第百六十七話
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第百六十七話、更新いたしました。
各王国の代表が集まる会談の中で、治癒連撃拳の説明をしなければならないという事実に気付いてしまった僕は、始まってしまった会談の内容を耳にしながら、どういった説明をしようか必死に考えていた。
話してもいいのだけど、果たしてそれを信じてもらえるのか……! というより、実際に見せないと速攻嘘つき呼ばわりされるのでは?
いや、さすがに僕が治癒魔法使いとしてかなりやばいことをしたのは自覚している。
しかし、しかしだ。まさかそれをこんな公衆の面前で自分から暴露しなくちゃいけないとか……考えもしていなかったので、キツイものがある。
先ほどから思考を巡らせながら動揺をローズの演技で顔に出さないようにした僕は、腕を組み無言で自分の真正面を見続けることで平静を保たせていた。
「魔王軍との戦いに際して、サマリアールから出せる戦力は———」
「それなら、戦力を揃えるために必要な物資の量は———」
「魔族たちの装備と、どれほどの身体能力を有しているか、詳しい情報を———」
そうしている間に、刻一刻と会議は進んでいく。
大まかには理解できているけれど、やはり魔王軍が相手ともなって集結される戦力は相当なものだ。
各王国から出せる戦力。
それを維持するための物資。
そして、肝心の魔王軍の戦力と、魔族個人の身体能力と扱う魔法。
時には情報を交換し、意見し合う。
ここにいる代表が会談を行っている中、特に目を引いたお方がいる。
「戦士長ハイド、まずは魔王軍の主力について議論すべきだと思いますが?」
「それも重要ではあるが、兵たちの地力を固めるのが先決。こちらの主力と魔王軍側の主力が相対する時、味方が優位を保てるように戦況を整えるべきだ」
「そこでだが」
ハイドさんとナイア王女の会話が論争に発展しそうな雰囲気を察知したのか、流れを断ち切るようにルーカス様が言葉を挟んだ。
「戦う相手である魔王軍の情報を共有するのも重要なことだ。それを含めて二度の魔王軍の侵略を乗り越えた騎士団長シグルスに話を伺ってもいいかな?」
「もちろんです」
この中で最もこういう場に慣れているであろうルーカス様が、先日僕へ説明した通りに会談を円滑に進めるようにサポートしてくれている。
ルーカス様のおかげで、ガチガチに緊張していたウェルシーさんも肩の力を抜いて進行役をできているので、彼が来てくれて本当によかったと思う。
「ね、ねぇ、ウサト君」
「はい? どうしました?」
会談の最中、先輩が声を潜めて話しかけてきた。
どこか微妙な表情の彼女に首を傾げる。
「さっきから対面の席にいるカイル王子を睨みつけているけど、彼が何かしたのかい?」
「え? そんなつもりは……」
先輩と同じ声音でそう返しながら、カイル王子を見やると彼は、僕の方をちらちらと見ながら顔を青ざめさせていた。
しまった、ローズのフリをしたままだから、カイル王子からすれば不機嫌な僕がずっと彼を睨みつけていたということになってしまったのか。
申し訳ないことをしてしまったな、後でちゃんと謝罪しておかないと。
「まあ、彼のことはいいのだけど……ウサト君、大丈夫? 緊張してるのかな?」
「いえ、緊張しているというより——」
「ウサト様」
カイル王子にドライな先輩に苦笑しつつ返事をしようとするとウェルシーさんが僕の名前を呼んできた。
しまった、大事な会談で無駄話をしてしまったことを咎められるのかと思いそちらを向くも、ウェルシーさんの申し訳なさそうな顔を見る限り、どうやら違うようだ。
「ウサト様、獣人の国での魔王軍、第二軍団長との戦闘について説明していただいてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
