第百七十四話
お待たせしました。
第百七十四話です。
昨夜は賑やかな時間を過ごせたような気がする。
先輩の部屋にエヴァが泊まることになったので、就寝の時間になるまでカズキを加えた四人で、旅の思い出とかを話そうということになったのだけど、これがまた中々騒がしいものになってしまった。
先輩はエヴァの口から飛んでくる「スズネさんって楽しい人ですねっ!」だとか「難しい言葉をたくさん知ってますね!」などの純粋発言の度に、見えない何かに吹っ飛ばされるようなリアクションを取ったりしていた。
僕とカズキは二人のそんなやり取りを見て、呆れながらも微笑ましく笑っていた。
僕、先輩、カズキ、エヴァの四人で楽しく語り合った時間は、エヴァにとってもいい思い出になってくれればいいなと思う。
そして、三回目の会談に立ち会うことになった僕達は今、その終わりを前にしていた。
「——以上をもちまして、四王国による会談を終了とさせていただきます。サマリアール王国、ニルヴァルナ王国、カームへリオ王国の代表の皆々様、この度は会談に出席してくださり誠に……誠に、感謝いたします」
会談の終わり。
それは、今この場にいる四王国が話し合いを経て、完全に協力し合う関係になれたということだ。
……戦いはいつだって恐ろしいものだけど、共に戦い助けてくれる方がいれば心強いことこの上ない。それと同時に救命団の治癒魔法使いとして、共に戦ってくれる人達の命を失わせない、と静かに覚悟を決める。
ウェルシーさんの言葉を機に会談が終了し、その場で解散となったが、皆、すぐには外へ出ていかずにそれぞれの代表たちへ別れの際の挨拶のようなものを交わしていた。
「ではウサト。またすぐに会うことになるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ハイドさん」
最初に話しかけてくれたハイドさんといくつか言葉を交わしたあとに握手を交わす。
短い間ではあったけれど、この方からは多くのことを教えてもらった。今後、それをしっかりと活かせるように鍛錬を続けていこう。
こちらに背を向け、手を振りながら去っていくハイドさんを見送りながらそう決心する。
「おい、治癒魔法使い」
「はい?」
そんな僕に声をかけてきたのは、カームへリオ王国のカイル王子であった。
いかにも不機嫌ですといった表情で僕のことを見た彼だが、隣に立っていたナイア王女が彼の脇腹に肘を叩き込まれ「ぐふぅ」という気の抜けた悲鳴を上げる。
「あ、姉上! いきなりなにするの!?」
「いえ、失礼なことをする前に先制しておこうと思いまして」
「理不尽!? まだ何もやってないよ!?」
「……まだ?」
「な、ナイア王女、その辺で……」
首を傾げ、声を低くさせたナイア王女を諫める。
このよく分からない理不尽さでローズを思い出すけど、この方の場合は弟のカイル王子限定なのだろう。
「お見苦しいところを見せてしまいましたね」
「い、いえ、気にしていませんから……」
逆に、もう慣れてしまったともいえる。
「私達王族は、戦場へは赴くことができませんが、リングル王国の勝利と、スズネ様、カズキ様、ウサト様の無事を心から願っております」
「ありがとうございます」
「……実は、ここに来るときスズネ様、カズキ様の二人の勇者と、救命団のウサト様にお会いするのが少し不安だったんです」
「そうなんですか?」
「え? 姉上が不安がるとかありえな——」
何か口にしようとしたカイル王子に再度肘でついた彼女はこちらへと視線を戻す。
「噂はあくまで噂。どれほど名が通っていようとも、賛辞を受けていようとも、その本人の性格、本質は会ってみなくては分からないものですから」
「なるほど……」
僕なんて事実から根も葉もない記事……というより、貴族風のイケメン改変似顔絵が出回ってしまったからな。
不安に思うのもしょうがない。
「特にウサト様は、最初はとても恐ろしい人に思えましたが、近くで見ると無理をして怖い表情をしているのが分かりましたから、すぐに認識を改めました」
「え、分かってたんですか?」
「はい。カイルは全く気づきませんでしたけどね」
ナイア王女には、僕がわざと怖い表情を浮かべていたのはバレバレだったようだ。
今になって知らされると、なんだか恥ずかしくなってくるな。
……ん? ということは会談中、無意識に僕がカイル王子を睨んでしまったときもナイア王女は知っていたということに……?
