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第百二十三話

お待たせしました。

第百二十三話です。


今回は、久しぶりにアマコの視点から始まります。

 狼の獣人、リンカ。

 三角の耳と、肩ほどに揃えられた灰色の髪が特徴的な少女は、獣人の国を出て行く前の私の友達であった。

 二年ぶりに顔を会わせた友達との再会。

 それは、リンカがウサトに放った矢が切っ掛けとなった。

 一目で殺意はないと分かった。

 あくまで、手傷を負わせて攪乱させる為の二矢。ウサトが慌て、皆が混乱している間に、狼の獣人としての俊足を用いて、私を連れ出そうとしていたのだろう。

 しかし、不幸にもリンカが狙った相手は普通ではなかった。

 私が予知の内容を伝えなくても、ギリギリ勘付いて矢を避けてしまうほどの並外れた反射神経を持っているウサトだ。容易く矢を掴み取るくらいの芸当はできてしまう。

 知っている私から見ても「ああ、とうとうここまでできちゃうんだ……」と驚きよりも呆れてしまうのに、何も知らないリンカから見れば、本当に訳が分からなくなるだろう。

 ウサトに治癒魔法弾で反撃されて、恐怖の叫び声をあげた彼女の声を聞いて襲撃者がリンカだと気付いた私は、すぐにウサトを攻撃したのは、私の為だと理解した。

 すぐに彼女と話して誤解を解くべきだと思い、一番足の速いウサトに彼女を捕まえるようにお願いをした。

 ……した、のだけど――、


「ア、アマコ……本当に大丈夫なの?」


 私が考えていた以上にウサトは頑張りすぎてしまったようだ。

 あの自己紹介の後、リンカの案内の元、彼女の住んでいる隠れ里に向かっていた。

 本当は直接、お母さんの住む国の方へ行っても良かったのだけど、まずは隠れ里の方へ行って情報を集めてからの方が良いと判断した。


「人間だよ。それに治癒魔法使いでもあるんだよ? 身体能力はともかく、危険な能力は持ってないよ」

「治癒魔法使いって魔力弾を投げてくるの!? し、しかも分裂したり、金縛りにされたり……そもそも、獣人の私に追いつく時点で魔法みたいなものなんだけど……」

「……」


 分裂して金縛り? なにそれ、それは知らないんだけど。

 ウサト、また新しい技を作ったの?


