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第百三十八話 

キーボードの打ち過ぎて一部のキーがガッタガタになってしまいましたので、感想の返信が遅れてしまうかもしれません。

感想返信をお待ちになっている皆様、返信が遅れてしまい本当に申し訳ありません。



今回は三話連続更新です。

といっても、文字数は二万五千文字と、実質五話分くらいはあります。

ヒノモト編、戦闘終了まで書き終えました。


長いので間をおいて更新いたします。


 アマコを救い出し、ジンヤさんを止めた。

 全ての騒動が終わりを迎えた、誰もがそう思ったその時、僕達のいる広場は炎の壁によって隔離された。それと共に現れた魔族の男。

 彼はコーガ・ディンガルと名乗った。

 しかも、強い人だとは分かってはいたが、まさか魔王軍の第二軍団長とは予想外もいいところだ。

 確か、フェルムが牢屋にいれられているときに提供してくれた第二・第三軍団長の情報によると、第三軍団長が炎の魔法を扱う剣士で、第二軍団長はフェルムと同じ闇の魔法の使い手だって話だ。

 ……これは下手に刺激するべきじゃないな。

 こんなところで闇魔法の使い手に暴れられたら、かなりの被害が出てしまう。

 そもそも、僕だって戦いたくない。


「リングル王国、救命団。ウサト・ケン」


 とりあえず、名乗られたからにはこちらも名乗っておく。

 素直に名乗られるとは思わなかったのか、コーガは意外そうに目を丸くした。


「おや、結構敵視されている自覚はあったんだが……。そうか、お前の名はウサトっていうのか。なんというか、特徴的な名前だな」


 そりゃあ、こっちの人からしてみれば僕の名前を変に思うだろう。

 というより、元いた世界でもウサトって名前は珍しい。

 すぐさま頭を切り換えて、コーガに問いかける。


「どうしてこんなことを? まさか、今頃ジンヤさんの助っ人に来たか?」

「いいや、そうじゃない。俺の目的は二つだ。一つ目の目的は……」


 そう言うやいなや、しゃがみ込んだコーガは気絶しているジンヤさんの頬をぺしぺしと叩き、起こす。

 流石に威力を押さえた治癒飛拳では入りが浅かったのか、ジンヤさんは早くも意識を取り戻した。彼は周囲にいる面々と自分の置かれている状況を把握すると、即座にコーガの方を見上げ助力を求めた。


「コーガ殿、ご助力を願い出たい。貴方の力を以てすれば、我らが計画も元に戻せます」

「あんたの言っていた予知魔法を持つ最強の兵士のことか? 確かにそれは俺達にとって魅力的なものだったな」

「ならば――」

「だが、駄目だ」


 は、とジンヤさんから呆けた吐息が漏れる。

 かくいう僕達も驚きのあまり、肩を竦めたコーガに視線を向ける。


「だ、駄目とはどういうことでしょうか?」

「言葉通りだ。俺達魔王軍はお前達、獣人国から手を切る」

「そちらが交渉してきたはずでしょう! それを今更――」

「騙して悪いが、俺達がここに来たのは交渉のためじゃない。お前達に戦う者としての"牙”……資格があるかどうか、見定めにきた」


 "牙”? 物理的なものじゃないだろうが、一体コーガの言っている"牙”とはなにを指すんだ?

 そんな疑問を抱く僕と、呆然とした様子のジンヤさんを余所に、コーガは周囲を大きく見回し、ようやく口を開いた。


「ここはいい国だ」

「……は?」

「自然も豊かで食いもんもたらふくあるし、太陽が出てる時間も長い。なにもかもがうちの国とは大違いだ。なにより、良い感じに仕事も休めたのがいい。ここに来て正解だった」

「なにを、仰っているのです?」


 突然、獣人の国に住んだ感想を言われ、訳が分からなくなる。

 一体、なにがいいたいのだろうか。

 ジンヤさんの言葉に、コーガを真面目なものにさせる。


「ここにいる奴らは皆、牙の抜けた獣だ。……いや、牙なんて元からなかったのかもしれない。今日までここでお前達の暮らし、そして今日起こった争いを見て、ようやく俺はお前達という存在を見定めた。"こいつらは戦いに出しても役には立たない”ってことにな」


