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第百四十話

三話目の更新です。

第百三十八話と、三十九話を見ていない方はまずはそちらをー。

 魔王軍第二軍団長、コーガ・ディンガルの闇の魔法。

 彼の戦い方は、僕にとってこれ以上なく戦いやすく、そして厄介なものだった。


「そら!」

「フンッ!」


 コーガの放った回し蹴りを、籠手で防ぐ。

 お返しとばかりに、左の拳をその腹に叩き込もうとするが、その前に彼の抉るような手刀が僕へと迫り、防御に回らざるを得なくなる。

 彼との戦いで、僕は常に後手に回っていた。

 コーガの動きは変幻自在だ。

 走り、跳躍し、防御の隙間を縫うように鋭い攻撃を繰り出してくる。僕もそれに合わせて動いているけど、いまいち攻撃に移れない。


「このままじゃ埒があかないな」


 今のまま攻撃に出られないなら、やり方を変えるしかない。

 そう判断した僕は、籠手が装備された右拳を前に出す構えを解いて、思い切り前へ踏み込んだ。


「なんだぁ!?」


 カウンター狙いの理詰めで攻略できないなら、頭なんて使わずにゴリ押しでいけばいい。

 いつまでもピョンピョン跳ねて刺していられるのも今のうちだァ!

 放たれた蹴りを防御しつつ掴んで一気に引き寄せ、今度こそ治癒パンチをその土手っ腹に叩き込む。

 フェルムの闇魔法を破った治癒パンチなら、同じ闇魔法を持つコーガにも効くはずだ。

 そう思い、足を掴んだまま彼の反応を見ようとすると、ゾッとするような声と共に彼が顔を上げた。


「俺にはソレは効かない」


 嫌な予感を感じ、足を離そうとした瞬間、コーガの足が膨らむように大きくなり、まるで力が何倍にも膨れ上がったように僕の体を放り出した。


「っ、なんだ!?」

「残念ながら、俺の闇の魔法はフェルムとは違う」


 地面に着地し、コーガの姿を見た僕は言葉を失う。

 先程まで掴んでいた彼の足が、狼を思わせる獣のような足に変わっていた。


「お前は俺が何に見える?」


 続けて両手を鋭利で太い爪と一回り太い腕に変えたコーガ。

 彼の言葉に、僕は半ば声を震わせた。


「……獣、だな」

「ああ、そうだ。俺の闇魔法の特性は『獣』。フェルムと比べれば地味だろ? あいつほど無敵でもないし、少しばかり工夫もしなくちゃならない。だけどなぁ――」


 四足獣のように四肢を地面についたコーガ。

 彼の足下の影から、黒い帯が伸びその鋭利な先端が僕へ向けられる。


「えげつなさは負けてないぞ?」

「……っ!」


 光線のように一斉に放たれる黒い帯、それに対して防御ではなく回避を選んだ僕は、迫り来る帯を避け、広場を駆けて相手の隙を見つけようとするが――、


「俺から意識を逸らすな」

「ッ、後、がっ!?」


 いつの間に背後に移動したのか、膨れあがった強靱な足で繰り出された強烈な蹴りが背中に直撃する。

 歯を食いしばって意識を保った僕は、治癒魔法を纏いながら着地し、続けて繰り出された爪を拳を放って跳ね返すが、もう片方の手の甲で側頭部を殴られる。

 視界が揺れるが、それでも動くことをやめずに次の攻撃に対処する。


「ぐっ」

「そらそらァ!」

「このっ、そっちばっかり変身しやがって……!」


 変身したと思ったら、さらに変形するとか本当にどうなってんだ。

 コーガの攻撃を避けながら悪態をつくが、相手も相手で言葉を返してきた。


「お前は素で変身してるようなもんだろ!」

「んな訳あるか、ボケがァ!」


 かつてない状況に焦っているので、反射的に汚い言葉が出てしまう。

 もうこの際、全部防御せずにいく! 多少当たっても我慢して反撃!

 攻撃を無視して一気に懐に入り込んだ僕は、さっきのお返しとばかりに、力をのせた膝蹴りを脇腹に叩き込む。

 しかし、グニャリとした感触が足から伝わる。

 見れば、膝が叩き込まれた箇所には、僕を攻撃した時に出した黒い帯が幾重に重なっていた。


「当たる場所が分かれば、防げないことはない」

「そんなのアリか!」


 最初に僕の拳を防いだ時にも出していたけど、まさか特殊な能力もないただの防御だったのか!? 

