閑話 強き者
感想欄を見てみると、読者の皆様方の色々な感想、意見がありなんとも頷かされます。
「こういう捉え方もあるんだな……」とか「そう感じてしまってもしょうがない」などなど、本作を書いている私自身も納得、共感してしまう感想が多くありました。
いつも楽しい感想・貴重なご意見を送ってくださり、本当にありがとうございます。
そして、お待たせしました。
閑話 魔王軍編です。
今回はコーガ視点です。
進軍の準備が整った。
第二軍団長の肩書を持つ俺は、部下からその知らせを受けたあと、魔王様からの招集に応じることとなった。
しかし、集まった軍団長は俺と、新しく軍団長として任命された女性だけであった。
「進軍の準備が整ったようだな」
「「はッ」」
玉座に座り、こちらを見下ろす魔王様に膝をつき、頭を下げる。
この方を前にすると、生物以前に存在からして格が違うとさえ思えてくる。
魔王様は次に、俺の隣にいる薄い紫色の髪が特徴的な女性へと視線を向けた。
「第三軍団長ハンナ・ローミア。貴様は軍団長としての任についたばかりだが、問題はないか?」
「勿論であります。魔王様のご期待に添えるよう、全力を以て軍団長の任に勤しんでおります」
そう答えたのはアーミラの後任として第三軍団長に任命されたハンナ・ローミアという女性だ。
魔王様を前にしても動揺を見せない彼女は、元々アーミラ率いる第三軍団に所属していた兵士であった。
前回の戦いの際、数十人規模での大掛かりな幻術を仕掛け人間側の目を欺くという作戦にて、幻術の三割の負担を担った上に魔力枯渇の状態でそのまま剣を片手に戦場へ赴き、ほぼ無傷で生還したとかいう、割と恐ろしい戦歴を持っている。
その常軌を逸した行動が、魔王様の目に留まったらしい。
「では、戦力の構成を確認をしてもらおうか」
「了解しました。第二軍団長、構いませんか?」
ハンナの言葉に頷く。
俺もできなくはないが、ここは説明に向いているハンナに任せた方がいいだろう。
「まずは戦闘の基盤となるのは歩兵部隊と、魔物を戦力として利用する部隊となります」
「魔物についてはどれほどの種が使える?」
「飛竜種ワイバーン。グランドグリズリーと並ぶ凶暴な魔物グローウルフ。ヒュルルク博士が作り出した魔造モンスター、バルジナクとその大型個体です。後方部隊には——」
流れるようにハンナは部隊の構成を説明していく。
無言でそれを聞いていた魔王様は、一つ頷くと顎に手を当てる。
「現状、用意できる戦力としては十分といえる。これ以上の戦力を望めば逆にこちらの枷となってしまうだろう。コーガ、ハンナ、よくぞここまで軍を整えることができたな」
魔王様の言葉に、俺とハンナはより深く頭を下げる。
俺のやったことは所詮、全体的な兵士の質を上げ、戦場で死ににくくしただけ。魔物を戦闘で使えるよう応用したのはハンナとヒュルルクだ。
俺は俺でそれ以外にも色々とやったが、まあよくこんなに働いたと思う。
内心で地味に達成感を抱いていると、魔王様は表情を変えずに俺達へ向けて口を開いた。
「分かっていると思うが、私はここを動くことはできない」
「いえ、俺達魔族は魔王様のおかげで生きながらえているようなもんなので、お気になさらず」
魔王様の言葉に静かにそう返す。
俺達、魔族の住む大地は朽ちかけている。
作物を育てるはずの土壌に養分はほとんど残っておらず、食うものも限られていた。
そんな大地に住む俺達魔族は、ほんの数年前までは困窮していたといってもいい。
しかし、その困窮は魔王様が復活してからは幾分かはよくなった。
「本来なら、戦えるはずがなかった魔族が戦えている。それだけで貴方様に忠誠を誓う理由になり得ます」
封印から復活した魔王様は死にゆく大地に術を施し、恵みをもたらしたのだ。
そのおかげで今の今まで魔族は生きながらえているが、それは逆にこの場に魔王様を縛り付ける楔となってしまった。
現に、魔王様がこの城にいる限りその恩恵は続くが、戦いに赴けば魔族の住む土地は以前のような朽ちかけの大地へと戻ってしまうだろう。
……このことは軍団長と魔王様の側近しか知らされていない。
