第百五十五話
お待たせしました。
第百五十五話です。
書状渡しの旅を終えてリングル王国に帰ってから、救命団での生活サイクルにようやく体が慣れてきた。
旅の道中でも訓練は欠かさなかったが、やはり救命団での訓練は全然違う。一人でやっていた訓練も、トング達という煽り合える存在がいれば、互いにムキになってより苛烈なメニューをこなすことができるのだ。
……いや、所詮は売り言葉に買い言葉で、全力疾走に発展しているだけなんだけどね。
そんな僕にとっては動きやすい環境であるが、最近一つだけ気になっていることがある。
「ブルリン、お前……太ったな?」
「フグァ?」
早朝、厩舎でブルリンに餌付けしている時にそれに気づいた。
元からでかくはあったが、今はなんというか……まるまるっとしているのだ。
僕としては、背負って走るうえで良い重さだ! と思っていて気にもしなかったが、見た目で分かるほど膨らんでしまっては流石に見過ごせない。
「旅ではいつも歩いてたから、太りはしなかったけど……ここ最近のお前は食って寝て、食って寝てを繰り返してたよな」
「……グゥ」
「駄目だよなぁ、このままじゃ」
果物を食べ終え、惰眠を貪ろうとしたブルリンが体を震わせ顔を上げる。
そんなブルリンを見て、僕は心を鬼にしてブルリンを運動させることを決心する。
「お前も救命団員だ」
「グルゥ」
「そんな首を横に振っても駄目だ。分かってるだろ? このままじゃ駄目だって」
それでも尚、首を横に振るブルリン。
……仕方ない。これだけはしたくなかったんだけど。
「しょうがない、団長に任せるか」
「グルァ! グルルッファ!」
「そうか。やる気になってくれたか! 君がやる気になってくれて嬉しいぞぅ!」
まるまるとした体で起き上がり、やる気を表すように僕の足を殴りつけてきたブルリンに笑みを浮かべる。
そうと決まれば、今日から始めるか。
●
今日のメニューは、トング達との走り込み。
いつもはブルリンを背負って走っているのだが、今日はブルリンも一緒に走る形で参加させることになった。
ブルリンも太ってはしまったが、これまで一緒に旅を送ってきた相棒。
ブルーグリズリーという魔物のポテンシャルは、伊達ではない。荒い息を吐いているものの、僕と強面達のペースについてきている。
「おう、ウサト。ブルリンもそうだが、ネアは連れてきてねぇのか?」
街中を走っていると、前にいるアレクがそんなことを聞いてきた。
「ネアは救命団の訓練場で訓練させているよ」
「つーことはナックとフェルムと一緒か?」
「ああ、まあ、彼女に関しては走り込みだけだけどね」
当然の如く、ネアは訓練の参加を渋った。
駄々に駄々をこねて、幼児退行するくらいには嫌がった。
しかし、心を鬼にした僕に泣き落としなどは通用しない——が、流石に無理に参加させるのはかわいそうだったので、やり方を変えることにした。
最初の説得に失敗した後、僕はフェルムとネアが一緒にいる時間帯を見計らい、部屋を訪れた。
『フェルムは普通にできてるけど、まあ、君ができないならしょうがないよね。フェルムはできてたけど』
『……!』
『フェルム。そういうことだから、さっきの話はなかったことにしてくれ。ネアは、君についていけないみたいだ』
『え? あ、ああ! まー、普通そうだよな! ただの魔物がこのボクについてこられるはずないもんな! しかも胸に邪魔なもんがあるお前に負ける道理なんてないしな!』
『や、やってやろうじゃないのよォォォ!』
