第百三十二話
昨日に続き、二度目の更新です。
前話を見ていない方は、まずそちらをー。
第百三十二話です。
今回は、ハヤテの視点でお送りします。
アマコが旅の仲間であるウサトとアルクに放った言葉は、僕にとって最悪の状況を意味するのに十分なものだった。
言葉も出せずに絶句しているウサトとアルクに、ジンヤは小さく笑みを浮かべているのを僕は見逃さなかった。
「……アマコに無理矢理言わせたのか?」
「勘違いするな。これはアマコが選んだことだ。彼女が見た未来にならないように動いた結果がこれだ」
「そうさせたのは君だろう!! どこまで……どこまで卑劣なことをすれば気が済むんだよ……」
君は理知的で、どんな時でも合理的な判断を下せる男だったはずだ。
それが、どうしてこうなってしまったんだ。
一人の女の子から母親を奪って、それでもまだ飽き足らず、その女の子の人生を奪おうとしている。それが一族の長を務める者が……いや、一人の大人としてやっていいことじゃない。
「お前は黙っていろ。最後の別れの言葉くらいは、静かに聞いてやろうじゃないか」
「……くっ」
そこまで堕ちたか……!
今の今まで、僕は心の中ではジンヤのことを信じたいと思っていたのかもしれない。
一緒に遊んで育った幼馴染みのお前を信じてやりたかった。それなのにお前は、その幼馴染の大切な娘すらも犠牲にしようとしている。
もうこいつは僕の知っているジンヤではない。
今ここにいるのは、予知魔法という玩具を無為に振りかざす卑劣な男にすぎなかった。
その事実を嫌と言うほど理解してしまった僕は、彼にそれ以上の言葉を言わず、アマコとウサト達の方へ意識を向ける。
そこには、俯いたままのアマコと、焦燥した顔のウサトがいる。
「僕達が死ぬってどういうことだ?」
「予知で見たの」
「……っ、本当……なのか?」
「……うん」
アマコがウサトとアルクの二人の死を予知してしまった。それは二人がアマコを助けようとする限り、変えようのない未来であることを暗に示していた。
予知魔法は女性にしか目覚めない特別な魔法。
まるで、戦うことを主とする男に目覚めさせないよう運命づけられたような奇妙な魔法であるが、その効力は類を見ないほどに強力で異質なもの。
既存の魔法とは明らかに違う性質を持っている予知魔法は、現在からの未来の運命すらも予測し、変えることを可能にしてしまう。
だから、予知魔法に目覚める獣人の女性は『時詠みの姫』と呼ばれ大事に扱われてきた。
古来から続いてきた慣習の中で、一人の予知魔法を持つ少女が生まれた。
前『時詠みの姫』の娘、アマコ。
彼女の持つ予知魔法は、これまでの時詠みの姫とは明らかに違っていた。
アマコの予知は、これまでの予知魔法の術者よりも強かった。
彼女は普通ならほんの少し先の未来と、突発的に先の未来を予知するだけの魔法にすぎない予知魔法を、平常時でも最高で一分以上先の予知と、夢という形でより鮮明で正確な予知を見ることができた。
なにより凄まじいのは、特定の条件下ではあるが、未来を選択できることだ。
そんな彼女が見た予知が、仲間であるウサトとアルクの死。
あまりにも絶望的で残酷な運命に、僕は悔しさとやるせない気持ちで、どうにかなりそうになった。
「もう、手遅れなの。母さんも、もう助けられない」
「なんで諦めるんだよ……まだ、分からないだろ」
「ううん、どんなに考えても一人じゃ母さんを助ける手立てが思い浮かばないの。私、ウサトが思っている以上に、一人じゃ駄目だった……頑張っても……私は……」
俯いたまま肩を震わせたアマコから嗚咽の声が漏れる。
「この国じゃ、ここにいる私達以外に助けてくれる人なんていない。ウサトなら分かるでしょ? ここはそう簡単には出られないって……」
「それは……」
ここは森の奥で獲れる希少な岩石で造られた魔法を封じる牢屋。
長い間、使われていなかった場所だけど、魔法を封じる効果はちゃんと発動しているようだ。
しかも、僕の両手に嵌められている枷は強靱な硬さを誇る大樹から削り造られた獣人の力でも外せない強固な代物。少しばかり身体能力が優れた人間では、壊すことなど不可能だ。
「だから、私が二人を出してあげるしかない。でも、きっとウサトとアルクさんは私を助けようとする」
「するに決まっているだろ! 君を見捨ててここを出て行くなんてできるはずがない!」
「私はこれ以上大事な人を失いたくないの」
「……ッ!」
アマコの言葉に悔しげに俯くウサト。アルクは、嗚咽を漏らすアマコから自身の不甲斐なさに悔いるように目を背けている。
その表情は僕からは見えないけど、想像に難くない。
「ウサト、もう私のことは忘れて。ウサトにはリングル王国でやらなきゃいけないことがたくさんあるんでしょう?」
「……」
「……さようなら、ウサト」
ついには俯いたまま無言になってしまったウサト。
そんな彼を見下ろしたアマコは、小さく頷くとジンヤに視線を向ける。
「もう、言いたいことは全部言った」
「……存外に脆いものだったな。まあ、人間と獣人の関係なぞ所詮はこの程度のものだったか」
