第百六十八話
誤字報告の修正が遅れて申し訳ありません。
多少遅れてしまいますが、直していきたいと思います。
お待たせいたしました。
第百六十八話です。
ルクヴィスで行われた四王国での会談。
その一日目が終わりを迎えたが、精神的にかなり疲れてしまった。
ルーカス様を含めた代表の方々がいたこともそうだし、何よりこのような大事な話し合いに不慣れな僕にとって、緊張しっぱなしであったからだ。
「———それで、ウサトはあの物騒な技をお披露目しなくちゃならないんだ」
「物騒な技……いや、物騒だけどさぁ」
会談を終えたその後、早朝に利用した訓練場で黄昏れようとしていると、僕達の泊まっている宿を訪れようとしていたアマコと偶然会ったので、そのまま会談のこととちょっとした愚痴を話していた。
「でもさ、お披露目するといってもどうやってやるの? 威力も確かめるんでしょ?」
「どうやってって……的とかに向けて普通に技を放つだけなんだけど」
「普通の的で耐えられるのかな……」
「い、いや、その時は威力を弱めて打つからさすがにね?」
本気で連続で叩き込んだら、あっという間に魔力がなくなってしまうしな。
そこらへんはさすがに手加減をするつもりだ。
「その前になぁ、今日皆に問い詰められるだろうなぁ」
「それは隠していたウサトが悪い」
「そうなんだけどさ……」
先輩の追及は容易に想像できるとして、問題は系統強化の危険性を理解しているウェルシーさんだ。
あの人、会談中すっごい目で僕のことみてたし。
『あとでお話を聞かせていただきますからね……!』的な幻聴すら聞こえてきそうな眼力だったし。
「でも、いい機会ではあったと思うよ」
「なにが?」
「自分と周りのズレを自覚することだね。ま、開き直っただけなんだけど」
そう、僕は今日の会議で開き直ることを覚えた。
自分のつまらない意地だとか、人間離れしていることを認めたくないだとか、それは“救命団員”の僕だから許されたことであって、“救命団副団長”としての僕にはそんな我儘は通じない。
「立場が変われば意識も変わる。ノルン様の言葉通り、まさしくその通りだ」
睡魔と疲労に苛まれながらも女王として、ミアラークという場所を守ったノルン様のことを思い浮かべる。
「でもウサトが開き直ったら、それはそれでちょっと怖いと思う」
「ちょっと、それどういう意味なのかな?」
「今までは自重していた節もあったけれど、それがなくなったらまた変な技とか思いつきそうだし」
こ、この子狐、僕をなんだと思っているんだ。
「いや、さすがに開き直ったからって、治癒連撃拳以上にやばい技は作らないよ。それに、最近は治癒パンチばっかりだから、治癒魔法弾の応用技も考えててね」
「ふーん、例えば?」
「加速拳と合わせた速さ重視の治癒魔法弾、治癒加速弾。籠手の魔力操作を応用させた曲がる治癒魔法弾、治癒遠隔弾とかかな。籠手があってこその技だけど、結構使えると思うんだ。あ、そうだ! 団長がやっていたような魔力弾の早撃ちの練習も考えているんだ」
「……」
用途としては、治癒加速弾は離れた怪我人を即座に癒すための魔力弾。
治癒遠隔弾は混戦状態の味方に的確に癒すための魔力弾。
どちらも籠手の力ありきの技だけど、中々に使えそうだ。
「曲がる治癒魔法弾といっても、精々一回ぐらいしか曲がらないんだけどね。元々魔力弾を放つ才能がなかったのを籠手で補っているからしょうがないんだけど、真っすぐ進むものを一度だけ自由に方向を変えられると思えば、かなり違ってくるし」
さすがに原理的に治癒飛拳を曲げることは無理なので威力の治癒飛拳、命中力・速さ重視の治癒魔法弾という形で使えるようになると言ってもいい。
「うん。相手の不意をつく技と盾越しからでも直撃させる技なんだね」
「あれ?」
ちょっと待って。
いや、確かに戦闘面ではそんな感じに使えるとは思っていたよ? でも真っ先にそちらを思い浮かべるとは、思いもよらなんだ。
僕とアマコのズレに頬を引き攣らせていると、背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
「おー、ここにいたか」
「ん?」
振り返れば、以前ここで出会った教師のカーラさんと、昨日再会したハルファさんの姿。
どうして教師のカーラさんがここに……って、今日は会談で学園が休みだから講義とかはしていないのか。
フードを目深に被ったアマコを横目に見やりながら、カーラさんとハルファさんへと視線を向ける。
「お久しぶりです、カーラさん。ハルファさんは昨日ぶりですね」
「ああ。……だが、あれから半年も経っていないが、君は見違えるように成長しているな。ハルファの魔眼で確認させなくても分かるぞ」
「そ、そうですか……」
この人もハイドさんのような“マッスルアイ”を持っているのだろうか?