 本当にフェルムの魔法とは違うな!

 咄嗟に離れようとするが、膝が帯に捕まっていることに気付く。

 顔を上げれば、コーガが下から切り裂くように帯を纏わせた爪を振り上げて――、


「まずっ」

「籠手だけじゃこいつは防げないぞ!」


 爪と帯が刃のように振り上げられ、僕を切り裂かんばかりに迫る。

 爪はかろうじて、籠手で防御できたが、纏われた帯が刃のように僕の体に襲いかかる。


「こ、の程度!」


 痛みを気合いで我慢して、拘束されていない方の足でコーガの体を蹴るように押して脱出する。その際、コーガの体に吹き飛ばす形の拳を叩き込む。


「掴まる前に殴る!」

「おおぅ!?」


 瞬時に拳を引き、コーガと一定の距離を離した僕は自分の怪我の具合を確かめる。

 額を少し切ったのか、血が滴っているが治癒魔法ですぐに治せる。

 あとは、体にいくつか帯に切られた傷がある。


「……ついに、破れちゃったか」


 肩を見れば、団服にやや大きな切れ込みが入っていた。

 ずっと旅をしてきて破れることなく一緒に戦ってきたけど……今回だけはそうもいかなかったようだ。


「もう少し、付き合ってもらうぞ」


 団服が傷つくのはしょうがない。

 それを嘆くほど女々しいつもりはないし、僕が今集中しなくてはいけないのはコーガだ。

 彼は一時的に四肢を元に戻しながら、僕に意識を向けていた。


「まさか、ここまで俺の戦い方についてこられるとはなぁ」

「は?」

「大抵の奴は。俺の力を見ると距離をとって戦いたがるんだぜ? そりゃあ見た目もいいとはいえねぇし、近づきたくないのも分かるけどよ。……俺を相手に距離をとるのはむしろ悪手だって気付きもしない」

「僕だってお前と離れて戦いたいよ」

「はは、酷い言いぐさだ」


 コーガの闇の魔法は、使用者を獣という異形の存在に変える闇の鎧。

 その体を構成する黒い帯は、攻撃にも防御にも使える。

 そんな相手と距離をとって戦おうとすれば、コーガの身体能力で距離を詰められるか、僕を攻撃したような黒い帯に貫かれてしまうだろう。

 ……こんな相手に僕が勝てるのか?


「……っ、駄目だ駄目だ」


 マイナスな思考を振り払う。

 気持ちで負けてちゃ、なにもできない。

 どんな能力にも弱点はあるはずだ……そうであって欲しい。


「さてと、続きをやろうか」

「……はぁ」


 溜息をついて、再び四肢を獣のものと化したコーガと相対する。

 怪我はほぼ治したといっても、コーガの攻撃力が凄まじいことには変わりない。できるだけ帯に掴まらないように立ち回るしかない。

 活路を見出すため、僕は再び限界ギリギリの攻防戦に挑んでいく。



 戦闘を再開して、どれくらい経っただろうか。

 集中力を研ぎ澄ませ、ただひたすらにコーガと殴り合っていた僕だが、勝利への活路は全くといっていいほど見えていない。

 広場を大きく使って、コーガの攻撃を全力で凌いでいるが、それでもこの男の底が未だに分からない。

 というより、体力どんだけ保つんだ。こいつ。

 治癒魔法のある僕はともかく、こいつの謎の持久力はなんなんだ? さっきから僕と同じくらい全力で動いても息一つ乱してないんですけど。

 仮面があるから顔色は分からないけど……まさか、無理矢理魔法で体を動かしているとかじゃないよね? 頼むからそうであってくれ……!

 気の遠くなる攻防にめげかけていると、黒い仮面の奥から声が発せられた。


「そういえばよ、フェルムは元気にしていたか?」

「はぁ!?」


 突然の言葉に、僕は戦いの最中なのに呆気に取られた声を出してしまう。

 なんだなんだ、僕を動揺させるための罠か?