時間が過ぎるって早いなぁ。
諦めの境地に至りつつ、先輩とカズキにだけに聞こえるように声を潜ませながら話しかける。
「先輩、カズキ」
「うん?」
「どうした? ウサト」
こちらを見る二人に、少しだけ言い淀みながらも口を開く。
「今からとんでもないことを暴露するかもしれないので、その時は優しく笑ってください」
「君はいったいなにをするつもりなの!?」
「本当にどうした!?」
器用に小さな声で突っ込んでくる二人に若干の諦めの笑顔を浮かべ、立ち上がった僕は改めて会談にいる面々を見回す。
どうみてもニヤニヤとしているルーカス様。
興味深そうにこちらを伺っているナイア王女、と不貞腐れるようにしているカイル王子。
どこかワクワクとしているハイドさん。
どう考えても誤魔化しが効かないメンツにくじけそうになるが、それでも僕は話すことを頭の中で整理してから口に出す。
「これから僕が獣人の国で、戦闘を行った魔王軍第二軍団長、コーガ・ディンガルについて、ご説明します」
こうなれば腹をくくるしかない。
多少、引かれても正直に話していく。
そう決心していると、対面の席からカイル王子が右手を上げ、発言する。
「ちょっと待ってほしい。まず前提としてそこの治癒魔法使いは獣人の国に本当に行ったのか?」
瞬間、カイル王子の頭にナイア王女のげんこつが振り下ろされた。
「度重なる非礼、申し訳ありません」
「あ、姉上! だってそうだろ! こいつが魔王軍の軍団長どころか、獣人の国に行った証拠すらないだろ!」
「ウサト様が獣人の国へ行った事実は水上都市ミアラークの女王、ノルン・エラド・ミアラーク様が証明しているんですよ? それに加え、この場にいるルーカス様やハイド騎士長が、貴方でさえ気付ける疑問を指摘しない理由をなぜ察することができないのですか?」
ぐぬぬ、と悔し気に席に戻るカイル王子。
実際、証拠を出せと言われたら、ヒノモトで契約を交わしたフーバードで、ハヤテさんから文をいただけばいいだけなんだけど……。
まあ、気を取り直して説明を再開させるか。
「えーっと、僕が獣人の国へ赴いた際、既に獣人族へ協力を求めていた第二軍団長コーガと遭遇しました」
そのまま大まかにではあるが、獣人の国で起こったことを説明する。
もちろん、内乱とかそのへんは省きつつ、コーガと戦うことになった経緯を語っていく。
その最中、ナイア王女が僕へ質問を投げかけてくる。
「軍団長の持つ魔法はどのようなものだったのですか?」
「闇系統の魔法です」
やはり、闇系統の魔法はいい意味でも悪い意味でも珍しい魔法なのか、代表のみならず護衛を任されている騎士までも動揺を露わにする。
「その能力は、武器にも鎧にもなる魔力で構成された黒い帯を身に纏うものです。第二軍団長コーガは、それを纏い、凄まじい身体能力を以てして僕へ勝負を挑んできました」
「ふむ、それで君はどうしたのかな?」
「もちろん、僕も応戦しました。身体能力では負けてはいなかったので、拮抗はできていたと思います」
「いや、ちょっと待て、おかしいだろ」
ルーカス様にそう返すと、またカイル王子が言葉を挟んできた。
彼の隣にいるナイア王女は、額を押さえた。
「いやいやいや、今度ばかりは俺の疑問は尤もなものだろ! なんで魔族どころか、軍団長相手に身体能力で張り合ってんの!?」
「はぁ、カイル」
呆れた様子のナイア王女に、それでも彼は訴えるようにツッコむ。
しかし、僕の返答を聞いたルーカス様は快活に笑うだけであった。
「はっはっは、君は相変わらずだな。君が、うちの騎士長を拳一つでなぎ倒したのが記憶に新しいよ」
「ほら見なさい。ルーカス様もこう仰っているのですから」
「なにを!? サマリアールの騎士長を張り倒した事実が明かされただけなんだが!?」
ルーカス様、面白がってないですよね?