というより、旅の前と今と比べて見た目はあまり変わっていないと思うのだけど。
……まさか、僕がそう思い込んでいるだけで身長とか伸びているのだろうか。それだったらちょっぴり嬉しくはある。
「こちらから会いに行こうと思っていましたが、まさかカーラさんの方から来てくれるとは思いませんでしたよ」
「ルクヴィスを出てからも君達の活躍を耳にしていたからな。ここに来ているとなれば、一度会って話しておこうと思ったんだ。ハルファも折角の休日なのに案内させて悪かったな」
カーラさんにそう言われたハルファさんは、首を横に振った。
「いえいえ、どうせ休日でも自己鍛錬くらいしかやることがないので。むしろウサトさんと話しているほうが私にとってもいい刺激になります」
「……君は少し鍛錬以外にも目を向けるべきだと思うのだが」
「我ながら、こういう性分でして……」
なんというか、話せば話すほどハルファさんとは気が合いそうだ。
困ったように笑っているハルファさんにため息を零したカーラさんはこちらへ向き直る。
「救命団の副団長になったそうだな。おめでとう」
「ありがとうございます。いやぁ、まだまだ不慣れな部分はありますけれど、なんとか副団長らしい振る舞いを心がけようとしているところです」
「君ならそう意識せずとも大丈夫だと思うんだがな。以前、ルクヴィスにいた時から君には……なんというべきか……ローズさんを連想させる雰囲気があったからな」
「そ、そうでしょうか?」
なんか照れていいのか、微妙な表情をしていいのか分からないのだけど。
言外にルクヴィスに書状を渡しに来た時から僕は、ローズに近い雰囲気を纏っていたと言われているようなものなんだけども。
曖昧な表情を浮かべている僕に、カーラさんは時間を気にする素振りを見せる。
「なにはともあれ、君の顔を見れてよかったよ」
「もう、行くんですか?」
「会談に伴い、私達教師も色々と作業があってね。そろそろ戻らなければならないんだ。ハルファ、君はどうする?」
「私は、もう少しだけウサトさんと話したいと思います」
「分かった。……一応、教師として言っておくが、彼にあまり迷惑をかけないようにな」
「もちろんです」
ハルファさんが頷くのを見たカーラさんは別れの言葉を口にした後、訓練場から出て行ってしまった。
残されたのは僕とハルファさんと、先ほどから無言のアマコだけなんだけど……さっきカーラさんの言った迷惑、とはなんだろうか?
カーラさんの姿を見送ったあと再び芝生の上に腰を下ろすと、同じく隣に座ったハルファさんが声をかけてきた。
「あ、ウサトさん。ナック君は元気にしていますか?」
「ナックですか? 彼なら救命団員として元気にやっていますよ」
「それはよかった。実のところ、ナック君のことは私も気にかけていたので、彼が無事に救命団に入れて少しホッとしています」
多分今頃、ナックは救命団の訓練を必死にこなしているのだろう。
ナックのことを思い浮かべていると、ふと今もルクヴィスにいるであろう少女のことが気になった。
「ミーナって、今はどうしているんですか?」
「ミーナ・リィアーシアですか? 彼女は……なんというべきか、うーん」
「……あの子になにかあったんですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
どこか言いづらそうにしているハルファさん。
何かに巻き込まれているという感じではなさそうだ。
「ナックとの勝負に負けてしまって、前以上に荒々しい性格になっているとか?」
「いえ、むしろ以前の彼女から考えられないほどに真面目になりました」
「え?」
僕から見てもあの子は刺々しい雰囲気の子だった覚えがあったのだけど、やっぱりナックとの戦いを経て心境の変化があったのだろうか?
それとも出発前にナックの言っていたように、彼へのリベンジのために頑張っているのか?
