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第百七十五話

お待たせしました。

第百七十五話です。

今話にて、第七章は終わりとなります。


 グラディスさんの元を訪れた後、僕はあとから合流したアマコと共にルクヴィスの街を軽く散策することにした。

 連日、昼間は訓練と会談でこれといった自由時間がなかったので、最後くらいは息抜きにいいかなと思い、ルクヴィスの街を楽しむ。


「スズネとカズキはどうしてるの?」

「カズキは大図書館を見に行っていて、先輩はエヴァと遊んでいるよ」


 カズキは、なにやら気になる本があるらしい。

 会談の前に大図書館の本をぱっと見た感じ、どれも難しそうなものばっかりだった。

 『魔力の根源に迫る』とか『失われた技術、獲得した平和』とか、そんな色々と考えさせるようなタイトルばかり並んでいたな……。

 専門的な本は読まないから、楽しみながら知識を蓄えられるのは凄いと思う。


「スズネはエヴァといるの?」

「うん。明日、それぞれの国に帰るから最後に挨拶しにきてくれて。時間もあるし、せっかくだからってお茶して行くことになったんだ」

「へー」


 僕も誘われたけれど、先にアマコと一緒に街を散策する約束をしていたので、こっちを優先した。

 エヴァが先輩と仲良くなって良かった。同年代で、女の子同士というだけで色々と話すことも違ってくるだろうし。

 先輩もエヴァの純粋さにダメージを受けるも、なんだか楽しそう(?)に見えるので、結果的にオッケーだろう。


「君の方はどうだった?」

「私は……普通に過ごしてたよ。キリハの家事を手伝ったり、サツキの面倒を見たり、昼間になっても起きないキョウを叩き起こしたりしてた」

「そ、そうなんだ……」


 キョウの休日に惰眠を貪りたい気持ちは分からなくもない。

 学校が休みの日はついつい昼間まで寝ちゃうこともあるよね。それで午後になると、休日を半分無駄に過ごしたと気づいて後悔するまでが一連の流れだ。


「なんというか、普通の生活だったけれど楽しかった」

「それはよかった。やっぱりキリハ達に任せて正解だったな」

「そうだね。……ん?」

「……どうした?」


 ある方向を見て、何かを気にしているアマコに気付く。

 どこか驚いたような表情で路地の奥を見ている彼女の視線の先を辿ると、そこは僕も覚えのある場所だった。


「ここは、ナックと初めて会った場所か……」


 彼が傷つき倒れ込んでいた路地の奥にある広場。

 そこで、一人の少女が魔法の練習を行っていた。

 明るい赤色の髪をツインテールにした少女、ミーナは、通りにいる僕に気付き、まるで魔物にでも遭遇したような嫌そうな表情を浮かべた。


「ウサト。あれが、街中でオーガと遭遇したような顔なのかな」

「アマコ、まず言っておくけど街中でオーガは出ないからね?」

「?」

「なんで僕を見て不思議そうに首を傾げるのかな?」


 僕がオーガそのものだと言いたいのか、オイ。

 二重にショックを受けていると、不機嫌そうな面持ちのミーナが僕達に手招きしていることに気付く。

 正直、顔を見られたら避けられると思っていたので、少しだけ驚きながら、彼女のいる広場へとアマコと一緒に向かう。


「……」

「……」


 しかし、いざミーナの側に来てみると、会話が始まらない。

 自身の髪の毛先をくるくると弄りながら、チラチラとこちらを覗ってはいるものの、ミーナから話しかけてくる気配がない。僕から話しかけるにしても、いったい何を言ったらいいか分からない。

 なにせ、そもそもこの子と接点があまりないのだ。


「ナックは、元気にしているよ?」

「! そ、そんなこと聞いてない!」


 踏み込んでみたものの、即座にキレ気味に返されてしまう。

 しかし、ナックの名前を聞いて反応はしてくれたので、会話を続けることは難しくはなさそうだ。


「えーっと、とりあえず僕のことは覚えてる?」

「あんたみたいな怪物、忘れるはずがないでしょ。それに昨日なんて人間にすら見えない動きしてたし」

「……交流戦の話?」

「午前中、勇者と戦ってた時の話。なんで動きの見えない相手に反応できるのか謎だし、不自然な体勢で加速しているのも謎だし、なによりそれをやっているあんたが治癒魔法使いだってのも謎」


 すっごい早口で言われてしまった。なに? 僕って謎そのものなの?