 そこまで言い切ったコーガは、ハッとした表情になり手を横に振った。


「別に獣人族を見下しているわけじゃない。戦えないのは、彼らが平和を理解しており、そして今まさに平和の中を生きているからだ。俺達と違って他の国に侵略する理由はどこにも存在しない。だから、戦いになっても戦う理由がない獣人族は役には立たない」


 ……尤もな理由、なのかもしれない。

 ハヤテさんの話では、獣人族は人間との関わりを断ち、森の中で平和な生活を送ろうと努めてきた。そんな彼らが、自発的に武器を持って人間達に報復しようだなんて考えられない。

 僕自身、隠れ里で獣人達の優しさに触れて、争いを好むような人達じゃないと知っている。


「後は……そうだな。予知魔法を持つ兵士達。あれも駄目だ」

「なっ!?」

「ありゃあ、大抵の奴は増長する代物だ。便利すぎる力は却ってそいつを弱くさせる。それに、未来が見えても対応できなきゃどうにもならないだろ? それは、あんたが身を以て経験したはずだ」


 コーガの指摘にジンヤさんは反論できず歯がみすることしかできない。

 しかし、それでも納得できないのかキッ、とコーガを睨み付ける。


「だとしても、俺達にだって戦う理由はある……!」

「人間への憎悪か? あんた、まさか俺達が人間に対しての憎悪だけで戦っていると思っているのか? いくらなんでもそりゃあ……いや待てよ……悪い、三割くらいはあった」


 あるんかい。

 思わず内心で突っ込んでしまうけど、人間の僕からしてみれば恨まれてると聞いて全く笑えない。


「だがな、残りの七割は生きるためだ」

「……」

「まあ、リングル王国側のお前さんは納得できないよな。でも納得する必要はない。お前達の国にとって、攻め入ってくる俺達の行動は理不尽なものだからな」


 魔王軍も理由があって侵略している。 

 理由もなしに侵略行為に及ぶわけがないことは、考えなくても分かることだ。

 だけど僕は、それをあまり考えないようにしていた。


「だからさ、あんたらの力は必要ない。俺はあんたを助けない」

「ふ、ふざける――」

「ほいっ、と」


 激昂したジンヤさんの鳩尾にコーガが拳を叩き込む。

 白目になり崩れ落ちたジンヤさんを哀れな目で見下ろしたコーガは、そのまま広場の奥の方に彼を放り出した後に、こちらへ視線を向けた。


「正直に言うと、俺はそいつのやり方がどうにも気に入らなかった。いや、手段自体は卑怯もなにもないんだが……あまりにも、一番警戒するべき相手を侮りすぎていた」

「……」

「そもそも一度目の予知が失敗した時点で、お前を閉じ込めるのではなく排除すればよかったんだ。しかし、それをしなかったのは、彼が頑なにお前の強さ、人間の強さを認めようとしなかったからだ」


 確かに、ジンヤさんは最初から最後まで僕達のことを下に見ていた。

 脆弱な人間と。

 簡単に殺せてしまう存在だと。

 作戦が成功したのだって、ジンヤさんが僕達のことを軽んじていたからだ。


「確かに人間ってのは肉体的には弱い存在だ。だが俺達は、そんな人間に遠い過去に負け、そして今も二度負けている。いくら身体能力で俺達が勝っていても、人間にはそれを覆す何かがある」


 僕を見ながらコーガはそう言葉にした。

 そのまま視線を交錯したまま沈黙が場を支配する。

 それから一向に言葉を発しなくなったコーガに、恐々としていると、彼は突然に手を一度叩き場を切り替えるように表情を崩した。


「ま、これで、獣人族は戦争には参加しなくてよくなったわけだ」

「……僕が言うのもなんだけど。いいのかそれで」

「それが魔王様の命令だからな。牙がなければ捨て置け、と」


 魔王、か。

 まだ姿すら見たことのない魔族の王。

 ファルガ様の話でようやく魔王の存在を確かなものだと認識した僕だが、やはり最大の敵という点では、あまり現実感がなかった。 


「さて、これで最初の用が済んだ。本題に移るとしようか」


 その言葉で我に返り、コーガに意識を向ける。

 どことなく嫌な予感がする。

 具体的には、彼が腕と足を伸ばしたり、ストレッチをしているから。


「さっき言っただろう? 本来は今この場に出てくることはなかったって」

「……ああ」

「正直に言うと、さっきジンヤに言った言葉は秘密裏に伝えるはずのものだった。だからこの場で切り出す必要もなかったし、彼をどん底に突き落とすようなことをする必要もなかった」


