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第百二十五話

お待たせしました。

第百二十五話です。

今回はちょっとだけ長いです。

 カガリさんの家にお邪魔することになったその後、僕とアルクさんは彼にお願いされた通りに薪割りを行うことにした。

 アマコはカガリさんの説教を受けて泣きじゃくるリンカについてやるらしく、薪割りを行う家の裏手にいるのは、僕とアルクさんとネアの三人だけであった。


「ふんっ!」


 軽く握った斧を振り下ろし、立てた薪を真っ二つに割る。

 パァン、と小気味の良い音を立てて割れる薪に気分を良くする。


「いやぁ、薪割りなんて久しぶりですよ」

「私も、ですっ!」


 アルクさんももう一つある、木の幹の土台で薪を割っている。

 額に滲んだ汗を拭ったアルクさんは、爽やかな笑顔を浮かべ割れた薪を積み重ね、こちらへ振り返る。


「宿舎暮らしの騎士は基本自炊ですので、火を起こすために薪割りを結構やっていたんですよ」

「へぇ、そうなんですか。救命団も同じ感じでした」


 他愛のない話をしながら、着々と薪を割っていく。

 とりあえず、カガリさんに指示された分だけ薪を割るつもりだが、このペースじゃそれほど時間もかからないだろう。

 そう思い、もう一度斧を振り下ろしていると、近くの原っぱに腰を下ろして僕の薪割りをみていたネアは、暇そうに頬を膨らませた。


「……なんかフツーすぎてつまんなーい」

「ん? なにが普通なんだ。ネア」

「貴方よ、貴方。薪割りっていうから、いつも通りおかしいことすると思って見にきたのに、普通に薪割ってるんじゃないわよ」

「薪を割るだけなのに、そんなこと求められてもなぁ」


 微妙な表情をする僕に、腕を組んだネアはパァっと明るい表情で人差し指を立てた。


「そうだ。薪を腕力だけで真っ二つに裂いてみたら? それか手刀で真っ二つ、あ、拳で粉砕するとかはどう?」

「できなくはないけど。君が薪の代わりをしてくれたらやってあげるよ?」

「ふざけたこといってごめんなさい!?」


 満面の笑顔でそう提案すると、顔を真っ青にして謝るネア。

 実際、やろうと思えばできる。

 試したことはないが、できる確信はある。が、あまりにも意味がないのでやらない。

 やるなら、訓練に直結するものが好ましい……ん?