 そして後ろの子狐、小さな声で同意するな。『分かる。すごい分かる』じゃないよ。

 ……さっきから気になっていたけど、僕達がいる広場に煤の跡と焦げ臭いにおいが漂っている。このにおいからしてミーナはここで魔法を使っていたのだろうか?


「君は、ここで訓練していたのか?」

「……悪い?」

「いいや、悪くないよ。でもどうしてここで?」

「いつも使ってる訓練場が使えないから、今日はここを使っているだけよ」

「あぁ、なるほど」


 昨日交流戦が訓練場で行われたので、今は整備の途中で使えないのだ。

 どうしてこんな狭い場所で訓練しているのかなって思ってたけど納得だ。

 得心がいった僕に、今度はミーナから話しかけてくる。


「ナックが元気にしてるって言ってたけど……」

「ん? ああ」

「私のこと、なんて言ってた?」


 それを聞きたかったのかな……?

 ナックの印象に関わることだし、正直に伝えよう。

 ミーナにルクヴィス出発前に、ナックから聞いていたことを話す。


「君のことを苦手にしているわけじゃないらしいよ」

「……相変わらず甘い奴。いっそのこと、嫌ってくれればいいのに」


 沈痛そうな面持ちでそう呟いたミーナ。

 以前のイメージとは違うこの子の言動を疑問に思いつつ、気になったことを訊いてみる。


「後悔しているのか? ナックにしたことを」

「……」


 黙ってしまうミーナ。

 ナックの話では「うじうじしている貴方が悪い」的なことを言っていたらしいが、少なくともそうは思っていないようだ。

 そうでなきゃ、そんな表情で口を閉ざしたりしない。

 十数秒ほどの沈黙が続くと、ようやくミーナが口を開いた。 


「ちょっと話に付き合いなさい」

「え? 構わないけれど、僕になんの話が?」

「ナックと私のことよ。あんたも気になっているんでしょう?」


 気になっていないといえば嘘になるけど……なんだろう? 話が唐突だな。

 本人はもう話すつもりなのか、近くの木陰に体育座りのような形で腰を下ろした。


「ナックと私が幼馴染だって話は聞いてる?」

「ああ、ナックから聞いてるよ」

「そう。なら、あいつがルクヴィスに入れられた理由は説明しなくてもいいわね」


 本来は水系統の魔法に目覚めるはずだったナックは、治癒系統の魔法に目覚めてしまった。

 そのせいで、両親から冷遇され、家を追い出される形でルクヴィスに入れられた、だったな。

 今、思い返しても酷い話だと思う。


「今はこうだけど、小さい頃はよくナックと遊んでいたの」

「今の関係を見るに……想像できないかな」

「……そうね。でも……楽しかったってのは覚えてる」


 意外だけど仲が良かったのかな?

 でも僕達が初めてルクヴィスを訪れた時、一緒に遊んでいたはずのナックはあんなことになっていた。

 それにも何か理由があるのだろうか?


「一緒に遊ぶくらいの仲だったけれど、ルクヴィスに入る一年ほど前からぷっつりと、あいつと会うことができなくなった」

「会うことができなくなった?」

「屋敷に行っても会わせてもらえない。ナックの両親はあいつよりも妹の方と遊ぶように勧めてくるし、まるでナックがいないものみたいに扱われてて……不気味だった」


 ……軟禁されてたのか?

 言い方がかなり悪いけど、臭い物に蓋をするように、ナックの両親は望んでいた力を持っていなかった彼を必死に隠そうとしていたのかもしれない。


「そんな時、偶然ナックがルクヴィスに入れられるって話を耳にしたの」

「……それで君も、ルクヴィスに?」


 そのままこくりと頷くミーナ。

 心なしか自身のローブを掴んでいる手に力が籠っているようにも見えた。


「ルクヴィス学園にいれられた時のナックは……抜け殻みたいだった。最高の環境で魔法を学べる場所、ルクヴィス学園に入学できたのに、あいつだけは俯いて、この世の終わりって感じの顔をしてた」

