてみたかった。


「……幸い、時間はたっぷりあるからな。教えてやるよ、あいつらのことを」

「大丈夫ですか? 団長にとって、辛い話なんじゃ……」

「変な気遣いはいらねぇよ。それに、あいつらのことをお前に話すことは……私にとっても必要なことだからな」


 そんなことを考えている僕に、何を思ったのかローズはかつて率いていたという部下達の話を一人ずつ語り始めた。

 今とは別のローズの部下達。

 彼らは、まさしく個性の塊といえた。

 というより、下手をすれば見た目を除けば強面共をも上回っていると思えるほど、我の強い人たちであった。

 よくこんな人たちが一つの部隊にまとめられていたんだろう、と一瞬だけ疑問に思ったが、その隊長がローズだと思い出し、即座にその疑問は解消された。

 しかし、僕が驚いている一方で、彼らのことについて語るローズの表情はどこか楽しそうに見えた。


「七人目だが……そうだな。こいつはお前に似ている」

「え、僕にですか?」

「性別は女だがな」


 心なしか他の人の紹介よりも、ローズの言葉に感情が籠っているような気がする。

 それほど思い出深い人なのだろうか?


「名前はアウル、部隊の副隊長を任せていた私の副官ともいえる存在だ」

「アウルさん、ですか」

「歳はお前とそれほど変わらねぇくらいだったな。バカみたいに明るく、それでいて口の減らねぇ生意気な奴だったよ」


 言外に僕が口が減らなくって生意気って言われているような気が……。

 いや、ローズ相手に口が減らないのは自覚しているけども。


「負けず嫌いで、どんなにしばいても噛みついてくるのが、アウルだった」

「あー、確かに僕と似てますね」

「だろう?」


 僕の治癒魔法を除いた唯一の取柄が負けず嫌いだ。

 きっと、アウルさんもローズの訓練の時も『絶対に屈してやるものか』とか『負けてたまるか!』って思いだけで乗り切ったんだろうな。


「だがその一方で、あいつはどんな時でもブレずに前を向き続けることのできる精神的な強さを持っていた」

「どんな時もって……」

「誰もが心折れてしまうような状況の中でさえも、アウルはブレることなく前を向くことができる。それは危うい部分でもあるが、絶望せずただひたすらに前を向けるあいつの精神的な強さは、仲間に活力を与える」


 ただひたすらに前向き。

 単純に言い換えるとこうだけど、どんな状況でもぶれずにいられるのは、とてもすごいことだと思う。

 諦めないってのは、それだけで一つの力だ。

 たった一人だけでも、足を止めず前に進もうとする人がいれば、絶望していた周りの人も感化され、突き動かされるように立ち上がっていく。

 アウルさんという人はきっと、そういう周りを突き動かすような力を持っている人なんだろう。


「正直な話をするなら、何度かお前をアウルと重ね合わせたときもあったよ。副団長に任命した時もそうだった」

「あー、アウルさんが副隊長で、僕が副団長だから……」

「それにやっていることもほぼ同じだったからな。何度ぶっ飛ばそうが懲りずに食って掛かってくるところや、私に対しても仲間に対しても減らず口が絶えねぇあたりとかな」


 傍から訊くと自分が、打たれ強くて無礼な人間に聞こえてくる……。

 ローズは辟易したようにそう口にしているが、どこか懐かしんでいるようだ。


「ま、こいつらが私の率いていた隊の部下達だ」

「なんというか、凄まじいですね。救命団ができる前から、色々な意味で濃い人たちを率いていたんですね」

「それは今も変わらねぇがな。それに半分はお前が連れてきたようなもんだし」


 あー、ナックやフェルム達のことを言っているのか。

 確かに彼らは僕が連れてきたようなものだ。

 僕も人のことを言えないな、と思い一人苦笑いを浮かべる。


「———それで、だ。かつての部下達を話したのには理由がある」

「理由?」

「それを、今話そう。ネロ・アージェンスとの因縁と、救命団が創設されることになった理由を……な」


 ローズのかつての部下達の話を聞いたけれど、それでも尚、僕はこの人のことを知らなさすぎる。

 それを改めて理解した上で、僕は彼女の言葉を一言も聞き逃さないように、集中するのであった。



過去編に突入すると、割と本気で第八章の半分以上の尺をとってしまうかもしれませんので、ローズの口から語るという形になりました……。

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