第百七十三話
お待たせしました。
第百七十三話です。
今日の交流戦は、僕にとって非常に実りのある催しであった。
ハイドさんとの手合わせを通じて、自分の足りない部分や、様々な武器を相手にしたときの対処法などを丁寧に教えてもらい、これからの課題などが明確になった。
他にもカームへリオ王国の騎士と、サマリアールの空色の騎士の方々とも手合わせを行ったが、やはりというべきかそれぞれの戦い方に特徴があり、いざ相対してみると勉強になるところが沢山あった。
交流戦を終えた日の夜。
夕食とミーティングのようなものを終えた僕は、宿のベッドに寝転がりながら先ほどのミーティングで話されたことについて考える。
「明日で会談も終わりかぁ」
何事も起こらなければ、会談は明日で終わる。
なにかしらの障害や対立があれば数日ほど伸びる予定だったはずなのだけど、各王国の魔王軍に対する危機感が予想以上に高いことに加え、会談が円滑に進むようにアシストしてくれたルーカス様がいたので、想定していた日数よりも早く会談を終えることができそうなのだ。
いつ魔王軍が攻めてきてもおかしくない状況の中、会談を早く終えられることは僕達にとって望ましいことであった。
そんなことを考えていると、不意に僕の部屋の扉が叩かれた。
「……ん? カズキかな?」
それとも先輩かな? いや、先輩は「ウーサートーくーん!」って小学校の修学旅行感覚で扉越しに呼びかけてくるから違うな。
首を傾げつつ、部屋のドアノブに手をかけて開くと――、
「やあ、ウサト。遊びに来たぞ」
あまりにも予想外過ぎるお方が目の前に現れ、反射的に扉を閉めて、自分の頬を強めに叩く。
あれれ? 夢でも見たのかな? 僕の部屋にラフな格好をしたルーカス様がやってきた気がするのだけど。
遊びに来たぞ、なんて幻聴まで聞こえたし。
深呼吸したあとに、ゆっくりと扉を開けた瞬間、満面の笑みを浮かべたルーカス様の姿が……。
「やあ、ウサト! 遊びに来たぞ!」
「なにをしているんですか、貴方様は……」
ドン引きしている僕に、ルーカス様は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。
「これぞ王族にのみ許された伝統技『お忍びドッキリ』というやつだ」
「そんな伝統技ありません!」
「おっと、案ずるな! しっかりと護衛はちゃんと連れてきているぞ」
そういう問題じゃないと思うんですけど
どうしてこの人はこんなにも自由なのだろうか。
いや、ルーカス様のおかげで会議が滞りなく進んでいるから本当に感謝しているけども。
「そういえば、エヴァはどうしているんですか?」
「ああ、あの子なら……」
首を傾げていると、開け放たれた扉から廊下での会話が聞こえてくる。
『こんばんわ! スズネさん! 友好を深めましょう!』
『うぇぇぇ!?』
「今、スズネの方に遊びにいっているな」
「ああ、なるほど」
なんだか先輩がエヴァの純真さに浄化されている姿が容易に想像できるのはなぜだろうか。
とりあえず内心で、エヴァに振り回されるであろう先輩と、先輩と仲良くなろうと努めるエヴァにエールを送りつつ、僕はルーカス様を部屋に招き入れる。
「どうぞこちらに」
「ははは、そこまで畏まる必要はないぞ。押しかけたのは僕の方だ」
「いえ、それを抜いても目上の方ですから……」
テーブルと椅子を部屋の中央に引っ張り出して、用意した椅子にルーカス様に座るように促す。
僕も断りをいれてから、彼のテーブルを挟む形で椅子に座る。
「まずは今日の交流戦についての感想を述べさせてもらおう。端的に言ってあれだな、君が相変わらずで僕は安心したよ」
「あ、相変わらずって……」
いや、相変わらずでしたね。
以前、ルーカス様の前で、治癒魔法弾と素手で数人の騎士を鎮圧した上に、初見殺し且つ、ネアの補助があったとはいえ、王国で一番強い騎士であるフェグニスさんを沈めてしまったのだから。
「今日君を訪ねたのは、相談したいことがあったんだ」
「話なら、昼間に来てくれれば……」
「この件に関しては、少しばかり複雑でね。無関係な人間がいるところではできないのさ」
無関係な人間がいるところではできない……ということは僕に関係ある話ってことか。
思い当たることといえば、サマリアールの呪いと、先代勇者、それかエヴァのこと。
あとは……フェグニスさんのことか。
「いくつか心当たりがついているかもしれないけれど、話したいのはフェグニスについてだ」
「……彼は、今どうしているんですか?」