「貴方には理解できない。一生かかっても、絶対に」
「理解できなくて結構。人間を理解すること自体ありえないことだ」
「……ふぅん」
ジンヤの言葉に、興味がないのか冷たい視線を向けた後、フードを深く被ったアマコは護衛の兵と共に上階へ上がって行ってしまった。
残されたジンヤは、無言のままのウサトとアルクを見下ろすと、いつもと変わらない冷淡な口調で話し始めた。
「お前達は三日後に解放してやろう。アマコ自身との交換を条件にした約束は反故にはしない」
その言葉で、僕は耐えきれなかった。
見ていて、痛々しかった。したくもない別れを強制され、しかもそれをさせた当人が『脆い』などと嘲るその醜悪な性根が。
僕は怒りと共に、ジンヤに叫んだ。
「ジンヤ!」
「なんだ?」
「最後に教えろ! お前は、アマコから奪った予知魔法を自分に使うのか!?」
「……ハッ」
僕の言葉に嘲るジンヤ。
なにがおかしい、と怒りそうになるが、それよりも先に彼は口を開いた。
「違うな。今回は俺一人ではない」
「な……!?」
「アマコの予知魔法は、この俺と、我が国の精鋭に与える」
「バカな! 二年前の時点で、移し替える魔法は一つの対象にしか発動しないはずだ!」
「いいや、発展したんだよ。秘密裏にな」
頭の中が真っ白になる一方で、ジンヤの言葉に長達が同意してしまった理由が分かった。
予知魔法を使える精鋭部隊。
攻撃も外さず、敵の攻撃は当たらない、絵空事を体現したような戦士。
勿論、長の中には反対したものもいるだろうが、この男なら長の身内を人質にして無理矢理承諾をとってもおかしくはない。
「俺が何の為にお前を補佐に置いていたと思う? 正義感と情に篤く、民衆に支持されているお前を常に監視できる位置に置くためだ。それはなぜか? 決まっている、秘密裏に研究を進めるためだ。研究が続行されていることを知れば、お前は絶対に研究を止めさせようとするだろう? それが邪魔だったんだよ」
「ッッッ、当然だろうが! 誰かが犠牲になるような研究なんてやらせるわけにはいかない! ましてやそれを戦争の為の道具にするなんて、ここには兵士だけがいるんじゃないぞ!? 老人や女子供だっているんだぞ!」
いや、むしろ戦える人員も本国にしかいない。
隠れ里に住むのは戦いとは無縁の生活を送っている善良な民だ。
「それではずっと人間の影に怯えて生きていかなければならないのか?」
「論点をずらすな! 僕は民の話をしているんだ!」
「論外だな。お前と話していても結論には達しない」
「どっちが……!」
話が絶望的にかみ合わない。
僕の言葉がジンヤに伝わっていない。
僕は民の話をしているのに、ジンヤは人間と敵対する理由を挙げるばかりだ。
言い返そうとしたが、これ以上この男になにを言っても無駄と悟った僕は、ジンヤを無視しウサトを見る。
ウサトとアマコの間に確かな絆があった。
種族の垣根を越えた友情があった。
なのに、別れを強制された彼の心情は僕には想像もできないほどに、辛いものに違いない。
●
ジンヤが出て行った後の牢屋を、重い空気が支配していた。
アマコから告げられた別れを受けたウサトとアルクは、無言のまま座り込み、少しも反応を示さない。
……無理もない。あれだけのことがあったんだ。茫然自失になってもおかしくない。
「ウサト、あの……」
「ハヤテさん」
僕が彼に声をかけたと同時に、無言だった彼が僕の名前を呼んだ。
驚きながらも、返事を返すと彼は顔を上げた。
「ハヤテさんはどうなるんですか?」
「僕……僕は多分、ここを追い出されることになるかもしれないね……」
僕が補佐をしていた理由が監視の為だとしたら、その必要がなくなった今、ジンヤは僕をいつまでも補佐に置いておくはずがない。
だけど――、
「僕なんかよりも君達の方が心配だ。ここを追い出されたとしても僕は大丈夫だけど、君達の場合は違う。ジンヤは君達を解放することを約束したが、その後の安全のことなんて約束していない。最悪、この国を出た後に秘密裏に暗殺されてもおかしくはない」
「……やっぱり、そうですよね。アルクさんも同じ考えですか?」
ウサトの言葉に、少し思案したアルクは長く閉じていた口を開いた。
「普通に考えて魔王軍との同盟のことを知っている私達を生かして帰そうとは考えていないでしょう」
「だとすれば、アマコがその考えに至らないわけがないか。うん、一応の確認のつもりだったんですけど、僕の考えが間違ってなくてよかったです」
「え?」
二人が突然話し始めたことに呆気にとられるが、なにより驚いたのは牢屋の中を支配していたはずの悲壮感を欠片も感じなかったからだ。
まるで、自分の状況を再確認するような二人の会話に、言葉にできない気味の悪さを感じた。
僕と同じことを思ったのか、見張りの兵士もウサトとアルクを別の生き物でも見るような視線を向けている。
そんな時、また地上の階段から誰かが降りてくる音が響いた。
降りてきたのは、ヒノモトの兵士服をきた女性の獣人であった。薄暗い牢屋の中では顔もよく見えないが、恐らく交代の為に来たのだろうか?
