第百三十話
お待たせしました。
8月中はちょっとした催し物がいくつかあったので、遅れてしまいました。
※第百二十八話にて、武器を預ける描写を加筆しました。
凄まじい速さで飛んでくる矢。
それを放ったのは、ジンヤさんに命令された獣人の兵士達。
まずい! 今のアルクさんは剣を持っていないから、矢を防ぐことはできない! 狙いが僕とアルクさんだけに絞られているなら僕が防ぐ!
そう判断した僕は、右手の籠手を展開すると同時に思い切り魔力を籠める。
カノコさんを治すために魔力を消耗した状態から、さらに魔力を使ったせいで体が重くなるが、それに構わず僕は掌を前に突き出した。
「治癒魔法破裂掌!!」
掌から放たれた治癒魔法の衝撃波が壁となって矢を弾く。
それでほとんどの矢を弾けたが、破裂掌の範囲が及ばない矢があることに気付く。
僕とアルクさんとは見当違いの場所に放たれた矢。
しかし、その矢の向かう先に咄嗟に気付いた僕は手を突き出し、矢を掴み取る。
「……ッ!」
制止した鏃の先には、眠ったままのカノコさんがいた。
なんで、アマコの母親に矢が向かった? 僕が防がなければ、彼女の頭に当たっていたところだった。
……もしかして、誤って射ったのか?
いや、感覚の鋭い獣人族がこの距離の矢を外せるものなのか?
僕は声を荒げ、ジンヤさんに振り向いた。
「カノコさんに当たるところだった! 貴方は同族にすら矢を向けるんですか!?」
僕の声に、ジンヤさんは表情を崩さない。
まるでカノコさんに矢が当たっても構わないとも言っているようだ。
……確かに、ジンヤさんの言葉通り、アマコとハヤテさんには矢は向かっていない。
『アマコとハヤテには当てるな』
その考えに至った瞬間、僕の思考は一瞬で怒りに染まる。
つまり、つまりはだ。アマコとハヤテさんに矢が当たらなければそれでいい。寝たきりのアマコの母親は死んでしまっても構わないということか。
掴み取った矢の鏃から甘い臭いがする。これは……以前戦った邪龍の毒と似た臭いだ。
「……毒まで使うのかよ」
流石に邪龍レベルの毒じゃないから僕なら問題はないけど、寝たきりのカノコさんがこれを受けたら、即死してもおかしくはない。
あまりにも理不尽な襲撃に怒りを抱いた僕は、掴み取った矢を全てへし折り、ジンヤさんと獣人の兵達を睨み付ける。
僕の視線に動揺しながら矢を構えた獣人の兵士だが、それを遮るようにハヤテさんが僕達の前に歩み出た。
「ジンヤ! 近衛まで連れてきてなにをするんだ! 彼らは僕達に対して害を及ぼす人間じゃない! それはさっきの話し合いで分かっただろう!?」
「そんなことは関係ない。ようやく俺にチャンスが巡ってきたんだ。これを逃すわけにはいかない」
「チャンス……?」
ハヤテさんの言葉に、僕達をじろりと見やったジンヤさんは続けて言葉を紡いだ。
「今日を以って、俺達獣人族は魔族と同盟を組むことになった」
「なっ!?」
魔族と同盟だって!?
予想外の言葉に驚愕する。
「な、なにを言っている! 君は獣人族全体を直接的な戦争に巻き込むつもりか!? いや、それよりそれは獣人族の長達の総意なのか!」
「勿論、了承済みだ。俺達は力を手に入れた。そして、魔族側から持ちかけられた協力体制……これに乗らないわけにはいかないだろうが」
「ジンヤ……!」
僕達が来る前に魔族がここにきていたのか?