酷く簡単にまとめると、こんな感じでネアは訓練に参加することになった。
いや、本当は一時間の問答と喧嘩の末に、行き着いた決断であったけども。
今は死に物狂いでフェルムと競い合っている頃だろう。
「お前って、中々にえげつない奴だよな」
「なんか団長に似てきた気がするぞ」
「おいおい、団長ならそもそも実力行使だから全然違うだろ。僕はまだ優しい方だよ」
ゴムルとミルの言葉に反論すると、強面共は呆れたようなため息をついた。
なんでため息をつかれるんだ? なんだかこいつらにため息をつかれると、結構イラっとするのだけど。
「そういえば、お前今度団長と模擬戦闘訓練するんだって?」
「……あー、うん、そうだね」
「マジで大丈夫なのか、ソレ」
「逆に聞くけど、大丈夫だと思う?」
トングの言葉にそう返すと、強面共全員が声を揃えて『思わん』と答える。
まあ、そりゃそうだろうな。
こいつらは、誰よりもローズの恐ろしさを知っている。知っているからこそ、その常軌を逸した実力を理解しており、それに尊敬の念を抱いている。
勿論、僕も含めてね。
「二ヒヒ、ウサトと団長、どっちが勝つか賭けてみるか?」
「んじゃ、姉御が勝つに賭けるわ」
「勝つ方が決まってるじゃねぇか」
「グルド。お前……勝敗が決まっている賭けほどクソなもんはねぇぞ」
「これほどまでに旨味を感じない賭けはねえだろ」
「つーか、救命団は賭博行為は禁止してるだろ。バカども」
勝敗が決まっているのは同意だけど、それを賭け事にされるのは癪に障る。
アレクが止めていなければ、ローズに告発していたくらいにイラっときていた。
「で、実際、どう戦うつもりなんだよ」
「どうって……ネアの力を借りて、ひたすらに肉弾戦……かなぁ。多分、あの人遠距離攻撃とか素手で叩き落してくるだろうし」
恐らく拘束の呪術も、カロンさんと同じく時間稼ぎにもならない。
しかし、全てが僕より高水準でまとまっているローズと戦うには、同じことをしていても意味がない。
「とりあえず、最初は団長の初撃を避けることだな。んでもって、一発食らわす」
イメージはしているが、ローズがイメージを超えた動きをすることは分かっているので、想定以上の動きをすることを念頭に入れて臨む。
自然と口角が上がってしまっていたのか、それを見た強面共はそのいかつい顔を顰めていた。
「気づかぬは本人だけだな」
「最初に来たときは、ただのクソガキだった……はずなんだがな」
「今となっては、姉御に次ぐ怪物だもんなぁ」
「しかもキレたら豹変するしよぉ。時折、姉御が二人いるように思えるぜ……」
「いや、それはしょうがないんじゃねぇか? 姉御のマジ訓練受けたら、こうなるのは無理ねぇよ」
額に血管が浮く。
駄目だ、好き勝手ほざくこいつらに何も言わずにキレるわけにはいかない。
必死に笑顔をつくり、内心の怒りをおくびにも出さずに声を絞り出す。
「はっはっはっー、言いたい放題かこの化物共め」
「「あ?」」
「あ?」
走りながら睨みを利かせる。
傍らを走るブルリンが僕と強面共を交互に見やるが、それでも僕達は睨みつけ合うのをやめない。
「テメェ、最近調子に乗ってんじゃねぇのか? 先輩だぞ、俺達は」
「先輩ってなに? そんな程度で僕が怖気づくと思ってんの? だとしたら今まで何を見てきたのか疑うよ」
「……」
「……」
沈黙がその場を支配する。
響くのは走る足音と、「またか……」と言いたげな王国の人々のため息のみ。
