第百五十九話
申し訳ありません。
少々、忙しくなってしまい更新が遅れてしまいました。
第百五十九話です。
ローズとの戦い。
それは僕にとって、多くの教訓を得た実りのある経験となった。
僕とローズの実力差。
治癒加速拳を用いた戦闘スタイルの確立。
結果だけ見れば手加減された挙句、僕が先にへばっちゃっただけだけど、進歩を感じたことは確かだった。
「さて、団長に会いに行くか」
僕が気絶から目を覚ました後、すぐに夕食の時間になった。ちょうどいい機会なのでアマコも夕食に誘い、僕が来た頃より大人数になった食堂で、救命団唯一の憩いの時間と言っても過言ではない夕食の時間を過ごした。
しかし夕食前にアマコ、ネア、フェルムの三人組がちょっとした口喧嘩……というかじゃれあい? のようなことをしていたのにはちょっと驚いたな。
予知魔法で動きを先読みしたものの見事に二人を返り討ちにしていたアマコに軽く戦慄しながらも、なんとかすまし顔の子狐と半泣きの魔族と魔物を諫めたが……なんだかんだでフェルムもアマコと仲良くできそうでちょっと安心した。
「……って、僕はあの子の保護者かよ……」
アマコを送った後、団長室へ続く廊下を歩きながら、そう呟く。
性格的には僕と似ているところがあるし、つい気に掛けてしまう。それに、コーガから闇魔法使いの性質を聞いて、フェルムが孤独を抱えて生きてきたことを知ってしまったから心配……いや、同情しているのかもしれない。
「感情に左右される魔法か」
僕には、闇魔法は酷く不安定な魔法に思えた。言うなれば、自身の抱える負の感情を魔法として発現させたのが闇魔法だ。
フェルムは、誰にも触れられることのない孤独が生んだ反転の鎧。
コーガは、戦いにしか喜びを見いだせない獣性を縛り付ける拘束具。
「じゃあ、今はフェルムの魔法はどうなっているんだ?」
今、あの子は一人じゃない。
そう思っているのが僕だけだったら恥ずかしいけれど、彼女もそう思ってくれているのなら……もしフェルムの魔力が復活した時、その闇の魔法は以前から変わらないままなのか? それとも——、
「っと」
考えに没頭していたせいで、あやうく団長室の扉にぶつかるところだった。
今の今まで考えていたことはとりあえず置いておこう。これからはローズとの話に意識を切り替えなくては。
「団長、ウサトです」
「おう、入れ」
「失礼します」
断りをいれてから団長室に入る。
窓際で外を眺めていたローズはこちらを振り返ると、椅子に座り腕を組んだ。
「お前も座れ。少し、長い話になる」
「はぁ……」
ローズと向かい合うような形で置いてあった椅子に腰かける。
長い話になる、とはやっぱり何か重要なことなのかな?
「まずは昨日、私が城へ呼び出しを受けたことを知っているな?」
「ええ、もしかして僕に関係することですか?」
「そうだ。お前も話だけは聞いているかもしれねぇが、近いうちに魔導都市ルクヴィスでリングル王国、サマリアール王国、カームへリオ王国、ニルヴァルナ王国の四国で会談が行われることが決定した。そこに向かうリングル王国の代表として、騎士長のシグルス、専属魔法使いのウェルシー、勇者であるスズネとカズキ、そしてお前が任命された」
思ったよりも決定するのが早かったけれど、そうか僕も行くことになるのか。
まあ、サマリアールに書状を渡したのは僕だから当然か。あちら側との橋渡し役が必要だろうし。
「出発はいつ頃ですか?」
「既に会談が行われる旨は各国へ送られた。出発は遅くても一週間後だな」
一週間後か、思ったよりも時間がないな。
リングル王国からサマリアールまで馬車で行けば時間がかかるから、そこらへんも考慮したのかもしれない。
「ロイド様は、お前が断るなら無理強いはしないそうだ」
「いえ、行きます。サマリアールに書状を渡したのは僕ですから、最後まで責任は持つつもりです」
途中で投げ出すわけにもいかない。
それに、先輩もカズキも行くだろうしね。僕一人だけなら不安もあったけれど二人がいるなら平気だ。
僕の答えにローズは一つ頷く。
「なら、いつまでもただの救命団員っつー肩書じゃ駄目だな」
「へ? それってどういうことですか……って、うお!?」
質問しようとした僕に、ローズがこちらへ何かを投げつけてきた。
咄嗟に受け止めると、それはしばらく見ることのなかった真っ白いフードのついた外套———、団服であった。
「あ! 直ったんですね!」
「早めに修繕を頼んでおいてよかったな。会談の場に適当な外套を着ていくわけにもいかねぇしな」
ローズの言葉に頷きながら、団服に袖を通す。
慣れ親しんだ着心地に嬉しくなりながら先ほどの言葉について訊いてみる。
「修繕してくれてありがとうございます。それで、肩書ってどういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ。お前は今日からただの救命団員じゃなくなる」
ますます意味が分からない。
ただの救命団員じゃなくなる? それはつまり、どういうことなんだ?