「そりゃあ、追い出されたみたいなもんだからな……」

「その時になってようやく、お父様からナックがルクヴィスに入れられた理由を教えてもらったわ」


 ナック本人からしてみれば、希望もなにもあったものじゃないだろう。


「それでも、何度も声をかけようとしたけれど、ナックは周りのもの全部に怯えて私にすら怖がってた。その時の私にとって、それがたまらなく気に入らなかった」

「気に入らないって……」

「治癒魔法に目覚めたからって、自分の現状をただ受け入れるだけで何もしなかったのよ」


 多分、その時のナックは諦めてしまっていたのかもしれない。

 自分の魔法が水系統でなかった瞬間、最も身近な存在だった両親から冷たく扱われ、その末に追い出される形で、たった一人でルクヴィスに送り込まれた。

 それが、十歳になるかならないかの年頃とくれば、精神的に打ちのめされてもおかしくない。

 そう考えていると、その時のことを思い出したのか声を少しだけ荒らげたミーナが続けて言葉を発する。


「ルクヴィスでしっかりと努力すれば治癒魔法だって評価されたはずよ。そうすれば、ナックを見限った両親だって家に戻してくれたかもしれない。……でもナックは、全てを諦めて前に進もうともしなかった」

「君は、治癒魔法使いを見下していたわけじゃないのか?」


 少なくとも、ナックを虐げていた時のミーナはそう見えていた。

 僕の問いに、ミーナを首を横に振る。


「私にとって、ナックが治癒魔法に目覚めていようが関係なかった。ただ、立ち上がってほしかった。でも何度そうさせようとしても、あいつはずっと下を見てるばっかりで、私が差し伸べた手を見ようとしないし、誰にも助けを求めない。そんなあいつに我慢ならなくて、私は……」

「……」

「思い通りにならないナックにイラついて、暴力を振るうようになってしまった。いつしかそれが当たり前になって……私が……私がやりたかったことは本当は違うはずなのに、気づいたらもう戻れないところまできてしまった」


 それでナックが虐げられる状況になってしまったということか。

 最初はよかれと思ってやっていたことが、次第に目的から大きく外れ、歪んでしまったということか。

 無言の僕に、ミーナは自嘲するような笑みを浮かべる。


「今更、素直に謝るなんてできるはずがないじゃない。私がしてきたことはとても……とても酷いことだったんだから」


 ……こういう時、しっかりとしたアドバイスができたらって思うけれど、ナックとミーナの関係は、その場で思いついたアドバイスでなんとかできるほど簡単なものじゃない。

 だけどそれでも、学園を卒業したあとにナックのいるリングル王国に行くと宣言したのは、もう一度会いにいく理由が欲しかったのかもしれない。


「だから、卒業したあとにリングル王国にいるナックのところへ行くと?」

「ナックから聞いたのね。……だってそれ以外に顔を見せられる理由もないし。あ、ナックに負けたままってのは悔しいから、ついでにもっと強くなってから会ってやろうって理由もあるわね」

「そ、そうか……」


 もしかしてナックに負かされたことを結構気にしているのか?