だとしたら、僕達は敵地に誘き出されてしまったということになる。ハヤテさんが僕達の味方であることは幸いだけど……状況は最悪だ。どうにか逃げる手段を考えないと。
「そう簡単に長達が賛成するはずがない。お前は一体なにを差し出した……!」
「力だ。その為に必要なことをしている」
ハヤテさんの言葉にそう返したジンヤさんはアマコに視線を移す。
「アマコを引き渡せ」
「……っ」
怯えるように僕の後ろへ隠れるアマコ。
僕もアマコを引き渡す気なんてさらさらない。むしろなんでこんな奴らにアマコを引き渡さなければならないんだ。
……この数相手なら、無理をすれば逃げ切れるな。
治癒魔法乱弾で攪乱、その隙に前方の獣人の弓を持っている兵士を治癒パンチで気絶させた後に、アマコとカノコさんを抱えて、アルクさんとハヤテと一緒に脱出する。
多少、矢を受けてしまうかもしれないけど、僕なら大丈夫。
必要があれば、指揮を執っているジンヤさんに治癒目潰しか治癒パンチを連続で叩き込んで意識を奪う。
よし、これでいこう。
アルクさんを一瞥した後に、アマコを抱えようとしたその時、僕へ向かって一本の矢が放たれた。
反射的にそれを躱し、矢が射られた方向を見れば、冷静な表情を一変させたジンヤさんが弓を構えて僕を睨み付けていた。
「そこから動くな! 治癒魔法使い! 動けば、カノコを殺す!!」
「……ッ!」
野郎ォ、平気で病人を人質に……!
しかも、まだ行動に移していないのにも関わらず矢を放ってきただと。僕の行動が予測された? ルクヴィスで戦ったハルファさんの魔視のような能力を持っているのか? だとしたら、先読みして放たれる毒矢からカノコさんを守り切れるか分からないぞ。
逆にこのまま突撃して無理に突破できる自信はあるけど、カノコさんを危険に晒すわけにはいかない。現状、僕達はカノコさんを人質にされているのと同じだ。
だけど――、
「みすみすアマコを差し出すわけにもいくかよ……!」
ジンヤさんの目的がアマコだとしたら、なおさら彼女を一人にするわけにはいかない。
感情的になるな、冷静になって考えろ。アマコを連れて行かれたら僕じゃ彼女を守れない。
……そうだ。
焦燥を装って口元に手を当てた僕は、できるだけ声を小さくさせて肩にいるネアに向けて呟く。
「ネア、アマコを頼む」
コクリと無言で頷いたネアは、軽く跳ねて隣にいるアマコの肩に移動する。
幸い、ジンヤさん達には気付かれなかった。
ネアをフクロウのままでいさせたことが功を奏したな。これで、アマコを一人にすることはない。最悪、ネアの正体がバレようとも、彼女なら容易に逃げられるはずだ。
僕はネアの方をみずにジンヤさんに視線を向ける。
「手荒なことはしないつもりだ。彼女は我々にとって重要な存在だからな」
「……信じられませんね」
カノコさん諸共、僕達を毒矢で仕留めようとした過激な行動をしておいて、危害を加えないだと? 言っていることとやっていることが滅茶苦茶だ。
しかも、さっき話したときはこの国から出て行けと言っていたはずだ。
この人がなにをしたいのか全く分からない。
「アマコを連れてなにをするつもりなんです?」
「あることに協力させるだけだ。用が済めばすぐに解放してやる」
解放させる?
いや、それより肝心な質問には答えてない。
その”あること”ってなんだ。
顔に出さないように、思考していると僕の斜め前に佇んでいたハヤテさんが怒りの形相でジンヤさんに駈け寄り、その胸ぐらを掴んだ。
僕は慌てて、彼の名を呼んだ。
「ハヤテさん!?」
「ふざ、けるな! 君はまた研究を再開させるつもりか!? しかも今度はアマコをッ、大人として恥ずかしくないのか!?」
「なんとも思わないな。さっき言っただろう? 俺は、俺の為に必要なことをしているだけだ。それに、今度は目的が違う」
「っ、それはどういう――」
「近衛、ハヤテを押さえておけ」
「な、離せ、ク……ジンヤァ!」
近衛の兵士達に押さえつけられたハヤテさんは、怒りの形相でジンヤさんを睨み付ける。
迂闊にカノコさんの元を離れられない僕達は、その光景を見過ごすことしかできなかった。
ハヤテさんを近衛に拘束させたジンヤさんは、再度こちらを見る。
「お前に動かれるとこちらも相応の手段に出なくてはならない。大人しく捕まれば、お前達とカノコの命を助けてやろう」
「……」
ようするに、投降すれば命だけは助けてやろうってか。
怪しさ満タンだな。
その場凌ぎの約束を守ってくれるほど、ジンヤさんは律儀じゃないはずだ。それに僕達は人間だから、その約束を守る義理も義務もない。
どう、この場を切り抜けようと考えていると、先程から無言のまま俯いていたアマコが、僕とアルクさんの前に歩み出た。
「分かった。その代わり、約束は絶対に守って」
勝手に相手の条件を飲んでしまったアマコに、肩の上のネアもぎょっとしたように体を震えさせる。
僕自身、驚きのあまり咄嗟に肩を掴んでしまう。
「アマコ!」
「私は大丈夫」
「大丈夫って、そんなわけ――」
しかし、振り返った彼女の表情を見て、僕は絶句してしまった。
顔こそは無表情だけど、怒っている。それも普段の彼女じゃありえないほどに。
カノコさんの前から動けない僕を一瞥したアマコは、振り絞るように声を漏らした。
「私は……この国でやらなくちゃいけないことを、見つけたの」
「やらなくちゃいけないこと……?」
「……うん」
見つけた、ということはアマコはここでなにかを知ったのか?
