第百六十話
時間がかかってしまい申し訳ありません。
お待たせしました。
第百六十話です。
要望がありましたので、各章に登場人物紹介を書かせていただきました。
本編に影響しない程度のキャラクターの掘り下げなどを書いてみましたので、興味のある方はご覧になってみるのもありです。
僕が救命団の副団長になってから、早くも一週間が過ぎた。
一時は僕が副団長と認めない強面共が集団で奇襲をかけてくるだろうと、意気揚々と待ち構えてはいたが、予想に反してあいつらは僕が副団長の任につくことに肯定的だった。
その一方で、突っかかってきたのはフェルムだ。
『お前がボクの上に立つなんて認められるか! この怪物人間がぁー!』
といいながら殴りかかってきたフェルムをデコピンで撃退したのだが、それでも納得がいかないのか、あれから毎日のように僕へ襲撃をかましてくる。
なんというか、反抗期の妹を持つ兄の気持ちってこんな感じなのかなぁと的外れなことを思うようになった。
いや、僕は一人っ子なんだけども。
「ウサトさん」
「ん? ナックか。立ってるのもなんだし座りなよ」
四王国が集まる会談の為、ルクヴィスへ向かう前日の夜。
夕食後、気分転換に訓練場の原っぱに座り、のんびりと夜の景色を眺めていると、宿舎から出てきたナックが声をかけてきた。
とりあえずナックを隣に座らせてから、なんの用か尋ねてみる。
「で、どうしたの?」
「あの、明日からルクヴィスに行くんですよね?」
「うん。そうだけど……」
因みに、今回ネアには留守番をしてもらうことになった。
本人は行きたがっていたけれどローズが言うには、ネアを会談へ連れていくには魅了や魔術などの能力により、相手に不信感を抱かせてしまう可能性といった問題があるそうだ。
相手に不信感を抱かせてしまう可能性がある以上、彼女を連れていくわけにはいかない、とのことだ。
……そんな能力を使わせるつもりはなかったけれど。
ネアは僕がルクヴィスに行っている間、フェルムと一緒に訓練漬けの毎日を送るとのこと。なにやら……精神修行だとか、回避訓練だとかをフェルムと一緒にするとのことだ。
結構、楽しそうだけど、ネアとフェルムはこの世の終わりみたいな顔で僕に助けを求めていた。
「それじゃ……キリハさん達によろしくって伝えてくれませんか? 俺、ルクヴィスを出るとき凄いお世話になったので。会えたらでいいんですけど……」
「分かった。ちゃんと伝えておくよ」
ルクヴィスに行ったら、空いた時間でキリハ達に会う予定だ。
その時は、土産話をたくさん聞かせなくちゃな。キョウとサツキとかは、すっごい興味津々に聞いてくれそうだ。
「でも、本当は君も行けたら良かったんだけどね」
副団長就任後、一度城に赴いてウェルシーさんにアマコを連れていっていいかを聞いてみたら、思いのほか簡単に許可を出してくれた。
それをアマコに伝えた後、ふとナックも連れて行けたら……と思ったんだけど、他ならぬナックがそれを断った。
「俺も本当は行きたい気持ちもありますけど、あそこには……ルクヴィスにはミーナがいますから」
「ああ、あの子か……。今でもあの子のことは苦手なの?」
ナックを虐げていた、赤いツインテールが印象的な勝気な少女。
しかし、ナックの口ぶりからすると、ナックはミーナを憎んでいるというより、単純に会いたくないと思っているようだ。
僕がルクヴィスを発った後に、彼女と何かあったのだろうか?