「会う度に僕に殴りかかってくるくらいに元気だよ!」


 突き出された手刀から、僕の頭を貫かんばかりに黒い帯が放たれる。

 それをギリギリ躱して、コーガの仮面に思い切り頭突きをする。予想外の一撃だったのか、驚きながらもよろめいたコーガだが、それでも楽しそうに笑い出した。


「ははは、そうか! そりゃよかった! あいつは誰かに受け入れて欲しかっただけだからな!」

「何を!」

「自分自身をだよ!」


 攻撃を受けながら笑うって本当にやばすぎなんですけど。

 やや引いている僕を無視して、コーガは話を続ける。


「闇魔法『反転』。相手の攻撃を、そのままそっくり返す技。やろうと思えば大抵の奴に勝てる反則的な魔法だが、その特性はどこからきたと思う?」

「僕が知るわけないだろ!」

「孤独だよ! 誰にも愛されず、自分を見てもらえなかった。誰かに自分の姿を見てほしい、理解してほしい、愛してほしい、触れてほしい! そう心の底から願った感情を閉じ込めた末に、その異質な魔法は完成した!」

「……!」


 その時、僕の脳裏には牢屋で涙を流したフェルムの姿が思い起こされた。

 どうして彼女が泣いたのか、その時の僕は分からなかったけど……そうか、あの子もあの子で辛い人生を歩んできたんだな。

 今それで感傷に浸るほど油断できる状況じゃないけど!


「あいつの魔法は鏡。敵意には敵意を、悪意には悪意で返す。お前は治癒魔法という優しさであいつをぶん殴った。それがあいつにとってどれだけ衝撃的だったか、想像もできねぇ」


 思い出したように、笑みを漏らしたコーガ。

 その僅かな隙をついて、僕は反撃を試みた。


「そういうお前はお喋りなんだ、なァ!」

「おっと!」


 顎に当てるつもりで突き上げた蹴りを避けられる。

 そのままバク転して回避したコーガは、汗の掻いていない仮面を拭うような仕草をする。


「ようやく安心した。あいつ、元気でやってんだなぁ」

「お前……」


 仮面の奥からでも分かる安心したような声。

 それが、今までのような戦闘を楽しむ類いのものではないのは分かった。


「なに、ただの同情さ。ただでさえ少ない闇魔法使いなんだ。元上官として気に掛けるぐらいには、大事には思っていただけだ」

「……お前はどうなんだ?」

「なにが?」

「お前の闇魔法はどんな理由で完成されたんだ?」


 この時、僕は初めて戦いとは関係のない純粋な疑問を口にした。

 フェルムの魔法が、孤独からくるものなのは分かった。

 だとしたら、コーガの魔法はどんなものからくるものなのか。


「フェルムほどじゃない。俺は、ただ獣になりたかっただけだ」

「獣に、なりたかった?」

「本能に忠実で、戦うだけの生き物。本当の俺はきっと誰も想像できないくらいに醜い獣なんだと、思い知ったとき、俺の魔法はこの姿になった」


 変身した自身を指さすコーガ。

 その姿を改めて見た僕は、彼の姿が酷く歪んだものに見えた。

 彼の素顔を隠す仮面。

 体を拘束するように巻き付く黒い帯。

 そして、変形した獣のような四肢。


「嘘だ」


 自然と僕はそんな言葉を口にしていた。

 コーガは、驚いたように顔を上げた。


「お前は、なにを抱えているんだ? その姿は獣なんかじゃない、そう見せているだけだ」

「……」


 確信はない。

 だけど、違うと思えた。


「ハッ……ハハハ」


 人の腕に戻した手で仮面を押さえて笑いだすコーガ。

 もしかして、見当違いなことを言っちゃった? だとしたら、かなり恥ずかしいんだけど。

 焦ってしまうが、コーガの笑い声がピタリと止まったことで、僕の意識は引き戻される。


「生まれたときから一人だった。暗い森の中に捨てられて、たった一人で獣のように奪いながら生きて、俺は人の感情を知らずに成長した。だからさ、知らないんだよな。戦うこと以外、なにも」


 そうして仮面を消したコーガの顔は口元は笑っていたが、それだけだった。


「ああ、そうだ。嘘をついていた。俺は、なりたかったんじゃない。生まれたときから獣だった。この魔法に目覚める前から、俺は獣のように生きて、たった一人で戦ってきた」


 作り笑顔というにはあまりにも痛々しい笑みに、正直、直視することができなかった。


「魔族と関わるようになってからは、ずっと獣としての自分を抑えてきた。普通の感性を持つ奴らにとって俺は異常だったからな。自分の獣性を抑え込んで、人としての世界を過ごしてきた。それでも俺には人の楽しさってのは理解できなかった」


 獣として生きる。

 それがどのようなことなのかは僕には理解できないけど、どれだけ恐ろしくて、悲しいことなのかは分かる。

 こいつはきっと、それ以外を知らない。


「今、楽しいんだよ。お前と戦うのが。魔王軍には俺以上に強い奴がいる。だけど、そいつは戦っている相手を見ていない。そこにいない誰かを見て、戦っているんだ。だから俺をちゃんと見て対等に戦ってくれる奴はお前が初めてだ」


