第百七十話
第百七十話です。
今回はちょっとだけ長めですね。
午前の訓練は思いのほか白熱したものとなった。
先輩との鬼ごっこに、カズキとの手合わせなど、いざ始めてみると自然と基本的に伸ばしたい部分を鍛えられる訓練を交代で行うような形式となっていた。
「せい!」
「まだまだ!」
今日数度目になるカズキとの模擬戦闘。
彼の木剣による斬り上げをステップして回避し、掌底を放つ。
それを最小限の動きのみで避けた彼は、僕のみぞおち目掛けて木剣の柄尻の部分を叩きつけようとする。
それを即座に籠手で掴み取り反撃に出ようとするが、その前にカズキがこちらへ肩での体当たりを仕掛けてきたので後退させられてしまう。
「苦し紛れの体当たりでようやく一撃か。やっぱり単純な格闘ではウサトには及ばないな」
「そんなことないよ。さっきから僕もギリギリだよ」
実際、その通りだ。
なんというべきか、カズキの動きは驚くほど堅実で、それに加えて戦闘時の彼は凄まじく集中している。
シグルスさんを師匠としているからか、アルクさんのような騎士の戦い方に酷似しているが、単純な振り下ろし、突き、薙ぎすらも力強く、プレッシャーも相まって独特な避けにくさがある。
ローズとの戦いを経験していなければ、まともに攻撃をもらっていたかもしれないな。
「カズキ。そろそろ昼だし、午後に備えて切り上げよう」
「もうそんな時間か! ようやくウサトの動きにも慣れてきたところなんだけどなぁ」
「ははは、次の機会にまたやろうよ」
「ああ!」
これは先輩にも同じことを言えるが、カズキはこの短時間で僕の動きにも対応してきているのだ。
模擬戦闘を通じて二人の力になれたので僕としても嬉しいのだけど、もっと頑張らなきゃ! って気持ちになってくるな。
これからも訓練を欠かさずやっていこうと、改めて決心しながらカズキと共に見学している先輩とエヴァの元へ向かう。
「おつかれ、ウサト君、カズキ君」
「お疲れ様です!」
先輩とエヴァの言葉に頷き、僕とカズキも彼女たちのいる隣の原っぱに座る。
午後の交流戦まで時間があるから、それまでに昼飯を食べたり着替えられるな。
これからの予定を考えつつ、エヴァから差し出された水を口にしていると、先ほどよりも訓練場に人の目が集まっていることに気付く。
「あれ、こんなに人いたっけ?」
まだ午後の交流戦まで時間があるはずだけど、いや、どちらかというと学生が多いな。
「ウサト君、今気づいたんだ」
「え? 先輩、気づいていたんですか?」
「ついさっきだけどね。多分、私達がここで訓練をしてるって聞いた学生たちが集まってきたんだと思うよ」
「あー、そうだったんですか」
よく見れば先輩やカズキを見て、はしゃいでいるようにも見える。
まあ、エヴァは言わずもがな、先輩とカズキは本物の美男美女だからな。話題になるのも分かる。
ま、僕は注目なんてされな……ん? あの二人組、どうして僕を見てコソコソとしているんだ?
「?」
『ひっ、こっち見た』
『こ、怖い!』
こちらの視線に気づくと顔を青くして怖がられるのだけど。
あれぇ?
「ウサトさん!」
「え? ああ、どうしたの? エヴァ」
釈然としない気持ちになりながら、エヴァの方へ顔を向けると彼女はどこか目をキラキラとさせながら、嬉しそうに僕へと話しかけてきた。
「ずっと思っていましたけれど、戦っている時のウサトさんってとっても勇ましいですよね! この前、本で見たオーガみたいです!」
「あ、ありがとう」
頬を引き攣らせながらかろうじて笑顔を保つ。
この子は善意一〇〇パーセントでそう言ってくれているんだ……! それを無下にすることはルーカス様は勿論、この僕が許さん……!