「あ、そうだ。ネア、暇なら僕の訓練を手伝ってよ」

「……一応聞くけど、何するの?」


 訝しげな目でこちらを見るネアに、僕は得意げに以前から考えていたトレーニング方法を説明する。


「君が僕に拘束の呪術をかける」

「ええ」

「僕が動く」

「ええ」

「勿論、拘束されてるから体を動かしにくい」

「ええ。……それの何の意味が?」

「体が鍛えられる」

「バカなんじゃないの?」


 至極簡潔な説明をしたのに、ネアに罵倒されてしまった。

 一体なにがおかしかったのだろうか。

 首を傾げる僕に、ネアが顔を引き攣らせている。


「君の魔術で体が鍛えられる。それの何がおかしいんだ」

「おかしいことだらけ!? 魔術は体を鍛えるためのものじゃないわ!? そもそも前例すらないわよ!」

「なら僕と君が第一人者だな」

「しれっと私を混ぜるなぁ!」


 イメージは、養成ギプス的なものを全身につけた状態での薪割り。

 今でこそ、普通に薪割りをこなせるくらいになった僕だが、体を拘束し大きな負荷をかければ、相応に体を鍛えられるはずだ。


「さ、やってみるぞ」

「はぁ、どうしてこんなことになっちゃうの……」


 不承不承としつつも、ネアはフクロウの姿に変身し僕の肩に移る。


「なんかむかつくから上半身だけに拘束の呪術を注ぎ込んでやるわ」

「フッ、望むところだ」


 ネアから僕に拘束の呪術が流される。

 紫色の文様は上半身のみを覆うと、僕の体が縛り付けられたように身動きができなくなった。

 緩慢な動きで自身の掌を見た僕は、自身の体にかかる負荷にニヤリと笑みを零す。


「……ッ! いいぞ、ネアァ……!」

「あ、あれ、おかしいわね。前より、使いこなせて拘束力も上がっているはずなのに、どうして普通に動けるのかしら……?」


 以前、ネアが六時間かけて練った拘束の呪術にかかったことがあるが、今も同等の拘束力で僕の体は制限されている。

 拘束箇所を限定していることもあるが、ネアもこの旅で成長しているということか。


「フ、フフ」

「か、顔も怖くなってるわよ? だ、大丈夫? あまり動きにくいなら止めるわよ?」

「必要ない。このまま続ける……!」


 やはり僕の考えは正解だった。

 これを用いれば、僕はまた一歩先に進める。

 昂ぶりに身を任せ、固く握りしめた斧を振り上げる。

 上半身が軋み、悲鳴を上げるが、薄く治癒魔法を纏うことによって治療。

 腕だけではなく、体全身で斧を振るうように力を籠めた僕は、眼下に立てた薪を睨み付け―――、


「ふぅんッ!」


 ――力の限り斧を振り下ろした。

 瞬間、上半身に張り巡らされた拘束の呪術が砕け、はじけ飛ぶと同時に斧は薪を粉砕した。

 それでも斧の勢いが削がれずに、轟音と共に土台の木の幹に深く突き刺さり、地面にまで大きな罅を刻み込んだ。

 そして最後に、斧の持ち手が耐えきれずに、真ん中からへし折れる。

 沈黙がその場を支配する。

 真っ二つに折れた持ち手を見た僕は、真顔で肩のネアに視線を向ける。


「ネア、この訓練法で薪割りは無理そうだ」

「そんなことやる前から気付きなさいよ!? もう、アルク! この怪物に何かいってやりなさい!」


 バッとネアがアルクさんを向けば、彼は僕達とは別の場所を見て、若干顔を青くさせていた。

 アルクさんの表情が青ざめるのは、決して多くはない。嫌な予感を抱きながら、アルクさんの見ている方に視線を向ければ――、


『『『―――』』』


 五人の獣人の子供が茂みから顔を出し、驚愕の面持ちで僕を見ていた。

 僕は改めて、自分が作り出した惨状に目を移す。

 粉砕された薪。

 真っ二つにたたき折られた木の幹。

 地面へ走る罅。

 い、いかん!

 急いで、子供達に事情を説明せねば、僕の印象が化物で固定されてしまう……!


「あの、君達――」

「ひぃ!? 食べないで!?」

「に、逃げるぞ、みんな!」

「お、置いてかないでー」

「人間ってあんな生き物なのー!?」

「うわーん!」


 脱兎の如くその場を走り去っていく獣人の子供達。

 あっという間に姿も見えなくなった子供達に、暫し呆然としていた僕はフッと溜息を吐いて、肩を竦めた。


「全く、先行き不安だぜ。なぁ、ネア」

「貴方のせいで、人間の印象が間違った方向に固定されちゃったんじゃないの、これ?」

「ははは、これくらいできる人。僕の知り合いにたくさんいるよ」

「私の知る人間はこんなことできないんだけど」


 ……。

 どうしよう。

 やれやれといった雰囲気を保とうと努めるが、状況は最悪であった。

 このままでは、あの子達の今後の人間への基準が僕になってしまう。いかに、現実逃避が得意な僕でもこれは非常によろしくないのは理解できる。


「それに、ここを壊しちゃったことをカガリさんに伝えなくちゃな……」


 大きく罅の入った地面と、真っ二つにたたき割れた木の幹。

 一体、どんな反応をされるのか、想像するのも怖いけど、ちゃんと正直に話すしかないだろう。



 薪割りの土台を壊してしまったことをカガリさんに、報告すると彼は思いの外軽く許してくれた。

 しかし、薪割りの現場を見て戻ってくると、何ともいいがたい表情で「え、これ、どうやったの?」と聞かれた。

 その質問に正直に答えると、彼は「リンカの言葉は、本当だったー!?」と叫びながらアマコとリンカのいる二階へ走っていってしまった。その後、「孫を信じられないジジィを許してくれぇぇ!」といった感じでリンカに許しを請うカガリさんの声が屋内に響き渡った。

