第百二十九話
お待たせしました。
第百二十九話です。
獣人族の族長、ジンヤさんとの謁見。
しょうがない話ではあるけど、あまり良い対応はされなかった。書状の話は拒否されてしまったが、アマコについての話は、僕達にとって悪くないものであった。
アマコの母親に治癒魔法使いの僕が会っていいということと、アマコが獣人の国を出て行ってもいいってこと。
かなり話がこじれると覚悟していたが、予想外に話が良い方向に向かっていたのは幸いだった。
「申し訳ない。客人に対してあんな横柄な態度で……」
「ハヤテさんが謝る必要はないです。それに、僕達も気にしていませんから」
「そう言ってくださるなら幸いです」
ジンヤさんと話した部屋から出て、外の景色が見える廊下で頭を下げたハヤテさんに慌てて返事を返す。
ジンヤさんの対応は、間違ってはいない。
僕達は余所者であり、人間だ。そんな僕達と仲良くしようってのが無理な話だ。
「長は、昔から気むずかしく、厳しい物言いが目立つ男でして……。ですが、あそこまで露骨に嫌悪するような反応を見せるとは、僕も思いませんでした」
昔から、か。
ハヤテさんとジンヤさんは昔からの馴染みというやつなのだろうか? 謁見中に、ジンヤさんを呼び捨てにしていたし、そうなのかもしれない。
ハヤテさんとジンヤさんの関係性に首を傾げていると、アルクさんが口を開いた。
「アマコ殿の母親についてですが、今すぐに向かうのですか?」
「ええ、すぐに案内しますよ」
ハヤテさんの言葉にアルクさんは少し考え込むように顎に手を当てる。
なにか気になるようなことがあったのだろうか?
「どうしました。アルクさん?」
「っ、すいません。少し順調に事が運びすぎて、不安になってしまいまして」
「あー……」
アルクさんの言葉に、思わず頷いてしまう。
これまでの旅は、どれも一筋縄でいかなかったものばかりだ。
ナックとミーナの因縁。
ネアと邪龍。
エヴァを蝕むサマリアールの呪い。
ミアラークの龍人、カロンさん。
それに比べれば、今回はあまりにも順調にいきすぎている。なので、不安に思えてしまうアルクさんの気持ちもよく分かる。
「ホゥ」
「うん。ここまで何もないと逆に不安になるよね」
肩の上のネアと、隣にいるアマコもうんうんと頷いている。
近くで話を聞いていたハヤテさんは「こ、この人達はどんな旅を送ってきたのでしょう……」と地味に引いている。
「まあ、何もなければこのままリングル王国に帰れるんですから、むしろ喜びましょう」
「ははは、そうですね。少し神経質になっていましたね」
そうだ。アマコの母親を助けられれば僕達は帰れるんだ。
そして、遠い場所で旅をしている先輩達とようやく再会することができる。
カズキは元気だろうか。彼は少し思い詰めてしまうところがあるから、大丈夫だとは思っても少し心配だ。
先輩は……確実に元気だろうから、そんなに心配はないけど、帰ったら色々言いたいことがあるから覚悟しておいて欲しい。
遠い場所にいる親友達に思いを馳せていると、ハヤテさんが話しかけてきた。
「ここでずっと立っているわけにもいきませんので、そろそろ向かいましょう。また私が案内しますのでついてきてください」
「はい」
先を歩くハヤテさんについていく。
アマコの母親がいるのは、この建物から少しだけ離れたところらしく、靴を履いて一旦外に出ることになった。
「そういえば、リンカは元気でしたか? あの子はここのしきたりに馴染めなかったので、父の隠れ里に預けていたんですが……」
ふと、思い出したかのようにそう訊いてきたハヤテさんの質問に、僕は苦笑した。
最初は怖がられてしまったけど、悪い子じゃないのは分かっているので、できるだけ言葉を選んで返答する。
「ここまでの道案内をしてくれてとても助かりました。それに、アマコととても仲がよく、僕としても安心しました」
僕の言葉にアマコがムッとした表情を浮かべるが、実際この子にちゃんとした同年代の友達がいるのか、不安だった。
なので、リンカという気の合う友達がいたことに、密かに安心していたのだ。
