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第百三十七話

二話目の更新です。

百三十六話を見ていない方は、まずそちらをー。



 『トワ』から飛び降りた私を受け止めたウサト。

 私は、自分がウサトに救われたという事実にひたすらに安堵していた。しかし、ウサトが地面に着地すると同時に彼は、真横に避けるように跳ぶ。

 次の瞬間、彼のいた場所に片刃の剣が叩きつけられ、砂煙が大きく舞った。


「アマコ、掴まってろよ……!」

「もう掴まってるよ」


 首に手を回す形でしがみついた私を見て、籠手を展開させた右腕を自由にさせたウサトは砂煙から突き出された剣の切っ先を拳で弾く。

 続けて、首を斜めから刈るような鋭い斬撃が迫るが、ウサトは瞬間的に籠手から魔力を破裂させその勢いに乗って後退した。


「避けた!? ッ、まだ!」

「来る!」


 不意打ちを仕掛けたジンヤは、大柄な体に似合わない小回りのきいた動きで、剣をウサトに振るう。予知魔法によってウサトの動きを先読みした攻撃だが、今彼の腕の中には私がいる。

 ジンヤの動きを上回る予知で攻撃を先読みし、それをウサトに伝える。


「左下からの切り上げ、砂を蹴って目潰し、……反撃しても大丈夫だよ」

「おぉっし!」

「余計なマネを……!」


 私の言葉に、ウサトは少しの疑いもなく治癒魔法を纏わせた拳を放つ。

 拳は防御に回したジンヤの腕によって防がれたが、そのまま地面を滑り後方に押し出された。ようやく、一息ついたウサトは、私を地面に降ろして、ジンヤに意識を向ける。


「本当にいきなりですね。なりふり構わず攻撃したことから、今の状況が気に入らないと見えます」

「……ッ、なぜお前がまたここに来る! 大人しく逃げだしていれば良かったものを!」

「そうしない理由が僕達にはあるからです」


 そう返したウサトは、ジンヤの後ろへ視線を向け顔を顰めた。

 ジンヤの背後には近衛の兵士が血を流して倒れていた。ネアが操った近衛兵士の一人……ジンヤを取り押さえようとしていたが、彼の剣によって斬られてしまったのだろう。

 それを見たウサトは治癒魔法弾を作り、倒れている兵士に投げつける。倒れ伏している兵士に当たった治癒魔法弾は、体全体に行き渡り、苦痛に歪んでいた顔も穏やかなものになる。

 ウサトの行為を黙って見ていたジンヤは、手に持っている剣に僅かについている血を払った。


「お優しい限りだな。反吐が出る」

「……貴方の仲間でしょう。怪我をさせないで気絶させることもできたはずだ」

「敵に操られた足手纏いは必要ない。俺が俺の部下をどう扱おうが、余所者の貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「……」


 ウサトの目がどんどん剣呑なものに変わっていく。

 ……ジンヤの行動は、ウサトが一番嫌いそうなことだから怒るのも無理はない。

 ジンヤはウサトのそんな雰囲気に全く気付くことなく自身の得物を構えた。


「ジンヤ!」


 ウサトも無言のまま拳を構えようとしたその時、雑然とした周囲から鎧に身を包んだハヤテさんが出てきた。その後ろでは、アルクさんが鞘に収められた剣で、ハヤテさんを襲おうとしている兵士を食い止めている。


「今度はお前か、ハヤテ」


 呼吸を整えたハヤテさんは、汗を拭いながら口を開いた。


「ジンヤ、もう諦めろ。お前の計画は潰えた」


 私が救出されたことにより、ジンヤの計画は頓挫している。

 そもそも、ネアに計画の要である研究員達を手中に収められた時点で、失敗に終わることは決まっていたようなものだ。

 しかし、ハヤテの言葉に対し、ジンヤの答えはどこまでも冷たいものであった。


「断る」

「お前はこれを見て何も思わないのか!!」


 ハヤテさんが腕で後ろを示した先では、彼の部下達とここの兵士達が争っている光景が広がっている。しかし、兵士達の顔に怒りなんてものはなく、ただ悲しみと迷いの感情が浮かんでいた。