 ……いやぁ、亀裂の入った家族仲が修復されてなによりですね。


「宴ですか?」

「ああ、二年もの間行方不明だったアマコがこの地に帰ってきたんだ。祝い事の一つくらいせねばと思ってな」


 日が暮れて周囲が暗くなった頃、獣人の国にフーバードを送ったカガリさんが、隠れ里で宴を行う旨を僕達に告げた。

 どうやら、アマコが故郷に帰ってこれたことを祝うための催しらしい。


「私はいいって言ったのに……」


 面倒くさそうにするアマコ。

 そんな彼女にカガリさんは、顎に手を当てた。


「何を言う。次代の時詠みとなられるお主の帰還を今喜ばずにいつ喜ぶ?」

「皆、騒ぎたいだけでしょ」

「はっはっは、半分はそうではあるがな」


 ……獣人の人達は宴が好きなのかな?

 聞いている限りは、宴会のようなノリだ。


「私は違うけど、基本的に獣人は祭りとか宴会とか大好きなの」

「へぇ、そうなのか」


 声を潜めてそう言ったアマコに、呆気にとられた声を漏らす。

 ん? 獣人達がそういう催しものが好きなら、人間の僕達はその宴にいかないほうがいいんじゃないか? 僕達のせいで空気が悪くなるのも嫌だし。


「人間の僕とアルクさんはいかないほうがいいですよね?」

「いや、村の者達には既に話を通してある。強制はしないが、儂は人間と獣人の交流という意味で君達にも来てほしいと思っている」


 そういうことなら……。

 アルクさんの了承を得てから、一緒に宴に参加することをカガリさんに伝える。

 獣人達の宴か……一体、どういうものなんだろう。

 今までの旅とは違った、宴というものに密かに心躍らせながら、僕達は夜がふけるのを待つのであった。



 その後、カガリさんとリンカに連れられ、隠れ里の中心まで移動することになった。ここは夜になっても、家や道に明りが灯されているので、それほど暗くはなく、むしろ明るいとさえ思えた。

 その中で、一際明るい光を放っていた場所があった。

 そこは、隠れ里に住むほとんどの獣人達で賑わっていた。宴自体はまだ始まっていないのか、料理やお酒にはまだ手をつけられてはいなかった。

 獣人達はカガリさんに連れられた僕達に気付くと、一様に視線を向けてきた。

 僕達に立ち止まるように言って、集団の中心に移動したカガリさんは、見た目からは想像もできない大きな声を張り上げた。


「今日は、予期せぬ来訪者に不安を覚えた者もいるようだが……その心配は無用だ! 彼らは遠い地から、同胞を守り支えここまで訪れた勇敢なる者達だ! 今日の宴は我が地に時詠みの後継者様が帰還なされたことの祝宴であり、今まで距離を置いてきた人間との交流の場としたい!」


 カガリさんの声に獣人達の反応は薄い。

 まばらに拍手が起こったり、どういう反応を返していいか分からないのか困ったような表情を浮かべている。

 暫しの静寂の後、溜息を吐いたカガリさんは続けて大きく息を吸って、もう一度声を張り上げた。


「つまり、食って呑んで仲良くすればよい!」

『『『おおおお!』』』


 それでいいのか獣人族!?