それとも、決意したのか?
依然として混乱したままの僕を見上げて、意を決したような表情を浮かべたアマコは背後にいるジンヤさんへ振り返る。
「皆に手を出さないで、貴方の言うことは……聞く」
「聞き分けがよくて助かるぞ。こいつを捕まえるのは、手間がかかりそうだったからな。……そこの人間二人を捕えよ」
弓から手を離したジンヤさんは、部下に指示を出して僕とアルクさんを取り押さえるように指示を出した。
僕とアルクさんは、体を押さえつけられ両手を縄で縛られる。
取り押さえられながらも、僕は怒りを込めた目でジンヤさんを睨み付ける。
「貴方がなにをしようかなんて興味もないし知りたくもない! だけど、アマコには絶対に危害を加えるなよ……! もし彼女になにかあったら、僕達が……僕が許さない!」
「恐ろしい。本当に恐ろしいな。本来は話し合いの場で終わるはずだった計画が失敗に終わったときはどうしようかと思ったが……保険で用意した人質で捕えられて安心した」
「く……っ」
ジンヤさんがなにを言っているのか全く理解できない。
だけど、間違いなくこの人は最初から僕達とハヤテさんを裏切るつもりでここに招いたことは確かだ。そして、僕達はまんまと罠に嵌り捕まってしまった。
両手を完全に拘束されてしまった僕とアルクさんは、近衛の兵士達に連行され、否応なくアマコと離れなくてはいけなくなってしまった。
●
ジンヤさんに捕まった僕とアルクさんは最初に足を踏み入れた大きな建物の地下室の牢屋に入れられていた。
石畳と木で作られた薄暗い部屋。
その中で、同じ牢屋にいれられた僕とアルクさんの腕には木を鉄でつなぎ合わせた木製の手錠が嵌められていた。
「……まさか、牢屋にいれられるなんてね」
牢屋にいれられてから、大体三時間ほどといった感じかな?
フェルムの件で牢屋にはきたことはあるけど、自分が拘束されて入れられるとは思わなかった。
多少、自由に動かせるが両腕には木と鉄の枷ががっちりと嵌められているからか、考えている以上の不自由さだ。それに、この牢屋か枷のせいか分からないけど、魔法が使えない。
治癒魔法しか使えない僕にとっては、それほど効果はないけど、炎の魔法を主に使うアルクさんにとっては厄介な代物だろう。
呆れながら枷を持ち上げてみると、随分と年期の入っているようにもみえる。
……やろうと思えば壊せるな。
「ま、今はしないけど。それに、ここもなんかおかしいな」
牢屋の中も埃まみれで使われた形跡がほとんどなく、見張りも檻を隔てた場所に緊張した面持ちの獣人の兵士が立っているだけだった。
「……っ、な、なんだ。こっちを見るな!」
何気なく見張りの人を見つめると、声を震わせて怒鳴られてしまった。
……なんというか、人間相手に慣れていないので、酷く緊張しているようだ。
自分が置かれている状況を今一度把握した僕は、溜息を吐きながら牢屋の壁に背を預ける。
「アマコは大丈夫かな……」
なにか考えがあって投降したといっても、アマコは予知魔法がなければただの少女に等しい。
そんなあの子の身に危険が迫っているかもしれないと考えたら、心臓が締め付けられるような不安に襲われる。
「アマコ殿もなにか考えがあっての行動だと私は思っています」
「そう……でしょうね。あの子がなにも考えていないわけがないし」
アルクさんの言葉に頷く。
現状、アマコの考えていることは分からない。でも、これまで一緒に旅をしてきた経験からして、無意味じゃないことは確かだ。だから、僕とアルクさんは暴れずに大人しくここで捕まっている。
「あとはハヤテ殿のこともあります」
「……ハヤテさんは僕達と違って獣人側の人だから……僕達の味方をして裏切り者扱いされて、酷い目にあっていないか心配ですね」
「ええ、ジンヤ殿のことを考えれば、なにをされてもおかしくないかもしれません」
ハヤテさんはあの場では僕達の味方でいてくれた。
なによりアマコのことをかなり気に掛けてくれていたから、無事でいてほしい。
だけど、今捕まっている僕達にはどうすることもできない。
「……少しの間は様子見ですね」
「ええ」
あぐらをかいて、ねずみ色の天井を見つめる。
そう、今は様子見だ。まずはアマコかネアからの接触を待つ。三日待ってもこなかったら、動く。
「……牢屋にいれられるなんて久しぶりです」
「そうなんですか……え!?」
ちょっとまって、アルクさんが牢屋にいれられるってどういうこと!?
