第百七十一話
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第百七十一話、更新いたします。
交流戦に際して、私とカズキ君の二人の勇者の実力と、魔王軍第二軍団長を撃退させたウサト君の技、治癒連撃拳を披露することになった。
私は木剣を使った超連続攻撃を的へ叩き込み、最後に内包させた雷魔法で的を芯から焼き焦がすもの。
カズキ君は卓越した魔力操作から繰り出される魔力弾で一斉攻撃し、対象を完全に消滅させるもの。
そのどちらもが、過剰と言ってもいいほどの威力で、前回より強化されているはずの的を容易く壊した。
私とカズキ君の後は、ある意味で私達と同じかそれ以上に興味を持たれているであろうウサト君の技、治癒連撃拳だ。
「ウサト、頑張れよっ!」
「うん、なんとかやってみるよ」
カズキ君の掲げた手に、少しばかり照れながらハイタッチを交わしたウサト君は、最後に残された三つ目の的の前へ向かっていく。
……というか、私もハイタッチしておけばよかった。
技が成功して嬉しかったので、完全にそんな考えが頭になかった……!
「治癒連撃拳、か」
「ウサトから技の原理だけは聞いているんですけど……俺にはいまいちイメージができませんでした。これから、ようやく見ることができますね」
こちらへ戻ってきたカズキ君と並んだ私は、治癒連撃拳について考える。
昨夜、宿でこの技について説明した時、彼は「これは救命団として、相応しくない魔法です」と答えた。相手に密着した状態で、魔力の暴発により生じた衝撃を何度も何度も叩きつける離れ業。
しかもその衝撃波は拳に絞られた状態で放たれるのだから、その衝撃は計り知れないものになるだろう。
彼の話を聞いたとき、確かにその技は人間に向けていい技ではないと分かった。
「だけど、逆を言うなら……それを使わなきゃいけないほどの相手だったということだ」
「そう……ですね。ウサトもできるだけ使いたくない、みたいなことも言っていましたし」
魔王軍第二軍団長、コーガ・ディンガル。
黒騎士……いや、フェルムと同じ闇の系統を扱う魔族。
凄まじい身体能力を有しているウサト君と、同じ土俵で戦っていたという時点で、確実に私とカズキ君よりも肉弾戦に優れているのだろう。
思考に耽っている間に、ウサト君は準備運動を始めだした。
「ウェルシー、的って全部で三つなのかな?」
「いえ、念のために全部で五つ用意していますよ。といっても一つは駄目に……というか使えなくなってしまったんですけど」
「え、どうして?」
「皆様が来る前に、カイル王子が訓練用の的と勘違いをして魔法を放ってしまったんです。的自体は傷もなく、煤で汚れてしまっただけですが、何かしらの不備があるといけないので、下げております」
「なるほど……」
カイル王子なら……やりかねないな。
というより、ナイア王女が目を離している間に的に魔法をぶつけていたんだ。
それは、怒られるよ……。
「だけど、ウサトはやけに遠い場所からいくようですね」
「あ、確かに」
私とカズキ君が的を前にしていた距離は十メートルほどだけど、ウサト君は三十メートルほど離れた場所から黒い的を睨みつけるように見ている。
助走でもつけるのだろうか?
「あの治癒魔法使いは何をしようとしているんだ?」
「! ……カイル王子」
背後からの声に振り向くと、カイル王子が気軽な様子で近づいてきていた。
すぐにナイア王女を見ると、止める間もなく来てしまったのか申し訳なさそうに頭を下げていた。
「会談の場であれほど大仰な説明をした技だ。できるだけ近くでこの目で確かめたいと思ってね。ここから見ても構わないか?」
「……いえ、お好きなように」
「俺も構いませんよ」
にこやかな笑顔で応対するカズキ君と違って、私は少し突き放すような言い方になってしまった。
だって「しょぼい技だったら思いっきりヤジを飛ばしてやろう」的な表情をしているから、私としては歓迎する気になんてなれなかったからだ。
「準備運動をしているってことは、まさか素手であれを破壊しようとしているのか? 俺の魔法でさえ傷一つつけられなかったんだぞ……」
「ははは、ウサトなら大丈夫です。彼の実力については俺が保証します」
「そ、そうか……」
明るく返答したカズキ君に、さすがのカイル王子もどこか気まずげに視線を逸らした。
ウサト君への信頼度MAXな彼の真っすぐな言葉に、戸惑ってしまったのだろう。
「勇者の言葉を疑うわけじゃないが、俺は未だにその治癒なんとか拳とやらを信じていない。だいたい意味が分からないし、姉上から聞いた系統強化の暴発とやらの原理が滅茶苦茶すぎる」
その気持ちは分からなくもない。