 静寂から一転して、宴を始める獣人達。

 こちらへ戻ってきたカガリさんは疲れたような表情で額を押さえた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと村の者達のノリの悪さに、頭が痛くなっていただけだ。ウサト、お前はこの宴を存分に楽しむといい」


 彼の言葉に頷くと、柔らかく微笑んだカガリさんは僕達から離れていく。

 楽しむ、か。

 それもそうだな……今まで休むときはちゃんと休んできたつもりだが、羽目を外して楽しんだことはない。

 それに、アマコもようやく故郷に戻って友達に会えたんだ。

 獣人の国へ入って、騒がしくなるまでに今の時間を楽しんでもらおう。


「アマコ、リンカと一緒にご飯を食べてきなよ」

「……ウサト達は?」

「勿論、僕達も食べるさ。でも、こんな機会は滅多にないから、久しぶりに会った友達と食べた方がいいよ」


 アマコは悩ましげにリンカと僕を交互に見る。

 そんな彼女の反応を予想していた僕は、僕の提案に驚いているリンカに声をかける。


「リンカ」

「へ、な、なに……でございましょうか」


 なんで敬語なの? という言葉をグッと堪えて、アマコの背を押して彼女の前に進ませる。


「この子のことを頼むよ?」

「ちょっと待ってウサト、私はそんな心配されるほど子供じゃ――」

「うん!」


 僕の言葉に一転して笑顔を浮かべたリンカは、不満げな表情のアマコの手を引き料理が並ぶテーブルの方へ行ってしまった。


「じゃ、私達は適当な場所に座って食べる?」

「丁度空いているテーブルがありますし、そこに座りましょう」


 アルクさんが指さした場所に座れることを確認し、僕達は各々で飲み物や料理を取りに行くべく里の獣人達で賑わう場所へ近づいていく。

 しかし、なんとも色々な料理があるな。

 魚料理に、肉料理がなんとも豪快に大皿にのせられ、切り分けられている。


「少し分けてもらってブルリンに持って帰れるかなぁ」


 そんなことを呟きながら、とりあえず木のコップに注がれた飲み物をもらった僕は、横目でテーブルに並んだ料理を見る。

 里のほとんどの獣人が集まっている宴だけあって、皿にのせられている料理は多い。

 しかも、これでもまだ追加の料理が作られているってんだから、驚きだ。


「よお」

「はい?」


 顎に手を当て、どれを食べようかなーと悩んでいると隣から声がかけれる。

 見れば、僕よりも頭一つ高い大男。

 黄色と黒の入り交じった尻尾からして虎の獣人だろうか? 獰猛さを感じさせる雰囲気から虎っぽい印象がある。


「ここに人間が来るなんて初めてのことだ。村長から話は聞いているが、悪い奴らじゃないんだろ?」

「自分で言うのもなんですけど、悪人ではないつもりです」


 確認するような言葉にそう返すと、隣の彼は豪快に笑った。


「がはは、悪い悪い。ま、一応の確認ってやつだ。……しかし、見たまんまの優男だな。お前が治癒魔法使いであっているのか?」

「はい。えーと、貴方は?」

「おっと、すまないな。俺はダイテツ。この村に住む狩人の一人だ」

「ウサトです。アマコと一緒に来た治癒魔法使いです」


 互いに自己紹介を済ませると、ダイテツさんが僕の持つコップの中身を見て首を傾げた。

 まだ口をつけてはいないが、中身は酒とかではなく果汁を搾ったジュースのようなものだけど……なにかおかしいのだろうか?