「はぁ……」


 ウサトなら森を駆ける狼の獣人を捕まえられると信じて、頼んだのはいいけど……まさか、ここまでトラウマを植え付けるとは思わなかった。

 だけど、この件に関してはリンカの方が悪い。


「でもリンカの方もいきなり攻撃することはないんじゃない? 端から見て、私が捕まっているように見えないと思うんだけど」

「だ、だって、人間が獣人と一緒に行動する理由なんて、捕まった以外に考えられなくて……」


 確かに、リンカの言うとおりでもある。

 人間と獣人が一緒に行動している理由なんて、悪いものしか思いつかない。

 ましてやここは獣人の領域、リンカから見れば、無理矢理、獣人の国までの道のりを案内させているようにしか見えなかったのかもしれない。


「でも……」


 さりげなく後ろを一瞥し、私とリンカの後ろをついてきているウサト達を見やる。

 アルクさんは変わらず馬を引いているが、ウサトは肩にネアを乗せブルリンに話しかけていた。


「ブルリン、なぁ、僕ってもっと優しさをアピールした方がいいのかな?」

「グルゥ」

「ははは、お前は面白いことを言うなぁ」

「グフゥ」

「ごめんなぁ、最近構ってあげられなくて」


 ウサトがブルリンと自然な会話をするほどに打ちひしがれているのはかわいそうだ。

 ブルリンは、若干煩わしそうにしているが、嬉しそうではある。


「ブ、ブルーグリズリーと会話してるぅぅ……!?」


 しかし、それが逆に恐怖を煽ることになっているのがなんとも……。

 ……いや、ウサトが誤解されたままなのは私だって嫌だ。


「私は、獣人の国を出てからずっと母さんを助けられる治癒魔法使いを探してたの」

「……そうだったの?」

「うん、貴女に何もいわずに出て行ったのは悪いと思っている。でも、悠長にしていられる時間はなかった」


 母さんが倒れた後、明らかに私を取り巻く状況が変わろうとしていた。

 それに異様なものを感じ取った私は、獣人の国を飛び出した。勿論、母さんを助けられる治癒魔法使いを探すという目的もあったが、自分の身を護る為という目的もあった。


「私もまだ小さかったから、分からなかったけど……あの時の大人達は少し怖かった。アマコがいなくなったから、慌てるのは分かる。実際、私も慌てまくった……でも、怒っている人までいるとは思わなかった」

「……」


 母さんが倒れたあの時、何かが起ころうとしていたのかもしれない。

 それに巻き込まれかけた私だけど、なんとかそうならずに済んだ。そういう意味では、私は獣人の国を離れて正解だったのかもしれない。


「獣人の国を出た後は色々な場所を見てきたよ。楽しい思い出があった訳じゃないけど、獣人の友達もできた。それに、最後に訪れたリングル王国なんて、獣人の私に良くしてくれる人でいっぱいだった」


 ルクヴィスで仲良くなったキリハにキョウの姉弟にサツキ。

 リングル王国では、二年間、私のことを住まわせてくれたサルラさんと沢山の人々。

 獣人の国からの旅路は辛いことの連続だったけれど、リングル王国へ流れ着いてからの出会いは私にとって、何よりも大切な思い出だった。


「そこで、ウサトと出会った」

「あいつと?」

「その時から色々なことがあった」


 ウサトにスズネとカズキが死んでしまう未来を見せ、最悪の未来を回避させた。

 それから、対価という名目でウサトに母さんを助けるよう協力を仰ぎ……それが実現して、旅に出ることになった。

 それから先は大まかではあるが、リンカに話したから、説明の必要はないが本当に色々なことがあった。


「でもこうして、母さんのいる故郷へ帰ることができた」


 ウサトがいれば、母さんを治せるかもしれない。

 しかも、彼の治癒魔法はミアラークでの戦いを経て系統強化に目覚めた。

 怪我や、病によるものであればほぼ確実に治せる……のだが――、


「リンカ」

「ん?」

「母さんは、大丈夫だよね? ……生きてる、よね?」


 二年という月日は長いようで短い。

 獣人達の庇護下にいるなら、大丈夫だと断言できるが不測の事態が起こらないとは限らない。

 母さんの身に何かおこってしまって―――もし、死んでいたりしたなら……私は、ここにいる理由がなくなってしまう。

 無意識に訊くことを避けてきた話題。

 自分でも分かるほどに不安な表情を浮かべている私に、リンカは安心させるような笑顔を浮かべた。


「大丈夫! アマコのお母さんは生きてるよ! 流石に、まだ目覚めてないけど……」

「……それだけ分かれば十分だよ」


 良かった。……本当に良かった。

 私のしてきたことも、ウサトとの旅も、無意味なものではなかった。


「アマコも大変な二年間を過ごしていたんだねー」

「リンカはどうだった?」


 少し話が暗くなってしまったので話題を変えよう。

 私がいない間、リンカは何をしていたのだろう。


「ん? 私は、親父に本国から隠れ里に移り住むように言われて、本格的に狩りの練習をしてた感じかな。やっぱり本国だと周りがうるさいからなー。やれ、礼儀正しくしろとか、女の子なんだから華やかにーだとか」

「リンカに華やかとか一番似合わないね」

「う、うるさいやい! 自分でも分かってるよ!?」


 顔を真っ赤にする彼女に、私も笑ってしまう。

 そうか、リンカは今隠れ里に住んでいるのか。

 彼女の父親は何度かしか見たことないけど、母さんと親しかったという記憶はある。

 その人がどんな人だったかは、全く記憶にないけど。


「そういうアマコは全然身長とか変わってないじゃん!」

「は?」

「ご、ごめんなさい……」


 自身のコンプレックスに触れられ、睨みを利かせる。

 二年前はほぼ同じ身長だったはずだ。なのに、この娘たった二年の間に頭一つ分は大きくなっている。

 私はほとんど身長が伸びなかったのに、この不条理はなんだろうか。

 私の成長期はどこに行ったのだろうか。


「アマコ、すっごい怖い目をするようになったね。ギラギラってしてたよ」

「多分、ウサトの影響だと思う」

「それって悪影響なんじゃ……」


 怯えた目でウサトを見るリンカ。

 その視線を受けて、苦笑いをしながら肩を落とすウサト。

 ごめん、ウサト。誤解を解くどころか、悪化させちゃった。

 