心の中で血の涙を流しながらお礼を返した僕に、エヴァは花のような眩い笑顔を浮かべる。
それを見た先輩も、こちらを向く。
「私も君のことを勇ましくて、本物のオーガみたいだと思っているよ! ウサト君!」
「先輩、言って良いことと悪いことがあります」
「なんでぇ!?」
笑顔のまま毒を吐いた僕の襟を先輩が困惑した表情で掴みかかってくる。
そうかぁ、戦っている時の僕ってそんなに怖い顔してたのか。
地味に落ち込む僕に、見かねたカズキが声をかけてくれる。
「ウサトは動きを見逃さないように目を凝らしているから、怖い表情に見えちゃうのかもしれないな」
「まあ、防御するにも避けるにしても相手の動きを見なくちゃいけないからね……」
眉間に皺が寄って、いかにもって顔になっていたのかなぁ。
どちらにせよ、ここの学生さん達からの印象はもう変えようがないのは確かだ。
いや、そもそも以前来た時から避けられてた感はあったので今更だったわ……。
自分でそう思い至ってさらに落ち込んでしまう僕であった。
●
午前の訓練を終わらせた僕達は、エヴァと別れた後に一旦宿へと戻った。
彼女と別れる際に、空色の騎士達がエヴァに何かを話しかけていることに一抹の不安を抱いたが、今は午後の交流戦に集中しなくてはいけないので、深く考えないようにすることにした。
団服に袖を通し、昼食を取ったあと、僕達は交流戦が行われる訓練場へと再び向かうのだった。
「ウェルシーさんとシグルスさんは、もう先に来ているんですか?」
「そうらしいね。私達は一番最初に技を見せるっていうから、その時に呼んでくれるらしいけれど……」
先輩の視線が訓練場の方へと向けられる。
先ほど、先輩とカズキと模擬戦闘を行っていた場所だが、少し離れている間に、さっきまでなかった黒色の的が五つほど設置されていた。
「あれが私達が技を当てる的かな?」
「そうみたいですね。俺達が以前魔法を当てた白いものとは色が違いますし」
見た目は色だけが変わっているように見えるけれど、僕達の知っている的とは強度も何もかもが違っているのだろう。
「フフフ、腕がなるな」
「あまりやりすぎない方がいいですよ」
「そうはいうけど、ウサト君。他国の兵士から信頼を得るには、ある程度私達の実力を見せておかなきゃね」
「それはそうですけど……」
先輩、やけに張り切っているな。
まあ、自分の本気の力をぶつけられるものがあるから、少し高揚しているのかもしれないな。
そう思う気持ちは僕にもあるし。
とりあえず、交流戦が始まるまで訓練場の一画で様子を見ようとしていると、僕達の元に赤髪の女性、ナイア王女がやってきた。
「皆様もいらしたのですね」
「はい。……カイル王子は?」
先輩がやや警戒するように問いかけると、彼女は後ろを振り返り首を傾げた。
「愚弟はまた勝手にどこかへ行ってしまったようです……」
「た、大変ですね……」
カイル王子、なんだかんだで自由だなぁ。
心なしかナイア王女が疲れているようにも見える。
「今日の交流戦、楽しみにしております」
「え、ナイア王女も参加なさるのですか?」
「いえ、私自身戦う術を持っていないわけではありませんので。ここでは代表を任されているため、あくまで観戦だけです」
なんというか、口ぶりからしてある程度の戦闘はこなせるように聞こえる。
すごいな、忙しい王族という立場なのに文武両道なんて。
僕なんて肉体方面ばかり突っ切っているだけだし。
「ウサト様、先日は愚弟が失礼な振る舞いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「え? ……い、いえ! 彼が抱いた疑問は尤もなものなので、気にしていませんから!」
不意にこちらに深く頭を下げてきたナイア王女に慌てふためく。
先日のカイル王子の発言は棘のあるものだったけれど、真っ当な批判であったはずだ。僕としてはあの批判があってこそ、自分の認識の甘さに気付けたのでむしろ感謝したいくらいだ。
それでも気が収まらないのか、ナイア王女は頭を上げてくれない。
「だとしても、会談という重大な場で私怨で貴方を貶めようと発言したことは確かです。どうか一発ぶん殴るなり、タコ殴りにするなり、治癒連撃拳の実験台にでもしてください」
「あの、全て殴っているんですけど」
「それで許されるなら、私の弟がどんな仕打ちも受けます……!」
「あれ? 聞こえてますか? 僕の声」
的確に弟にのみ責任をなすりつけようとしてない?