「なんだお前、酒は飲まないのか?」

「あー、酒ですか。ははは、僕は年齢的に飲めないので……」

「飲めないってお前……歳は十七かそこらだろ? それで飲めないって、どんな場所で育ってきたんだ?」

「そうですね……。ここから遠い場所……ですかね?」


 別の世界だから遠いどころの話ではないけどね。

 でも、酒が飲めるか飲めないかと聞かれれば、全然飲めないと答えるだろう。

 遺伝するのかは分からないけど、僕の両親はどちらも酒があまり得意ではないし。

 「やっぱ人間と俺らでは認識が違うんだなー」と呟き自身の手にある酒を口にしたダイテツさんに、苦笑していると、僕の背後で歓声のようなものがドッと上がった。


「っ、びっくりした……なんだ?」


 後ろを振り返るとそこには人だかりができており、その中心で獣人の男二人がテーブルに肩肘をつけ、互いの右手を掴む――腕相撲のようなことをしていた。

 気になった僕は、同じくそちらを向いたダイテツさんに質問してみることにした。


「ダイテツさん、あれは何をしているんですか?」

「ん? ああ、村の男連中の力比べみたいなもんさ。こういう宴の日には、皆ああして誰の腕っ節が一番かを競い合うんだ」

「へぇ」


 視線の先では、二人の獣人の男が必死の形相で腕相撲をしている姿。

 見た感じ普通の腕相撲だけど、面白そうだな。

 喧嘩じゃないみたいだし、僕も参加しても大丈夫だろうか?


「僕も参加しても大丈夫でしょうか?」


 そう聞いてみると、目を丸くしたダイテツさんは面白そうに笑った。

 僕の声が聞こえていたのか、獣人の男達はダイテツさんのように笑い、獣人の女性達は僕の身を案ずるように「やめたほうがいい」と、諭すように声を投げかけてきた。

 そんなやめさせるように促す声に、ダイテツさんは首を横に振った。


「本人がやってみたいって言うんなら、やらせてみたらいいじゃねぇか。こいつも男だ、やっぱこういう力比べに興味があるんだろうよ」


 腕を組み、うんうんと頷くダイテツさんに、呆れた声を漏らす周囲。

 実際、力比べに興味があったからこその発言だけど……少し軽はずみすぎたかな?


「そんじゃ、ウサト。軽くルール説明だけでもしとくか」

「父ちゃん、駄目だよ!」

「ん、どうした? コテツ」


 僕の方へ向いてルール説明しようとしたダイテツさんを止める、子供。

 彼の息子だろうか、と思い子供を見て―――顔が引き攣る。

 その子供は、昼間、僕の起こしてしまった惨状を一部始終目撃していた子供であったからだ。


「に、人間ってやばいんだよ! 特にそのにーちゃんは!」

「……ははは、悪いなウサト。こいつを寝かせ付けるとき、悪い子は人間に攫われるってことを言い聞かせてたから、変に怖がっているんだよ」

「そ、そうなんですか」


 なにそのなまはげとか、雷さまみたいな扱い。

 でも、幼い子供には凄く効果がありそうだな。目の前の子は、多分別の理由で僕を怖がっていると思うけど。


「父ちゃんでも負けるかもしれないんだよ……」

「おいおい、俺を誰だと思っているんだよ。お前の父ちゃんだぞ? それに忘れたのかよ、俺はオーガとだって力比べできるんだ。そんなヤワじゃないさ」


 ポン、と優しく子供の頭に手を置いたダイテツさん。

 不安げな表情で、俯いてしまった子供に苦笑した彼は、僕を見て困ったような笑みを浮かべた。


「安心しろ。……まあ、手加減はするぞ? 流石に種族差もあるからな?」

「え、えぇ……」


 ……すっげぇやりにくいんですけど。

 なにこれ、息子に勝利宣言した父親と勝負しなきゃいけないとか、流れ的に僕が勝っちゃいけない感じになっているんですけど。

 自分の力に驕っているわけじゃないけど、獣人と張り合うくらいの自信はあるぞ。


「ん、待てよ……」


 いや、よく考えたらそこまで真面目にやらなくてもいいんじゃないか?

 ここで僕が普通の人間らしく、下手に張り合わずに負けて普通の人間だとアピールできれば、昼間の子供達への誤解も払拭できる。


「まあ、あいつがどんなに足が速くても力だけは敵わないでしょ。ねぇ、アマコ」

「……まずい」

「え、まずいって何が? え、アマコ?」


 いつの間にか後ろにいたアマコに話しかけたリンカの声が聞こえたが、彼女はそれに答えずに無言で僕の団服の裾を引っ張ってきた。


「なんだアマコ。勝負のことなら心配しなくてもいいよ、そこまで本気にならずに――」

「ウサト、本気で」

「え?」


 ムッとした表情で僕にそう言ったアマコに、思わず呆けてしまう。

 えと、今なんて……?