「あ、そろそろ、隠れ里に着くよ。とりあえず私が長老に話をするから外で待っててー!」


 ハッと顔を上げると、眼前には深い雑木林と、目を凝らさなければ分からないほどの細い獣道があった。

 どうやら、話している間にリンカの住む隠れ里の近くにまで到着してしまったようだ。

 ウサトの印象の方も問題だが、隠れ里に住む獣人達がウサト達を受け入れてくれるかが、問題だ。



 リンカの案内によって、僕達が連れて行かれたのは、木々が生い茂る林であった。

 傍目では集落なんてあるとは思えない深い森林だけど、リンカは僕達にここで待つように指示したあとに、一人で森の中に入っていってしまった。


「隠れ里……といえば、キリハ達も隠れ里の出身だって話だよね」

「うん。そうだね。でもここに住んでいる訳ではないと思うよ? 隠れ里ってたくさんあるらしいから」


 キリハ、キョウ、サツキの三人。

 ルクヴィスでお世話になった獣人の姉弟と一人の少女。

 まだ、少ししか経っていないけど、あの三人は元気にしているかなぁ。


「キリハ? 誰それ」

「君と会う前に行ったルクヴィスでお世話になった獣人の人達だよ」

「ふーん、魔導学園で獣人ねぇ。ま、普通なら驚くんだけど、ウサトだからって思えばそんなに驚きはないわね」


 君は僕のことをなんだと思っているのかな?

 まあ、初対面の時はちょっと警戒させてはしまったけど、最後は結構打ち解けたつもりだ。リングル王国に帰って、落ち着いたらもう一度会いに行ってみようかな?


「アマコ、久しぶりの友達との会話はどうだった?」

「相変わらず元気だった」


 アマコが獣人の国を飛び出す前、友達だった少女、リンカ。

 ここまでの道中であの子と話をしていたようだが、仲睦まじそうでよかった。

 ……その際に、なぜか僕への印象が悪くなった気がしないでもないけど。


「後ろから見たら、姉妹って感じだったね」

「……それは、私の方が小さいって言いたいのかな?」


 しまった、なんか地雷踏んだ。

 姉妹って見えるくらいに仲が良さそうだったー、に繋げるはずが……。

 ジト目で僕を見るアマコに気まずくなっていると、僕の肩の上にいるネアがアマコを翼で指して笑い始めた。


「ぷぷー! そういえば貴女十四歳だったわよねー! そのわりにはチビよね!」

「……」

「前々から思ってたけど、やっぱり小さかったのね! まあ、あと少し待てば成長期がくるんじゃないの? 成長する保証はしないけどねっ!」

「……」


 アマコの目が据わっているけど、大丈夫だろうか?