 このタイミングで出てくる予定がなかったなら、どうして出てきたか。

 僕も薄々それに気付いてはいるけど、それが当たって欲しくないと思っている。


「端的に言えば、それをする理由ができちまったわけだ。もう分かってんだろ? 俺がお前の前に現れた理由」

「……はぁ、僕か」


 コーガが笑みと共に頷く。

 僕に興味があるといったあたりから嫌な予感を感じていたけど、まさかこんなことになるとは思わなかった。


「お前の戦いを見ていた。魔王軍にとってローズという人間は非常識極まりない人間だったらしいが、その弟子であるお前も、まさにそうだった。人を軽々と振り回す怪力に、他の追随を許さない機動力。そして、それでもなお誰一人として死者を出さない技術。極めつけは、ジンヤとの戦い」


 そう言って後ろで気絶しているジンヤさんを指さす。

 どこかで僕の戦う姿を見ていたのか。どこかにいるかもしれない、という疑念はあったのだから、派手に動いたのは迂闊だったかもしれない。


「彼は決して弱くはなかった。下手に怒らせるようなマネをしなければ、勝負はもう少し長引いただろうが……お前はそれをあまりにも呆気なく終わらせてしまった」

「……」

「それを見た俺は、お前と戦いたくなった。それ以上の理由はない。だが俺にとってはそれで十分―――!」


 そこでテンションが上がってきたのか、黒衣をはためかせながらバッと構えをとったコーガは好戦的な笑みを僕へ向けてきた。


「さあ、戦おうぜ治癒魔法使い、ウサト! 俺はその為にここに来た!」

「いや、僕は戦いたくないんだけど……」

「……」

「……」

 

 沈黙がその場を支配する。

 ノリノリのところ、申し訳ないんだけど、僕はコーガと戦うつもりは全くない。

 普通にこんな危ない奴と戦いたくない。

 というより、僕だって好きで戦ってきたわけじゃない。

 無言のまま、構えを解いて頭を掻くコーガ。その表情は怒っているというよりも、納得しているような雰囲気だった。


「……いや、そうだよな。普通そうだ。こんな挑まれ方されたら俺だって同じことを言ってた」


 ……同意されちゃったよ。

 本当になんだこの人。バトルジャンキーの類いかと思ったら、そうじゃない一面を見せてくる。こちらのペースが崩されっぱなしで、どう会話していいか分からなくなってくる。

 ネアとアマコが変な人を見るような視線をコーガに向けているが、それに気付かず彼は思案するように腕を組んだ。


「しかし、俺はお前と戦いたい……それなら、多少汚いことをしてでも了承してもらうしかないってことだ」

「僕に戦う意思はないぞ」

「んー、旅の帰りには、土産が必要だよな」

「おい、話を――」


 そう言葉にした瞬間、僕の体は既に動いていた。

 コーガが手を翳した時、黒いなにかがアマコ目がけて飛んでいったからだ。

 まっすぐにアマコへ飛んでいったそれを、籠手で振り抜く形ではじき飛ばす。ガキィン……! と、鉄を打ち合うような音を響かせて飛んでいった黒い帯のようなものは、コーガの服の裾の中へ戻っていった。

 フェルムが使っていたような、闇魔法で操った影か?

 咄嗟にアマコを見るが、あまりにも脈絡のない不意打ちに面食らっている様子だ。


「例えば、そこの予知魔法使いの女の子とか。吸血鬼でもいいか? 感覚からして普通の吸血鬼でもなさそうだ。……あ、お前を魔王様の元に連れて行くってのもアリだな。色々と面白い反応が返ってきそうだ」

「……お前」

「一つ忠告しておこう。俺を話の通じる奴だと思うな。自分で言うのもなんだが、俺は性格最悪だからな」


 どうする、思っていた以上に戦いは避けられないかもしれないぞ。

 アマコとネアを連れて脱出を試みるか?