 僕は無言で拳を構えた。

 今決めた。こいつは、僕が戦って倒さなければならない。

 こいつは、本当に戦うことしか知らないんだ。そしてそれ以外を理解するつもりもない。だからこの戦いを終わらせるには、彼を倒すしかない。

 僕は、横目でアマコに視線を移す。

 離れた安全な場所で、僕の身を案じ、見てくれている彼女から少しばかりの勇気をもらう。


「コーガ。お前と戦うのが本当に、本ッ当に嫌だったけど……戦ってやる。その代わり、かなり痛い目にあうかもしれないから、覚悟しておけ」

「覚悟するのはお前の方かもしれないぞ? 俺の秘密を暴いたんだ、俺もようやく自分の獣性をさらけ出して戦えるぜ」

「え、なにそれ」


 そう呟いた瞬間、コーガの体に巻き付いた胴体部分の黒い帯が緩く解け、揺らめいた。

 その変化に合わせ、コーガの鷹を思わせるような仮面が割れ、鋭利な牙が覗く頬にまで裂けた口ができあがった。

 えー、もう一段階の変身とか聞いてないんですけど、そんなのってありですか。

 本格的に怪物染みた姿になったコーガが、四肢を地面について構える。


「……しょうがない。ぶっつけ本番で使うしかないか」


 ジンヤさんとの戦いで思いつき、試すこともなく危険と判断し、即座に封印した技を。

 本当は出したくない。

 これは救命団の流儀から明らかに離れた危険な技だからだ。

 だけど、この男を相手にするには使わなければならない。


「次の攻撃で最後にする」

「……ああ」


 同時に僕とコーガが飛び出す。

 走りながら、コーガの背から勢いを増した黒い帯がジグザグな軌道で迫る。

 小細工無しに真っ直ぐ進んだ僕は治癒魔法乱弾を投げ、帯の軌道を無理矢理変えて突っ込む。


「弾けるもんなら弾いてみろ!」


 まるで竜巻のように振り回される黒い帯と爪に、右腕一本で対処する。

 治癒破裂掌で受け流し、籠手で弾く。

 新たに力を解放させたコーガの動きは、黒い帯と四肢を合わせた中近距離に特化したものに変わった。中途半端に下がれば、その時点で僕の負けは確定する。

 なら、多少危険でも懐に入るしかない。


「おおぉぉぉ……!」


 突き出された爪を平手で受け止め、こちらから掴み取り、力任せに振り回して地面に叩きつける。

 流石に効いたのか呼吸を吐き出すコーガだが、追い打ちにと僕が叩きつけた踵落としを地面を転がりながら避ける。

 思わず舌打ちをしてしまう。


「チィ! 避けやがった!」

「危ねぇ!? 俺もえげつねぇが、お前も十分えげつねぇよ! 特に顔!」

「うるさい! ちょっと痛いだけだ! 大人しく殴られろや!」

「踏みつぶす気満々だっただろうが!」


 こんな状況なのに、軽口が絶えないな。

 そっちは治癒魔法を使っている僕とは違って、殺意満々で戦っているんだ。

 帯を支えにして立ち上がったコーガに、全力の右拳を放つ。

 対抗して、コーガも帯を纏わせた爪を突き出す。


「オラァァ!」

「そらぁぁ!」


 爪と拳が激突する。

 ビリビリと空気が振動し、耳障りな甲高い音が鳴り響く。籠手に覆われた拳がコーガの爪を破壊するが、しかし、即座にそれは纏わせた黒い帯によって再生する。


「やっぱぶっ飛んでるな、お前」

「あぁ?」

「だから、勝つにはこれしかなかった」


 なにを言っている?

 そう言葉にしようとした瞬間、僕の左肩と腹、そして左足に激痛が走った。

 咄嗟に下を見れば、コーガの足の甲から飛び出した三本の黒い帯が左肩と腹、左足の膝から上の部分を貫いていた。


「が、は……!?」

「完全に手に意識を集中させてただろ。まあ、俺がそれしかやらなかった訳だが……」


 やられた……!?

 突き刺さった場所から帯が引き抜かれるが、それでも受けた怪我で動きが止まる。

 一瞬だけ動きを止めてしまった僕に、彼は帯を収束させた爪を振り上げる。

 まずい! 避けるか、防御しなければ!