ハヤテさんは、朗らかな笑みを浮かべ、ほっと安堵する。
「ははは、そうですか。いやぁ、僕としてはまだ悪戯ばかりしているのかと。父からの文にも、そのことばっかり書かれていたので、心配していたんですよ」
「へ、へぇ……」
結構お転婆していたのかな……。
カガリさんも苦労していたんだなぁ。
カガリさんとリンカのやり取りを思い出しながら、しみじみとした気持ちになる。
「ハヤテさん。あの……訊きたいことがあるんです」
「敬語は使わなくてもいいよ。君は娘の友達だからね」
「……うん」
「それで、なにが訊きたいんだい?」
もう一度、獣人の里の景色を眺めていると、アマコがハヤテさんに質問していた。
「さっき、族長と話しているとき、なにかを言いかけていたけど……貴方は母さんが倒れたことについて何か知っているの?」
「……!」
アマコの言葉に目を見開くハヤテさん。
少し迷うようにその場で立ち止まった彼は、アマコと視線を合わせると、意を決したように再び口を開いた。
「倒れた理由は分からないけれど、そもそもの原因は知っている」
「……分かっていたの?」
「ああ。公には秘密とされていることだけど、君達には話そう」
秘密とされている?
つまり、それを明かせないような事情があったってことか……。
無言でアマコとハヤテさんの会話に耳を傾ける。
「君のお母さん……カノコはね。自身の魔法を魔道具に封じ込める研究を行っていたんだ」
「魔法を封じ込める……?」
「魔法封印魔道具『トワ』。魔王を倒した勇者の魔法を参考にして進められた研究さ」
「トワ……」
間接的にだけど、ここでも勇者が関わってくるのか。
しかし、なんで魔法を封じ込める魔道具なんて造ろうとしたのだろう? 他人にも扱えるようにしたかったのかな?
そう考えて首を傾げていると、アマコも自身の母親がどのような理由でそのような研究をしていたか分からないのか、ハヤテさんに理由を尋ねた。
「なんで、母さんはそんなことを……」
「君のためだよ」
「―――!」
驚愕のあまり、勢いよく顔を上げるアマコ。
ハヤテさんは悲痛な面持ちで言葉を紡ぐ。
「予知魔法の使い手は、その人生の大半をこの里で過ごさなければならない。それは知っているよね?」
「うん」
「予知魔法を持って生まれた獣人、『時詠み』は獣人族に迫る外的な危険を事前に警告する重要な立場にあるから、外に出ることは固く禁じられている。……実際、君のお母さんもこの国の外に出たことは一度もないんだ。だから彼女は、君に自分のような思いをさせないように、自身の予知魔法を魔道具に移し、それを誰にでも扱えるようにしようと考えたんだ」
じゃあ、アマコも獣人の国を出ずにいたらずっとここで暮らしていたのか。
……自由はあるのだろうけど、息苦しい毎日を送っていたのかもしれない。
「だから、カノコは大切な娘である君と、これから予知魔法を持って生まれてくる獣人の子供達のために、魔道具の開発に力を注いできたんだ」
「……でも、失敗してしまった」
「ああ」
沈痛な面持ちで頷くハヤテさん。
「研究が佳境に入っていた頃、彼女は独断でトワを起動させてしまったんだ。不完全な状態で起動されてしまった『トワ』は暴走し……起動させたカノコは、その日から目覚めなくなってしまった」
「母さんが、そんなことを……」
「彼女がどのような理由でそんなことをしたのかは今でも分からない。でも……彼女は、意味もなくそんなことをしないのは僕達は知っている」
「……達?」
って、しまった。まるでハヤテさん以外にも、誰か関係していたような口ぶりだったので、つい口に出てしまった。
突然、口を挟んでしまった僕に、ハヤテさんは苦笑しながら口を開く。
「族長……ジンヤですよ。僕とジンヤ、カノコは幼馴染みだったので、研究を助けたり、場所を用意するように手配していたんです」
「そうだったんですか。すいません、話を遮ってしまって……」
「いえいえ、構いませんよ」