「交代の時間よ」
「早くないか? まだ時間にはなっていないはずだ。それに、その荷物はなんだ? ここには不要なものは持ち込むのは禁止とされているはずだぞ」
「……チッ」
舌打ちのようなものが聞こえた瞬間、交代でやってきた獣人の女性の目が怪しく光ったような気がした。
……目の錯覚だろうか? それとも疲れているのだろうか?
枷をつけられた手で目を擦っていると、獣人の女性は復唱するように先ほどと同じ言葉を見張りの兵士に言った。
「交代の時間。分かった?」
「あ、ああ……」
熱に浮かされたような表情で、その場から立ち去る見張りの兵士。
暗さのせいで朧気にしか見えないけど、見覚えのない者だな。新しく入った兵士だろうか? 見張りの一人が帰っていくのを見送った女性は、周囲を見回した後にどこに隠していたのか包みのようなものを抱えて、僕達のいる牢屋の前まで歩いてくる。
……な、なんだ? なにをするつもりだ?
「ちゃんと意図は伝わっていたようね、ウサト」
「ああ」
「……え?」
予想とは違う会話に呆けた声が漏れる。
女性、いや少女は、懐から牢屋の鍵を取り出した。
「感謝してよね。助けにきたんだから」
「今回も助けられちゃったな。ありがとう、ネア」
「助かりました」
けろりとした表情で立ち上がったウサトとアルク。
目の前の少女は誰だ? 見たところ獣人の兵士に見えるけど、二人の反応はつい二日三日で知り合った仲とは思えないほどに打ち解けている。
状況についていけないでいると、ウサトがおもむろに両手を胸の前に掲げ―――、バキャと枷を容易く砕い……え?
「あと少し遅かったら、自力で脱出していたところだよ」
「は?」
自力で脱出?
え、できたの? じゃあ、なんで大人しく捕まってたの?
「貴方なら本当にできちゃうのがおかしいわよねー。私だってすっごい苦労してここまできたんだから、少しは労いなさい。あ、アルクの武器も持ってきたわ」
「ありがとうございます。……ウサト殿、私のもお願いできますか?」
さも壊せて当たり前のようにウサトに頼むアルクに、混乱した頭がさらに混乱する。
「勿論です。ハヤテさんのも今壊しますので」
「あ、ああ……って、そうじゃなくて! 一体、なにがおこっているんだ!?」
見覚えのない女性兵士に軽々と枷を外したウサト。
もう訳が分からない。
さっきまでの沈んだ雰囲気はどこにいったんだ?
僕の混乱を察したウサトは、僕の腕の枷を掴んで不敵な笑みを浮かべた。
「計画通りですよ」
「……え、なんの?」
「アマコのです」
そのままバキャ、と枷を砕く。
あぁ、本当に材木を折るかのように軽々と……あれぇ、この枷って内側が腐っていたんだっけ?
木片と化した枷を投げ捨てたウサトは、鍵を使って牢屋を開けたネアと呼ばれた獣人の少女を見て、首を傾げた。
「なんで犬っぽい耳が生えてるの?」
「あ、気付いちゃった? やっぱり変装するには形から入らなきゃって思って、犬耳を生やしてみたの。どう、かわいい?」
まるで生きているかのようにひょこひょこと黒い耳を動かしポーズをとる少女。
そんな彼女にウサトは苦笑する。
「君ってよく考えたら属性盛りすぎだよね」
「どういう意味よ。それで感想は?」
「はいはい、かわいいかわいい」
「ぐぐぐ、適当なのがむかつく……!」
悔しそうに唸る少女を、あしらったウサトは未だに牢屋の中で呆然としている僕へと振り返る。
「計画については後で説明します。とりあえずここから脱出しましょう」
「あ、ああ!」
もしかしたら、彼らは僕が想像している以上に、とてつもない存在なのかもしれない。
シリアス要素満載のアマコとウサトの会話のはずなのに、ウサトのことを知っている視点から見れば違和感だらけという……。
ネアがケモミミ属性を獲得しました。
できれば、次話も早めに更新していきたいです。