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第百三十九話

二話目の更新です。

前話を見ていない方は、まずそちらをー。

 第二軍団長補佐、アーミラ・ベルグレット。

 彼女の扱う魔法は、言葉通りに桁違いなものだった。

 剣で立ち向かえば、彼女の周りを漂う炎が襲いかかり、魔法で攻撃すれば、その炎は一転して防御に回って魔法を焼き尽くし、誰も寄せない圧倒的な戦闘能力を有していた。


「はぁぁ!」


 そして、最も驚異的なのは彼女の動きそのものが強化されていることだった。

 一見すると、ミアラークで戦ったカロン殿が持つ斧によって発生させていた冷気と似ているが、アーミラのそれは根本的に違っていた。

 彼女が前に飛びだせば、身に纏う炎が爆裂しその勢いを加速させ、剣を振るえば炎の残滓が周囲を黒く焦がしていく。炎そのものが、動きの補助と攻防を兼ね備えたものになっているのだ。

 まるで、炎の化身。

 炎そのものを魔法によって纏う、系統強化とは別の魔法の究極形とも言える絶技。

 しかし、遙か格上の敵を前にしても、私には絶対に引けない理由があった。


「く、ぅ……!」


 爆炎が後押しした剣の一撃を、両手で握りしめた炎剣で防ぎ受け流しながら、なんとか守りに徹する。

 真正面から打ち合うな。

 熱くても呼吸をやめるな。

 集中を切らすな。

 角度を巧く使って、衝撃を最小限に和らげるんだ。

 そう自分に強く言い聞かせながら、喉が焼けそうなほどに熱せられた空気を吸い、眼前の剣に集中する。


「存外に粘ってくれる……!」

「っ、ふ……」


 弧を描くような軌跡を描いて迫る剣を、咄嗟に引き抜いた鞘で防ぐ。後ろに衝撃を逃がしながら亀裂の入った鞘を捨て前を見れば、間髪入れずに上段から押し潰すような斬撃が振り下ろされる。

 明確な死の予感に、咄嗟に炎剣に魔力を籠めてそのまま振り上げ、下から噴き出すような火炎を発生させる。

 振り下ろされた炎の斬撃は、下から沸き上がった火炎と相殺され消滅する。

 それにやや驚くような反応をしたアーミラだが、それでも剣を止めずに私に斬りかかってきた。


「……器用な奴だ。力一辺倒に見えたが、存外にもそうではないらしい」

「それはどうも……!」


 なんとか剣を受け止めるも、今にも押しつぶされそうだ……!