「苦手ってわけじゃないです。ルクヴィスを出る前に少しだけ話す機会があったんですけど、あいつ、俺に謝るどころか『いつまでもウジウジしているアンタが悪い』って開き直りやがったんですよ? 確かに俺も悪いところがありますけど、あれは逆に清々しささえ感じるほどの口ぶりでした」
「それからどうなったの? そのまま口喧嘩して別れた感じ?」
「大体はそうですけど、なんか学園を卒業したら俺に会いに来るとかなんとか言いだして……。俺はもう実家と絶縁しているのに、何がしたいのかさっぱり分からないんです」
「……なるほど」
ほほぅ、これは。
僕は笑みを浮かべながら、ナックの肩を叩き、うんうんと頷く。
「さてはナック。君は鈍感だな?」
「すいません、それは本気で言っているんですか? ウサトさんがそれを言いますか?」
「あれ?」
割と本気の声色で即答されてしまった。
予想外の返答に混乱している僕に苦笑したナックは手を横に振りながら言葉を紡ぐ。
「第一ありえませんって。あいつ、俺にリベンジするために魔法の修行をして、学園を卒業したらここにやってくるんですよ? どう考えてもそんな乙女っぽい考えを持っているはずありませんって。あれは絶対に俺に負けっぱなしでいるのが我慢ならないだけですよ」
「そ、そうなのか……?」
「そうですよ。あいつ、小さい頃から負けず嫌いでしたし」
なるほど、負けっぱなしじゃいられないってことか。
分からなくもないかなぁ。
いまいち、ナックとミーナの関係が把握しきれないけれど、とりあえずナックとミーナはライバルのような関係なんだと理解した。
「とりあえず、キリハ達には君のことを話しておくよ」
「ありがとうございます」
「お礼はいいって、僕もキリハ達に君のことを伝えたいと思っていたからね」
ルクヴィスには会っておきたい人達がいるけれど、僕は遊びに行くわけじゃない。
リングル王国の代表の一人として———そして、救命団の副団長として、自分に与えられた任務をしっかりと全うしなければならない。
「あ、そうだ。僕がルクヴィスに行っている間、ブルリンにご飯をあげてくれないかな? 一応、ネアとフェルムにもお願いしているんだけど、あの子達はおっちょこちょいなところがあるからちょっと不安でさ」
「そういうことなら任せてください」
「後は、運動とかさせてくれればいいんだけど……」
いや、そこまで頼むのは酷だな。
ブルリンはやる気になると動いてくれるけど、面倒くさがりなところがあるから動いてくれるまでが長いからなぁ。
「俺も自主訓練を許可されましたし、ブルリンと一緒に運動しますよ」
「大丈夫? あいつ、僕と間違えて背中にのしかかってくるかもしれないけど……」
そう訊くと彼は困ったように笑って『いざというときは、周りの人に助けを呼ぶ』と言ってくれた。
ルクヴィスでは周りを頼ることをしなかった彼の成長を目にして、内心で嬉しくなりながら、僕は立ち上がる。
「さてと、僕は明日に備えて早めに休もうかな」
「それじゃ、宿舎に戻りましょうか」
服についた葉っぱを払い立ち上がった僕とナックは宿舎へと歩を進める。
明日は早朝にここを出発する予定だから寝坊しないようにしなくちゃな。
●
翌日の早朝。
寝坊せずに起きることができた僕は、あらかじめ準備をしておいた荷物を持って、ローズに出発の挨拶を済ませてからアマコを迎えに行こうとした——、のだがその際にちょっとした騒ぎがあった。
なんとフクロウに変身したネアが、僕の荷物に隠れて付いて来ようとしていたのだ。
彼女が潜んでいたことには荷物を持っていた僕でさえ気づけなかったのだが、いかんせん相手が悪すぎた。挨拶の際、僕の持っている荷物に腕を突っ込んだローズは隠れていたネアを即座に捕まえてしまった。
どうして気づいたのかと尋ねると、ただ短く「勘」とだけ答えられた。
第六感は、極めると魔法よりも超常的なものになると、しみじみと感じた瞬間だった。
そんな騒ぎもあって、少々ごたつきながらも救命団の宿舎を出た僕は、予定通りアマコを迎えに街へ向かっていた。
久しぶりに袖を通す団服の感覚に、「やっぱりこれだなぁ」と感慨深く思いながら朝もやが立ち込める街の中を進んでいくと、店の前にアマコの姿を見つけたので合流する。
「おはよう、ウサト」
「おはよう。寝坊せずに起きれたようだね」