 同族との無意味に近い争い。

 しかもその争いの行方によっては、魔族と同盟を結んで人間と戦いにいく運命を決定づけることとなるもの。森の奥底で平和に暮らしてきた獣人族にとって、それは決していいことではないはずだ。


「これは僕が起こしてしまった戦いだ! それでも、言わせてもらう! ジンヤ、ここにいる皆が、戦うことを望んでいない! だから……お前が、戦うことを諦めてさえくれれば……」

「愚問だな。俺は、俺の本懐を成し遂げるためにここにいる」

「なぜなんだ……。なにがお前をそこまで戦いに駆り立てる……?」

「逆に問おう。なぜお前は我慢していられるんだ?」


 声を荒げるハヤテさんとは打って変わって、無表情のまま首を傾げるジンヤ。あまりの反応に、ハヤテさんは絶句してしまう。


「人間は我が種族を虐げてきた。長く、長く、それはもう長い間人間にとって獣人は家畜同然の扱いをされていた。今では獣人の奴隷売買が横行し、獣人と言うだけで石を投げられる。そんな扱いを受けて……なぜお前は我慢していられる?」

「確かに人間に酷い扱いをされている獣人もいる……。だけど、それを理由にカノコとアマコの人生を奪っていい理由にはならない。お前、自分が言っていることを理解しているのか? お前が取っている手段は、その見下している人間がしていることと同じなんだぞ」


 ハヤテさんの指摘に、数秒ほどの沈黙の後にジンヤが答える。


「予知魔法は、戦いに使われるべき魔法だ。歴代の『時詠み』が今までなにか大きなことをしたか? していないだろ。だからこそ、役に立たない『時詠み』を終わらせ、より有意義な使い方をするべきだろう」

「……ああ、ようやく分かったよ」


 確かに時詠みは、大きな功績なんて挙げてきていない。だけど、それは獣人族に大きな厄災が降りかかることなく、平和に暮らしてきたからだ。

 それを忘れて、その在り方をねじ曲げようとするのはどう考えてもおかしい。

 ハヤテさんは、立ち眩むように目元を押さえた。


「お前が予知魔法に執着する理由も、戦いに固執する理由もようやく理解できた。お前は……ただ予知魔法を使い、力を振るいたいだけなんだ。それを、もっともな理由を挙げて、正しいと思い込んでいる。だから、僕とお前の会話はこんなにも、遠いんだ」

「……」

「ジンヤ、僕はずっと民の話をしてきたんだ。でもお前は、最初から戦いの話しかしていない。お前にとって、守るべき民は道具でしかないのか?」


 ハヤテさんの言葉に、ジンヤは無言を通す。

 それを肯定と受け取ったハヤテさんは顔を上げて、静かに憤りながら声を振り絞った。


「ジンヤ、お前は予知魔法という人から奪い取った玩具をひけらかす子供だ。それを誇示したいがために、周りを巻き込んだ。それが、どれだけ身勝手で愚かなことか分かるか?」