僕は救命団に所属しているから救命団員と呼ばれるのであって、そうじゃなくなるということは……ま、まさか僕だけ救命団から別の場所へ移されるとか……?
行き着いた考えに恐々としていると、ローズはいつもと変わらない好戦的ともとれる笑顔を浮かべた。
「実はな、ひよっこのお前を鍛えてきた時から予感はしていた。どんなに虐げられても立ち上がるしぶとさ。何度罵倒されても心を折らず、私に跳ね返ってくる生意気さ」
果たして僕は責められているのだろうか? それとも褒められているのだろうか?
嬉しそうに語ってくれてはいるが、僕からしてみればしぶとくて生意気なことを評価されているという不思議な状況なんだけども。
「最初に見たときはどこにでもいるガキだと思っていたんだが、蓋を開けてみればとんでもねぇ奴だった」
「まるで元からやばい奴だったみたいな言い方はやめてください……」
「普通のガキが私の訓練に耐えられるはずがねぇだろ」
なんでその訓練をつけた張本人にとんでもねぇ奴扱いされなきゃならないんだ。
「だからこそ、お前が最適だ」
困惑する僕に、ローズは笑みを深める。
これまでとは違った雰囲気に呑まれながらも、彼女の次の言葉を待つ。
「ウサト・ケン。今からお前を救命団、副団長に任命する」
「……え?」
あまりにも唐突に言い渡された言葉に頭が真っ白になる。
数秒ほどしてから漸く彼女の言葉を認識して、再び思考が停止する。
副団長。
今までそんな肩書があることさえ知らなかった。
いや、そもそも救命団に団長以外の序列があるとすら思ってもいなかった。
「驚きのあまり声も出ねぇか?」
「と、突然すぎませんか!? そんな、副団長だなんて、いきなり……」
「ああ? 模擬戦する前に言っただろ。『お前を見定める』ってな。結果、お前は私の予想を超えてきた」
見定めるって確かに言ったけど、副団長に見合うかどうかを見定めるってことだなんて思うはずがない。
完全にパニックに陥っている僕を見て、ローズは面白がるように笑みを浮かべているが、その言葉を冗談だと茶化す様子は一切ない。
本当に僕を救命団の副団長に任命するつもりだ。
「最初からこうするつもりだったんだよ。お前を訓練し始めたその時からな。言っただろ? お前を私の右腕にするってな」
確かに言っていた。
だけど、あれは冗談とばかり……。
「で、ですが、僕なんかに副団長が務まるなんて……。というより、あの強面達が僕を副団長って認めるでしょうか? 即座に下剋上を狙ってきそうなんですけど」
「……ハッ、全く」
どこか呆れたような笑みを浮かべたローズは、椅子から立ち上がり目の前にまで歩いてくると、僕の額にデコピンを叩き込んだ。
強烈な一撃に視界に星が弾け倒れそうになるが、グッと堪えローズを見上げる。
「私が相応しくない奴を副団長に任命すると思ってんのか? ウサト、お前なら任せられると思ったから選んだに決まってんだろうが」
「僕なら?」
「それに、アレク達はお前が思っている以上に、お前のことを認めているんだよ。それでも信じられねぇってんなら——」
そこで一旦言葉を止めて、僕の前に拳を掲げる。
「認めさせてみろ。この私にそうしたようにな」
「……」
副団長という僕にとって大きすぎる肩書。
しかし、裏を返せばそんな肩書を任せられるくらいにローズは僕のことを評価してくれているってことだ。
正直、こうやって面と向かって言われた今でも自分が副団長に相応しいかどうかは分からない。
だけど、だけどもだ。ここまで言われていつまでもウジウジと悩んでいるのは僕らしくない。
「副団長の任、拝命いたします」
「おう」
僕の言葉にローズは満足気に頷いた。
団長室の椅子に座り、背もたれに体を預けた。
「今後、副団長の肩書に恥じないような振る舞いを心掛けるように。戻ってもいいぞ」
「はい」
改めて自分が副団長になったと自覚し、ローズに一礼して退出しようとするが、ふと今日の戦いの際にローズが口にした言葉を思い出した。
『まさか、私が攻撃を食らうなんてな。……“奴”以来か?』
治癒連撃拳という一度限りの隠し玉を放たなければ攻撃を食らわせることができなかったローズに、攻撃を食らわせた相手。