「牢の中だ。事件後の時よりかは落ち着きを取り戻してはいたが、それでも未だ口を開こうとしない」
牢の中、か。
彼の行った所業を考えれば無理はない……けれど、それを語るルーカス様の表情はどこか悲しげだ。
「確かに、あいつは罪を犯した。呪いの存在を知っていたにも拘らず、エリザが消えていくのを見過ごし、挙句の果てにはエヴァを犠牲にした上、君をサマリアールに縛り付けようとした」
「そう、ですね」
サマリアールのため。
それが、フェグニスさんの目的だった。
しかし僕も、重大な使命を受けている身であり、なによりエヴァを犠牲になんてさせないために彼の守ってきたものを壊し、数百年にも亘る呪いと、縛り付けられていた人々の魂を解放した。
「それは確かに許すべきじゃない。しかし、それと同時に僕はまだあいつを友だと思ってしまっている」
「……」
「例え、裏切られようと騙されようとも、あいつに助けられて国を治めてきた記憶は変えられないんだ」
当時も思ったけれど、ルーカス様とフェグニスさんは本当に親友同士だったんだな。
それだけに、自分を裏切ったことに対してショックを受けている反面、どこか憎み切れていない。
「ウサト。あの時、当事者だった君に聞きたい。僕は……あいつを、フェグニスを許してもいいのだろうか?」
安易に答えてはいけないことなので、暫し思い悩んだ僕は、できるだけ言葉を選んで返答をする。
「僕が言うのもなんですが、彼には彼なりの信念がありました。その手段がいくら歪んでいようとも、彼が行おうとしたことは私欲のためではなくサマリアールの人々のためを思ってのことに違いないでしょう。だからこそ、許すだとか、許さないは別にして……言葉を交わすべきだと、僕は思います」
話して仲直りすればいい、というのはあまりにも無責任だ。
例え、ルーカス様がフェグニスさんの行いを許したとしても、周りが許さないかもしれない。だけどそれでも、話してみないことには何も始まらない。
僕自身エヴァを犠牲にしようとした彼の行為を許したわけじゃないけれど、ルーカス様との対話を切っ掛けにして、彼が正しい道を歩もうとするのなら、僕は何も言わずにその決断を受け入れる。
「そうだな、まさしくその通りだ。本当は自分では分かっていたはずなんだが、どうにも行動に移せなかった。……もしかするなら、僕は君に後押ししてほしかっただけなのかもしれないな」
「え、僕にですか?」
「ああ、なにせあの事件の全貌を知っているのは限られた人間だけだからね。全てを知っている君の答えを聞きたかったんだ」
肩の荷が下りたように、笑みを浮かべたルーカス様は背もたれに体を預けた。
「実のところ、エヴァにも君と同じことを話したんだ」
「彼女はなんと?」
「『私ではなくお父様はどう思っているのですか?』って言われてしまったよ。あの子は初めからフェグニスのことを恨んでなんていなかった。多少は思うところはあったようだけど、今のあの子にはそれ以上に心惹かれるものがあるということだ」
それは、そうかもしれないな。
今のエヴァは、十数年もの間、知ることを許されなかった外の世界に触れることができる。見るものすべてが知らないものだらけなこともあるだろうから、人を恨んでいる暇がないほどに楽しいはずだ。
そもそも、心優しい彼女が人を恨むなんて姿は全く想像できなかった。
「忍んでここに来た甲斐があったな」
「甲斐って……そこまで気の利いたことは言えてないですし……」
「そんなことないさ。友人という立場で君と話したことで、僕も前に踏み出す勇気を持つことができたよ」
……フェグニスさんが牢に入れられる前までは、彼がルーカス様の相談を受けてたりしていたのかな?
だとすれば、彼の代わりとまではいかないけれど、力になれてよかったと思う。
「さて、僕が長居すると君も落ち着かないだろう。そろそろ帰るとするよ」
「あ、はい」
腰を上げたルーカス様に、僕も立ち上がる。
恐らく、明日会談が終わったら、どの王国も魔王軍との戦いに備えて忙しくなる。フェグニスさんという騎士団の要を欠いたサマリアールは、特に忙しいだろう。
「ルーカス様。僕にできることがありましたら、いくらでも力になりますから無理はあまり――」
「え、じゃあ僕のあとを継いで―――」
「お帰りの際は、こちらからお願いします!」
話がややこしくなる予感がしたので、先に立ち上がった僕は部屋の扉にまで歩み寄り、扉に手をかける。
すっごい軽いノリで言われたけど、目が本気だった……! 全く、油断も隙もあったもんじゃないぜ……!
