第十七話
「おい、起きろ」
「へあぁ!?」
ミルとゴムルによって劇物を食べさせられた翌朝。
僕は何者かにより叩き起こされた。いや、この場合叩き起こされると言うより、蹴り起こされるという表現の方が正しいだろう。
ベッドから落下し呻きながら、安眠を妨害した襲撃者の方に目を向けると、そこには腕を組み不機嫌そうな目で僕を見下ろす緑髪の美女、ローズがいた。
「な、なんですか……まだ外も暗いんですけど……」
「着替えろ、事情は後で話す」
そう言い放つと、即座に扉から出て行ってしまう。
あ、嵐のような人だな……。
ぼんやりとした頭で、着替えを済ませる。
下手に抵抗したら、余計な怒りを買うのは目に見えている、昨日のミルやゴムルのような目に合うのは嫌だ。
「早く出なくちゃ……」
訓練服を着たら部屋を出て宿舎の入り口の方に向かう。
入り口には腕を組んだローズの姿。
僕を見つけたローズは、こちらに目掛けて四角状の物体を投げかけてくる。
これは、リュック? 前のより小さいけど――。
「それを持て」
「え? ちょっと状況が読めないんですけど……」
「さっきロイド様から通達が来た、お前は勇者の訓練に同行しろ」
………は?
「いや、勇者って……犬上先輩とカズキの事ですよね?」
「勇者カズキは、お前と入れ違いになる形で、既に国の外への訓練へ行っている。お前が同行するのは勇者イヌカミの方だ」
先輩と国の外への訓練!? どうして僕が……カズキの時にはシグルスさん達がいたはずじゃないか。その人たちに任せればいいと僕は思うんだけど。
僕の疑問を察したように、ローズは嘆息しながら額を抑える。
「……お前が森から帰ってきて、すぐに勇者カズキの訓練に同行してくれっつー通達が来ていたんだが……流石にあの蛇と戦って、精神的に疲労しているお前を行かせるのは無理があると思って、断っておいたんだよ。で、昨日、勇者カズキが帰ってきたんで、今度は勇者イヌカミの番っつー訳だ。まあ、その話も昨日断ったんだがな……ああ何度もロイド様から頼み込まれたら、こっちが折れるしかねぇ」
それで昨日、疲れたような表情をしていたのか……。
まあ、森から帰った後の僕じゃ足手纏いなのは目に見えているからね。ここはローズの気遣いに感謝しなくちゃな。
……というと、犬上先輩と王国の兵隊達と外に出るのか。
「大体の事情は理解したようだな。じゃ、門の方へ向かうぞ」
「はい、分かりました……あっ、ブルリンは……」
「連れて行っても構わないぞ」
外はまだ、薄ら暗い。
馬小屋にブルリンを迎えに行く、外に出る機会だ最近運動不足気味のこいつに運動させなければ。
「おーい、起きろブルリン」
「グフゥ~」
「おっ、起きないぞこいつ。ああもうッ、起きたら歩けよ!」
リュックを背中ではなく前の方に移動させ、ブルリンを背負う。こいつ、気持ちよさそうに寝やがって……僕の背中が特等席ってわけか。
馬小屋から出た僕は起きないブルリンに怨嗟の声を上げながら、ローズと共に王国から外に出る門に向かうのだった。
●
早朝のせいか、人気がない城下町を抜けた僕とローズは、王国の外に続く扉の前に到着する。そこには犬上先輩の姿と、彼女の近くに佇む二人の兵士の姿があった。
「……あれ、ウサト君じゃないか?」
犬上先輩の他に、城の前で会った元気な守衛の人と、頭からローブを被った人がいた。
元気な人の方は、赤色の髪を短髪にした爽やかな印象を思わせる男。
もう一人は、黒いローブで体を包んだ、前髪が少し長い寡黙な人。怪しい感じがするけど、この人たちは護衛の役割を担っている人達だと判断する。
「まさか、最後についてくる人っていうのは……」
「多分、僕です」
最後と言うことは、僕を含めてメンバーは四人と一匹になるのか。
多くもなく少なくもない、丁度良い人数だ。
僕を含めた面々を見回したローズは、僕たちから扉を守る衛兵――――たしか、トーマスさんの方に顔を向け扉を開けるように促す。
当然、トーマスさんは怯えながらも扉を開ける。
「さあ、行け」
「もっと何か言うことないんですか……」
「ん? 何か言って欲しいのか?」
……やっぱいいです。
イイ笑顔を浮かべたローズに肩を落とす。
「……君の先生は厳しい人だね」
気の毒そうにそう小さく呟いた犬上先輩の言葉に、僕は肩を落としながら、城門をくぐり王国の外へと繰り出すのであった。
●
「カズキはどうでした?」
「結構堪えたみたいだよ。なにせ慣れていない実戦形式だ、相当疲労も溜まっていたようで、昨日からずっと寝ているよ」
「大丈夫かな……」
リングル王国から外に繰り出した僕達、四人と一匹は軽い雑談を交わしながら整地された道を歩いていた。
ここらへんは、モンスターが少ないらしいので、余程のことがない限り襲われることがないという。事実、僕とローズは襲われなかった。
護衛の二人は前方を歩き、いつでもモンスターの襲撃に対応できるように気を張っている。流石騎士と言うべきか、集中力が並はずれている。僕なんて軽くあしらわれてしまうであろう実力を持っていると見て良いだろう。
「……ブルリンは起きないのかな?」
「はい?」
「ブルリンは起きないのかと聞いている」
