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第百四十四話

台風が凄いですね。

帰宅途中の方はお気をつけてください。


お待たせしました。

第百四十四話です。

 異世界生活初めての船の旅。

 元居た世界でも船に乗ったことはあるけど、今乗っている船は揺れも少なく、まるで地上にいるかのように錯覚するほどだ。船酔いになる心配もなく、僕が思っている以上に快適な旅ができそうだ。

 船を出発してから数時間ほどで夜になり、船上での初の夕食となった……のだが——、


「君は一度、自分がどれだけ危険な技術を用いているのか理解してくれ……! お願いだから……!」

「すいません……」


 僕は夕食の席で説教を受けていた。

 事の発端は、僕たちとレオナさんの五人での夕食の時、ネアが僕の治癒飛拳と治癒連撃拳をゲロったからだ。

 それを聞いたレオナさんは、スプーンを持ったままの状態で顔面蒼白になり、錆びついた機械のような動作で隣の席にいる僕を見た後に、説教が始まってしまった。


「君の用いた技は、暴発寸前に膨れ上がった袋に、小さな穴を空けるようなものなんだ。籠手があるとはいえ、もし生身でやったら肘から先が吹き飛んでいたかもしれない」

「……そ、そうだったんですか。あ、でも流石はファルガ様の籠手ですね……」

「そういう問題じゃなーい!」


 息を切らしたレオナさんは、傍らに置いてあったコップに飲み物を注ぎ、それを一気に飲み干した。

 ん? 今、レオナさんなにをコップに注いだ? 水じゃなかったよな?


「大体、発想からしておかしい! なんで拳を飛ばそうとしたんだ!」

「すいません……」

「なんで拳を飛ばせるのに、ゼロ距離で放つんだ!」

「はい、ご尤もです」


 ぐうの音も出ない正論に反論できない。

 というより、純粋に心配されて、説教されるのってここまで心にクルのか。

 今まで説教されたのって、優しさの欠片もない無慈悲なものだったから、結構堪える。


「君の技は魔法というより、格闘技だ!」

「殴ってばかりですいません……」

「治癒魔法ってなんだ!」

「これです」

「違う!」


 普通に治癒魔法を見せたら否定された!?

 一体、なにが違うというんだ……。

 僕はレオナさんと反対の隣の席に座って黙々と食事を食べているアマコに、握りこぶしに灯した治癒魔法を見せる。


「アマコ、これ治癒魔法だよね?」

「んむ? ……違うよ。それは治癒パンチだよ」

「え、あ、そうだったね。ははは」


 ……。

 ……ん?


「って、違うわ! 君は治癒パンチと治癒魔法を別ものとでも言いたいのか!」

「うん」


 この子狐、迷いなく頷きやがった。


「ネア! 君は違うと思うよね!」


 バッとネアを見れば、彼女は二口ほどしか飲んでいないように見えるコップを片手に、テーブルに突っ伏していた。


「ネア、どうした!?」

「ネアは慣れないお酒飲んでダウンしてる」

「なんでだ!?」


 どうりでさっきから静かだと思ったよ!

 そういえば言ってたね! 「私くらいになれば、この程度の酒なんて樽でもいけるわ」って!


「す、すまない、そこまでいうつもりはなかったんだぁ……」


 地味に落ち込んだ僕に、レオナさんが慌てながらしなだれかかってきた。

 ちょっと距離近くないか? と思いながら、引きはがそうとすると、彼女の顔が妙に赤いことに気づいた。


「レオナさん、もしかして酔ってますか?」

「んー、酔ってないぞ。私は騎士だからな、有事の際に備えて酒を嗜まないようにしているんだ」


 そうか、気のせいだったか。

 なら良か——、


「それで、ウサトはいつから三人に分身できるようになったんだ? いや、君ならできて驚きはしないが」


 僕は即座にレオナさんの傍らにあるコップと彼女が注いでいた器を手に取る。

 案の定、酒の匂いがした。

 そしてレオナさんの前の席には突っ伏したネアがいる。

 ネアァ、貴様ァ……!