一瞬で、現実へ意識を引き戻された僕は、からからと笑うアルクさんの方を向く。
「いや、まあ、牢屋というより独房なんですけどね」
「独房でも驚きますよ。アルクさんってそういうところにいれられるイメージはなかったから……」
「それは買いかぶりすぎですよ。自分も昔はかなりの問題児でしたから。同僚とバカ騒ぎを起こして独房に放り込まれて一晩中反省させられた回数なんて両手の指でも数え切れないくらいです」
「しょ、正直に言うと……全く想像できないです」
「ははは……」
礼儀正しくて、真面目で、料理もできて、戦闘もお手の物のアルクさんにそんな時期があったなんてかなりの驚きだ。
その後も不安を紛らわすために、他愛のない会話を交わしていると、地上へと続く階段から数人の足音が響く。
会話を止めて階段の方を注視すると、降りてきたのは二人の獣人の兵士に拘束されたハヤテさんであった。力なく、兵士に連れられていたハヤテさんは、僕達と同じく枷をつけられ同じ牢屋へと入れられた。
よく見れば、彼の口元には血が付着しており、頬も腫れている。
「ハヤテさん、大丈夫ですか!?」
「う、うぅ……」
僕は彼を連れてきた兵士達を睨む。
兵士達は、動揺したあとに目を逸らしてそそくさと地上へと戻ってしまった。
「彼らはジンヤの命令に従って僕をここに運んだだけなんだ。あまり責めないであげてくれ」
痛々しく腫れてしまった頬を押さえながら起き上がったハヤテさん。
僕の治癒魔法が封じられていなければ、傷を治してあげられるのに……。
「それより、君達に謝らなければいけない」
そう言い、表情を苦しいものにさせたハヤテさんは枷をつけているのにも関わらず地面に激突しそうな勢いで、土下座をした。
「すまない! 僕が君達をジンヤに会わせたばかりに、最悪の事態を招いてしまった……!」
「最悪の事態? ハヤテさん、ジンヤさんは一体、なにをしようとしているんですか?」
頭をあげたハヤテさんは、怒りに震えるように両の拳を強く握りしめた。
「僕は、カノコの研究が失敗したと思い込んでいたんだ。でも、実際は違う。カノコの研究は想定していた結果とは違っていたが、成功していたんだ。だけど、それは一人を除いて誰も知らなかった」
「一人を除いてって……まさか」
「ああ、ジンヤだ」
そこで僕は、カノコさんを人質に取られたときの不可解な先読みに対しての答えに気付いた。
ハルファさんのような魔視による先読みではなく、ジンヤさんは正真正銘に僕の動きを予知していたんだ。
アマコの持つ予知魔法のように。
「ジンヤは、カノコから予知魔法を抜き取り、自分のものにした」
ハヤテさんのその言葉をきいた瞬間、どうしようのない怒りに支配されそうになった。
アマコから母親を奪っておいて、その魔法を我が物顔で使っていたのか?
魔法を奪っておいて、カノコさんを人質にして、最悪殺そうとしたのか?
「そして、今度はアマコに目をつけた。彼は自慢気に語っていたよ。『これは素晴らしい力だ。一個人が所有するには、勿体ない』ってね」
勿体ない。
そこまで言えば、僕にでも分かる。
ジンヤさんは、カノコさんが眠りから目覚めなくなった研究を、今度はアマコで始める気だ。
なにが解放してやるだよ。
彼の言葉は、なにもかも嘘だらけじゃないか。
予知魔法、人質、毒塗りの矢でようやくウサトが捕まりましたね。
ジンヤも内心、ビビってました。
本来は話し合いの場で、襲撃される予定でした。
失敗した理由については、ウサトの反射神経がおかしいのがいけません。