「放課後も魔法の練習や、走り込みなどをしている姿をよく見かけますね。最初は目を疑いましたが、改めて考えてみると彼女自身、ナック君と同じくようやく前に進めたのかもしれませんね」
「前に、ですか」
ルクヴィスでの出来事はナックだけではなく、ミーナにも影響を与えたってことか。
最初の印象は最悪だったけれど、僕の知らない事情がナックとミーナの間であったかもしれないな。
「ミーナの訓練している姿は結構見かけるので、運がよければウサトさんも行き会うかもしれませんね」
「うーん、会ったとしてもどう声をかけていいか分からないですよ。ミーナからしたら、僕はナックを救命団に送り込んだ張本人ですからね」
よく考えれば、ナックが救命団へ行く理由を作ってしまったのは僕だ。
しかもお互いに第一印象は最悪だから、いい顔はされないはずだ。
さすがに襲い掛かられはしないだろうけれど、自分から罵倒されにいくのは救命団の中だけで十分だ。
「それはそうと、ウサトさん」
「はい?」
そんなことを考えていると、不意に立ち上がったハルファさんが声をかけてくる。
僕とアマコが不思議そうに見上げると、午前中のハイドさんと同じ子供のような笑みを浮かべる。
「時間に余裕があったらでいいのですが、少しばかり組手の方をしませんか? いえ、無理なら断ってくれても大丈夫です」
「……はは」
なるほど、僕に会いにきた理由はそういうことか。
……。
あ、あー、ちょうど夜まで暇だなー、宿に帰っても筋トレしかやることないし、そもそも宿に帰ってウェルシーさんがいたらお説教がまっているしなー。
よし、言い訳終了。
「それじゃ、やろうか。だけどあくまで組手だから怪我がない程度にね」
「もちろんです。私もカーラ先生や学園長から怒られるのは嫌ですからね」
僕としては願ってもない提案だ。
ハルファさんの的確に相手の弱点を突く戦い方は、僕にとって勉強になる。力だけが通じる相手ばかりじゃないことを旅を経て理解した今、彼との戦いで何かを得ることができるかもしれない。
「はぁ、本当に似た者同士なんだね」
どこか呆れたため息をついて微笑んだアマコ。
そんな彼女に苦笑しつつ、僕とハルファさんは訓練場の一角へと歩を進めていくのだった。
●
ハルファさんとの組手は僕にとって驚きの連続であった。
成長した魔眼の能力を侮ってはいなかったけれど、まさか初見で僕の新しい戦い方を看破されるとは思わなかった。
それに、彼が用いた新たな戦闘法には手古摺らされた。
以前は魔眼により相手の動きを読み常に先手を取り攻撃をしていたが、彼が今日用いたのはその逆、相手の動きを読んだ上で攻撃を出させ、その上から強烈なカウンターを叩き込むという恐ろしいものであった。
相手の初動を完全に見切れるハルファさんだからこその技術に、不覚にも初見では対応できなかった。
「ウサト様、聞いていますか?」
「……はい」
現実逃避しているのがバレたのか、睨みをきかせたウェルシーさんの声で我に返った僕は上擦った声を上げてしまう。
ハルファさんとの組手を終えたあと僕は、宿の中でウェルシーさんに普通に叱られていた。
「言いたくなかった気持ちは分かりますが、事前に教えては欲しかったです。はぁ……貴方様はある意味でカズキ様やスズネ様とは違う、新たな魔法の可能性を開拓しています。いえ、褒めてませんよ?」
新たな魔法を開拓って……。
いや、確かに系統強化を意図的に暴発させる技なんて危なすぎて誰もやっていなかっただろうけれど。
事前に伝えていなかったことを反省していると、横で説教を聞いていたカズキがやや嬉しそうに声をかけてくる。
「はは、俺と同じだな。ウサト」
「え? あ、そうだね」
「私も私もー!」
「皆様は本当に尖りすぎです。スズネ様も……はぁ」
先輩が同意するように手を挙げていると、耐えられないとばかりにウェルシーさんがため息をついた。
「カズキ様の魔力操作はあくまで基本を究めた技術なので危険というわけではありませんが、スズネ様はある意味でウサト様と同じです。雷系統の特性そのものを鎧のように纏い、動きの補助から攻撃にまで転用できる技術。強力な反面、少しでも扱いを間違えればその身すらも傷つけてしまう危険の多い技です」
「そうならないために、特訓をしているんじゃないか」
「そういう問題ではなくてですね……貴女様にはもう少し危機感というものを持って欲しいです」
以前、一瞬だけ見たことがあったけれどやっぱり危険な技だったんだ。
まあ、ヒノモトでアルクさんが戦った元軍団長も、同じような技を使っていたらしいから、相当な技術と経験が必要なものなのは分かるけど。
呑気な先輩に肩を落とすウェルシーさん。