「言いたいことは終わりか?」

「……ああ、全部終わったよ。僕はもう、お前を友とは呼べない」


 上にいる立場の人だからって、なにをしてもいい理由にはならない。

 だけど、この人にはもうその言葉すら通じない。自分のことが正しいと思い込んで、それがどれだけ身勝手な手段か認識できていない。

 きっと、ハヤテさんの言葉もこの人には少しも届いていない。


「まだ終わりではない。裏切り者を全て切り伏せ、アマコを『トワ』に戻せば、それで済む」

「……そんなこと、僕がさせると思いますか?」

「お前は、殺す。俺が手ずから止めを刺してやる」


 どうあっても戦う意思を見せるジンヤに、ハヤテさんは悲しげに目を伏せた後、ウサトの肩に手をのせる。


「ウサト、すまない。今がジンヤを止められる最後のチャンスだったのに……止めることができなかった」

「いいんです。それよりも、彼は僕を殺すために戦いを仕掛けてきます。だから巻き込まれないように下がっていてください」

「本当にすまない。アマコ、君も安全な場所に移動しよう」


 ハヤテさんが、そう言ってくれるが私は首を横にふる。

 きっと今、この国はどこにいっても混乱の中にあって、安全な場所なんてすぐに見つかるはずがない。私にとっての一番安全な場所は、もう分かりきっていた。


「私はウサトと一緒にいる。私にとって、ここが一番安全だから」

「……そうか。それじゃあ、分かった。ウサト、僕は兵士達の鎮圧に向かうから、あの分からず屋を叩きのめしてやってくれ。あいつの親友だった僕からの……頼みだ」

「ええ、任されました」


 こくりと頷いたウサトを見たハヤテさんは、その場を後にする。

 残ったのは『トワ』の上で(しもべ)にした人達を操るネアと私とウサト、そして剣を構えたジンヤのみ。


「アマコ、いいのか? 僕の近くにいて」

「大丈夫。ウサトは絶対に負けないって信じてるから」

「ははは、そっか。それじゃ、負けられないなぁ」


 軽口を交わしてから、私はウサトの後ろに移動する。

 ウサトを睨み付けたジンヤは、先ほどよりも鋭い威圧感を放っている。


「お前を殺し、『トワ』を完成させる。その末に完成される最強の部隊を以て人間共に制裁を与える」

「それなら僕は、救命団員として貴方を止めましょう」


 ウサトの口から放たれた救命団という単語に、ジンヤは少しばかり驚くような反応を示した。


「……救命団? そうか、リングル王国の治癒魔法使いと聞いてなにか引っかかっていたが……そうか、お前はあの国の変人集団の一人か。こんなところまで来るとは、本当にご苦労な話だな」

「……変人集団……確かに変人集団ですけど」


 地味に落ち込んでいるウサトを尻目に、ジンヤは構えを解いて軽薄な笑みを浮かべた。

 なんだ? と思い、深く予知を行うと、私はこれから起こる展開に顔を青くさせる。

 これから大変なことになる。

 バカなことをさせる前に、止めないといけない。


「ウサト、聞いちゃ駄目!」

「え?」

「リングル王国には勇者がいたな。それもかなり強いと評判の二人の勇者が」

「!」


 スズネとカズキのことを口にしたジンヤにウサトは目を見開く。

 しまったと思い、止めようとするが、ジンヤは私が口を挟めないように続けて言葉を紡ぐ。


「勇者というのは俺達獣人にとっては大きな意味を持つ言葉だ。人に迫害され、魔族と戦わされた勇者は、獣人族を救った。そんな勇者は今になっては、人間共にとってのお飾りの称号に成り下がった」


 そう言って、ジンヤは嘆かわしいとばかり肩を竦める。

 人の神経を逆撫でするような動きに、ウサトは表情を強ばらせる。


「虫酸が走るとはこのことを言うのかな? 貴様等は自身の行いすらも忘れて、掌を返して勇者を崇めている。それがどれだけ醜悪で、愚かで、救いようがないのか理解できない」

「……今は違うでしょう」

「いいや、違わないさ。いつだって同じだ。人の想像を超える力は、凡人には恐怖でしかない。羨望は恐怖に変わり、恐怖は排斥に変わる。同じ過ちを何度でも繰り返すのが人間だ」