冷や汗をかきつつ扉を引くと、丁度ノックしようとしていたのか手を掲げているエヴァと目があってしまった。
「ウ、ウサトさん……」
「あ、ああ、エヴァか。ルーカス様を呼びにきたのかな?」
「は、はい」
不意に目があってしまった僕とエヴァは少し後ずさりつつ、視線を外す。
すると、彼女と一緒にやってきたのだろうか、背後にいた先輩が口元を押さえショックを受けたように慄いていた。
「ま、まさかこれは、扉を開けた瞬間に意図せず目と目が合ってお互い照れる的なイベント……!?」
すいません。早口な上に長すぎて、半分くらい聞き取れませんでした。
先輩のおかげで落ち着きを取り戻した僕は、ルーカス様が通れるように横にずれる。
「エヴァ。僕は先に帰るけれど、どうする?」
「あの、スズネさんのところにお泊りをしてもいいですか?」
え、先輩のところに?
咄嗟に先輩を見れば、爽やかな笑顔でサムズアップしてきやがった。
しかし、よく見れば膝ががくがくと震えている。
一体、なにがどうしてそんなグロッキーになっているのだろうか?
というより、ウェルシーさんに許可をもらったのだろうか? いや、意外とちゃっかりしているから、ここに来る前に許可はもらっていそうではあるな。
「ああ、構わないよ。スズネ、この子を頼むよ」
「はい。ですが、一応護衛をつけておいたほうがいいと思うのですが……」
「ああ、それなら心配はいらない。彼女たちは、いつでもエヴァを守れる位置に潜んでいるからね」
彼女たち、というと空色の騎士達のことかな?
守れる位置に潜んでいる……ね。
何気なく周囲を見回すと、曲がり角からこちらを覗っている数人の人影を見つける。
『姫様に、ウサト様に続いて二人目のお友達が……!』
『泣いては駄目! 私達は、姫様の護衛なのよ……!』
『涙に濡れた瞳では、姫様は守れない……! 堪えろ、私!』
角から何人か見えている時点で潜んでいるとは思えないんですけど。鎧を着ていないから不審者かと思ったけど、微かに聞こえた声でエヴァの護衛の騎士だとすぐに判断できたんですけど。
僕の様子に気付いたのか、潜んでいる(?)護衛の方に視線を移したルーカス様は、後は任せたといわんばかりに頷いた。
「と、いうことだ。ウサト、護衛に関しては心配しなくてもいい」
「そ、そうですか……」
「エヴァ。明日、会談が始まる前に迎えの者をよこす。楽しむのはいいけれど、ウサト達に迷惑をかけないようにな」
「はい!」
嬉しそうに返事をした彼女に、ルーカス様は満足そうに頷いた後、近くで待機させていた別の護衛の方と共にその場を去っていった。
「ウサト君、これからどうする?」
「いや、どうするって……部屋に戻ります」
「いやいや、折角エヴァもいるんだし」
確かにそうだけども。
どうしようかと悩んでいると、僕達のやり取りを見守っていたエヴァが声をかけてきた。
「あの、ご迷惑でなければ。皆さんの旅のお話とか聞きたいです!」
「旅の話か。それなら話題にも事欠かないし、いいな。先輩はどうですか?」
「私は全然構わないよ。あ、カズキ君も誘おうよ。話せる人が多い方が楽しいだろうし」
じゃあ、カズキを呼びに行こう。この時間なら、まだ寝ていないと思うし。
そう考え、部屋にエヴァと先輩を招き入れた後に、カズキを呼びに行く。
なんというか、こうやって集まって親睦を深めるのも悪くないかな、と思う僕であった。
もうすぐ会談編が終わりますが、少し忙しくなってしまったので七月半ばほどまで更新するのが難しくなってしまいます。
更新を待ってくださっている皆様、本当に申し訳ありません。
その代わりといってはなんですが、少しずつ書き溜めしておいた『対毒スキルの間違った使われ方』の方を、毎日更新という形で再開させます。
最新話は本日、十九時に更新いたします。