いや、この人ちょっとお茶目な部分があるから、会談の息抜き程度に無茶ぶりかましてくるくらいはしてきそうなのだけど。
「話を戻します。戦闘を行った感想としては、コーガの実力は相当なものでした。あらゆる距離に対応する武器にも盾にもなる魔法、並々ならない身体能力。奴とまともに戦うには接近戦以外に道はなかったと思えます」
「それなら、近接戦に持ち込めばいいと?」
ハイドさんの言葉に頷く。
「ええ。ですが、肝心のコーガが近接戦を最も得意としていることが一番の問題でした。それに加え、彼自身の魔法による防御は、僕の全力の攻撃すらも容易く防いでしまうほどに堅牢でした」
カイル王子がなにか言いたそうにしていたけど、その際にナイア王女が睨みを利かせて黙らせる。
今考えても帯を重ね合わせて、攻撃を防いでくるって反則的だよなぁ。あの帯の硬度からして魔法も剣も通さなそうなのが性質が悪い。
「それで、君は第二軍団長を倒したのかな?」
「こちらも相当な深手を負ってしまいましたが、撃退することができました」
あの時は本当に大変だった。
何気に体を貫通するほどの攻撃をもらったのは初めてだった。
ここまで説明すれば倒した方法を説明しなくてもいいだろう。主題は第二軍団長、コーガの戦闘能力と魔法を説明することで、自分が倒した方法を説明する必要はない。
そう思い、話を終わらせようとすると顎に手を当てたハイドさんが悩みながらも口を開いた。
「どうやって第二軍団長を倒したんだ? 君の話からしても相当な相手だったんだろう?」
ハイドさんの発言に、ギクリと肩が震える。
僕の反応を不審に思ったのか、隣のナイア王女を気にしながらカイル王子が揚々と口を開いた。
「もしかして、本当は撃退していないんじゃないのか?」
「カイル」
「いいや、言わせてもらうね。正直、あんたの話は信じられない。軍団長を相手に身体能力だけで張り合うだとか、しかもそれを倒すだって? 本当は違うんじゃないか?」
得意げな笑みを浮かべこちらへ向けてくる。
僕としては、そう言われることを覚悟していたから、それほど動揺はないのだけど、隣で剣呑な雰囲気を帯びていくナイア王女の方が怖い意味で気になる。
「第二軍団長とやらを前にして、逃げただけなのでは——」
「そこまでだ」
隣にいるナイア王女が無表情に掌を掲げようとすると同時に、ルーカス様の声がカイル王子の言葉を遮った。
ルーカス様の突然の言葉にカイル王子も面を食らう。
「常識的に考えるのならばそこの彼の言う通り、ただの人間、それも治癒魔法使いが人間を凌駕する身体能力と魔力を持つ魔族と互角以上に戦うなんて荒唐無稽な話に思えるだろう」
「そ、そうでしょう」
「だけどね、僕はウサトが戦う姿を目の前で見たことがあるんだ。だからこそ、彼が自身の戦っている姿を言葉にできない理由も分かる。彼の戦いは言うなれば……そう、我々の常識の範疇を超えたものだ」
神妙にそう語ったルーカス様は、会談にいる面々を見回したあと、僕へ最初に会った時と変わらない強い意志の籠められた視線を向けてくる。
「彼が僕の国を出たあと、どんな旅を送っていたかは僕自身全てを把握していない。しかし、一つだけ確かなのは、ウサト・ケンという男は、戦うべき相手を前にして逃げる男ではないということだ。そうだろう、ウサト?」
「……はい」
……なにやってんだよ、僕は。
自分のぶっ飛び具合を隠したい一心でルーカス様に無用な手間を取らせてしまった。
僕はこの場において、誠実にならなければならない。
救命団の副団長として、なによりローズの弟子として相応しい振る舞いをするべきだった。自分の未熟さと浅慮さにひたすらに恥ずかしい気持ちになりながら、全てを話す覚悟を決める。
「僕は……第二軍団長コーガを撃退する上で、治癒連撃拳という技を使いました」
「治癒、連撃拳?」
治癒という名称のついた技に、ナイア王女が首を傾げた。