「私は、君のことが心配で……本当に、無事に戻ってきてくれて……う、う……」

「ちょ、レオナさん」

「君は、普通の人間……ではないし、そう簡単に命を落としてしまうような人じゃないのは分かってる。でもそれ以上に、自分を顧みない戦い方をするから……見ていて危なっかしいんだ……」

「レオナさん……」


 レオナさんにはかなり心配をさせてしまっていたようだ。

 確かに、僕は少し自分を顧みなさ過ぎたかもしれない。

 ……反省しなきゃな。


「近くで見ていると、歯止めの利かなくなった猛牛を見ているようなんだぁ……」

「ウサト、酔うと本音が出るって本当なんだね」

「や、やかましい!」


 しれっとそんなことをのたまったアマコに、そう言い放つと、自分に向けて言われたと思ったのか、レオナさんの方が落ち込んだ。


「っ、すまない。こんな口うるさい二十歳ですまない……! うぅ……!」

「あああ、レオナさんに言ったんじゃないんです!」


 最早、肩に掴みかかり、涙声になっていくレオナさん。

 ええい面倒くさい、絡み酒で泣き上戸でもあるのかこの人は! やったことないけど治癒魔法で酔いを醒ませられるか!? これって一種の状態異常みたいなもんでしょ!?

 焦った僕は、困ったときのアルクさんを呼ぶことを決意する。


「あ、アルクさーん!」

「アルクさんは厨房を借りておつまみをつくりにいったよ。すごく機嫌がよかった」


 う、機嫌の良いアルクさんの邪魔はしたくない。

 ちょっと待てよ、この流れ的にアマコも酒を口にしているなんてことは———、


「ま、まさか君は飲んでないよね?」

「お酒? 私、まだ十四歳だから飲まないよ。あと折角の美味しい夕食だし」


 常識的に考えればそうだった。

 ネアは見た目が十代半ばほどだから忘れていたけど、実は三百歳を超えているから、お酒を飲めるどころじゃないんだよな。

 ……でも、肝心のネアは酔って気絶している。息はしているので大丈夫そうだが、一応治癒魔法弾を放っておくか。


「ウサトも食べよ? ミアラークの料理を食べられるのは今だけだよ?」

「……そうだね。これを逃すと、当分はなさそうだ」

「うん。……でもその前に――」


 アマコの言葉に頷き、目の前に並べられた料理に手を伸ばそうとするが、なぜかジト目でこちらを見る。

 その視線の先は、僕の……隣?