 頭で必死に動こうとするが、どうしようもない体の硬直がそれを許さない。


「呆気ないが、これで終いだ!」

「……ッ!」


 駄目だ、治癒魔法で治せば回復できるけど、次が避けられない。

 これを受ければ致命傷は確実。避けようにも、体が言うことをきかない。

 ここまでかよ……!

 諦めかけたその時、僕達の側方で爆発のようなものが起こった。


「なんだ!?」

「か、べが……」


 驚きのあまり、そちらを見れば僕達の周辺を囲んでいた炎の壁の一画が十字に切り裂かれていた。

 そして、その奥からアルクさんとブルリン、そしてネアの姿がしっかりと見えた。


「ウサトぉ!」

「ウサト!」

「ウサト殿!」

「グアア!」


 確かに、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 アマコ。

 ネア。

 アルクさん。

 ブルリン。

 苦しい中でも、絶対に忘れるはずのない仲間達の声。


「ああ、そうだったよなぁ」

 

 僕はいつだって、誰かに助けられて進んでこれたんだ。

 それだけで、言葉にできない力が僕の全身を動かしていく。

 軽い治癒魔法をかけて、傷だけを塞いだ僕は、体の右側をコーガに見せたまま、左手をコーガとは逆方向に出す。


「治癒……破裂掌!」

「あの体勢で加速しただと……!?」

「うおおお!!」


 生身で行ったせいで、手から血しぶきが上がるがそれに構わず、地面を蹴った僕は渾身の右拳をコーガに叩き込んだ。

 籠手に覆われた拳は、コーガの体にめり込むが、その感触は弾力のあるもの。

 寸でのところで帯によって防がれた。

 彼の足下を見ればまるで杭のように帯が地面に打ち付けられ、殴り飛ばされる衝撃そのものを抑えられてしまった。


「その程度の攻撃予想できないはずがないだろうが……! まさか、最後の策がその程度のものかよ! お前ほどの奴が、こんな雑な……!」

「……」


 若干の失望が感じられるその言葉を無視し、僕は無言で彼の体を無理矢理押し進めようとする。

 僕の行動にコーガは困惑する。


「おい、無駄だと――」

「止めたな?」

「っ!?」


 お前なら、僕の拳を受けた瞬間、防御するだろう。

 そして勢いで殴り飛ばされないように、自分の体を固定するだろう。

 僕は、それを狙っていたんだ。


「お願いだ。耐えてくれ」

「は?」


 心から願うようにコーガに忠告する。

 コーガの呆けた声に構わず、僕は籠手からゼロ距離での治癒飛拳を放った。


「うぐぉ!?」


 ドッ、という擬音と共にコーガの体がくの字に折れるが、彼はそれでも驚いた様子で僕へ反撃を試みようとする。


「ッ、効いたが、そんなんじゃ俺は――がばッ!?」

「もうお前はなにもできない」


 無言で二撃目の治癒飛拳を叩きつけると、地面に繋げた帯のいくつかが千切れる。

 その際、絶対に拳を離さないために体で拳を押し出しているので、帯は限界までのびきっている。

 三撃目、帯が全て切れたことでコーガの体を拳で押し出し、そのまま走り出す。


「ぐおおおぉぉぉ!? なにしてくるのかと思えば、なんなんだよ、そりゃあぁぁぁ!!」

「お前の防御を貫くにはこれしかなかったんでなぁ! こっちも魔力のほとんどを注ぎ込むからお相子だぁ!」

「そんな理不尽なお相子があってたまるか! って、ぼごぁ!?」


 そして、四撃目で体を守る束ねた帯を突破すると同時にコーガを黙らせ、そのままがむしゃらに前へ突き進みながら、治癒飛拳を放ち続ける。


「おおおぉぉぉ!!」


 七度目の衝撃……! それでようやくコーガの防御を完全に突破する!

 これでこいつを守るものはなくなった! 後は、本体のみ!