というより、ハヤテさんもそうだけど、ジンヤさんもアマコの母親と幼馴染みだったのか。ハヤテさんは、娘であるリンカがアマコと仲良くしているから、そんなに不思議ではないけど……ジンヤさんがそんな近い関係だとは思わなかった。
……よくよく考えれば、幼馴染みの娘であるアマコに対する扱いで、ハヤテさんが感情的になってしまったのは、無理もないのかもしれないな。
「ウサト」
「ん?」
ハヤテさんとの話を終わらせたアマコが、不安そうな面持ちで僕を見上げた。
「母さんが目を覚まさなくなる前、私に『貴女は私の様にはならないで』って言ったの。もう会うのが最後みたいに、悲しい顔で……」
「やっぱり、何か事情があったのかな?」
僕には想像もつかない事態が、アマコの母親に起こっていたのかもしれない。
アマコも同じ気持ちのようで、暗い表情ながらも頷いたが「でも」と続けて言葉を紡ぐ。
「今となってはどうでもいい。私は、母さんが治ってさえくれればいい」
「……」
絶対に助けよう。
この子の為にも、アマコの母親、カノコさんの為にも。
僕が心にそう強く誓っていると、前を歩いていたハヤテさんが立ち止まる。
どうやら目的の場所についたようだ。
ハヤテさんの視線の先を見やると、周囲に立ち並ぶ家屋より一回り大きい建物が目に入った。見た目からして、寺を想起させる造りだ。
「……ここに母さんが?」
「二年間。ずっとここで治療を受けていたんだ。僕達の力では彼女を目覚めさせることはできなかったけれど、治癒魔法なら希望はあるかもしれない」
扉を開け、中に足を踏み入れる。
外観の大きさから想像できない殺風景な部屋。その部屋の中心には、真っ白い布団で静かに眠っている着物を着た女性がいた。
アマコと同じ綺麗な金色の長髪に、狐耳。
まるで、アマコがそのまま大人になったような容姿は、彼女の姉と言われても遜色がないほどに、綺麗で若々しい。
「アマコ、この人がそうなんだな?」
「うん」
靴を脱いで屋内に入った僕達は、カノコさんが寝かせられている場所にまで歩み寄る。
寝ているカノコさんの周囲を見やると、魔道具らしきものが置いてある。それが何に用いられているかまでは分からないけれど、寝たきりの彼女の命を繋いでいるものだとは理解できた。
「ハヤテさん、カノコさんを看ても構わないでしょうか?」
「ええ、私が立ち合っていますので、安心して看てください」
「ありがとうございます」
相手をどのように癒やすか、癒やしたいかをイメージすることが重要な治癒魔法の系統強化を使うには、カノコさんの状態を把握しないことには始まらない。
そして、系統強化の発動条件の他にもう一つ、ネアにも見てもらうことだ。魔力の異変、魔術の影響下にあるかを確認させ、必要なら魔術を解除する魔術―――解放の呪術を施す。
右肩にいるネアに目配せしたあとに、カノコさんの傍らにしゃがみ込み、彼女の様子を確認する。
「……」
今にも起き出しそうな、穏やかな表情で眠っている。
だけど、この人は二年間も一度も起きないままだ。
考えられる可能性は、ハヤテさんが言っていた魔道具を暴走させた影響で、脳に異変をきたしてしまったというものだ。
元より、生きながら眠り続けるという話から、脳に影響があると勘繰っていたけど、これが一番可能性が高い。
そうと決まれば、掌に治癒魔法の系統強化を作り出す。
いざ、彼女に系統強化を施そうとすると、肩の上のネアが僕の頬を叩いてきた。なにかおかしなことでも見つかったのだろうか? ネアの方を向くと、そこには呆然とした様子のネアが小さな声で呟く。
「この人……魔力が……ない」
「……」
魔力がない。
なんだ、それは。
ネアの言葉に混乱しながら、系統強化を発動したままハヤテさんの方を向く。
「ハヤテさん」
「なにか分かったんですか……?」
僕の声に驚くハヤテさんだが、今はそれどころじゃない。
魔力がないとはどういうことだ。カノコさんは予知魔法を持っていたから、魔力がないなんてありえないことだ。
「今、カノコさんは魔力を失っているのを知っていましたか?」
「魔力を失っている!? そのようなこと部下からはなにも……」