 一撃一撃を死に物狂いで凌いでいる私と違い、アーミラには明らかな余裕があった。

 当然だろう。

 言うなれば、私が剣だけで行っていることを、アーミラは全身で行い、尚且つ自然体でそれを維持しているのだ。

 こちらの死に物狂いの攻防も、彼女にとってはただの剣戟でしかない。


「だが、それでも私には遠く及ばない……!」

「……ッ」

「放て!」


 喉が焼け付きそうな熱気の中、アーミラは至極冷静に私を力で押しつぶそうとする。

 しかし、その寸前でハヤテさん達の魔法の援護が入り、なんとか剣を払い、魔力弾を撃ち込み距離を離す。


「その程度の魔法は効かん! 中途半端な攻撃は死を招くぞ!」

「っ、皆、ここを離れろ!」


 魔法を横薙ぎに振るった炎でかき消し、三日月型の炎をハヤテさん達がいる方向に放つ。炎はハヤテさん達のいた場所に直撃し、大きな火花を上げる。

 ハヤテさん達は寸前で回避できたようだけど、それだけで戦意喪失してしまった者も少なくはなかった。


「他人を気にしている余裕があるのか!」

「っ」


 ハッとして、アーミラに意識を戻すと、彼女は既に剣を振り上げている。

 もう一度、猛攻を凌ぐために魔力を高めると、横から青色のなにかが視界に入り込んできた。


「グオォ!」

「させないわよぉ!」

「なに!?」


 私へ剣を振ろうとするアーミラの側方からフクロウ状態のネアをのせたブルリンが突進を仕掛けていた。

 剣を持っていない手で火炎を放つも、ネアがブルリンにかけた耐性の呪術により無効化され、彼女は回避すると同時にようやく後ろへ下がってくれた。


「なるほど、人語を解すフクロウとは珍しいとは思っていたが……お前はさっきの吸血鬼か、魔術を扱ってくるとなると、ますます油断ができなくな――」

「ブルリーン! 撤退! 私、あれに当たったら焼き鳥どころか塵も残らないからぁ! てか、あんなのに目をつけられないように控えめに攻撃してよね!?」

「グル」


 ネアの言葉に首を横に振り、フンスと鼻を鳴らすブルリン。

 そんな反応を返すブルリンに、ネアはあわあわと翼で口元を押さえ、もう片方の翼でブルリンの頭を叩く。


「そんなやる気出さなくてもいいのぉ!? あれがどれだけ危ない奴か分かってんの!? そんなのと真正面から戦わないで!」

「……グフゥ」


 ぺしぺしと、背を叩いて逃げるように促したネアの指示に従って、ブルリンはアーミラと一定の距離を保つ。

 予想外に喋るネアに、一瞬だけ呆気に取られたアーミラだが、すぐに平静を取り戻す。


「本当に面白いな。治癒魔法使いだけが目立つ奴らかと思えば、そうでもない。私がこの技を出した甲斐もあったものだ」


 一時、剣を下ろしたアーミラに、私も呼吸を整える。

 彼女は、炎の壁を指さし小さく笑みを浮かべた。


「お前達も聞こえるだろう。この壁の奥から響く戦いの音を」

「音……?」


 彼女の言葉通りに耳を澄ませてみると、炎の壁の奥から音が聞こえた。

 なにかをぶつける音と、鉄がぶつかりあうような音。

 その音の出所は考えるまでもない。ウサト殿と、第二軍団長の戦いの音だ。


「あちらも戦っているだろうな。それも、大凡尋常ではない戦いだ。奴はそれほど本気にならないと言っていたが、それも嘘だろう。あのローズの弟子を相手に、本気にならない訳がない」