「レオナさん、なんとかしたほうがいいんじゃないの?」

「……くぅ……」


 ね、寝てる。しかも僕の肩に思いっきり頭を乗せて……。

 いくらなんでもアルコール弱すぎじゃないか? いや、そもそも飲めない僕が言うのもなんだけど。


「酒は飲んでも呑まれるな、だな。うん、気を付けよう」


 どの世界でもお酒には気を付けなければいけないのは同じことのようだ。

 酔って寝てしまったレオナさんを支えた僕は、現実逃避しながら彼女に治癒魔法を施すのだった。



 船旅での最初の夕食は、酒を持ち出したネアのおかげで混沌としたものとなった。

 あの後は、けろりとした顔で起き上がったネアに指で飛ばす治癒魔法弾、治癒指弾を食らわしてお仕置きをしておいた。

 しかし、なんだかんだ言って夕食に出されたミアラークの魚料理と、アルクさんの作ってくれたおつまみは美味しかったので、いい思い出になった。


「……あ、あの、ウサト、昨日は……」

「レオナさん、僕は気にしていませんから」


 そして翌日の朝、ブルリンと馬にご飯を上げているときに、船の縁で両手を顔に当てて苦悶の声をあげているレオナさんを見つけた。

 理由は言わずもがな、昨日の夕食の席での出来事のせいだろう。

 どうやら、お酒を飲んでいる時の記憶が微妙に残っていたようで、僕を見るなり顔を真っ赤にさせたり、真っ青にさせたりしていた。


「でも、レオナさんが僕のことをすごく心配してくれているのはよく分かりました」

「……ほ、他になにか言わなかったか? その、失礼なこととか……」

「歯止めの利かなくなった猛牛をみているようだ、と言われました」

「は、はどっ、もうぎゅ!? わ、私はなんてことを!? そ、そんなこと思ってないぞ! 全然! 思っても猪くらいだ! ……はぅ!?」


 語るに落ちるとはまさにこのことを言うんだろうなぁ。

 遠い目で流れゆく川を眺める。綺麗だなぁ、きっと飛び込んだら気持ちいんだろうなー。


「はは……。最近は化け物扱いばかりされているので、普通に動物で例えてもらって逆に新鮮な気持ちです」

「そ、そうなのか……?」


 別に落ち込んだわけじゃない。

 むしろこの程度で落ち込んでいたらキリがない。


「あの、ウサト。聞きたいことがあったんだ」

「なんでしょうか?」


 遠慮気味に質問してきたレオナさんに首を傾げる。

 なんだ? お酒に酔っていたことと関係なさそうだが……。

 おもむろに長スカートのポケットから、紙を取り出した彼女はそれを僕へ手渡してきた。


「城のメイドからこれを渡されて……目を通すと、こんなことが書いてあったんだ」

「……」


 嫌な予感を感じながら、開いてみればそれはいつか見た犬上先輩の記事であった。

 無言で焦りまくる僕に対し、レオナさんはやや気まずげに視線を川の方へ向けた。


「その反応を見て分かった。ウサト、私は君たちを祝福しよう……!」

「レオナさん! まずは事情をっ、事情を聞いてください!」

「う、うん?」


 あらぬ勘違いをしているせいか、並々ならぬ決意と共に言葉を絞り出したレオナさんに、必死の説明をすること五分。

 おおよその事情を聞いた彼女は、得心がいったような表情で腕を組み、頷いた。


「なるほど。他国の王子の告白を断るためか。衆目の面前で告白を試みたあちら側にも問題があったとはいえ、勇者スズネも大胆なことをするな」

「そのせいで僕は混乱してますけどね。どうして僕の名前を出したのか……」

「ウサト、それは……」

「はい?」

「……いや、なんでもない」


 何かを言いかけたレオナさんだが、訊き返すと首を横に振ってはぐらかされてしまった。


「どのような御仁なんだ? 勇者スズネというのは」

「友達ですよ。好奇心旺盛で、色々なものに飛びついたりして……あ、優しくすると調子に乗ります」

「……人間の紹介だよな!? 私には犬猫の紹介に聞こえたんだが!?」


 ……? しまった!? いや、だって、犬上先輩の性格を正直に話すとこう説明するしかないのだけど。

 流石にもっとちゃんと説明しなきゃ駄目か。

 先輩の名誉に関わることだし。


「まあ、先輩を言葉で言い表すのは難しいんですけど……悪い人じゃありませんよ。むしろ、良い人です。この世界に来る前は、本当に完璧な人だと思っていましたが、実際は誰よりも人間味のある人でした」

「ああ、そうか。君と勇者二人は異世界からやってきたんだったな」

「ええ。……それにあの人は、元の世界に帰る気はないと僕に言いました」

「……それは」


 元の世界に帰りたくない。

 リングルの闇で遭難した時、そんな心情を吐露した先輩を見て、その時までに抱いていた彼女のイメージが完全に崩れ去った。

 ……いや、ぶっちゃけ召喚されたすぐ後に崩れていたようなものだけど。


「僕としては、先輩がこの世界を楽しんでいることは良いことだと思います。流石に僕まで巻き込まれると困っちゃいますけどね」


 先輩と僕のことが書かれた記事に目を向けて苦笑すると、レオナさんはやや悩まし気な表情でこちらを向いた。


「……君は、元の世界に帰りたいと思うのか?」

「僕ですか? うーん……」


 現状、あちらに帰る術はない。

 リングル王国のウェルシーさん達が、帰る方法を必死に探してくれていると聞いてはいるけど、望みは薄い。

 でももし、帰るか、帰らないか、選択を迫られれば——、


「今は、分からないですね。元居た世界には家族も友達もいます。だけど、今いる世界にも同じくらいに別れたくない人たちがいる」


 今になって思えば、リングル王国に召喚されて、旅をしてから色々な人達と出会ってきた。彼らとの縁は、僕にとって元の世界に居た時と同じくらいに大事なものだ。

 そう簡単に決断して、割り切れるものじゃない。

 思いつめているのが顔に出てしまったのか、レオナさんが申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……すまない。答えにくい質問をしてしまって」

「いえ、気にしないでください。いつかは考えなければいけないことですから」


 僕は来たるべきその日に決断しなくちゃいけない。

 元いた世界と今いる世界、どちらを選ぶべきかを。

 そう考えた瞬間、僕の中で一つの懸念が思い浮かんだ。


「……別れ、か」


 もし、同じ選択を迫られた犬上先輩とカズキが違う答えを選んだ時、僕はどうすればいいのだろうか。

 この世界で親友となった二人との別れを、受け止めきれるのか。

 ある意味で最悪な想像をしてしまった僕は、その考えを振り払い、目の前の景色に視線を移して気分を落ち着けるしかなかった。

「化け物扱いばかりされているので」

ここだけ台詞を抜き出すと、辛い幼少期を送った主人公に見えなくもないですね……。


少し忙しくなってしまいましたので、更新の方が遅れてしまいます。

週に一話の更新に戻ってしまいますが、作業が終わり次第、ペースを元に戻しますのでよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 副団長なったけど、なんか重みがない。 ローズは自分の右腕が欲しくて、でもそんな人が現れなくて、そんな中に主人公がやって来て自分の右腕として副団長に任命出来るほど成長してくれたんだよね? …
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