「獣人は丈夫だから、ウサトが本気でも心配ない」

「え、いやでも流石に――」

「手加減する方が、相手に失礼だよ」

「お、おう」


 僕の考えを見透かした彼女の言葉に頷いてしまった。

 予知魔法で僕が獣人達にバカにされる未来でも見たのだろうか? それで気分を害させてしまったなら、僕としては非常に申し訳ない気持ちになってしまう。

 僕が化物扱いされるのは嫌だけど、アマコに不快な思いをさせるのはもっと嫌だな。


「……しょうがない。やるか」


 脱いだ団服をアマコに預けた僕は、腕相撲が行われる壇上に上がる。

 真面目に腕相撲をやるってんなら、オーガ並みの腕力と口にしたダイテツさんがどれだけ強いのか気になる。


「ダイテツさん。本気でお願いします」

「は? しかしな……」


 半袖になった僕の腕を見て目を丸くしたダイテツさんだが、本気を出すべきか逡巡しているようだ。

 そんな彼に周囲の獣人達が野次を投げかけた。


「いいんじゃないか? ダイテツ、彼も本気みたいだしさー」

「ここで手加減するほうが男が廃るぞー」

「息子にいいとこ見せるんだろー」

「だぁ! うっせぇ分かったよ! 怪我してもしらねぇからな!?」


 僕と同じく壇上へ上がったダイテツさんがドンッとテーブルに右肘をのせる。

 小さく深呼吸をして、彼の右手を掴み準備を整える。


「僕は治癒魔法使いです。傷も骨折も僕ならすぐに治せます。だから、もう一度言います。ダイテツさん――本気でお願いします」

「……ッ!」


 二度目の言葉で、その気になったのか僕の右手を掴む力が強くなる。

 それに彼の本気を感じ取り、僕も手に力を込める。

 僕と彼が無言になったことで準備が完了したと判断した審判役の獣人の男は、互いに掴んだ右手に手を置き―――始まりの合図を下した。


「ヌゥッ!」

「フゥン!」


 強い……!

 流石は経験者だけあって、僕とほぼ同時に腕に力を籠めた彼は、尋常ならざる力で僕の腕を倒しにかかる――が、こちらとしてもそう簡単にやられるほど、柔な鍛錬を積んでいない。

 歯を食いしばり、応戦する。


「―――ッ、んじゃ、こりゃあ……!」

「おい、ダイテツ。お前手加減しているのか?」

「ぜ、全然動かないぞ」


 異変を感じ取ったのか、周囲の獣人達がざわめく。

 どんなに力を込めてもピクリとも押せないことに、ダイテツさんは驚愕の表情を浮かべる。

 強い、確かにミアラークに入る前に襲われたオーガと同等といってもいいかもしれない。

 だけど、それでも―――、


「なぁっ、嘘だろ!?」

「ッ!」


 僕が戦ってきた強敵には及ばない……!

 呼吸を止め、渾身の力で彼の腕をテーブルへ叩きつけた。


「……ふぅ」


 唖然としながら、僕の勝利を告げる審判の声にハッとして、周りを見れば、先程まで賑やかだった宴は、今やお通夜のように静まりかえっていた。

 沈黙が痛い。

 視線も痛い。

 やらかしてしまった感が半端ない。

 座って僕の様子を見ていたネアに視線を向ければ、彼女は「言わんこっちゃない」と言った表情で僕を見ているし、アルクさんはそもそも僕の状況に気付いておらず、感嘆しながら料理を口に運んでいる。