いきなり何を言い出すんだこの先輩は……手をワキワキさせ、心なしか息を荒くさせる先輩に僕は冷めた目で見る。
いや、どんだけブルリンに触りたいんだよ、アンタ。
「起きてないですけど……」
僕がそう言い放った瞬間、目にも止まらぬスピードでブルリンの頭部に手を伸ばす、犬上先輩。
突然の襲撃(?)に対して反射的に右手でその手をはたき落とす僕。
自分の手を抑え、信じられないという顔をする、犬上先輩。
数秒の出来事である。
「なぜだ!?」
「いや、それはこっちの台詞ですよ。むしろこっちが『なぜ?』ですよ。いきなりなんですか、反射的に叩き落としちゃったじゃないですか」
「女子の手を叩いてその憮然とした態度……さては君、目覚めたな!」
何にですか。
「ぐぬぬ」と悔しげな声を出しながら僕を睨みつける犬上先輩の視線をスルーしていると、僕の背で寝ているブルリンが呻き声を上げながら起きる。
全く、やっと起きたか。
前を歩く護衛二人を呼び止め、ブルリンを地面に下ろす。
「ちゃんと歩けよ?」
「グー」
四足歩行でゆらりゆらりと千鳥足で歩くブルリンに思わずため息が出る。
すぐに目が覚めて普通に歩けるようになるので、護衛の二人に大丈夫だと伝え前に進んでもらう。
しかし――、
「ブルリンっ、私が……私が君を背負ってあげよう! さっ、カモン!!」
いやホントにアンタ――、あっ、マズイ!? ブルーグリズリーは巨大な熊だ、その子供であるブルリンの体重は普通の日本に住む野生の熊と同じくらいの体重があると言ってもいいだろう、つまり成人男性二人分ほどの重さがある。
それに加えて、今のブルリン寝ぼけてるから、僕と間違えて犬上先輩の背中に――
「グフゥ~」
「ぐえっ――――」
「せ、せんぱーい!?」
今、花の女子高生らしからぬ声が聞こえた気がしたが、僕は忘れることにする。
それよりも早く、ブルリンに潰されかけている犬上先輩を助け出さなくては――ッ!
「いや、ごめんねウサト君。チャンスだと思ったんだ」
「何を思ってチャンスだと思ったのか分かりませんが、戦ってもいないのに怪我なんてしないでください」
慌ててブルリンを退かし、先輩を救出した。
先輩は思ったよりも頑丈だった、だが骨とか内臓とか見えないところに怪我を負っているかもしれないので、一応治癒魔法をかけながら道を進む。
「スズネ様、大丈夫ですか……?」
「大丈夫だよ、ウサト君もいるしね。いやぁ、すごいね体が軽くなったよ」
「はぁ~」
先輩の肩に手を置きながらの魔法の行使、別に下心はない、微塵もない。
むしろ呆れの方が強いだろう。……元の世界では完璧人間だったはずなのに、どうしてこうなった。元の世界で押し殺してきたタガが外れたのか?それとも本当におかしくなってしまったのか?もしかしたら本当の先輩はこっちなのか……。
「ままならねえなぁ。なあ、ブルリン」
「グ~~」
可愛い奴よ。
犬上先輩も大丈夫そうなので、肩から手を離す。
……そういえば、どこに行くか聞いていなかったな。
「すみません」
「はい?」
僕の声に振り返る、守衛さん。
……城の入り口という重要な場所を任されるんだから、相当腕の立つ人だろうなぁ。そんなことをを勝手に想像しつつ彼に目的地について聞いてみる。
「今から、どこに向かうんですか?」
「モンスターの棲息数が多い、平原付近ですね。あそこはリングルの闇と言われた森の近くなのでモンスターも多いのです」
僕がローズに投げ飛ばされた森から出てくるモンスターか。
森にいた時は、ほとんど逃げるか、やり過ごしていたからなあ。あまり多くのモンスターとは出くわさなかったけど、あの森は相当広いからモンスターも多かったんだな。
「どのくらいで着きますか?」
「そうですね……昼くらいには着きそうですね」
このペースでか、ローズの時とは違い四人と一匹での行動だからなあ。足取りも遅くなるのは当然か……。
しかし、このルートから察するに森の近くを通るのか……まだ数日ほどしか経っていないが少し懐かしい気持ちになるな。
特にブルリンは――――
「グ?」
いや言うまい。
こいつだって、思うところがあって僕についてきたんだ。聞く必要もないし、聞くだけ野暮だろう。掘り起こしてもしょうがない。
ブルリンの方を見ていた僕だが、不意に肩を叩かれそちらの方を見る。
案の定、犬上先輩だ。
「やっぱり、ブルリンを触らせて――」
「いい加減に懲りてください」
いい加減にしてください。次潰されたら助けませんからね。
●
順調に道のりを進む僕達、王国を出てから数時間程過ぎた頃、森の近くにまで近づいた時、不意に前方を歩いている二人が足を止める。
「……前方に沢山の反応」
「魔物か……?」
「何かきたようだね」
「そのようですね」
ローブを着た人が、前方から来る「何か」を正確に捕捉している。
すると、前方の方に砂煙と共に、大勢の黒い影がやってくる。その姿を見て、僕は絶句する。やってきたのは二足歩行の生物、清潔感のない服を着て、武器を持っている。
「………盗賊」
「盗賊です! お二人ともッ退がっていてください!」
「ウサト君!」
「嘘だろ……」
犬上先輩の初の実戦の相手となるのは、魔物ではなく――――人間だった。
応募方法が簡単だったので、大賞に応募してみました。