 これに限ってはジンヤの言葉は間違っていない。

 先代勇者の身に起こった悲劇がまさにそうだったからだ。

 だけど、これから先の言葉が駄目だった。


「勇者の名を騙る人間は身の程を知らない愚か者ばかり。覚悟も力も、何もかも足下にも及ばない分際でなにが勇者だ」


 ぎしり、とウサトの右手から軋む音がする。

 彼の脳裏には、ミアラークで共に戦った氷を操る勇者の姿が思い浮かんでいるはずだ。

 悩み、苦しみ、最後に自分の往くべき道を見つけた彼女を貶すような物言いにウサトは静かに怒っていた。


「魔王軍が侵略しているリングル王国、そこに所属している二人の勇者。貴様にとってさぞかし大事な存在なのだろう」

「……っ!」


 動揺したウサトの反応に微かに笑みを漏らすジンヤ。

 なにかを確信した彼は、まるで勿体ぶった口調で決定的な言葉を口にした。


「俺達が魔王軍と共にリングル王国を攻めたとき、最初にすることは決まっている」


 駄目だ。

 マズい。

 それ以上は口にするな。

 あまりにも外道極まりないジンヤの言動に、慌てながらウサトの方を見ようとしたが――手遅れだった。


「勇者の名を騙る二人の人間を血祭りにあげて、無残に殺すこと――」


 視線を向けた先に既にウサトはいなかった。その代わり、前方から鈍い音と、声にならない叫び声が響く。

 恐る恐る前を向いた私の視界に飛び込んだのは、ジンヤの腹に拳をねじ込ませたウサトが、彼の持つ刀を無造作に踏みつぶしていた光景であった。



 予知を見て、ウサトの怒りを買って、冷静さを奪って動きを単調にさせようとした策なのはすぐに分かった。

 多分、リングル王国に所属する兵士だってスズネとカズキのことを貶されたら怒り狂うだろう。

 だけど、ジンヤにとって誤算だったのは、その勇者二人がウサトの無二の親友だったことであった。


「が、がああ……」


 目を見開き、額に青筋を浮き立たせても尚、無表情という形相でジンヤの襟を掴んだウサトは、私がこれまで見たことがないほどに、怒っているのは明白だった。

 それでも尚、治癒魔法を使っているのは彼の生来の優しさなのだろうが、ジンヤからしてみればたまったものではない。なにせ、彼自身の耐久力がありすぎてまだ意識を保っていられたからだ。


「こ、この、化物がぁぁぁ!」

「……はぁ」


 ジンヤが懐から引き抜いた短刀でウサトを切りつけようとする。

 彼は呆れたような溜息を吐きながら、短刀を軽く手で払う。ジンヤの手から離れ地面に落ちた短刀を遠くに蹴り飛ばしたウサトは、ジンヤに冷たい視線を向ける。


「よ、予知が……」

「避ける先を予知して攻撃しても、僕がそれに反応し続ければ対応するのも難しくない」


 いや、それはおかしいと思う。

 つまり、ジンヤがウサトの回避先を読んで攻撃すると同時に、ウサトもジンヤの動きに即座に対応する。それを刹那のうちに何十回と繰り返して、最終的にウサトが勝っているという、おかしなことになる。

 自分よりも二回りも大きいジンヤを軽々と押さえつけたウサトは、暴れようとするジンヤを無視して一人考えに耽っていた。


「なまじ予知を持っているから耐えられる。完全に気絶させるにはこれしかないか」


 穏やかさを感じさせる口調とは裏腹に、そこには一切の慈悲もなかった。

 ジンヤの襟を今一度強く握りしめたウサトは、彼を思いきり斜め上に放り投げた。もちろんジンヤはその程度で気絶するどころか、巧く着地しようと体勢を整えようとしている。

 しかし、そんなジンヤをジッと見つめたウサトが行った攻撃は、予知で見た私ですら意味の分からないものだった。

 落下していくジンヤを見上げ、ウサトは籠手に包まれた右腕全体に魔力を籠め、腰だめに引き絞った。しかし、彼とジンヤとの距離は十メートル以上離れており、そんな場所からは拳なんて当たるはずがない。