系統強化をあえて暴発させる技……とりあえず系統発破と名付けたけれど、かなり危険な技だ。
生身で行えば、手が破裂してしまうほどの技を籠手ありきとはいえ平気な顔で行っているのだ。危機感がないのか、それほどのことをしなければ乗り越えられない試練があったのかは分からないけれど……彼の技術はまさしく、私やカズキ君と同じ『魔法使いの未踏の領域』に違いないだろう。
『さて、と』
「ウサトが構えを取った……」
「!」
カズキ君の声に我に返り、ウサト君を見る。
彼は、右腕に隙間なく覆うような籠手を展開させ、それを引くように構えていた。
私と同じく、訓練場にいる全員がウサト君の挙動に注目する。
彼がゆっくりと体勢を前に倒した瞬間、何かが弾ける音と共に前触れもなく加速した。
「消えた!?」
カイル王子は彼の姿を見失ってしまったようだけど、雷獣モードにより速さに特化している私には彼の動きが見えていた。
走り出すその瞬間、後ろに引いた彼の籠手から魔力が破裂するように噴出し、急激に加速したのだ。
恐らく、午前の訓練で言っていた治癒加速拳。
それを地面を踏みしめるごとに行い、異常なほどの速さで黒色の的までたどり着いた彼は——、
「治癒連撃拳!」
そう叫び、すれ違いざまに加速拳によってさらに速さを増した拳を的の上半身に当たる部分へと叩き込んだ―――その瞬間、的が千切れ飛ぶようにして弾け、彼の拳は抵抗もなくそのまま振り切られた。
「———あれぇ!?」
地面を滑るようにして止まった彼は、呆気にとられた声を漏らして的へと振り返った。
彼の治癒連撃拳を叩きつけられた黒色の的は……なんというべきか、上半身が爆散するように吹き飛び、見るも無残な姿になっていた。
『君は、まだ僕を驚かせてくれるんだな……』
『わぁ、ウサトさんすごいです!』
『戦士長、治癒魔法使いってなんでしたっけ……?』
『俺の目には狂いはなかった、ということだな! はっはっはっ!』
『疑ってはいませんでしたが、これはあまりにも……』
サマリアール、ニルヴァルナ、カームへリオの人々が治癒連撃拳のあまりの威力に動揺を露わにしている。
学生たちなんて、前評判もあったからか「もっとやばくなって戻ってきた!?」的なことを口にしている。
「いや、え? なにあれ、治癒魔法とかじゃないだろ。てか、治癒とかついてるけどその要素は!?」
近くで見ているカイル王子も混乱しているようだ。
しかし、私とカズキ君はこうなるのはある意味で予想していたので、誇らしい気持ちだ。
「治癒連撃拳。まさかあそこまですごい威力の技だとは思わなかったよ」
「技名もさることながら、ですね。でも、昨日の説明とは違ってましたね」
「あ、そういえば、近距離で何度も魔力の暴発を叩きつける技だったはずだけど……少し違うね」
そうしているうちに、どこか気まずい表情のウサト君がこちらへ戻ってくる。
ん? でも黒い的の残骸を持っているけれど、どうしたのだろうか?
だらだらと汗をかいた彼は、私達ではなく放心しているウェルシーの元へと近づいた。
「ウェルシーさん……すいません」
「……は!? すいません、放心してました。えーっと、どうして謝るんですか?」
「さっきの、治癒連撃拳じゃないんです」
「「「え?」」」
私、カズキ君、ウェルシーの疑問の声が漏れる。
その反応を見て、さらに顔を青くさせたウサト君にウェルシーが問いかける。
「……それはどういうことでしょうか?」
「本当は……本当はですよ? 加速した状態で拳を打ちつけ、インパクトと同時に治癒連撃拳を叩きつけようと思ったんです。ですが、想像していたよりも的が柔らか……耐えられなかったようで、ほぼ一撃だけで壊れてしまって……連撃拳と呼んでいいのか分からないことに……」
「……」
「ウェルシーさん?」
まずい! ウェルシーが白目を剥きかけてる!?
急いで彼女の肩に手を置いて我に返らせてから、フォローする。
「ウェルシー! 幸い、的はまだあったよね!? それを使ってもう一度すればいいんじゃないかな!」
「……はっ!? そ、そうですね! まだ大丈夫、大丈夫です。進行には支障がないはず……! 頑張るのです、私……!」
自分にそう言い聞かせるようにしたウェルシーは、どこか鬼気迫ったような表情で、新しい的の設置と、ウサト君がもう一度、連撃拳を行う旨を伝えに向かった。
ホッと一安心着いたところで、ウサト君の方へと向き直る。
「ウサト君、本当にさっきのは治癒連撃拳じゃなかったんだね?」
「ええ。本気で技を放てるいい機会だと思って、やるなら思いっきりやろうと考えまして……」
「お、思いっきり……」
確かに先ほどの技を見る限り、戦闘では滅多なことでは使えないだろう。
というより、ウサト君がおもいっきりやったらああなるの?