 恐る恐る、目の前のダイテツさんに視線を移すと彼は肩を小さく振るわせていた。


「や、やらかしたか……」


 流石に子供の前で思い切り負かしちゃうのは駄目だったか。

 いや、そもそも普通の人間(強調)が獣人に勝つと言うこと自体、非常識すぎたか。

 どちらにしても、やらかしてしまったことには変わりない。

 ダイテツさんの反応に恐々としていると、彼が何かを呟いていることに気付く。


「っもしれぇ……」

「え?」

「面白ぇ! もう一度、勝負だ! ウサト!」

「ええええ!?」


 バッと顔を上げたダイテツさんの瞳孔は、まるで獲物を見つけたように縦に細くなっていた。

 好戦的な彼に圧倒されたのもつかの間、彼に感化されたように周りにいた獣人の男達も戦意を滾らせた。


「やばい人間もいたもんだぜ!」

「次は俺とだぁ!」

「いいや、ここは俺が!」


 ドッと勝負を挑んでくる獣人達。

 皆、ガタイがいいから暑苦しすぎる……!

 どうしていいか分からず、アルクさんに助けを求めてしまう。


「ア、アルクさーん!? ちょ、助け――」

「もしかして、この酸味の効いた味付けはクキの実ですか?」

「あら、よく分かったわね。クキの実をすり潰したものをスープに混ぜ込んだものよ。慣れない味だとは思うけど、どうかしら?」

「ええ、とても美味しいです」

「あ、あのっ、良かったらこちらも―――」


 料理に舌鼓を打ちながら、獣人のお姉さん達と会話してるぅ!?

 いつもなら助けてくれるアルクさんだが、そもそも料理に夢中になってて僕に気付いてない!?

 じゃ、じゃあ、ネアは――、


「いい? 私はあの男と違って、普通だからね」

「でも、ねーちゃんってフクロウに変身してたじゃん」

「貴方だって動物の耳と尻尾が生えてるじゃない。それと同じようなものよ」

「あ、確かにそうだ」

「フクロウかわいかったー」

「フクロウ、変身してー」

「はいはい、分かったわよ。もう、子供と話すのは疲れるわねぇ」


 子供達に囲まれ満更でもない表情で、フクロウに変身しているネアに絶句する。

 子供達の(自分に対するものだけ)誤解を解いている……!?

 主を助ける使い魔としての本分から逸脱しまくりだな、おい!


「ウサト、安心して。私がちゃんと見てるから」


 アマコ、この状況でなにを安心していいか分からない。

 むしろなんで君はそんなやり遂げたような笑顔を浮かべているんだい?

 少し離れた場所で、顔を青ざめさせたリンカと隣り合うように椅子に座ってこちらを見ているアマコ。

 最早、僕が取れる選択肢は一つしかなかった。

 こうなりゃヤケだ。

 どちらにしろドン引きされるなら、とことんやってやろう。


「もう化物扱いされたって構わねぇ! 全員負かしてやらぁ!」


 ドンッ、と腕をテーブルに叩きつけた僕は、闘志を燃やした獣人達とアームレスリングへと興じるのであった。



 結果だけを言うなら、隠れ里の獣人の男達は、僕に劣らずの負けず嫌いであった。

 結局、腕相撲で色々とやらかしてしまった僕は、獣人の子供達と女性に完全に人の形をした怪物と認識され、一方で獣人の男達には並外れた怪力を持つ人間と認識されることになってしまった。

 ……余談だが、アルクさんとネアは、子供達にも女性にも好印象だったようだ。

 なぜだろうか、理由は分かるはずなのに、とても納得がいかなくなった。


ウサトが腕相撲でわざと負けていたら、獣人達の好感度は逆のものになっていました。

つまり……アマコの巧妙なファインプレーですね。


感想欄にて指摘されましたので、第一話から改めて文字の校正を行うことにしました。

少しずつではありますが、直していきます。

現在、十八話までを修正いたしました。

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― 新着の感想 ―
会社で読んだのが間違いでした。この回、ニヤケが隠しきれません(もはや爆笑)
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