魔王様の恩恵で大地に恵みがもたらされていることは知られていても、それで魔王様が城から動けないなどという情報を外に漏らすわけにはいかないからだ。
「そう、か。なんとも世知辛いものだな。戦いに往く同胞を見送ることしかできないのは。数百年前には味わうことのなかった感情だ」
そう言葉にする魔王様の表情は変わらないが、その声色はどこか憂いに満ちているように思えた。
……本来なら、魔族は他種族、特に人間に協力を求めるべきなんだろうが、生憎それは人間の抱く差別意識と、何百年も前の暴虐の限りを尽くした魔王軍という印象が許してはくれない。
互いに互いを忌避し、憎み合ったツケが今になってやってきたようなものだ。
だからこそ、魔族は侵略という道を選んだ。……いや、選ぶというよりそれしか道が残されていなかったというべきか。
「……もしもの備えはこちらで用意しておく。貴様らは思う存分に戦い、勝利を収めるがいい」
「「ハッ」」
魔王様の声に応える。
魔王軍第二軍団長として軍を率いている俺から見ると、魔族が崖っぷちにいることは間違いない。
しかし、戦力に関しては劣っているわけではない。
むしろ魔族個人の能力、兵士の質では、人間を圧倒的に上回っているといってもいいだろう。
『チィ! 避けやがった!』
『大人しく殴られろや!』
『そのまま気絶しろォォ!』
……今脳裏に浮かんだあいつは例外とするとして、基本的に魔族は人間よりも魔力的にも身体能力的にも勝っている。
油断するつもりはさらさらないが、人間側がどれだけ頭数を揃えても、魔物を利用した戦力を合わせればこちら側が優勢なのは確かだ。
それに、戦力の心配をすることはない。
なにせ魔王様を除外した魔王軍内で最も強い男が――、
「——来たか」
「!」
魔王様が小さくそう言葉にした瞬間、背後の大扉が静かに開け放たれた。
振り返るとそこには、ボロボロのローブを纏った男が立っている。
雑に伸ばされたくすんだ金髪に無精ひげ、魔族特有の角と褐色の肌。
ローブの隙間から見えた肩部分には黒色の鎧が取り付けられ、腰には鞘に納められた長剣を装備している。
一目では誰かは分からなかったが、その剣を見て何者か思い至る。
「——第一軍団長、ネロ・アージェンス。遅ればせながら、馳せ参じました」
魔王様の前で膝をついた男、ネロ・アージェンス。
魔王軍最強の名を欲しいままにしている剣士であり、今の今まで戦前の怪我が理由で療養を余儀なくされていた男。
目を瞑り、静かに首を垂れているネロに暫しの沈黙の後に魔王様は口を開いた。
「ネロよ。傷は癒えたか?」
「——我が魔剣、その輝きは衰えず。修練の果てにてさらなる境地へ至った今、貴方様の刃となりあらゆる障害を断ち斬ってみせることを、誓いましょう」
静かに、そして力強い宣言に魔王様は口の端を小さく歪めた。
「ならば、多くの言葉は必要ない。貴様は、貴様の戦うべき場へと赴き、宿願を遂げるがいい」
「仰せのままに」
そのまま立ち上がった彼は深く一礼した後に、魔王様に背を向け元来た道を歩いていく。
見方によっては無礼ともとれる行動に呆気にとられているハンナだが、俺からしてみれば魔王様とネロのやり取りは俺達とは違ったものを感じさせるのだった。
●
ここにきてようやく第一から第三の軍団長が揃った。
第一軍団長、ネロ・アージェンス。
第二軍団長の俺、コーガ・ディンガル。
第三軍団長、ハンナ・ローミア。
多少の入れ替え・欠席はあったものの、これでようやく魔王軍は全力での戦いへと赴けるわけだ。
「コーガ君、第一軍団長ネロ・アージェンスさんの傷のことって知っていますか?」
招集を終え、魔王様のいる広間から退出した俺は、とりあえずネロのおっさんに会っておこうと思い、彼を追って城の中を歩いていた……のだが、第三軍団長のハンナがなぜかついてきた。
彼女の質問はとにかくとして、その呼び方に微妙な表情になってしまう。
「あのさ、なんで君付け?」
「同じ軍団長で……ほら、私の方が年上ですし? それに同じ役職同士、仲良くした方がいいかなと」
「そ、そうなの……?」
独特な距離感のハンナに毒気を抜かれつつ、城を歩く。