アマコに挨拶を返しながらそう茶化してみると、彼女は少しムッとした表情を浮かべ僕を見上げた。
「私、それほど子供じゃない」
「はは、分かってるよ」
小柄ではあるものの、この子は年相応……いや、精神的には大人顔負けなくらいにしっかりしている。
だけど、それでも、時折今みたいに年相応の反応を返してくれる。
「ネアは?」
「あの子は留守番。その間は団長と一緒に訓練だね」
「へぇー」
脳裏に浮かぶのは、つい先ほどの、どさくさに紛れて僕についてこようとしたネアがローズに捕まり、そのままなぜか巻き込まれたフェルムと共に訓練場へ引きずられていく姿だった。
庇ってあげたいけど、ローズが相手じゃ無理だからなぁ。
その後、他愛のない雑談を交わしながらアマコと共に城門へと向かう。
十数分ほどで城門にまでたどり着くと、大きめの馬車に数人の見知った顔と騎士達が集まっているのが見えた。
先輩にカズキ、それにシグルスさんとウェルシーさん。
4人の姿と騎士達の姿を確認した僕は、手を挙げながら彼らと挨拶を交わす。
戦闘が絡むわけではないので、先輩とカズキは旅へ出発した時とは違い普段着に近い服を着ていた。
「もう二人にとって旅は慣れたようなものですか?」
「そうだね。伊達に数ヵ月も旅をしていたわけじゃないからね」
「一度経験したことだし、最初の頃よりも緊張もしないしな」
僕の質問にそう返す先輩とカズキ。
実際、僕にとっても旅は親しんだものでもあるから、最初の頃よりかは大分リラックスして出発できそうだな。
二人から、ウェルシーさんへと視線を移す。
「ウェルシーさん。もうすぐ出発ですか?」
「あ、ウサト様、おはようございます。ちょうど今出発の準備が整ったところですよ」
それじゃあ、丁度いいタイミングで到着できたみたいだな。
準備が整ったとのことで、僕、先輩、カズキ、アマコ、ウェルシーさんの五人が馬車の中に入る。シグルスさんと騎士達は馬で馬車の護衛をしてくれるらしい。
「いやぁ、なんだか最初に旅に出た時と同じ感じだね」
「あの時もウェルシーさんを含めたこの五人でしたね」
「あ、確かに」
先輩とカズキの言葉に頷く。
すると、その時のことを思い出したのか先輩が感慨深げな吐息を漏らした。
「あの時と比べると、私達も成長したって感じがするね」
「といっても、ほんの少し前の話ですけどね。まあ、僕達もそう感じるくらいの濃密な旅路を送ってきたことは確かですけど」
「ウサトに至っては、成長しているというより変異しているって言った方が正しいかもしれないね」
「まるで僕が人間から別の生物に変わってるみたいな言い方に聞こえるのだけど」
隣で口を挟んできたアマコに引き攣った笑みを向ける。
確かに成長はしたと思うが、見た目が変わるほどの成長はしていない……はずだ。
「別の生物というより、ウサトって言う新生物って感じ」
「とうとう僕の名前が種族名になっちゃったよ……」
「ウサト君、私はそれはそれでアリだと思うよ! 一族一種の超生物! なんかこう……グッとくるものがあるね! オンリーワンな感じがして!」
「そう感じる気持ちも分からなくもないんですけど、その対象が僕だと、全く台無しです……」
先輩ははたしてフォローしてくれているのだろうか?
いや、悪意のない笑顔を見て、本心で言ってくれているのが分かった。
肩を落とした僕を見て、ウェルシーさんとカズキは困ったように笑っていた。
「ははは。……でもあの時と違うのは、今回の目的が会談ってことだよな」
「あー、そうだね。前回よりも早く帰れるって意識がある分、それで心の持ちようとかだいぶ変わってくるよね」
前回の書状渡しの旅は長期間が想定されていたけれど、今回の会談は比較的短期間でリングル王国に帰れる。
会談自体は、各国の代表が集まり次第始められるので、遅くても到着してから一週間はかからないだろう。
アクシデントとかがあれば、会談の日程が大分遅れてしまうかもしれないけれど。
「あ、そうでした。今のうちに会談について皆さんにお話ししておきます」
そんなことを考えていると、ウェルシーさんが僕達に声をかけてきた。
会談のことについてはローズからはおおまかなことは聞いているけれど、僕が明確にするべきことはあまり把握していない。
その辺についても説明があるのだろうか?