「逃げようとしても無駄だぞ? この炎の壁を作ったのは俺の部下……第三軍団長を任されていた奴のものだからな。お前は大丈夫でも、その女の子は無事じゃ済まない」

「っ、第三軍団長だと!?」


 内側にそれらしき人物が見当たらないってことは壁を作った本人は、壁の外にいる可能性が高い。それじゃあ、アルクさんとブルリン、それにハヤテさん達が……!


「ネア!」

「ええ、あいつと戦うのね……!」

「いや、君はアルクさんとブルリンの方に行ってくれ」

「はぁ!? でも、それじゃあ貴方が……」

「今回はあいつを相手にして、君を守りながら戦うのは難しい」

「―――ッ、そう。分かったわ。下手こいて死なないようにね!」

「ああ、頑張ってみる」


 コーガを一瞥してそう言った僕に、状況を察したネアはフクロウに変身し、空へと高く舞い上がり壁を越えていった。


「アマコ、ごめん。また下がっていてくれ」

「うん。でもあの人、本気で攫うつもりはないと思う」

「……分かってる」


 だけど、やらないとは言い切れない。その可能性がある限り、僕が戦わないという選択肢はなくなってしまったんだ。

 多分、コーガもそれを分かって言ったのだろう。……うん、確かに性格最悪だな。

 アマコを下がらせ、再びコーガへと向き直った僕は軽く深呼吸をする。呼吸を整え、目の前の相手に意識を向けようとしたその瞬間、僕の視界に跳び蹴りを放とうとするコーガの姿が飛び込んできた。


「な!?」

「せいッ!」


 突き刺すような蹴りは僕の左肩に直撃し、鈍い痛みに顔を顰める―――が、すぐに体を捻って衝撃を逃がすと同時に、コーガの腹に治癒パンチを叩き込みそのまま、殴り飛ばす。


「―――っぐ、ぅ、らぁ!!」

「おごぉッ」


 そのまま地面へ叩きつけられ大の字になって倒れたコーガ。

 僕は肩を治癒魔法で癒やしながら、焦りと少しばかりの恐怖を抱いた。隙を突かれたのは事実だ。だけど、避けるどころか攻撃を流すことしかできなかった。

 あと少し反応するのが遅れていれば骨を砕かれていたかもしれない。その事実に第二軍団長という肩書きは偽りではないと確信する。


「は、ははッ、はははははは!! ははははははは!!」

「……」


 勿論、あれで倒せたとも思っていない。

 大の字に寝転んだまま、狂ったような高笑いを上げたコーガに、僕は今まで以上に気を引き締める。

 この人はやばい。バトルジャンキーとかそういうのじゃなく、勝負にルールもなにも持ち込まないような戦い方をする人だ。


「あぁ、やっぱりこうだよなぁ。戦いってのはこうでなくちゃなぁ。お前を信じてよかった。心の底から思う、本当に」


 そう呟いた後にコーガは何食わぬ顔で起き上がる。

 僕の拳が当たった場所では、幾重にも重なった黒い帯のようなものが不気味に蠢いている。それに合わせて押さえきれない笑みを浮かべたコーガの黒い服と、足下の影が歪んでいく。


「不意打ちをして悪かったな、俺も我慢できなかった。まあ、お前があれくらいでやられるとは思っていなかったし、別にいいだろう?」

「全然よくない。こっちの心臓がもたない」

「ハッ、そんなタマじゃないだろ。それじゃあ、今度はちゃんとやるか」


 彼の言葉と共に、影と服が帯となってコーガの体に巻き付いていく。

 フェルムと同じ闇の魔法。術者に闇の衣を纏わせる、魔族だけが扱える危険なもの。頭を覆った帯は、鷹を彷彿とさせる仮面へ、体は鎧というにはあまりにも生物的な黒いものへと変わる。