「全てが終わってからで構いませんので、カームへリオに遊びにきてください。精一杯のおもてなしをさせていただきますから」
そう言ってナイア王女がにこりと微笑むと、隣にいるカイル王子の方を向く。
「カイル。貴方も言いたいことがあるのでしょう?」
「……ああ」
ナイア王女を気にしながらも、一歩前に出たカイル王子は相変わらずの不機嫌そうな表情で話しかけてくる。
「おい、治癒魔法使い……いや、ウサト! お前は確かに滅茶苦茶だ! もはや人間かどうかすら疑っているが、今はそれを置いておく!」
僕個人としては、そのまま置いたままにしてほしいところなんですけど……。
ちらりとナイア王女を一度確認しつつ、彼は続けて言葉を発する。
「俺は、お前には負けない!」
「……な、何をですか?」
「魔法とか、プライドだとか王子として色々含めて負けないってことだ!」
「は、はぁ……」
なぜか対抗心を燃やされてしまった。
カイル王子と僕は、競う分野が違いすぎると思うのだけど、それを言うのは野暮というものなのだろうか。
「言いたいことはそれだけだ! 俺がお前に勝つ前に死ぬんじゃないぞ! じゃあな!」
それだけ言い放ったカイル王子はナイア王女を待たぬまま、その場を離れて行ってしまった。
残された彼女は逃げるように去っていくカイル王子を見てため息をついた。
「ようやく道楽以外のことに目を向けてくれましたか。これで少しでも大人になってくれるといいのですが……最後の最後まで弟が申し訳ありません。それでは、また会える日を楽しみにしております」
そう言って、ナイア王女はカイル王子を追ってその場を離れていく。
気のせいかもしれないけれど、カイル王子のことを口にした彼女の言動はどこか優しげに思えた。
「やっぱり、姉弟なんだな」
嫌っているわけではない、と先日ナイア王女の口から聞いたけれど、彼女も彼女で向こう見ずな行動が目立つカイル王子のことを気にかけているようだ。
僕は一人っ子だから分からないけれど、姉弟っていうのはああいうものなのかな?
……ハイドさん、ナイア王女、カイル王子と言葉を交わしたから、最後にルーカス様の元へ行こうか。
「最後になっちゃったけど……ルーカス様はどこへ……」
「ここだよ」
背後から近づいてきたルーカス様の声に振り返り、すぐに頭を下げる。
「ルーカス様。すみません。こちらから伺おうと思ったのですが……」
「ははは、気にしなくてもいいさ。僕としては他の代表達が君達の元に集まる前に尋ねようと思ったのだがね、いやはや、君もすっかり人気者だ」
「人気者というより、イロモノみたいなものですけどね……」
楽しそうに笑うルーカス様に、僕は笑みを引き攣らせる。というより、自分でイロモノといってしまって地味にダメージを受ける。
今回の会談は色々と派手にやりすぎたこともあった。
しかし、後々考えると過剰ではあったものの、救命団の治癒魔法使いとしての実力を示すには十分なものだったと思う。
あの場で中途半端に実力を披露したら、戦場を駆ける際に救命団の治癒魔法使いとしての僕の実力を信じてもらえず、助けを求められないかもしれないからだ。
「言わずもがな、サマリアール王国は全力で君達を助けよう。僕にも守るべきものがある。それを二度と失わせないために、脅威となる魔王軍はなんとかしなければならない」
「……ルーカス様」
真剣な表情でそう言葉にするルーカス様に頷く。
「これはスズネとカズキにも言ったが、死ぬんじゃないぞ」
「……はいっ」
「君はいずれ僕の跡を継ぐ男だからな」
「はい……って違う!?」
ハッと顔を上げると、悪どい笑顔を浮かべたルーカス様と、その背後で空色の騎士が、魔具のようなものをこちらへ向けている姿が視界に映り込む。
「よし、言質取った! 今のとれたか!?」
「勿論であります! ルーカス様!」
「よくやった!」
サムズアップをするルーカス様と空色の騎士に一瞬呆けるが、次の瞬間、魔具から先ほどのルーカス様のやり取りを流され、すぐに我に返る。
ま、まさか声を録音する魔具!?