 いや、ネアが。

 見事に怒りの矛先を買ってくれたネアは、跳躍と共にアマコが伸ばした手によって鷲掴みにされる形で捕獲される。


「きゃふっ!?」

「絶対に、絶対に許さない」

「ひ、あ、ウサト、助け、きゃああああ!?」


 あ、無表情のアマコがネアを掴み取り、ぶんぶんと振り回しはじめた。

 僕に助けを求めるネアだが、今のはどう考えても、煽った彼女が悪いので放っておこう。

 二人が仲良く(?)はしゃいでる間にアルクさんに今後について、相談しておこう。


「アルクさん。隠れ里に入れなかったら、僕達は外で野宿ですかね?」

「そうなりますね。獣人と人間の関係を考慮すれば、そうなってもしょうがないことではあります」


 だとしたら、最悪アマコだけでも隠れ里に入れてもらおう。

 可能なら、ネアが一緒に行ってくれれば上々だ。

 ……今目の前で繰り広げられているような、喧嘩を起こしてしまわないか不安だけど、僕とアルクさんが入れない可能性があるので、我慢してもらわなければならない。


「……ここでは、アマコと僕達の立場が逆になってしまいますね」

「ええ」


 人間の住む領域では獣人は肩身の狭い思いをしなければいけないのと同じように、獣人の住む領域では人間が同じ気持ちを抱くことになる。

 まだ、本格的にここに住む獣人達と関わったわけじゃないけど、僕は異様な居心地の悪さを感じていた。


「……アマコの気持ちが少し分かったかな」


 たった一人で人間の領域を進んできた彼女がどれだけ、寂しく、苦しい目にあってきたか。

 まだ全てを理解しきれてはいないが、その苦しみの一端を知れたような気がする。


「ウサト」


 神妙な気持ちになっていると、ネアを振り回していたアマコが僕の名を呼ぶ。

 その声に、僕とアルクさんは周囲の異変を感じ取った。


「これは、囲まれて……ますよね?」

「ええ、相当な数ですが、敵意は向けないようにお願いします」


 いつのまにか僕達を取り囲んでいる複数の気配。

 恐らく、矢か何かで狙いを定めているのだろうか、一定の距離を保ったまま近づいてこない。

 このまま問答無用で襲われる可能性があるけど、どうする?

 弓矢程度なら僕とアルクさんで迎撃できるが、その後どのような行動を取るべきか。

 治癒パンチで全員無力化して、話ができる状態にまで持っていくか。

 それとも、治癒魔法乱弾で攪乱させてから、皆を運んでその場を離脱するか。


「どうすんのよ、ウサト。このままじゃ一方的に攻撃されるわよ」

「分かっている、けど。まずは相手の出方を待とう」


 いつの間にか僕の肩に戻ってきたネアが、さりげなく拘束の呪術を拳に纏わせてくれる。

 迎撃態勢を整えたその時、リンカが消えた林の奥から二人の人影が現れた。

 人影の一人は、先ほど隠れ里に向かったリンカ。

 もう一人は、髭を蓄えた初老の男性の獣人であった。


「手荒な歓迎、すまないな。何分、前例がない事態だ。一応の用心として武器を構えさせてもらった」


 老人は、警戒を解かない僕達一人ずつに視線を向け、最後にアマコを見て目を丸くする。


「どうやら、リンカの言っていたことは本当のようだ。にわかには信じられなかったが……」

「信じてなかったの!?」


 老人の言葉に、がびーんという擬音がつきそうな勢いでショックを受けるリンカ。


「いきなり人間とブルーグリズリーと一緒にアマコが帰ってきたといわれて、すぐに信じるやつがどこにいる。また儂に対しての悪戯かと思ったわ」

「今回は違うって言ったじゃん!」

「その言葉に儂が何回騙されたと思っている! 可愛い孫に心臓止められちゃあ笑い話にもならんわ!」


 え、えーと、つまりリンカは狼少年ならぬ狼少女だったってことか?

 再び、こちらに顔を向けた老人は、周囲を囲んでいる者達に武器を収めるように指示を出す。


「幼い頃に会った以来だな、アマコよ。儂はこの隠れ里の長にして、この奔放娘の祖父のカガリだ」


 リンカの祖父、よく見れば彼の耳も尻尾もリンカと同じように狼のものに似ている。


「色々と聞きたいことがあるが、まずは儂らの住処へ案内しよう」

「えと、ウサト達は……」

「勿論、そこの人間達も招き入れよう」


 不安げな表情のアマコを安心させるように、柔和な笑顔を浮かべたカガリさん。

 ……とりあえずは、無駄な争いを避けられたのは良かった。

 今の状況に安堵しながらも、僕達はカガリさんとリンカの案内の元、獣人の住処、隠れ里に招かれるのであった。


今回で、ようやく本格的に獣人と関わるようになります。



二週間も間を空けてしまって、本当に申し訳ありませんでした。

一週間遅れですが、第五巻店舗特典及び、コミカライズ第一話掲載についての活動報告を書かせていただきました。

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