「……まだ、戦っているんですね。ウサト殿は……」


 私は安堵した。

 まだ戦っていてくれている。

 きっと、目の前の彼女と同等の実力を持つであろう、敵に臆さずに戦ってくれている。

 それだけで、私の心は挫けずにいられた。


「お前は強い戦士だ。今までの攻撃に手加減は一切ない、だからこそ問おう―――なぜ、お前は本気で炎を使わない?」

「……ッ!?」


 その言葉に心臓が鷲掴みにされた感覚に陥る。

 驚愕が顔に出てしまったのか、アーミラは依然として冷静な表情のまま言葉を紡ぐ。


「気付かないとでも思っていたのか? 私は炎の魔法を扱う戦士だ。炎のことなら誰よりも理解している」


 だとしても、そこまで気付かれるとは思ってもいなかった。

 強さ以前に、炎を扱う者としての感覚までも優れている。


「お前ほどの戦士だ。何かしらの理由があるのだろう。……だが、そんなことは私の知ったことではない。使わずに死ぬか、それとも使って死ぬかのどちらかだ」


 そう言ってアーミラは構えを見せた。

 彼女の周りで揺らめくように燃えていた炎も、それに合わせて勢いを増していく。


「……」


 このままでは、彼女の言うとおり俺は殺されてしまうだろう。

 いや、それどころかブルリンとネアも、ハヤテさんと彼の仲間達も為す術もなくやられてしまう。

 ……。


「ネア、頼みがあります」


 斜め後ろにまで移動したブルリンの背にいるネアに話しかける。

 アーミラに集中していたネアは困惑するような声を漏らした。


「別に構わないけど、大丈夫なの?」

「ええ。……私に耐性の呪術をつけてもらってもいいでしょうか?」

「炎に対する耐性よね。いいわよ。でも、あれだけの相手にそう何度も耐えられる訳じゃないけど……」

「いえ、違います」


 怪訝な表情を浮かべるネア。

 私は、そんな彼女に構わず自身の覚悟とも言える言葉を口にする。


「私自身の魔法への耐性をつけてください」

「……そう、分かったわ」

「ありがとうございます」


 きっと察してくれたのだろう。

 賢い彼女のことだ。私が自身の魔法を使うことを怖がっていることから、私がなにをしようとしているのか、理解したのだろう。

 私の魔法は、極めて系統強化に近い威力を持つ炎の魔法。

 普段はそれを出さないように抑えているが、なりふり構わず魔法を使おうとすれば、他ならない私自身すらも焼き尽くしてしまう、諸刃の剣。

 それで私は、多くの人を傷つけ、時には一生癒えない傷をつけてしまった。それは、どんなに悔やんでも、泣いてもやり直すことなんてできない、私が一生を賭けてでも償うべき罪。


「……」


 ずっと、恐ろしかった。

 自分が守ると誓った者にすら向いてしまうような力が。

 だから、私がウサト殿にその力を向けてしまったときは、体の芯が凍り付いてしまった。一度でも当たってしまえば、重傷を免れない危険な技でウサト殿を攻撃してしまったことに。

 それでもウサト殿は……アマコ殿も、ネアも、ブルリンも、私を頼りにしてくれた。こんな人を傷つける魔法しか持たない私を、仲間だと、頼れると言ってくれた。

 そろそろ向き合わなければならない。

 邪龍との戦いでは、あろうことかウサト殿に力を向けてしまった。

 ミアラークでは、剣を折られ気絶してしまった。

 私は、自分の力すらも怖がって使えない臆病者だ。仲間にすら自分の本気を偽って、アーミラに言われるまで、使うことを考えなかったバカだ。

 

「……助けられているのは、いつも()だった」


 この旅で救われた。

 人生で経験したことのない驚きの連続だった。いつしか彼らと一緒に旅をした時間は、私にとってかけがえのない財産になっていった。


「だからこそ」


 私は、それを守りたい。

 私達皆が、誰一人として欠けることなく、笑顔でリングル王国に帰れるようにしたい。

 腰からもう一つの、小剣を引き抜き逆手で握りしめる。


「俺は、力を振るうべき理由を見つけていたんだ」


 その為ならば、私は迷わずに戦える。

 ネアの耐性の呪術がかけられると同時に、私は全ての魔力を両手の剣に注ぎ込む。


「覚悟を決めたか」

「ええ」


 炎剣は、今まで以上の輝きと熱量を放つ。

 しかし、強力すぎる熱に、ネアの耐性の魔術に罅が入っていく。

 形振り構ってはいられない。

 アーミラの言うとおり、覚悟を決めた私は剣を握りしめ、二つの剣で彼女へ斬りかかる。


「系統強化と見間違うほどの炎剣。それが貴様の本来の魔力か。希にそういう素養を持つ者がいることは知っていたが、実際に目にすると凄まじいものがあるな」

「貴女にそう評して貰えるのならば光栄だ!」


 力んで剣に振られないよう、剣を操りアーミラと剣戟を交わす。

 しかし、それでも地力の違い――技術と魔力量の差が浮き彫りになっていくが、それを補うために今の私は防御を捨てる。

 系統強化に近い魔力を持つ者。

 リングル王国では救命団に所属するオルガ様も、私と同じ素養を持っている。私は、最初はあまり器用な人間ではなかった。だから、魔法を覚えたての時はよく魔法を暴走させてしまって、周囲に迷惑を掛けていた。