いやいやいや! サマリアールは魔具づくりがさかんな王国なのは知っているけど、そんなものまで作れるの!?
「おっと、ウサト。これは会談のために用意しておいたものだから壊すのは駄目だぞ。もちろん、ウェルシー女史にも許可はもらっている!」
「は、謀りましたね!?」
「君への言葉は紛れもない本心だがな! だがしかし、君はこうでもしないと死に急いでしまうようなので、いっそのこと生き残らねばならない理由を作っておいた! ……あとはいざという時のために追い込むための保険だね」
言葉と行動自体はとても嬉しいけど、すっごい小さい声で「追い込むため」っていったのが聞こえたので台無しすぎる。
どうしていいか分からず動けない僕に、シュパッと掌を翻したルーカス様は満面の笑みを浮かべ護衛の騎士と共に、この場を離れて行ってしまった。
「最後の最後に大変なことになっちゃったな……」
生きて帰らなくてはいけない理由が増えてしまったと考えるべきか、それともルーカス様に厄介な手札を与えてしまったのか……。
まあ、僕を思っての行動なのは分かっているから怒れないな。
でも、いつか絶対あの録音はなんとかしよう……!
●
四王国での会談を終えた後、僕達はウェルシーさんと共に、ルクヴィス学園の学園長であるグラディスさんのいる学園長室へと足を運んでいた。
会談中はグラディスさんも忙しかったらしく、会談が終わった今日になってようやく会うことができた。学園長室の大きなテーブルの席には、学園長のグラディスさんが座っており、どこか懐かしむように僕達を見回していた。
「ほんの数カ月しか経っていないけれど、それぞれが大きな成長を遂げているわね」
「グラディス学園長も、先日の交流戦を見ていらしたのですか?」
「もちろんよ。スズネは魔力を身に纏い、カズキは卓越した魔力操作を、ウサトは……ちょっと分からなかったけれど、それぞれが以前よりも格段に成長していることは見てすぐに分かったわよ」
なぜに僕だけ理解不能扱い?
首を傾げる僕に、ウェルシーさんが納得するように頷きながらグラディスさんへ話しかける。
「ウサト様の技術は魔法に詳しい者ほど理解できないものですから、無理はありません」
「確かに、ウサトの技は魔法使いにとっては信じられないものだったな」
「うん。私とカズキ君と同様に、真似できないものだね」
「そ、そう」
……なにも全員で同意しなくてはいいのでは? グラディスさん引いてるし!