「でも、まさか意図せず新技のようなものができてしまうとは思ってもみませんでした」
「新技? さっきの技が?」
「治癒加速拳を用いた高速移動で一気に懐へ入り込み拳を叩きつけ、そのインパクトと同時に魔力の暴発を叩きつける……名付けるなら……」
顎に手を当てて、数秒ほど悩んだウサト君は得意げな表情で口を開いた。
「一撃離脱の治癒パンチ。必生奥義『治癒パンチ三の型・瞬撃拳』別名、治癒瞬撃拳……とか?」
「!?」
待って、奥義だとか型だとか、色々な要素が満ち溢れているのだけど。
もう、技名のかっこよさだけで、ウサト君のこと許せるよ!
むしろなにを許していいか私自身分からないけれども!
「それじゃあ、連撃拳はまた別の技なんだな」
「次は変にアレンジしないで、そのまま技を繰り出すことにする。さすがにウェルシーさんに迷惑はかけられないしね」
カズキ君の言葉に頷いたウサト君。
しかし、偶然で編み出してしまった技で強化された的を容易く壊すとはね。
成長した私とカズキ君にとって魔法を使えば、柔らかく感じるほどのものだけれど、ウサト君の技による壊れ方は魔法云々というより、腕力で無理やり爆散させられたといってもいいかもしれない。
……なにはともあれ、本当の治癒連撃拳がどんな技か楽しみだな。
それから数分ほどして予備の黒い的が用意され、ウェルシーによってもう一度治癒連撃拳のお披露目を行う旨が、訓練場にいる面々へと伝えられた。
もう一度、的の前に移動したウサト君は、先ほどとは違って距離を取らずに的へ手が届くくらいの位置にまで近づいた。
宣言通り、今度は助走もなしに直接治癒連撃拳に移るようだ。
「……よし」
小さく深呼吸をした彼は、黒い的の肩にあたる部分を左手で掴み、籠手に覆われた部分を腹部に軽く添える。
そのまま左足を前に出し、グッと腰を下げた彼は目を鷹のように鋭くさせた。
先ほどとは打って変わって静かな始まりに、訓練場にいる人々も静まり返る。
「治癒連撃、拳!」
ウサト君が呟いたその瞬間、的に密着した籠手から何かが破裂するかのような音が響く。
魔力の暴発による衝撃は、並大抵のものではないらしく、たったの一撃で的に亀裂が入ってしまっている。
しかし、それで終わりではなく今にも吹き飛ばされそうになる的を左手でがっちりと固定し、俯いた彼は執拗なまで魔力の暴発を叩きつけていく。
「なるほど、一点集中の連続打撃による防御貫通。それが治癒連撃拳ということか」
「確かにあれほどの技なら、魔族でさえひとたまりもないでしょうね……」
「……」
そう呟く私とカズキ君の近くにいるカイル王子は、言葉を発することもできないようだ。
治癒瞬撃拳はインパクトのある技だったけれど、治癒連撃拳はえげつなさでは、それ以上ともいっていい技だろう。
七度目の衝撃が的に叩きつけられ的が半ばから分断されてしまったところで、ようやくウサト君は右拳を下ろした。
七度の衝撃を見舞った的は、最初のものよりはまだマシだが、それでも無残な姿へと変わり果てていた。全体は罅だらけで、終始衝撃を与え続けられていた部分は原型すらとどめてはいなかった。
なんというべきか、色々な意味で衝撃的な技だった。
未だに静寂に包まれた訓練場の中で、困ったように頬を掻きながらこちらへとウサト君が戻ってくる。
「ふぅー、魔力が保ってくれてよかったです。やっぱり魔力量を調節する練習とかするべきですね」
「ウサト君」
「ん、なんでしょうか?」
しかし、しかしだ。
カイル王子の度肝を抜いたこともそうだけれど、彼が成長して、私とカズキ君と一緒に戦っていると実感できたことがなによりも嬉しかった。
だからこそ私は先輩として、君の仲間として激励の言葉を送らせてもらおう。
「やっぱり、君は私の期待を裏切らない男だね!」
「え? あ、ありがとうございます?」
照れている!? あのウサト君が!?
フッ、ならば、このまま畳みかけて好印象を与えるのみ……!
「ウサト君がいれば、まさしく百人力だ! いや、もしかすると千人力かもしれないね!」
「……はぁ」
どうしてそこでため息をつくのかなウサト君……!
第百六十八話より抜粋。
「さすがに開き直ったからって、治癒連撃拳以上にやばい技は作らないよ」
一日しかたっていないのに早速、やべー技編み出したウサトでした。
瞬撃拳について。
瞬撃拳自体、偶然の産物により編み出された技ですが、最も瞬間威力がえげつない技です。
……書いてから思ったのですが、そのうち地面を殴りつけた反動でジャンプしそうですね……。