「ずっと、この力を憎んでいた」


 成長するにつれて私の力も強くなり、力を抑えなくては危険なまでに炎の威力が上がっていた。系統強化に近い魔力の弊害で、自身にすら炎の影響が出るようになってからは、私は必死に自分の魔法を抑え込むように訓練した。


「自分を傷つけ、友を傷つけ、周りにいる大事なもの全てを燃やし尽くしてしまうかもしれないこの力が、憎かった……!」


 ずっと脳裏に残っている。

 初めて傷つけてしまった人の姿を。そんな自分を化物みたいに見る人々の目を。

 防御すらもかなぐり捨てて、アーミラに右手の剣を叩きつける。

 それでも尚、冷静に対処しようとする彼女目がけ、逆手に持った小剣を切り上げる。既のところで避ける彼女だが、輝かんばかりに赤熱した剣は、その炎の鎧を切り裂く。


「……ッ!」

「だけど、この力を必要としてくれる仲間がいる! こんな俺を頼ってくれる、どうしようもなく優しい人達がいる!」


 剣を振るう度に、なにかが砕ける音が聞こえる。

 耐性の呪術が壊れかかっている音だ。

 手から燃えだしそうなほどの熱気が伝わり、魔力そのものが私の腕から背中に走り、まるで燃えるように放出される。

 意識すらも保てないほどの激痛の中、私はそれでもなお腕を交差し、アーミラへ突撃する。


「俺は、この力で道を切り開く!」

「来い!」


 炎と炎が激突する。

 ここまでしても尚も押される、が。


「ハアアアアァァァ!!」

「……ッ」


 それでも俺は前へ突き進み、すれ違い様に両手の剣を振り切った。

 その瞬間、俺の剣を持つ腕から背に燃え広がっていた火と、アーミラを纏う炎の鎧が消え失せた。


「……ぅ、ぐ」


 手の中で焦げてボロボロになった剣の柄を落とし、膝をつく。

 必死に呼吸をしながら、後ろを見れば依然として無傷のままのアーミラが、片手に持った剣を下ろしていた。


「……人間の執念は凄まじいものだな。捨て身の特攻とは言え、この私の魔法を切り裂くとは」


 アーミラが頬についた切り傷に手を添える。

 彼女の身に纏う魔法は切り裂けたが、生身には刃はほとんど届いていなかった。

 それほどまでに、彼女を守る炎は堅く、剥がすだけでも精一杯だった。だけど、私は絶望なんてしてはいなかった。

 なにせ、本来の目的は果たせたのだから。


「だが、届いた」

「ああ、そうだな」


 アーミラの背後、炎で作られた壁が十字に切り裂かれ、霧散する。

 火の粉を散らせながら、中の光景が鮮明になる。意識が朦朧として倒れそうになるが、寸でのところでブルリンが支えてくれる。

 そんなブルリンの背中で、ネアがウサト殿がいるであろう方向を心配そうに見ている。


「ここまでされては通すしかないか……。見事だったぞ、騎士よ」


 そう言って、剣を納めるアーミラ。その姿からは戦意が感じ取れない。

 今度こそ、消え去った壁の先を見る。

 すると、私の目の前に飛び込んできた光景は――、


「そんな……!」


 私の目の前に飛び込んできた光景は、体のいたるところから血を流したウサト殿に獣のような怪物が、その鋭利な爪を振り下ろそうとしている光景だった。

 その光景に私達は、思わず彼の名を叫んだ。


果たして、アルクの戦いは無駄なものだったのか、意味のあるものだったのか。


次話の更新は、本日十八時を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アーミラさん敵に塩を送りすぎてて草
[一言] 先輩の言うようにアルクさんは主人公属性なんだよねぇ それも王道系の
[良い点] アレクさんがカッコイイ。 今までの旅があったからこそ越えられたトラウマなのかな・・・ウサトの力はウサトをちゃんと見てくれてる人の心にも届きますね。
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