 それを抜いても、これがこの子なりの歩み寄りなのかもしれないけど、なんというか――、


「不器用なんだな。君は」

「うるさい。そんなこと、自分が一番よく分かってる」


 顔を顰め、僕から視線を外すミーナに苦笑する。

 ナックもそうだったように、ミーナも前に進もうとしていたんだな。

 そんなことを思っていると、土と葉っぱを落としながら立ち上がった彼女はこちらを見ずに口を開いた。


「関係のないあんたに話してちょっとだけスッキリした」

「……だから話してくれたのか」

「学園内の奴に話すと変な噂が立てられるから、部外者のあんたなら丁度いいかなって」


 やけにすんなり話してくれると思ったら……なんというか、色々と肝の据わった子だな。

 僕は、この子のことを勘違いしていたのかもしれない。

 ナックの訓練を施しているときは、なんの理由もなくナックを虐げている子だと思っていたが、そこに至るまで二人の間にすれ違いのようなものがあった。

 ……あまり気の利いたことは言えないけれど、伝えられることは言ってみようか。

 話したいことは全て話し終えたのか、再び訓練に戻ろうとしている彼女に声をかける。


「君がナックにしてきた事実は消すことはできない」

「っ」

「だけど、これから先は違うはずだよ」


 こちらを見ずに僅かに肩を震わせたミーナに続けて言葉を発する。


「君もナックもまだまだ子供で、これから長い人生を生きていくんだ。だったら、時間がかかってもいいから歩み寄ってみるのもありだと僕は思うよ」


 二人がすれ違ってしまった時間なんて微々たるものだ。それを取り返すだけの時間を、彼らはあまりあるほど持っているはずだ。

 それに……罪を犯してしまったフェグニスさんと違いミーナはまだやり直すことができる。

 僕の言葉に目を丸くしたミーナは、どこか呆れたように微笑んだ。


「本当、師弟揃って甘い性格が似てるわね」

「まあ、ナックは僕の弟子だからね。似るのは当然だよ」


 僕もローズに似てるとか度々言われるけども。

 主に雰囲気とか顔とか。

 よくよく考えるといずれナックもローズに似てしまう可能性が……? いや、それは考えないようにしておこう。


「ありがと、話しに付き合ってくれて。それと、ナックにはこのことは……」

「分かってる。彼には黙っておくよ」

「そう。……じゃ、私は自主訓練に戻るわ」


 一安心したように肩の力を抜いたミーナは、僕に背を向け広場の中心へと歩を進めていく。

 僕も彼女の邪魔をするわけにもいかないので、その場を離れ元来た道を戻る。

 思いもよらない邂逅だったけれど、結果的にはよかったと思う。

 そう思いながら、路地を曲がるとアマコが僕の団服の袖を引っ張ってきた。


「ん?」

「今のウサト、話がおじさんっぽかった」

「ぐは……ッ!」


 振り返った瞬間、アマコから言葉という武器で強烈な一撃が叩き込まれる。

 今まで気にしないようにしてたけど駄目だった……! なんだよ。『これから長い人生を生きていく』って! 十七歳の若造が五歳年下の少女になに人生語っちゃってんの。マジで。

 ぶっちゃけると、ミーナに話していた半ばあたりから、その場でもんどりうちたい衝動に駆られた。

 気を取り直して、アマコに話しかける。


「さ、さーて、この後どうする?」

「あとでネアとかに言いふらそう」

「よし分かった。何が欲しい? 今ならなんでも奢っちゃうぞー」

「え? ウサトがそこまで言うなら甘えようかな」


 わぁ、眩しい笑顔。

 君がたくましくなって嬉しさのあまり涙が出そうだよ。

 手持ちを確認しつつ通りを進んでいこうとすると、通りの先の方から水色の髪の女性、ウェルシーさんが血相をかえてこちらへ走ってくるのが見えた。


「あれ、ウェルシーさん?」

「どうしたんだろう?」


 首を傾げつつ、僕とアマコは彼女の元へ駆け寄っていく。

 膝に手をついて呼吸を乱したウェルシーさんは、それほどまでに全力で走っていたのか、声も出せないくらいに息を切らしていた。


「ウェ、ウェルシーさん、大丈夫ですか?」

「た、大変、です……!」


 息も絶え絶えな様子のウェルシーさんに治癒魔法をかける。

 この慌てようは普通じゃない。

 嫌な予感を抱いている僕に、呼吸を落ち着かせたウェルシーさんは、険しい表情のまま言葉を発した。


「先ほどリングル王国からフーバードによる伝令が届きました! 国境付近にて、魔王軍の偵察隊らしき影を確認したそうです!」

「ッ!?」


 ウェルシーさんの言葉に、暫し反応ができなくなる。

 思い出したのは、殺意と恐怖で溢れた戦場の景色。

 僕はもう一度、あの場所を駆け抜けなければならない。

 知らず知らずのうちに拳を握りしめていた僕の手にアマコの手が添えられる。咄嗟に彼女を見れば、僕の身を案ずるように見上げている。

 アマコの視線を受けた僕は、一層に気を引き締め覚悟を決める。


「また、始まるんだな」


 平穏な日常の終わり。

 その次にやってくるのは、魔王軍との戦い―――死と隣り合わせの戦場である。


今話を書いて思いましたが、ミーナってかなり好き嫌いが別れるキャラだなって思いました。


ナックの過去とミーナ関係の話は、書籍版より少しばかり設定を反映させました。

この点につきましては本編には影響はありませんのでご安心ください。


今章は準備期間のようなものなので、生死に関わるような大きな戦闘はありませんでした。

その代わり新しい登場人物や、再登場したキャラクターとの話を焦点をあてることになりました。


閑話・登場人物紹介を更新した後に、次章へと移ります。

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[一言] 俺はミーナ人間臭くて好きよ。
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