 しかし、それでも彼は拳を放った。


「空中なら予知は関係ないだろ」


 ウサトが拳を突き出したその瞬間、風が爆ぜる音と共に、空中にいるジンヤの体が吹っ飛ばされた。


「……え?」

「っ、ぁ、があああああ!?」


 地面に落下し、そのまま二転三転と転がったジンヤ。

 彼の腹部にはくっきりと拳の跡がついており、そこからは治癒魔法の光が煙のように広がっている。思わず呆けた声を出してしまった私だけど、現実で見ても何が起こったのか理解できない。


「……なるほど、威力を抑えてこういう使い方でいけばいいのか。なにも近づいて殴るだけが治癒パンチじゃないもんな。治癒キャノンから……飛拳……治癒飛拳と名付けよう」

「う、ウサト?」


 恐る恐る彼に声をかけると、ウサトはいつも通りにこちらへ振り向いてくれた。

 しかし、すぐに自己嫌悪に陥るように額を押さえて落ちこんでしまった。


「はぁぁぁ……」

「だ、大丈夫?」

「怪我はないよ。だけど、あんな安い挑発に引っかかったことに、どれだけ自分が未熟か自覚させられた。先輩とカズキのことを言われて、頭に血が上って冷静な判断ができなくなるなんて……最初の一撃目で正気に戻ったとはいえ、不必要にジンヤさんを痛めつけてしまった」