気付いていなかったか、ハヤテさんに知らされていなかったか。
どちらにしても、突然体から魔力が消えるなんてありえない。
まさか、この人の意識が戻らないのは魔力を失ってしまったせいだとしたら、僕にこの人を治すことが――、
「……ッ」
後ろ向きな思考を振り払う。
僕が弱気になっちゃ駄目だ。
「ウサト……」
アマコが泣きそうな顔で僕を見る。
その表情を見て、僕は再びカノコさんに向き直る。
「手を尽くす」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた僕は、左手にも治癒魔法の系統強化を発動させる。元より、籠手無しでも系統強化はできていたが、流石に両手でやるのはかなり疲れる。
右手の系統強化をカノコさんの額に置き、左手の系統強化を腹部に添えて全身に系統強化を行き渡らせるようにする。
「……系統強化」
体から魔力が一気に消費されていく感覚に、苛まれながら意識をカノコさんに集中させる。
系統強化は絶大な回復力を誇る治癒魔法の奥義。
額に汗を滲ませながら、ひたすらにカノコさんに治癒魔法を施す。
しかし――、
「……」
頭に電撃が走ったような痛みが襲いかかったことで、集中が途切れそうになってしまう。
魔力が切れたかと思ったが、魔力はまだある。
系統強化も正常に作用している。
「……っ」
「ホゥェ!?」
痛いっちゃあ痛いけど、耐えられないほどでもない。
だけど、肩の上にいるネアはそうはいかない。僕に触れているせいかは分からないけど、頭痛に苦しんでいるのか、ビクゥと総毛立たせて痛みに悶えている。
「ウサト!?」
「ウサト殿!」
魔力を乱して、首を傾げた僕と苦悶の声を漏らしたネアに気付いたアマコが、咄嗟に僕の肩に手を置く。
その瞬間、僕の体から何かが通り過ぎる感覚に苛まれると、今度はアマコもネアと同じように額に頭を押さえた。
「なに、これ……ッ」
「アマコ、ネア、僕から離れろ!」
なんで貴方は平気なの……? と言わんばかりにドン引きしているネアとアマコを引きはがそうとすると、前触れもなく強まった頭痛と共に――、
『アマコ、逃げなさい!!』
頭に直接響くような女性の声が聞こえた。
その声を最後に、ピタリと頭痛は止むが、アマコは困惑と驚愕が入り交じったような表情を浮かべ、呆然と眠ったままの母親を見下ろしている。
「だ、大丈夫ですか!?」
血相を変えたハヤテさんが、僕とアマコの身を案じてくれる。
僕は精神攻撃には慣れているけど、アマコとネアはそうもいかないので、未だに頭を押さえている。一応、残った魔力で治癒魔法をかけてあげようとすると、震えた声でアマコが小さく口を動かした。
「母、さん……」
さっきの声はカノコさんの声なのか?
いやそれよりも、逃げてってどういうことだ。
アルクさんに判断を仰ごうと、声をかけようとすると、彼は襖の方に顔を向け表情を険しいものに変えていた。
「っ、ここまで近づかれるまで気づけなかった……! ウサト殿! 囲まれています!!」
「なっ!?」
驚きと共に襖に視線を向けたその瞬間、大きな音を立てて襖が蹴破られ、僕達の前に吹っ飛んできた。
扉から、鎧で武装した獣人達が入ってきたが、最後に足を踏み入れた人物を見つけたとき、僕は本当に訳が分からなくなってしまった。
黒い着物を着た大柄な獣人。
弓を構えた獣人達の後ろに立った彼、ジンヤさんは見下したようにハヤテさんを含めた僕達を見て、ゆっくりと口を開いた。
「アマコとハヤテには当てるな」
瞬間、こちら目がけてリンカのものとは比べものにならないほどの速度の矢が放たれた。
ジンヤの台詞をよく考えれば、どれだけ外道なことを言っているか分かりますね。
ちなみに『トワ』は漢字で『永遠』と書きます。
活動報告で書かせていただきましたが。
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詳細を知りたい方は、活動報告に書きましたので、そちらをお願いします。