そんな彼女に僕達のやり取りを静観していたシグルスさんが、口を開いた。
「落ち着け、ウェルシー。確かにスズネ様とウサト様の技には危険な面もある。しかし、それを完全に自分のものとすれば、お二人はさらに強くなるはずだ」
「確かにそうですけれど……」
「心配する気持ちは私にも痛いほど理解できる。だが、今の私達にできることは制止することではなく、前に進むことを促すことじゃないか?」
「……はい」
シグルスさんの言葉に頷いたウェルシーさんはこちらへと向き直る。
「私の勝手な意識を押し付けてしまい、申し訳ありませんでした。でも、お願いですから一人で危険な技を用いないようにしてください。強い力には決まって相応の対価というものがありますから」
「……こちらもすいませんでした。今度からはできるだけ相談したいと思います」
ウェルシーさんが僕達の身を案じていることは最初から分かっている。
ミアラークのクレハの泉然り、暴走したカロンさん然り、強力な力を得るためには相応の代償が付き纏う。僕自身の力だってそれは同じだ。
だからこそ、今彼女が言ってくれた言葉は無視してはいけない。
そう考えていると、僕の言葉に安堵したウェルシーさんが、続けて言葉を発する。
「話は変わりますが、今のうちに明日の予定についてお伝えしたいと思います」
「明日というと、会談についてですか?」
「はい。まず明日に行われる会談は今日と違い、綿密な話し合いとなりますので、カズキ様、スズネ様、ウサト様はご出席しなくても大丈夫です」
……恐らくだけど、今日話し合いに出した議題をより深く話し合うといった感じなのだろう。
その場に僕がいても明確な意見が出せないので、ウェルシーさんとシグルスさんが配慮してくれたというわけか。
「次に、明日の午後、会談後に交流と戦力把握を兼ねた交流戦が訓練場で行われることが決定いたしました」
「交流戦? それはなんだい?」
「各王国の実力者たちによる戦闘訓練です。魔法で作られた的へ攻撃をくわえたり、組手や、部隊による合同演習などを行います」
「……ちょっと悠長じゃないのか? 魔王軍との戦いが迫っているっていうのに……」
どこか不安そうにそう口にするカズキに、ウェルシーさんは首を横に振る。
「今だからこそ必要なのです。共に戦うにしても、我々はまだ他国がどのような戦闘をするのか、理解していません。いざというとき連携が取れなければ、この会談の意味がありません」
「……確かに、ニルヴァルナ王国の戦士の戦い方は、リングル王国の騎士とは全く違っていた」
僕もカズキと同じく感心してしまう。
すると、ウェルシーさんの視線がこちらへ向く。
「それで……皆様の魔法を三王国の前で使っていただかねばなりません」
「それって、僕もですか?」
「ええ、ウサト様の治癒……連撃拳という技を的を相手に使っていただきます」
「的、もつんですか?」
昼間、アマコに言われた言葉を思い出し、思わず不安になる。
しかし、そんな僕にウェルシーさんは安心させるように笑顔を浮かべた。
「安心してください! 以前、ルクヴィスで皆様が破壊した的よりも数倍強力なものを用意しているそうです! 簡単に引き抜けないように固定化の魔法を何重にも施しているそうなので、安心してください!」
「ウサト君! これで遠慮なくやれるね!」
「どうして貴女は嬉しそうなんですかね……」
サムズアップをしてくる先輩にげんなりとしつつ、ちょっとだけやる気になる。
別に壊すつもりでやろうとは思っていないけれど、現状で治癒連撃拳がどれほどの威力があるのかは興味がある。
「あ、それじゃあウサト君、カズキ君」
「はい?」
「なんでしょうか?」
ふと何かを思いついたのか、先輩が僕とカズキを呼ぶ。
どこか上機嫌な様子なまま、彼女は次の言葉を発する。
「明日、午前中は会談に出なくていいならさ。私達でちょっとした訓練をしてみない? 午後に際しての予行演習みたいにさ」
「三人での訓練かぁ。前は魔法関連だけだったけれど、今回は違うこともできればいいなぁ」
そう呟いたカズキは、先輩の提案に乗り気なようだ。
僕も訓練は嫌いじゃないので一向に構わないのだけど、なんだろう? 僕を見る先輩の視線にちょっとだけ嫌な予感を抱く。
「ウサト君、君の反射神経を信頼してお願いがあるんだ」
「な、なんでしょうか?」
「明日、私とちょっとした模擬戦闘をしてくれないかな?」
「……は?」
先輩と、模擬戦闘?
これって……話の流れからして『魔装・雷獣モード』の先輩と模擬戦闘をしなきゃならない流れじゃないの?
的が頑丈だから大丈夫!(フラグ)
※先日『治癒魔法の間違った使い方ドラマCD』のキャスト様について情報が解禁されましたので、活動報告書かせていただきました。