 最初の一撃目で正気を取り戻していたという事実を疑った私は悪くないと思う。

 だって、顔はずっと怒り全開って感じだったもん。


「ジンヤは、大丈夫なの?」

「……酷く吹っ飛んだように見える攻撃も、系統強化のなり損ないだから普通の治癒魔法よりも治癒力は高い。心配はないよ」

「うん。ウサトが、おかしいってのは分かった」

「あれー?」


 でも、結果的にはジンヤの自爆で終わった。

 実のところ、ジンヤが取ろうとした手段は最悪の部類なので、無理に止めなくても良かった。所詮は自業自得である。


「……な、なんなのよ!! いまのはぁ!?」


 私の気持ちを代弁するかのように、『トワ』から飛び降りたネアがウサトに詰め寄った。


「今明らかに拳じゃ届かない場所から、なにかを飛ばしたわよね!? しかも、えげつない威力でジンヤの体が吹っ飛ばされたんだけど!?」

「必生奥義『治癒パンチ一の型・飛拳』。別名『治癒飛拳』。ネア、これが新技、飛ぶ治癒パンチだ」

「頭おっかしいわよ!? なんで、ウサトはちょっと目を離すと変な技作るの!? というより一の型って、二とか三とかあるの!?」

「あとは思いついただけですぐに封印したけどね。危なすぎるから」

「怖っ!?」


 顔を真っ青にさせるネア。

 私も同じ気持ちだけど、この際ウサトだから仕方ないと言える。

 だからもうそこのところは諦めた。こっちのツッコミが保たないから。

 ふと周囲を見れば、国の権力者であり、実力者であったジンヤがこうも容易く叩きのめされたことに、戦っていた周囲の兵士達も動きを止めていた。

 中には安堵したように、武器を落とした人もいるから、やっぱり望んで戦っていたわけじゃなかったんだと思い直す。


「ネア、操った人達は?」

「全員眠らせておいたわ。勿論、気絶させた人達を運んだ上でね」


 広場の端を見れば、気絶した近衛と研究者たちが寝かされている。

 ……ジンヤが斬った近衛以外は目立った怪我はない。

 内心で安堵していると、広場の入り口の方向からアルクさん、ブルリン、ハヤテさんが走ってくるのが見えた。

 ジンヤが倒れたことを知って来てくれたのだろう。

 彼らに手を振りながら私は、ウサトに話しかける。


「私、ウサトに助けられて本当によかった」

「そりゃあ、助けるに決まってるだろ。大事な仲間が捕まっていたんだから」

「ううん、そうじゃないの」

「?」


 首を傾げるウサトに、苦笑しながら数ヶ月前の記憶を思い起こす。

 最初は、絶望の未来を変えてくれる救世主。

 次は、私の頼みを聞いてくれる優しい人。

 その次は、一緒にいて心が安らぐ人。


「最初に会った日は、こんな気持ちになるなんて思いもしなかったけど……私、今までウサトと一緒に旅をしてきて本当に楽しかった」


 辛くて、不自由なところもたくさんあった。

 けれども、それ以上に楽しかった。

 一人ぼっち旅しか知らない私が、誰かと共に何かをする喜びを得た。それはかけがえのない宝物になった。


「だから、私……これからも……」


 続きの言葉を紡ごうとするが、うまく言葉にできない。

 なんとか勇気を出して声を振り絞ろうとしたその時――突如として私達とアルクさん達を阻むかのように炎が降ってきたことで、私の言葉は遮られた。


「なっ!?」

「ほ、炎!?」


 壁のように燃え上がる炎。それが、流れるように広場全体を取り囲んでいく。

 揺らめく炎の先には、私とネアと同じように驚愕の表情を浮かべているアルクさん達。咄嗟に、ウサトに判断を仰ごうとし、彼の顔を見たその瞬間、私はウサトが炎ではなく別のものを見ていることに気付いた。


「ウサト……?」

「ああ、内心で予感していたよ。お前とまた会うことになるって」

「奇遇だな。俺も同じことを思ってた。本当は俺達が介入するなんてありえなかった」

「っ!」


 ウサトの視線の先、気絶したジンヤのすぐ近くにその男はいた。

 黒い衣装を纏った、魔族の男。そいつが、自然にウサトと視線を交わしていた。


「これはお前の仕業か?」

「いいや、俺の部下だ。まあ、ここでのびてる彼と、お前に用があったから少しばかり時間稼ぎを頼んだんだ」


 ジンヤとウサトを指さして、そう言った男。

 ウサトが横目で炎の壁を見る。

 普通の炎じゃない。魔力で作られた炎で、しかもかなりの魔力が籠められている。


「僕になにか用か?」

「いやその前に、流石に二回目となっちゃあ自己紹介は必要だろう? いつまでも正体不明を気取ってもしょうがないからな」

「……」


 緊迫した状況の中で、あまりにも無防備な笑顔で手を叩いた男は、無言で目を細めるウサトに、まるで友人にでも挨拶するかのように自身を指さした。


「改めて初めまして、治癒魔法使い。俺は魔王軍第二軍団長、コーガ・ディンガル。さて、お前の名前を教えてくれないか?」


 その時、私の脳裏に、軍団長という言葉よりも、予知の内容が過ぎった。

 目前の相手とは姿から一致しない。しかし、実際に目にすると、この男こそがウサトが戦っていた相手だと、私は確信してしまった。


今回のジンヤとの争い自体、前座に近いです。

なので、ジンヤはまともに戦えず最後まで、思い通りにいかないまま脱落することになりました。


因みに、下手に煽ったりしなければ、カンナギ流剣術をお披露目できました。


ウサトが予知魔法を破ったやり方の補足説明。

ジンヤが予知で回避先を予知 →ウサトが即座に対応 →次の回避先を予知 →即座に対応 →予知 →対応

これを一瞬のうちに何度も繰り返して、最後にウサトが勝っている感じです。

おかしいでしょう? 私もそう思います。


以上、今回の更新は終わりとします。


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― 新着の感想 ―
[一言] >おかしいでしょう? 私もそう思います。 1番おかしいと思った事は、 ジンヤをボコして気絶させた後、 呑気に仲間内でお喋りして時間を空費し、 誰もジンヤを捕縛しなかったことかな。
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