アーミラなんて、昔も今も俺に対して毒しか吐いていない気がするのに、こうまで違うなんて超驚きだ。
「傷ってのは、ネロのおっさんのことだよな」
「ええ。魔王様が復活するその前に重傷を負い、療養されていたという話は聞いておりますが、そこまでの重傷を負った理由は明かされておりませんので」
第一軍団長、ネロ・アージェンス。
魔王様が復活する以前から活躍していた戦士。
そんな彼が重傷を負う理由が気になるのも無理はないか。
「ネロのおっさんは、魔王様が復活する前に人間と戦って大怪我を負ったんだよ」
「人間を相手に、あの方が?」
「加えて、おっさんの率いてた精鋭の部隊も一人……弟子だったアーミラを残して全滅って話だ」
「……何と戦ったんですか?」
「治癒魔法使いだよ。リングル王国のな」
それを聞いて、驚きの表情を浮かべるハンナ。
予想外の人物が出てきて驚いているのだろう。
俺もこの話を、アーミラから聞いた時は目が飛び出すくらいに驚いたもんだ。
「俺も全てを把握しているわけじゃねぇが……その戦闘でネロのおっさんは右肩に大怪我、相手側の治癒魔法使いは片目を失った……ようするに、痛み分けって形で戦いが終わったらしい」
「その治癒魔法使いって……」
「今、あんたが思い浮かべているであろう治癒魔法使い。魔王軍にとっては悪名高い、救命団のローズだ」
その時の話はアーミラが知っているかもしれないが、あいつはそれ以上のことを頑なに話そうとしない。
あの場で何が起こったのか、どんな戦いが行われたのか、それを知っているのはネロのおっさん本人とアーミラ、そして魔王様しかいない。
「それでも療養なんかしなくてもおっさんは十分に化物だけどな。なにせ、俺でさえ全く歯が立たねぇからな」
「実力は疑いはしません。魔王様が復活する以前から、異常な強さを持つ戦士として有名でしたから……」
魔王様が復活した後、一度城を訪れたおっさんと手合わせをする機会があったが、利き手じゃないにも拘らずズタボロにされちまった。
見事に鼻をへし折られ、その上で歯牙にもかけられないってのは当時、結構なショックだった。
「で、あんたはどうなんだ?」
「私ですか?」
「前回の戦い、無傷で生還したんだろ? しかも魔力が枯渇した状態で」
そう訊くと、ハンナはとんでもないとばかり手を横に振る。
「いやいや、実際はほとんど大したことしてないですよ。私は戦うというより、サポートの方が得意な魔法使いですし。できることといえば、幻影を作り出すことしかできません」
「じゃあ、どうやって生き残ったんだ?」
「魔力がなさすぎて訳わかんない状態で戦場に出て、なけなしの魔力で相手の騎士を欺いて片っ端から同士討ちさせただけです。まあ、戦うのは私じゃなかったんで、かなり楽でしたけど」
「……」
微笑みながらすっげぇえぐい戦い方が明かされたんだけど。
こいつ、自分が生きるためなら基本なんでも利用するタイプの奴だ。前線での戦闘ではなく、後方支援に徹し、相手の嫌がるような戦い方をするタイプでもある。
……アーミラが熱血直情剣士だとすれば、ハンナは冷徹狡猾幻術使いってところか。
戦慄している俺を他所に、ハンナは戦場の時の話を続ける。
「あ、でも、結局は訳も分からず気絶してしまって……次に目覚めた時は、味方に運ばれて敗走してたんですよね」
「まあ、魔力枯渇だったんだろ? ならしょうがねぇよ」
「いや、違うんです。相手の騎士を使ってひたすらに同士討ちさせてたら、突然、操ってる騎士が目の前からフッと消えて……次の瞬間、隣にいた味方が緑色の光に包まれながら私の方に吹っ飛んできたんですよ。それに巻き込まれて気絶してしまって……」
「……」
気絶、緑色の光、吹っ飛んでくる。
なんだろ。すっげぇ覚えがあるぞ。
やっぱり、リングル王国の治癒魔法使いってやべぇ奴なんだな。
それでこそ“あいつ”って感じはするけども。
ローズの因縁の相手、剣士ネロ・アージェンスの登場回でした。
新たな第三軍団長は後方支援向きキャラです。
他の軍団長が、前に出るのが大好きなので結果的にこのような位置づけになりました。