十秒ほどの沈黙の後、トングが圧のある声を発する。
「……ゴールは救命団宿舎。勝者は一人」
「妨害、煽り、近道、なんでもあり」
「これは喧嘩じゃねぇ。分かってるよな?」
「ああ、勿論だ。これは——」
自分から一番近い位置を走っているトングを横目で確認した僕は、思い切り空気を吸って——、
「「競争だァァァ!!」」
トングにノーモーションからの横蹴りを放つ、しかし全員が同じことを考えていたのか、その場にいる6人が同時に蹴りを繰り出し、互いを邪魔し合った。
出したタイミングが悪かったのか、互いの蹴りが腹部に叩き込まれ同時に吹っ飛ばされるが、すぐに起き上がり別々に走り出す。
状況を把握しきれないブルリンが、慌てながら右往左往しているが、そんな彼に僕はサムズアップしながら叫ぶ。
「僕が見ていない間にサボったら飯抜きだゾ!」
「グァ!?」
ガビーンとショックを受けたブルリンを背にした僕は、先を走っていく強面共を見据えて地面を蹴り、その場から駆けだした。
流石、黒服を与えられているだけあって、その足は常人のそれではない。
だがしかし、それは僕も同じ。
「負けるつもりはねぇんだよォ!」
こいつらに足で負けたとなっては、恥なんてもんじゃない。
やるからには絶対に勝つ。
そう決意した僕は、眼前の強面共に追いつくべく駆けだすのだった。
●
「で、他に言うべきことはあるか?」
「「申し訳ありません……」」
救命団で強面共と妨害し合いながらギリギリで勝利を収めた僕を待っていたのは、死神すら裸足で逃げ出すであろう冷たい視線を向けるローズであった。
救命団にたどり着いた僕達6人は即座にローズに捕獲され、現在正座をさせられていた。
「ったく、お前らは……つまらねぇことで競争なんて始めやがって。騒ぐのはいいが、周りに迷惑をかけんじゃねぇって何度言ったら分かるんだ? お前らバカ共はいつまでたっても、それが理解できねぇのか?」
「団長。お言葉ですが、僕をこの人間の皮を被った化物と一緒にするのはどうかと思います」
「そうですぜ姉御。俺達をこの草食動物の皮を被った超生物と一緒にしないでくだせぇ」
「黙れ」
ぐわしッ、と顔面を掴み、片手で持ち上げたローズに僕とトングの悲鳴が閑散とした林に響いた。
そんな僕達を見たアレク達は、顔を真っ青にさせて下を向くだけであった。
「次に同じことやらかしたら……どうなるか分かってるな?」
「「は、はいぃ……ッ!」」
アイアンクローから解放され、地面に落とされた僕とトングは地面をのたうち回りながらも、かろうじて返事を返す。
そんな僕達を見下ろして、呆れたようなため息をついたローズはアレク達にも釘を刺した後に、救命団の宿舎とは逆の方向を向く。
アレクも疑問に思ったのか、ローズに尋ねた。
「団長、どこかにお出かけで?」
「城に呼ばれてな。夜までには帰る」
ロイド様に呼ばれたのだろうか?
自意識過剰かもしれないけど、ローズが城に呼ばれたときってほとんど僕が関係しているから、少し気になるな。
顔から痛みが引いたので普通に起き上がると、ふと何かを思い出したのか城に向かおうとしていたローズがこちらを振り向いた。
「ああ、そうだ。ウサト」
「はい?」
「明日、模擬戦闘をやるから準備をしておけ」
……。
「言いたいことはそれだけだ。じゃ、訓練をサボるんじゃねぇぞ」
顔を硬直させたまま動けなくなった僕を無視したローズはそのまま城へ向かっていってしまった。
明日? 明日って早くないですか?
