第十六話
訓練がてら、犬上先輩の所を訪れた日から、数日が過ぎた。
ブルリンを背負って走ることにも慣れ、魔力の消費も少なくなってきた。
それなりに成長したかなと思っていた僕だが、ローズからは「まだまだ」と言われてしまった。ローズは褒めて伸ばすという言葉を知らないのだろうか?
いや、褒められたいわけじゃないけどね。
そんな僕はいつも通りに、自分の訓練メニューをこなす。今日はローズが私用で城に出向いているので、珍しく一人と一匹での訓練だ。
内容は前と変わらずに、ブルリンを背負った状態でのジョギング。ブルリンを背負うことに慣れてきて、訓練もそれほど苦にもならなくなったが……僕の背中で眠りこけているこの怠け熊は、運動をしているのだろうか?
主である僕としては、運動不足にならないか心配しているのだが……。
そんな心配を抱きながら午前の訓練を終わらせ、一旦宿舎に戻る。小腹も空き始めたし、昼食でも食べようかな、と考えたからだ。
とりあえず馬小屋にブルリンを移動させてから、宿舎の食堂に入ると――――
「……ん? おう、ウサトじゃねえか」
「昼飯のつまみ食いにでもしに来たのかよ」
「何だ、ミルにゴムルか」
食堂にいたのは、僕の先輩に当たる団員であるミルにゴムル。
先輩と言っても、彼らにはトングと同じように接するように言われているので敬語を使う必要はない。
むしろ敬語を使うほど敬まわれることをこいつらはしていない。
「何だとは何だ、相変わらず生意気な小僧だな、なあゴムル」
「確かにな」
背が低く小太りの男はミル、僕より少し高く体がガッシリしているのがゴムル。どちらもトングに劣らずの強面である。
しかもこの二人、傍から見ると悪だくみをしている悪代官のように見える。見た目はともかく、性格は悪い奴等じゃないんだけど。
「昼食を食べにきたんだけど……ないならいっか」
見たところ、弁当やら食べ物はないようだ。
ないなら別に果物でも構わない。なにせ、森の中で10日間ほど携帯食料のみで生活していたのだ。あの生活のおかげで効率よく食事を取ることに主眼を置いているせいか、味は二の次になってしまった。
高校生の身で修験者のような食生活になりつつある僕である。
「おい、待てよウサト。ちょうど良い、俺の料理を食って行けよ」
「料理?」
確かに良い匂いがするがミルは料理なんて作れたのか?
そう疑問に思っていると、何故か自信満々な表情をしたゴムルが僕の方へ口を開く。
「意外とイケるぜ? こいつの料理はよ」
「意外ってなんだよひでえな。だが俺も試行錯誤の末に作った料理だ。喰う奴が多い方が良いぜ」
「まあ、そこまで言うなら……食べようかな」
今まで料理担当はアレクだったはずだけど……そうか、ミルも料理ができたのか。全然料理しているところを見たことなかったから知らなかった。
味の方は、ゴムルが保証している事から安心して――――いいのかな?
「ウサトも食うようだし、俺は厨房の方に行ってるぜ」
「おうよ」
厨房の奥へ行ってしまう、ミル。
ミルが出て行ったことにより、食堂にいるのは僕とゴムルだけ。ゴムルとは別に仲良くはないのだが悪くもない。同室であるトングとは違い、食事の時以外はあまり喋らないからだ。
いずれは共に戦場に立つ仲間なので、僕は出来うる限りの作り笑顔でゴムルに話しかける。
「他の皆は?」
「アイツらは、俺等とは別メニューで訓練に励んでいるぜ? 基本的に俺たちの訓練はウサトと違って自由度が高ぇからな。二つにチームを分けて訓練しているって訳さ」
「ほー、そうなんだ……ゴムルはミルの料理を良く食うのか?」
「そうだぜ?お前が来る少し前からだな、アイツが隠れて料理してんの見つけちまってな。その時に初めて食わせてもらったな。それが始まりって訳だ」
なるほど、それほど前から食べている訳じゃないんだな。
隠れて料理……うーん、なんで隠れて料理なんてしているんだろうか。何か特別な理由があるのか、それともただ単純に料理の腕が未熟だからかな?