 全身に走る激痛に構わず、雄叫びと共に真っすぐ突き進む。


「そのまま気絶しろォォ!」

「がはぁ!?」


 苦悶の声と共に彼の本体に拳が突き刺さると同時に、僕は全力の治癒魔法を拳に纏わせて、彼を広場の壁に叩きつけた。

 木製の壁が粉砕され、その奥にコーガを殴り飛ばした僕は、膝に手をついて荒い呼吸を整える。


「絶対に、もう二度と使わないぞ……こんな技……」


 これぞ、禁断の奥義、治癒パンチ・二の型『連撃拳』別名『治癒連撃拳』。

 相手に拳を叩きつけた状態で、ゼロ距離からの治癒飛拳を何度も叩き込む防御崩しの治癒パンチ。

 今使ってその威力を知ったが、これはもう絶対に二度と使いたくない。魔力の消費が激しいこともあるが、なにより危険すぎるからだ。

 相手がコーガだから使えた。

 それだけしないと倒せなかったし、なによりそうしないといけなかった。


「はぁ……」


 安堵の息をついた僕は、なけなしの魔力で体を最低限に癒やしながら、アルクさんの方へ向かう。

 さっき見たとき、アルクさんも大怪我を負っていた。先に彼を癒やさなければ、そう思い、倒れたままのコーガに背を向ける。


「まさか、お前がここまでやられるとはな」

「っ!」


 背後の第三者の声に振り向けば、コーガと一緒にいた赤髪の魔族の女性が、倒れているコーガを見下ろしていた。

 ここにきて、もう一人の魔族がこっちに来るなんて……。

 焦る僕を余所に女性は敵意がないのか、呆れたようにため息をついた。


「まあ、私が言えたことじゃないんだが。……いつまで倒れているんだ!」

「おげぇ!?」


 女性に蹴られたコーガが、苦悶の声を漏らしながらゴロゴロと転がる。

 その様子に唖然としながらコーガを見れば、彼は申し訳なさそうに頭を掻いていた。


「悪い。ちょっと本当に意識飛んでた。やっぱ、世界って広いなー。こんなやられ方をするとは思わなかった。ははは、本当に……ぶっ飛んだ奴だったなぁ、お前」

「……まだ、やるのか?」


 もう限界なんですけど。

 体中痛いし、魔力もほぼないんですけど。

 一応塞いだとはいえ、肩と足と腹を貫かれちゃったんですけど。

 その意味を込めて、そう問うと彼は満足気な表情で首を横に振った。


「今回は俺の負けだよ。少しばかりだが、意識も飛んでたしな。でも、まあ……楽しかった。次に戦う時を楽しみにしているぜ」

「お前とはもう二度と会いたくない」

「いいや、そうはいかない」


 立ち上がったコーガは、笑みを消して僕と視線を交わす。


「次の侵略、俺も出る」

「だからどうした。そんなの関係ない」


 きっぱりと僕は断った。

 僕は救命団だ。お前と戦うよりも、ずっと大事なことをしなければならない。

 はっきりとした返事に、コーガはおかしそうに笑った。


「あー、そうだよな。本当に思い通りにならない奴だよ。まあいいさ、そん時は引きずり出せばいいだけの話だからな」

「はぁぁぁ」


 もうこいつとの話はやめよう。

 厄介な奴に目をつけられてしまったなぁ、本当に嫌だなぁ。


「さてと、そろそろ帰らせてもらうか。外で部下達を待たせているんでな。だよな、アーミラ」

「ああ、私の指示に従ってくれる良い部下達だ」

「すげぇ嫌味吐くな、お前。……じゃ、また会う日まで、強くなれよ」


 そう言い残すとその場から飛び上がり、あっという間に姿を消す二人。

 その場に残された僕は、周囲を見回してからようやく安全だと認識した瞬間、体から力が抜けて座り込んでしまった。


「終わりだよな? もう終わったよな? 邪龍の後継者とかいきなり出てこないよな? 実は国の地下に眠る呪いが目覚めたりとかしないよな?」


 自分でも訳の分からないことを言ってしまうが、それほどまでに肉体的にも精神的にも疲労していた。

 今日は本当に色々なことがありすぎた一日だった。

 魔王軍側の軍団長と真っ向から戦うなんて誰が予想できるってんだ。


「……でも、まだやることがあるんだよな。よいしょ、と」


 体に鞭を打ちながら立ち上がった僕は、後ろを振り向いて歩き出す。

 視線の先には、こちらへ駆け寄ってくる仲間達の姿が見える。


「……本当に、頼れる仲間達だよ」


 あの時、戦えたのは僕だけの力じゃなかった。

 彼女達の姿を見て、今一度そう思いなおした僕は、笑みを噛みしめながら信頼する仲間達の元に進んでいくのだった。

これにて戦闘終了です。

第六章になってようやくウサトのライバル的な存在を出せました。


ん? 治癒連撃拳? 生身でパイル○ンカーみたいなことしただけです(麻痺)


更新は以上で終わりとなります。



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― 新着の感想 ―
[一言] パイルバンカーというか、トリコの釘パンチかな?(時期的にどっちが先かな?)
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