 フェルムの闇魔法とは、別物とさえ思えるくらいに異様な魔法を纏ったコーガは、声を高揚させたまま僕へと叫んだ。


「さぁ、始めようか! 正真正銘の戦いってもんをなぁ!!」


 カロンさんの時以上の死闘。

 黒い仮面と生物的な鎧に身を包んだコーガを前にして、僕は覚悟と共に拳を引き絞るのだった。



 ウサト殿はジンヤを気絶させ、アマコ殿を取り返すことに成功した。

 事態は収束を迎え、戦意を失った兵士達の鎮圧を終えた私達が、彼の元に向かおうとしたその時、空から炎の壁が私達の行く手を塞いでしまった。

 ハヤテ殿の部下達が魔法をぶつけるが、それでも炎の壁はびくともしない。

 濃密な魔力で作り出された炎の壁。

 それに対して私は手に魔力を籠め、声を張り上げる。


「私の炎なら突破できるはず。ハヤテさん、私が入り口を作ります!」

「アルク……? ああ、了解した!」


 ハヤテさんに声をかけた後に、鞘から引き抜いた剣に魔力を籠める。剣が赤熱し、火花を発したところで大きく振りかぶり、呼吸を整える。

 鉄すらも容易く溶断する炎剣。

 これを以てすれば、炎の壁に切れ込みをいれることができるはずだ……!


「はぁ……!」


 勢いと共に、それを振り下ろす。

 しかし、炎の壁に剣が振られる瞬間、空から落ちてくるように現れた何者かが私の前に割り込み炎剣を受け止めた。


「これを切り裂ける者がいるとはな」

「っ!?」


 割って入ってきたのは、肩に触れるくらいの赤い髪とねじり曲がった角が特徴的な魔族の女性であった。彼女も剣に炎を纏わせて、私の剣を受け止めている。


「止められた!? ぐっ」


 力で剣を弾き返され後退を余儀なくされる。

 油断せずに剣を構えるが、目の前の女性は剣を握ったまま構えようとしない。

 赤髪の魔族の女性。牢屋に閉じ込められているときに、ウサト殿を訪れた魔族と一緒にいた者の一人。恐らくこの炎の壁を作り出した本人。


「リングル王国の騎士か。よく鍛えられているな」

「そこを通してもらう!」

「それはできない」


 炎を纏わせた剣を振うが、それも私と同じように剣に炎を纏わせ防がれてしまう。

 威力では私が勝っているが、彼女は私以上に炎の扱い方が巧い!?

 無理な特攻は危険と判断して、後ろへ下がる。


「あ、見つけたわよアルク! って、もう戦っちゃってるし!?」


 そんな時、炎の壁を乗り越えるように飛んできたフクロウ、ネアが私を見つけて声を上げた。


「ネア!? ウサト殿はどうしたんですか!?」

「中で第二軍団長って奴と戦ってるわよ。それより、そいつも軍団長だって話よ! やばいんじゃないの!?」


 軍団長だと!?

 只者ではないのは分かっていたが、まさか軍団長が二人もここに来ているなんて……! だとしたら、ウサト殿はあの男と戦っているのか!?

 焦燥しながら女性を見れば、どういうことか額を押さえて大きな溜息を漏らしている。


「あのバカ、私のことまでバラしたのか……? はぁぁぁぁ、後先考えないで口を開くバカは本当に……! なんであんなのが軍団長をやっていられるんだ……」


 ……どうやらあちらにも色々あるようだ。

 憤った様子で顔を上げた女性は、私達の行く手を阻むように剣を地面に突き立てた。


「ここから先は進ませない。バカで脳筋で頭スッカスカの上司でも命令には従わなければならないからな」

「……目的はなんだ?」


 そう問いかけると、女性は少し悩むように腕を組んだが、すぐにどうでも良くなったのか、すぐに口を開いた。


「獣人の国、ヒノモトとの協力体制の破棄」

「破棄だって!?」


 ハヤテ殿の驚愕の声、彼の部下達も突然のことに動揺している。

 女性はそれについては、特に言うことがないのか表情を変えずに続けて言葉を紡ぐ。


「私からはそれについての説明はしない。そしてもう一つの目的が、私の上官が望んでいた治癒魔法使いとの戦いだ」

「ウサト殿と戦うこと……?」

「不運なことに奴のお眼鏡に適ってしまったようだ。……まあ私は、ローズの弟子はあれくらいのことしてもおかしくないと想定していたから、別段……いや、ちょっとだけ驚いたが、まだ冷静さを保っていられたが」


 あの男、第二軍団長はウサト殿に興味を持っていた。

 もしかすると、それを理由にウサト殿は戦うことになったのか?