「何で、ミルは隠れて料理なんてしていたんだ?」
「あん? 俺も詳しく分からねえんだけどよ、奴自身はかなり前から、料理には興味は持っていたらしいぜ? 未だ人に食わすレベルじゃねえとかで、隠していたらしい」
「うーん、ゴムルが美味しいって言ってるんだから、もっと自分に自信持っていいと思うんだけどね……」
意外に自分に厳しい男なのかな?
いくら小太りの男でも、一緒に訓練した時はその体躯にそぐわない運動神経を見せた男だ。侮ってはいけない、それは目の前のゴムルも同様だ。
「できたぜぇー」
「おっ来たか、待ってたぜ!」
「……スープ?」
ミルが持ってきたのは木製の器に注がれたカレーに似たスープ。
確かにいい匂いはする、アレクの作る料理とは少し違う感じ……この匂いはごま油に近い。
僕とゴムルの前に置かれた、”それ”にごくりと生唾を呑む。第一印象は良好、肝心なのは味だ。
「へへ、厨房にいい塩が見つかってな、今回はそれをふんだんに使わせて貰ったぜ」
塩ってふんだんに使うものなのか?
ミルの言葉に少し不安になる。この男は「さしすせそ」という調味料を扱う上の絶対条件を知っているのか?いや、この世界にそれらの調味料が有ればの話だけど……。
スプーンを持ったまま、硬直している僕を余所にゴムルが意気揚々と器を持ち、スプーンを用いてカレーのような「何か」を掬い口に運ぼうとする。。
「……」
「じゃ、食わせて貰うぜ!!」
まずはこいつに毒見させてから食べる。
ぱくりと一口食べたゴムルは、ゆっくりと咀嚼しごくりと飲み込むと――――
「んまぁ――――い!!」
―――いきなり叫び始めた。
器を持ち、口に内容物をかきこむ姿に僕はドン引きする。
「やっぱ、うめえ!! この味が好きなんだよ。もう何杯でも食えちまうぜ!」
「そ、そんなにうまいのか……?」
「何言ってんだよ!! お前も早く食えや、俺がもらっちまうぜ!」
このテンションの上がり様、あながちお世辞でもない様だね。
ゴムルから、手元のスープに目を移し、思い切ってスプーンで掬ってみる。シチューのようにどろりとした感触に手が止まりそうになるが、覚悟を決め口にまで運ぼうとする。
「……ぐっ」
ここで怖気づいちゃ駄目だ。元の世界の料理の基準で考えちゃいけない。これだって立派な料理だ、……食べれば何かしらの美味しさを見いだせるはず!!
ぱくっとスプーンを口に放り込む。
気付けば、ミルとゴムルが期待した目で僕の方を見ている。
僕の口の中に広がった味は――――――
「……どうだ?」
「やっぱ、うめえだろ?」
まずは海水を舐めた時のような辛さ、尋常じゃない塩辛さが口の中を蹂躙する。
駄目だこれ。
美味い云々以前に僕の味覚を潰しにきている。塩をふんだんに使ったって言ってたけど、これは明らかに入れすぎだ。
それに加え、口内を蹂躙する辛さの中で時々顔を出す、固形物。片栗粉を水で固めてそのまま投入したような強烈な異物感が吐き気を催す。
しかし、同僚の前なので必死に我慢し飲み込もうとする――が、その時点で固形物が無駄な粘着力を発揮し喉にへばりつく。
何だこの毒物は僕を殺す気か!?
ようやく喉元を過ぎても不快な存在感と共に胸焼けのような感覚が間断なく僕を襲い続ける。
スプーンを落とし、その場でテーブルに突っ伏す僕。
「どうしたウサト?」
「美味過ぎて腰抜かしちまったか」
「……このっ―――」
『黙れこのボケ共味覚狂ってんじゃねえのか!?どんな工程を経たらこんな豚も食えねえような食いモン作れんだコラァッ!!味見してこれなら絶望的じゃねえか!!何食ったらこれを美味えって言えんだよッこの味が理解できない僕にも教えてほしいですねェ!!教えられても分かる事は決してないですがね!!』
―――って言いたい。今すぐニヤニヤ笑っている顔面凶器共にこの物体Aをぶつけてやりたい。
でも今、喉が痛くて喋れない。何だよこれ、胃と食道に治癒魔法をしても治らねえよ。胃に居座った物体Aが僕の胃を破壊し続けるよ……。
駄目だ僕死ぬかもしれない。
「何もしゃべらない? しかも震えてるぜ?」
「まあ、いいじゃねえか。おかわり貰ってもいいか?」
「ああ!」
ゴムルのクソヤローは何でこんな人体破壊を促す有毒物を食っても全然平気なんだ?