系統強化の暴発を応用していることを言っているのは分かるけれども、僕からしてみればカズキと先輩の技術の方が凄いと思えるのだけど……。
「と、とにかく会談が無事に終われてよかったわね」
「はい。これで私達も魔王軍との戦いへの備えに集中できます」
会談が終わったので、明日僕達はリングル王国へ帰ることになる。
そうなったら、いつ来るか分からない魔王軍との戦いに備えなければならない。
「戦いが起こる際には、私達、ルクヴィスも出来る限りの援助するわ。なにせ、魔王軍の脅威はリングル王国だけのものではなく、ここにも及ぶものだから……」
ルクヴィスはリングル王国の隣国に位置する都市。
もし、リングル王国が敗北し、魔王軍に乗っ取られるようなことがあれば、魔王軍の次の矛先はルクヴィスへと向けられることになるだろう。
いくら魔法に秀でている王国であれど、子供の割合の方が多いルクヴィスでは戦うことすらできない。
「ルクヴィスは同盟を結んだ王国からの物資を運び、届ける役割を担うことになるわ。その際、送る物資についてはこちらで整理し、フーバードを介して送るからこちらに任せてもらって大丈夫よ」
「ありがとうございます。実のところ、他にも手を回さなければならないことがあるので、とても助かります。……一つ気になったのですが、戦いの際はここに住む学生は避難させるのですか?」
「ええ。戦争が起こる際は、学生は避難させるか、実家に帰らせることになるでしょう。それでも、一部の子にとってここを離れられない理由があったり帰る場所がないという子もいるから、私達教師はここを守らなければならないわね。戦いの際にはぐれた魔族が、物資目当てで襲撃してくる、なんてことがないとも限らないから」
魔王軍との戦いは何が起こるか分からない。
相手は、先日僕達が相手にしたような的ではなく、ちゃんと考え行動する血の通った生き物だ。だから、予想もしない行動をしてもおかしくはない。
グラディスさんの言葉に頷いていると、ふと何かを思い出したような表情を浮かべたグラディスさんが僕へと声をかけてきた。
「ウサト、ナックは救命団でうまくやっているかしら?」
どうしてグラディスさんが、と一瞬思ったが、ナックも元はここの学生。
この方が気にかけるのもおかしくはない。
驚きつつも、彼のことを伝える。
「ナックなら元気にやっていると思いますよ。今頃、団長に鍛えられているかもしれませんね。ははは」
「それは、大丈夫なのかしら……?」
「ははは、全然大丈夫ですよ。団長もナックには加減してくれますからね」
さすがにまだ子供のナックには僕や強面共レベルの訓練はまだ行えないので、ナックは僕達よりもいくつか段階を下げた訓練を行っている。
最初の頃の僕? 手加減なんてなかったよ。
「彼が元気そうで安心したわ。ルクヴィスにいたときは、彼に何もしてあげることができなかったから……」
「確か、貴族の問題もあって介入することができなかったんですよね?」
「ええ」
先輩の言葉にグラディスさんが頷く。
ここは他の王国とは違い、貴族や有力者たちの援助によって成り立っている場所だから、貴族であったナックとミーナの事情に教師たちが割って入ることができなかった。
下手に学園側が問題を起こしてしまえば、信用問題に発展してしまうのでグラディスさんもナックに助け舟を出すことすらできなかったのだろう。
「でも、もう心配する必要はないわね。『学園を出る』と、ここに訪れた時の彼は以前とは比べ物にならないほど成長していた。今も、そうよね?」
「もちろんです。むしろこれからより大きく成長していくでしょう」
彼の救命団員としての人生はまだ始まったばかりだ。
これから、より厳しい訓練が確実に待ち受けていると思うけれど、彼ならば乗り越えられると僕は確信している。
僕のその言葉にグラディスさんは安心するように微笑んだ。
「ナックも大きく成長したけれど、もう一人、彼と同じく大きな成長を見せている子がいるわ」
「ハルファさんですか?」
「ハルファもそうとも言えるけれど、これに関しては別の子よ」
別の子?
ハルファさんじゃないとすれば、いや、先日ハルファさんがあの子について言っていたな。
「もしかして、ミーナがですか?」
「そう。ミーナ・リィアーシアもナックとの勝負を機に、新たな目標を目指して今を努力しているの」
「ハルファさんから聞きましたが、あの子にも心境の変化があったんですね……」
あの頃の彼女の印象からは想像できないけれど、グラディスさんとハルファさんがそういうのなら、それほどあの子は本気で努力しているということなのだろう。
……でも、ミーナが努力をしている理由が気になった。
救命団でナックが話していたように、単純に再会したナックと戦うために備えているのか、それとも純粋に強さを追い求めているのか。
機会があったら話を聞いてみたいな。
顔を見られた瞬間、すっごい嫌な顔をされそうではあるけど。
今章で一番ウサトを翻弄していたのは間違いなくルーカスとエヴァでした。
※今月25日に発売する、『治癒魔法の間違った使い方』第8巻、第8.5巻ドラマCDについての活動報告を書かせていただきました。