よく聞いてみれば、一発ぶん殴るから段々とグレードアップしているし。
言いたいことを全て言い終えたのか、彼女は先ほどの悲痛なものとは違う、すまし顔を浮かべた。
「正直な話、カイルのせいでカームへリオの印象が悪くなってしまったかもしれないので、せめてこの会談の間だけでも口が利けない状態にすればいいかなと思いまして」
「ぶっちゃけすぎじゃないですか!?」
「皆様には、こちらの魂胆はお見通しなようなので、いっそのこと隠さずにいこうと思いまして。そうですね、ぶっちゃけました」
無表情で本当になにを言っているのだろう。
さりげなく隣を見てみると……先輩とカズキがドン引きしている。
どうして僕の会う女性は高確率で、残念な人ばっかりなのだろうか。
「それで連撃拳の実験台には……」
「しませんから!」
「そうですか。残念です。これを機にあの性根も正せると思ったのですが」
本当に残念そうにしているナイア王女に罪悪感を抱くも、さすがに人相手に連撃拳を向けられない。
というより、あれを向けていい生物はコーガとかローズとか、人型でもモンスターみたいな存在に限られるだろう。
「ど、どれだけカイル王子が嫌いなんですか……」
「いえ、別に嫌いではありませんよ? 一応弟ですし、お父様とお母様に甘やかされた分、私が厳しくしているだけです」
さすがの先輩もカイル王子の扱いを哀れと思ってそう質問するも、返ってきたのは意外な答えであった。
……よくよく考えれば本当に嫌悪していれば説教もしないし、話しかけもしないよな。
『スズネさまー! カズキさまー! ウサトさまー! 準備が整いましたので、こちらへー!』
僕達の名を呼ぶウェルシーさんの声に、訓練場の中央へと視線を向ける。
そこには先ほど見た黒色の的と、ウェルシーさんの姿があった。
「準備が整ったようですね。申し訳ありません、貴重な時間を取らせてしまいまして」
「いえいえ、私達も貴方様の人柄をよく知れたので、よかったと思っています」
「私も……久しぶりに肩の力を抜いて人と話せた気がします。皆様、交流戦頑張ってください」
最後に、作り笑顔ではない笑みを見せたあとに、一礼してその場から離れるナイア王女。
そんな彼女を見送った僕達はウェルシーさんの元へと歩いていく。
「ナイア王女も面白い人だったね」
「カイル王子に連撃拳を……って話になったときは焦りましたけどね」
「やっぱり人に向けて当てちゃだめな技なのか? 扱う魔力自体は治癒魔法なんだろ?」
カズキの言葉に頷く。
「治癒魔法だけども、威力が強すぎるんだ」
「……なんだか、聞けば聞くほどにどんな技か気になるなぁ。あ、そうだ! 順番はどうする!」
「「順番?」」
「私達が技を出す順番だよっ! 皆で一緒に出すわけじゃないんだしさっ、今のうちにちゃんと決めておこうよ!」
それもそうだ。
いざ本番になって誰が最初にやるかで、ごたごたとするのは恥ずかしいし。
何番目がいいかなぁと早速考えようとすると、カズキが言葉を発した。
「なら、前の時と同じでいいんじゃないですか?」
「前の時?」
「前回ルクヴィスに来た時、的に魔法をぶつける機会があったじゃないですか。一番目が先輩、二番目が俺、そして形は違うけど三番目がウサトってことで」
「あ、それいいね! ウサト君はどう?」
「僕もそれで大丈夫です」
じゃんけんとかする必要もないしね。
そこでようやく、僕達はウェルシーさんの元へと到着する。
「揃いましたね。それでは早速ですが、交流戦のはじめに、スズネ様、カズキ様と、先日急遽実演することとなったウサト様の技の方を、代表の皆様に見てもらいたいと思います」
「「「はい」」」
「一応、木剣などの道具は用意させましたが、使われる方はいますか?」
「いえ、僕は籠手を使うので必要はないですね」
「俺も魔法だけでやるつもりなので……」
僕とカズキがそう答えると、暫し考えるそぶりを見せた先輩は、何かを思いついたようにポンっ、と手を鳴らし、十本ほどある木剣を指さした。
「よし、ここにある木剣。全部使わせてもらおう」
「ええ!? 全部ですか!?」
「駄目かな?」
「そ、それは構いませんが……スズネ様、あまり無茶はしないようにお願いしますね……」
「もちろんさ!」
そう答えるや否や、十本の木剣をいっぱいに抱えた先輩は、黒い的から十メートルほど離れた地面に一本ずつ木剣を突き刺していく。
「先輩、いったい何をするつもりなんだろう?」
「分からない。だけど、俺達の予想だにしないことをしようとしているのは確かだと思う」
カズキの言葉に頷き、暫し状況を見守る。
試しに周囲を見てみれば、いつのまにか沢山の人達が集まっているのが見える。
ルーカス様とエヴァ、空色の騎士達。
ナイア王女と、げんこつでもされたのか頭を押さえて悶絶しているカイル王子と護衛の騎士達。