……そういえばこいつアレクの料理にいつも「味が薄い」って苦言を呈していたな。
それが理由か? 味の濃いものが好きなだけかよ……そして味の濃いものを作ってしまうミルの料理を食ってしまい、大絶賛。ミル自身も自分の料理の味が濃いという自覚がないせいか、誰も注意しないまま泥沼化し今の僕が出来上がったのか……。
赦せねえ。あのヤロー絶対赦せねえよ。
「おう、今帰ったぞー」
ッ!? ローズが城から帰ってきたようだ。
今すぐこいつらの料理を止めなければ、しかし生憎声は出ない。
食堂に入って来たローズ、王と謁見でもしたのか、どこか疲れているような感じがする。
「……どうしたウサト、新手の芸か?」
今の僕を見てその言葉が出るのはある意味すごいぞ、ローズ。
なぜか僕の隣に座ったローズに、ゴムルが話しかける。
「姉御、昼食は食べたんですかい?」
「いいや、まだだ」
「じゃあ、ミルの料理を食ってみてください。美味いですよ」
止めたいッ。でも悶絶するローズの姿を見たい僕が居る。
クソッここは黙っておくべきか……いや、ここは危険を伝え、部下としての体面を保つべきかッ。
今、この世界に来てからかつてない選択を強いられている。
僕の出した結論は――――
●
「どうぞ、熱いうちに食べてください」
「なんだ、見た目は普通じゃないか」
やっぱり私怨にはかなわなかった。
僕は悪くないんだ、悪いのはミルとゴムル。被害者は僕、それでオーケー。
だから、どんな惨劇が起こっても僕に被害は及ばない。探偵小説で最初に死んでいる人みたいなものだ。
間断なく僕に痛みを伝える胃に治癒魔法をかけつつ、テーブルに突っ伏したままローズの方に顔を向ける。
くくく、微塵も疑問に思っていない表情だぜ。その表情がいつまで続くかな?
まさか、今から食べるモノが胃にダメージを与える毒物だとは気付くまい。
「……しょうがねえな」
普通に劇物を口に運ぶローズ。
数秒ほどしてから、口内の異変を感じ身体を硬直させる。さらに数秒ほどしてから、横で何かを期待しているような眼で見ているゴムルとミルの顔面をガシリと掴む。
さしずめアイアンクローという技である。しかし、僕はあんなアイアンクローは知らない。あれは成人男性を片手で持ち上げる技じゃないはずだから。
「……へ? ……姉……御?」
「ちょっ……いたたたたたた」
「テメエこんなモンを私に食わせたのか?」
「「え?」」
「いい度胸だ……今度は私が料理してやろうじゃねえか。材料はテメエらな」
「「ひぃぃぃぃぃぃ!?」」
その後の光景は割愛しよう。
僕としても仲間がお仕置きされる光景は心苦しくて見ていられなかったからね。
だが流石ローズ、表情を一切歪ませないなんて……チッ。
僕はミルとゴムル両犯の被害者とされ、何もお叱りは受けなかった。
しかし、たった一口飲んだ劇物の為に午後の訓練が潰れてしまった事は残念極まりないことである。
………あれ? なんで残念って思ったんだろ、普通なら喜んでもいいのに。
「ミルとゴムルはどうした? 夕食が無駄になるぞ」
夜、夕食を用意した、アレクはミルとゴムルがいない事に気付くと、首を傾げる。
そんな彼に、長テーブルの一番先に座ったローズが、不機嫌そうな表情で口を開く。
「奴らは、晩飯抜きだ。それだけのことをした。なぁウサトォ」
ギロリと僕の方を見たローズ。
僕は怯えを出さないように、ぎこちない笑みを浮かべ答える。
「そうですね、はははは。やっぱり食べ物を粗末にしたらダメですよねー」
ミル、ゴムル、君達の事は忘れない。
※二人は死んでません
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