もっとこう、一週間くらい前くらいに言ってくれれば色々と覚悟もできるのですが。
「流石にこれは茶化せねぇな」
「同情するぜ、マジで」
「まあ、当たって砕けろ。最悪、本当に砕けるかもしれねぇが、頑張れや」
「死ぬなよ、ウサト」
「あの様子じゃ、姉御も楽しみにしてるっぽいからなぁ」
「お前らぁ、他人事だと思って……!」
強面達の同情の視線を受けながら、ゆらゆらと歩き出した僕は、明日のローズとの模擬戦闘のことをネアに伝えるべく訓練場へ向かう。
それまでの道のりの間に、大の字になって寝転んでいる青い塊を見つける。
「あ、ブルリン」
「……グォっ!」
僕に気づいたブルリンは、バッと起き上がると勢いよくこちらへ走ってきていた。
彼はその目に怒りを露わにして体当たりを繰り出してくる———が、僕は真正面からそれを受け止める。
「むむむむッ」
「グルルル……!」
若干後ずさりするが、それでも完全に受け止めた僕は、先ほどブルリンを置いてきてしまったことを謝る。
「ははは、置いていってごめんな。今日はブルリンも頑張ったし、謝罪の意味も込めてご飯は多めにしておくよ」
「グフゥ」
ならば良しとばかりに、鼻を鳴らしてその場に座り込むブルリンに苦笑する。
ちゃんと僕の言いつけ通りに走ってくれたのか、へとへとになっている彼に治癒魔法をかけながら訓練場へ向かう。
「訓練場にはネアとフェルム、ナックがいるはずだけれど……」
『卑怯だぞぉ! 変な術を使って邪魔してくるなんてそれでも人間か!』
『ホッホホーゥ! 馬鹿ねぇ! 私は魔物だから卑怯もなにもないのよ! ばぁーか、ばぁーか!』
『な、なんだとぉ!』
訓練場が見える位置まで到着すると、その中心付近にネアとフェルムが倒れており、その様子を額を押さえながら眺めているナックという異様な光景が目に入る。
ネアとフェルムは気絶している訳じゃなく、疲労のあまり倒れたまま動けなくなっているだけだが、その代わり互いを罵倒しあっている。
とてもシュールな光景だということは、言うまでもないだろう。
「あ、ウサトさん! ちょうどお呼びしようと思っていたところです」
「ナック、一体なにがあったんだ、これ」
こちらに駆け寄ってきたナックにどうしてこんな状況になったのか、理由を尋ねる。
すると彼は微妙な表情で、こうなった経緯について説明しだした。
「いや、あの最初は普通に訓練場を使って走り込みをしてたんですけど、フェルムさんとネアさんが喧嘩をしだして、どっちが早くノルマを終えるか競争を始めてしまって……」
「あー、なるほど」
喧嘩をしたが、救命団で喧嘩が御法度なのを理解していた二人は別の方法で決着をつけようとした。
というより、さっきの僕達みたいなことをしていたというわけだ。
だけど、どうしてそれでフェルムが倒れているんだ? 贔屓目で見てもネアがフェルムに体力で勝てるとは思えないんだけど。
「ネアはともかく、どうしてフェルムも?」
「なんかネアさんが、紫色の変な魔法? みたいなものをフェルムさんにかけたんですよ。それに気づかなかったフェルムさんはそのままネアさんと勝負して……」
「ああなったと」
ネア、そこまで負けたくなかったのか。
フェルムも流石に気づこうよ……拘束の呪術はそれほど分かりにくい魔術じゃないんだから……。
とりあえず見ていられないので、未だにうつぶせのまま罵倒し合っている二人の背に触れ、治癒魔法を施す。
「ウサト、聞いて! 私、このいけ好かない魔族に勝ったわよ!」
「お前がズルしたんだろうが! くそぅ、こんな奴にぃ……!」
「……はぁ」
満面の笑みのネアと、半泣きのフェルムにどんな顔をしていいか分からなくなる。
呆れてはいるが、同時に微笑ましくもあるのは確かだが……うん、なんというか似た者同士だなぁ。
とりあえず、今のうちにネアに団長との模擬戦闘について知らせておくか。
「ネア」
「ふふん、なに? 褒めてくれるなら大袈裟すぎるくらいでいいわよ?」
「団長との模擬戦闘が明日に決まった」
「……」
ピシリと笑顔のまま固まったネア。
気持ちは分かるけど、受け入れなくちゃいけないんだ。
ローズとの戦いは色々と覚悟しなければならない。
痛い目を見ることは確実だろう。
恐ろしくて震えてしまうくらいに怯えている。
だけど、それでも心のどこかでローズという師匠に成長した自分の力を見せたい、という思いもある。
「あとは、負けず嫌いだからかな……?」
それが、元の世界から変わらない唯一の長所だからね。
次話、師弟対決開始……!
次回の更新はなるべく早くしたいと考えております。