 だとしたら――、


「ウサト殿をどうするつもりだ……!」

「生かすか殺すかは私も知らん。最悪死ぬ可能性もあるな」

「だったら、ここで止まっている訳にはいかない!」


 剣に炎を纏わせ、その切っ先を女性へ向ける。

 相手は軍団長クラスの実力者。下手な出し惜しみは死に直結する。

 本当なら逃げるべきだが……そうするわけにはいかない理由がある。


「彼我の実力差が分からないような命知らずではないだろう。ここで勝負がつくまで大人しくしていれば、命を拾える。それが出来なければ、死ぬだけだ」

「仲間が戦っているんだ! 私が守ると誓った御仁が今まさにあの中で戦っている! そんな中で自分の命惜しさで彼を見捨てるようなことができるはずがない!」

「無意味に終わるかもしれないぞ?」


 そうなるかもしれない。

 私はウサト殿が負けないことを信じている。

 ウサト殿が第二軍団長に勝ってしまえば、この戦いそのものが無駄になってしまう。大人しく彼の勝負が終わるのを待っていれば良かったと思ってしまうかもしれない。

 だけど、ウサト殿が負けてしまえばどうだ。

 ウサト殿は人間だ。

 絶対に死なない人間なんてどこにもいない。

 力が強くても、どんな攻撃でも避けられても、彼は人間なんだ。


「例え意味がなかったとしても、ここで立ち向かわない理由にはならない! ここで動かずに後悔するよりも、ずっといいはずだ!」

「グルゥ……」


 隣に並んだブルリンが戦う意思を見せるように唸り声を上げる。

 一緒に戦ってくれることに、頼もしさを感じながら剣を構えようとすると、背後からハヤテさんが歩み出てきた。


「……ああ、そうだとも!」


 私の言葉に、ハヤテさんが同意した。

 後ろを見れば、彼の部下達もダイテツ殿も皆、武器を構えていた。

 そんな彼らを見て、女性は怪訝な表情で首を傾げた。


「なぜお前達が武器を取る? 今起こっているのは人間と魔族の争いで、お前達とは関係がないはずだ」

「確かに貴女の言うとおりだ。だけど、僕達にとってウサトは恩人であり、友人だ」

「ああ。ウサトは俺達と力で張り合うような奴だけどよ。それ以上に、俺達と普通に仲良くできるような珍しい人間なんだ。そんな人間をここで見殺しにしたら、それこそ息子に顔向けできねぇぜ」


 ハヤテさんの言葉に、ダイテツさんも同意する。

 それに合わせて、兵士達も口々に同意していく。


『戦っている姿は夢に出てきそうなくらいに本当に恐ろしかったけど……それ以上に頼もしかった』

『怪我をしたとき、怖い顔で魔力弾投げつけられたけど、怪我を治してもらったんだ。……彼は良い奴だ』

『人をボールみたいに投げ飛ばしていたけど、皆気絶だけで済んでた……やり方はアレだけど、優しい人だった』

『足が速すぎて狼族としての自信をなくしたけど……。うん、ジンヤ様を止めてくれて本当に感謝してる』

「あの治癒魔法使いは、色々と散々な評価をされている気がするんだが……」


 獣人達のウサト殿への評価に、頬を引き攣らせた女性。

 かくいう私も「いつものウサト殿だなぁ」と苦笑していたが、女性がすぐに表情を笑みに切り替えたのを見て、構える。


「だが、面白いな」


 瞬間、女性の体から炎が放たれた。

 あまりの熱気に目を隠してしまった私が、次に女性を見た瞬間、目を疑った。


「前言撤回だ。いいだろう、リングル王国の騎士、そして勇敢なる獣人族の兵士達よ。貴様達の闘争心に敬意を表して、私も全力で戦いに臨もう」


 炎を纏っている。

 魔力ではなく、作り出した炎そのものを鎧のように従えている。


「魔王軍第二軍団長補佐、アーミラ・ベルグレット。あくまで仮の役職だが名乗ろう。そして――」


 炎を纏わせた剣を、振った彼女はそれを大きく構えた。


「我が師、ネロ・アージェンスが編み出した魔法の極致。その身でとくと味わうがいい」


 こちらにまで伝わる熱気。

 それに武者震いか、恐怖か定かではない震えを感じながら、私は今一度剣を力強く握りしめるのだった。

アーミラの師匠の名前については、web版では初出ですね。

そして、ようやく書きたかったアルクの戦闘です。


次話とその次の更新は明日の朝六時と夕方十八時を予定としております。

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