ハイドさんとヘレナさんと、筋骨隆々な見た目の戦士達。
そして、リングル王国のシグルスさんと騎士達。
他にもルクヴィスの教師たちやら、学生たちが見守る中、一本を除いた木剣を地面に差し終えた先輩は、ウェルシーさんと僕達の方へと向き直る。
「ウェルシー、もう始めてもいいのかな?」
「はい。念を押して言いますが、無茶なことはしないでくださいね」
ウェルシーさんの言葉に頷いた先輩は、今度は僕達へと視線を向ける。
「ウサト君、カズキ君。“一瞬”だから、見逃さないでね」
「はい?」
そう言い放った後、黒い的の方に体を向けた先輩は、あらかじめ手元に残しておいた木剣を持って刺突の構えを取ると、その身に雷の魔力を迸らせる。
訓練場の空気が変わった途端、先輩の姿は激しい稲光と共に掻き消える。
『は?』
そんな惚けた誰かの声が聞こえた次には、変化は起きていた。
初めの変化は、強化されているはずの的に強烈な音と共に木剣が突き刺さったこと。
しかし、そこに先輩の姿はなく、再度電撃の迸る強烈な音が響いたかと思うと、黒色の的の前に突き刺さっていた木剣は全て消え去り、次の瞬間には的に幾本もの木剣が突き刺さり、雷の残滓を残しながらソレを焼き焦がしたあとだった。
「———よしっ! 成功!」
地面を滑りながら、僕達の前に現れた先輩は未だに焼け焦がされている的を目にすると、こちらを見てこれ以上のないドヤ顔を浮かべ、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間、十本の木剣から強烈な雷が放出され、ほぼ一瞬のうちに黒色の的は消し炭となった。
『……』
もう、あれだ。
えぐすぎて言葉がない。
え? 超高速で移動して木剣を突き刺しての、内部放電?
なにそれえっぐ。どうしてそんな技考えられるんですか?
「これぞ、十連雷突き……!」
しかもすげぇかっこいい技名まで考えついてる。
その技名だけで、先輩のこと許せるわ。
流石です、マジ尊敬します。
しかし、周りは先輩の行った常軌を逸しすぎる超連続攻撃を目の当たりにして感心するどころか未だ声も出ないようだ。
そんな視線も気にならないのか、こちらへ戻ってきた先輩はカズキの肩を叩いた。
「カズキ君、次は頼むよ」
「……ええ、任されました」
カズキと入れ替わり、僕の隣にまで移動した先輩は上機嫌な様子で僕へ話しかけてくる。
「どうだい? 一瞬だっただろう」
「ええ、さすがは先輩。かっこよかったです」
「ふふん、もっと褒めてもいいよ。褒めれば褒めるほど、私は伸びるタイプだからね」
「……」
「無言!?」
先輩をスルーし、カズキへと視線を移す。
丁度彼は、先輩が消し炭にした隣の的の前に立ち、自身の光系統の魔力を高めていた。
「先輩がここまで派手なことをしたんだ。なら俺も、負けないくらい凄いことをしなきゃ……な!」
カズキの両の掌から十を超える魔力弾が飛び出し、空中へ浮かび上がる。
その全ては生き物のような動きで、空中を飛び回る。
異常なほどの魔力操作をこともなげに行っているカズキに、代表たちのみならず魔法を扱っている学園関係者も息を呑む。
「俺の力は危険だ。だけどそれは、扱い方次第でどうとでもなる!」
カズキが手を掲げた瞬間、ピタッと魔力弾が空中で固定される。
「対象を穿て!」
カズキの号令と共に高速回転と共に射出された魔力弾は、豆腐に当たるかのように的を貫通していく。
しかし、それだけでは終わらない。
的を貫通した後も魔力弾は消えておらず、再び空中へと浮き上がる。
「未完成だけど、系統強化を!」
空中に浮きあがった魔力弾は、合体し槍のような形状へと変化していく。
神々しいほどの輝きを放ちながら、空中で静止する槍を見て、掌を掲げたカズキは脱力するように、手を下げた。
カズキの手の動きとシンクロするように落下していった槍が的へと突き刺さると、強烈な光と共に弾けてしまった。
後には何も残っておらず、ただぽっかりと開いたクレーターのようなものが空いているだけであった。
「……」
先輩の時と同じで、ここにいる誰もが絶句している。
当然だろう、前回よりも確実に強化しているであろう的を二回も連続で壊されているのだから。
というより、カズキの場合消し炭どころか消滅しているんだけどね。
先輩もカズキもえぐすぎだけど、さすがだと思う。
だけど、よくよく考えればこの後、普通に治癒連撃拳を放つんだよね。
……こういう場だし、ちょっとアレンジでも加えてみようかな。
【悲報】ウサト、しなくてもいいアレンジをしてしまう
カズキとスズネは、以前ルクヴィスで披露した技を純粋に強化させた感じです。
えぐさで言えば、どちらもかなりのものになってしまいましたが……。
※N-Starより『天候魔法の正しい使い方』第二部が連載されることになりました。