「会談での皆さんの役割は、皆さんがそれぞれ訪れた王国の代表との顔合わせとなります。会談の運営は、シグルスさんと私が行いますので、そこは安心してください」
「顔合わせの他に私達がするべきことはあるかな?」
「カズキ様とスズネ様はリングル王国の勇者として、ウサト様は救命団の副団長として、その肩書に相応しい振舞いを心掛けてください。恐らく、会談には各王国の実力者たちも集まるでしょうから」
「実力者たち? それって……」
「私共の国で言うシグルスさんに等しい立場にあり、尚且つ実力も持つ方々のことです。それぞれの国へ赴いた皆さんなら思い当たる方がいらっしゃるのではないでしょうか?」
ウェルシーさんの言葉に思い当たる人物がいたのか、頷くカズキと先輩。
僕が行った国、サマリアールの実力者といえば……フェグニスさんだけど、あの人はここに来る以前の問題だろう。
彼は、自身が守ってきた呪いを失い、それに加えて魔術師の悪行の手助けをしていたことを知ってしまった。
彼のやろうとしたことは決して許していいことではなかったけれど、私利私欲で行動していた魔術師と違い彼はサマリアール王国の為を思って行動していた。
フェグニスさんの一族が魔術師という存在に歪まされていなければ、彼は、正真正銘の国を想う善人だったかもしれない。
「ウサト?」
「え? ああ、ごめん。ちょっとボーっとしてた」
少し思考に耽って、ボーっとしていたみたいだ。
心配そうに声をかけてきたアマコに笑みを返しつつ、ウェルシーさんの話に耳を傾ける。
「今回の会談の目的の一つに、魔王軍との戦いの際に肩を並べ共に戦う方々と交友を持つこともあるんですよ」
「なるほど、初対面で一緒に戦えと言われてすぐに互いを信用できるわけじゃないだろうからね。確かに事前の顔合わせは必要だ。でも、どんな人が来るんだろう。王国の実力者って聞くとちょっとワクワクしちゃうね」
楽しそうにそう言葉にした相変わらずな先輩に僕は苦笑した。
「先輩、いきなり決闘とかふっかけないでくださいよ?」
「流石にそんなことしないよ!? ウサト君は私をなんだと思ってるの!?」
「いえ、一応の用心の為です。先輩の行動は僕には予測できませんからね」
「それはウサト君には言われたくないよ!? ね、アマコもそう思うよね!?」
「うん、それはウサトが言っちゃいけないと思う」
おっと、ここでアマコが先輩についたか。
思わぬ裏切りに僕も動揺が隠せない。
せめて反論しようと口を開きかけると、僕達の会話を聞いていたウェルシーさんとカズキが先に話しかけてきた。
「ウサト様は少し目を離すととんでもないことをしているイメージがありますね。系統強化を無理やり会得しようとしてた時とか……」
「確かにウサトは普通じゃ考えつかないこととかするよな。ま、それがウサトのすごいところなんだけど」
笑顔で褒めてくれたカズキはともかくとして、この状況でまさか僕が追い込まれる状況になるとは。
ここまで言われて、どう反論するべきか悩んでいると、アマコが僕に向けられていた視線を先輩に移す。
「でも、スズネもウサトとは別の方向で予想外のことをするから、結局どっちもどっちだね」
「アマコ!?」
「あー、確かに。フラナの時も我を忘れてたしなぁ」
「カズキ君!?」
「スズネ様もウサト様と同じくらい滅茶苦茶をする人ですからねぇ」
「ウェルシーまで……。こ、この流れで私がディスられるの!?」
追い打ちをかけるが如く、アマコ、カズキ、ウェルシーさんの順番でツッコミを食らった先輩は、ショックでのけぞりつつ、肩を落として落ち込んでしまった。
数秒ほど悩んだ後に、僕に視線を向けた先輩は一転してかっこつけるような笑みを浮かべた。
「なるほど……ウサト君と私は同じ。つまり私と君はアベックということだね?」
「すいません。超理論ぶん回しすぎて意味が分かりません。あと、それ意味が分かっていっているんですか?」
「も、勿論だとも」
すっとんきょうなことを口にする先輩に肩を落とす。
リングル王国を出発したのはいいけれど、到着までの時間、ツッコミとかそういうので色々と疲れそうだ。
今話から会談編に突入します。
登場人物紹介を書くにあたり、改めて本編を読み返してみると結構えぐい過去を持つキャラがちらほらいて我ながら驚きました。
コメディとは一体……。