気にならないはずがない。
扉にかけた手を下げ、背後へ振り返った僕は思い切ってそのことについて訊いてみることにした。
「あの、聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「僕よりも前に団長に攻撃を与えた人って、誰なんですか?」
「!」
その質問に若干目を見開いたローズを見て、しまったと思う。
何か訳アリの話なのだろうか? いや、ローズに攻撃を当てるほどの相手だ。むしろ人型の生物という前提すら間違っているのかもしれない。
もしや、あの邪龍以上の巨体を持っていたという可能性すらある。
数十秒ほどの沈黙の後に、一つ頷いたローズはようやく口を開いた。
「……少し、話しておくか」
どこか重々しい口調。
今までとは全く違う雰囲気に、内心で困惑する。
「私に攻撃を与えたそいつは魔族だった」
「魔王軍との戦争の最中に傷を負ったということですか?」
「いいや、違う。私“達”がそいつと相対したのは、魔王が封印から目覚める前だ」
封印から目覚める前……!?
それって、救命団が作られる前じゃないのか?
思考が追い付かない僕に構わず、ローズは言葉を続ける。
「男の名は、ネロ・アージェンス。風を統べる魔剣士。そして……」
そこで一旦区切った彼女は一度だけ目を瞑った後、強い意志の籠った隻眼で僕を射抜くように見つめ、その言葉を言い放った。
「私の右目に傷をつけた男の名でもある」
●
「ネロ・アージェンス……」
ローズからその名を聞いた後、僕は団長室を後にした。いや、正確に言うならローズはそれ以上、語ってくれなかった。
ベッドの上に横になり、天井を見つめながらローズの右目に傷をつけた魔剣士の名を呟く。
ローズの右目の傷はずっと気になっていた。
時折、癖のように右目に手を添えていることもそうだし、治癒魔法を使える彼女がどうして右目の傷を残しているのか、心のどこかで不思議に思っていた。
「……それに」
名前を聞いて思い出したが、アルクさんが獣人の国ヒノモトで戦った炎を操る第三軍団長が、その男の弟子と名乗っていたらしい。
僕はコーガと戦って、アルクさんの戦いを見ることはできなかったけれど、その第三軍団長は炎を鎧のように纏い、圧倒的な火力と強さを持っていたそうだ。
軍団長に上り詰めるほどの力を持つ人物を弟子にしているという時点で、その実力は僕に計れるものではない。
「何が、あったんだろうな」
ネロ・アージェンスの名を僕に明かしたその時、ローズがいつもと少しだけ違っていたような……そんな気がした。
「話してくれるのを待つか」
団長室を出る際に、ローズは「いずれ全て話す」と言ってくれた。
話す決心がついていないというより、僕が動揺して今後行われる会談に支障が出ないように考えているのだろう。
なら、僕は深く考えずに目の前のことに集中するべきだ。
「……」
ふと、壁にかけられている修繕された団服を見る。
元の傷なんて分からないほどに修復されたそれは今までと同じように見えるが、副団長になった今、団服に袖を通してみると、上に立つ者としての重みが一気にのしかかってきた。
ローズからの期待。
自分自身への不安。
副団長という肩書の重さ。
その全てに押し潰されてしまいそうになるけれど、それでも僕は背負っていこうと決めた。
地獄の訓練、魔王軍との戦い、艱難辛苦の旅路を経て、ようやくウサトにとってのプロローグが終わりました。
第一話からここまで長い道のりでした……(現、百五十九話)
今月はまだまだ忙しくなってしまうので、もしかしたら3月の更新は遅れがちになってしまうかもしれません。
次話を楽しみにしている方々には本当に申し訳ないですが、少しだけ待ってもらうことになってしまいそうです。
※『天候魔法の正しい使い方~雨男は野菜を作りたい~』書籍化についての活動報告を書かせていただきました。
加えて『天候魔法の正しい使い方』を連載させていただいているN-Starにて、感想欄が解放されました。
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