彼女以外の面々——、特に初耳の先輩もちょっとだけワクワクした様子で、こちらを見上げている。
「この技を説明する上で話しておくべきことがあります。僕は治癒魔法を“人を癒す術”としてではなく、“無傷で相手を鎮圧する術”として扱っているということです」
「君は、治癒魔法をどのように使うんだ?」
ハイドさんの質問に、僕は動揺することなく正直に話す。
「治癒魔法を纏わせて殴り、投げ、魔力弾を投げ、魔力弾で目潰しをしかけたりします。魔術を扱える使い魔と連携し、相手を拘束したりすることも可能です」
「目潰し? 魔術? 拘束?」
真面目に考察をしようとしていたナイア王女が混乱するようにそう呟いているが、ぶっちゃけまだ本題にすら入っていないので、話を続行させる。
「治癒連撃拳の話に戻ります。この技は、僕の用いる技の中で最も危険な技であるので、普段は使わないようにしているのですが、コーガとの戦いでは必要に迫られ使うことになってしまいました」
「治癒魔法を使うのに、危険な技なのか?」
「そう、ですね」
どんな反応が返ってくるのだろうか。
使っている僕でさえドン引きした技だ。この場にいるウェルシーさんがその原理を聞いたら卒倒してもおかしくはない。
小さく深呼吸をした僕は、こちらを注目する面々に治癒連撃拳について説明をする。
「治癒連撃拳。それは系統強化を意図的に暴発させ、指向性を持たせた上で密着した相手に連続で叩きつける技です」
「系統強化を暴発だと……?」
ガタッ! と勢いよく椅子から立ち上がったハイドさんは、驚愕の声を上げる。
彼以外の面々も僕が行っていることの危険さを理解しているのか、驚きを隠せないようだ。
……特に視界の端にいるウェルシーさんの表情がすごいことになっている。
「特製の籠手の補助があってこそ成功する技でもあります。それがなければ、今頃僕の肘から先はなくなっているでしょう」
「その年齢で系統強化を行えるのは見事としか言いようがないが、それでも意図的な暴発など……常人の発想じゃないな……」
実際、系統強化の危険性を考えれば、それくらいのことが起こってもおかしくはない。
というより、レオナさんに散々説教されました。
この後、眼力が凄いことになっているウェルシーさんに説教されることも覚悟せねばならない。
「……その技は、第二軍団長に通じたのですか?」
ここで一番早く冷静さを取り戻したナイア王女がそんなことを聞いてくる。
「ええ。七度ほど叩きつけてようやく防御を突破したので、そのまま生身に拳を叩きこんで、気絶させるに至りました。ですが、撃退こそできましたが、結局は痛み分けという結果に終わってしまいました」
治癒連撃拳を以てして、コーガを気絶に追い込むことはできた。
しかし、結局は見逃される形で、戦いは終わりを迎えてしまった。
「ハッハッハ!」
静寂に包まれていた会談の中で、ハイドさんの笑い声が響いた。
驚きながら、彼へと視線を向けると、ハイドさんが感慨深げにしきりに頷いていた。
「ルーカス様の言う通り、まさに常識の範疇を超えているな! まさか予想を遥かに超える所業を行っていたとは思わなかった! 全く、とんでもないなぁ、リングル王国の救命団は!」
「は、はぁ……」
一転して明るいハイドさんのテンションについていけず、曖昧に返事しか返せない。
すると、こちらに向き直ったハイドさんは、にやりと笑みを浮かべた。
「滞在中、治癒連撃拳とやらを見せてもらっても構わないだろうか?」
「え?」
「口頭だけでは、いまいちどのような技なのか想像できないからな。君さえよければ実践して見せてほしい」
そう口にしたハイドさんは、なんというべきかワクワクした子供のように思えた。
それを前にした僕は、頬を引き攣らせながら頷くしかなかった。
今回、いちゃもんしかしていなかったカイル王子でしたが、彼が抱いた疑問はウサトや救命団のことを知らない人にとっては当然のものでした。
まあ、半分くらいはばっちり私怨とか入っていましたが(笑)