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第百二十二話

お待たせしました。

第百二十二話です。

 僕に矢を放った襲撃者。

 そいつを追いかけるようにアマコに頼まれた僕は、木々の合間を走っていた。

 アルクさん達が追いかけてきているはずだけど、あまり離れると僕が迷子になってしまう。捕まえるならできるだけ穏便かつ素早く行わなければならない。

 と、いってもここは獣人にとってのホームグランドだ。僕が全力で駆けるにはあまりにも木が多すぎる。


「木が邪魔だな……! これじゃ、満足に走れない……!」

「引き離されるどころか、距離を詰めているのになにをとち狂ったことを言っているの!?」


 確かに距離自体は近くなっているけど、それも少しずつだ。

 僕の想定以上に前を走る獣人の足は速い。後ろ姿を見る限り少女のようだけど、僅かに見えた灰色の獣耳と尻尾からして、狼の獣人かな?

 ローズに森に放り込まれ、グランドグリズリーと地獄の鬼ごっこした時ですら逃げ切った僕の足でも少しずつしか追いつけない。


「フッ、僕もまだまだってことだな……」


 よし、今日から初心に帰って走り込みの訓練を追加だ。

 自分のこれからの訓練方針に気付けた僕は、自然と口元に笑みを作ってしまう。


「な、なんで追ってこれるのぉ!? た、たすけてぇぇぇ!」

「ねぇ、今の貴方ってあの獣人からどんな風に見えるのかしらね……」

「……」


 あれ? 僕って命を狙われた側だよね?

 どうしてあっちが助けを求める側になっているのだろうか。

 ……これ以上、恐怖を植え付ける前に手を打つか。

 籠手を装着したままの右手を握りしめ、前方を睨み付ける。


「ネア、捕まってろ」

「え……きゃ!?」


 体を前に倒し、右脚を強く踏み込み、勢いよく飛び出す。

 猛スピードで突っ込んでくる僕を見て、顔を青くさせた獣人の少女は驚くべき反射神経で、捕まえようとした僕の手をひらりと避ける。

 勢いのまま止まれない僕は、そのまま少女を素通りする―――が、


「しかぁし!」

「ひぃ!?」


 木に右拳での裏拳を叩きつけ、方向をぐりんと変えた僕は獣人の少女へと視線を向ける。

 ようやく追いついた。ここまで近づけば言葉が通じるはずだ!

 怖がらせないように、できる限りの笑顔で少女に話しかける。


「落ち着いて! 僕は人間だけど、君に危害は加えない!」

「う、嘘だ! 人間がそんな動きできるかぁ! 正体は分かっているんだぞ、人に化けた魔物め!」


 涙目でそう叫んだ獣人の少女は、猫のような身軽さで背後の木に上ると、今度は猿のような俊敏な動きで木から木へ移動していく。

 そんな少女を見上げた僕は、溜息を吐かずにはいられなかった。


「ネア、あの子は君の正体に気付いているようだ」

「いや、どう考えても貴方よ。というより、今の私フクロウだし」

「……」


 そういえばそうだった。

 あれだね、ほぼ初対面の少女に魔物扱いされるのも結構くるものがあるね。

 おかしいな、できるだけにこやかな笑顔を向けたはずなのに。


「……このまま逃すわけにもいかない。ネア、拘束の呪術を準備してくれ」

「治癒魔法拘束弾? あの距離じゃ、貴方でも当たらないでしょ」

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってやつだ」

「はぁ?」


 右の掌から小型の治癒魔法弾を複数生成する。

 籠手により魔力操作を補助された今、僕の治癒魔法弾は強化された。

 本来、この技は乱戦時による複数の怪我人の回復を想定した技だけど、これにネアの拘束の呪術が付与されれば、複数の敵に拘束の呪術を付与することができる技へと変わる。

 その名も――、


「治癒魔法乱弾!」


 生成した複数の魔力弾を少女がいる方向に力任せに放り投げる。

 僕の手から離れた魔力弾は、弾けるように分裂し、少女が飛び移った木の周辺にズドドドという音を立ててぶつかる。

 少女は木の枝の上でしゃがみこみ、悲痛な声を上げた。


「て、手がぁ、う、動かない!? ひぃぃぃぃ!?」

「うわぁ、気の毒に……」


 ネアがドン引きしているけど、治癒魔法乱弾は基本無害な技だ。

 この技には、治癒魔法弾と同じく相手を殺傷する威力はない。存在するのは体に優しい治癒魔法と、体が一瞬だけ動かなくなる程度の拘束の呪術だけだ。

 そして、あの少女は右腕に直撃し、腕が一時的に拘束されてしまった。

 一瞬の隙だが、僕にとっては十分すぎる隙だ。


「そこから降りてもらうぞぉ!」

「叩き落とす勢いなんだけど!?」


 全速力で少女のいる木に突撃する。

 僕が木に上っても、その間に逃げられてしまう。かといって説得できるはずもない。

 なら、気は進まないけど、強制的に降りてもらうしかない。


「フゥンッ!」


 勢いのまま、僕は木に飛び蹴りを入れ、木を大きく揺らす。

 へし折れない程度に揺らされた木から振り落とされた少女は、地面へ真っ逆さまに落ちるが、そこを僕が両腕で受け止める。


「作戦名『クワガタ落とし』成功だな」

「ミアラークに行って、さらに化物具合に磨きがかかったわね、貴方……」


 投げて走って蹴っただけなのに、どうしてそこまで言われなくちゃならないの……?

 っと、そうだ。

 受け止めた少女の安否を確認しないと。一応、受け止めると同時に治癒魔法をかけておいたけど、もしものことがあったら大変だ。


「大丈夫? ごめんね。君と話すにはこれくらいしなきゃ……ん?」

「―――」

「あれ……」 


 受け止めた少女は、白目を剥いていた。

 呆けたまま、ぐったりと動かない。少女の様子に気付いたネアは、訝しげに彼女の顔を覗き込むと気まずそうに僕の方を向く。


「気絶してるわね」

「……」


 これは、魔王軍との戦争の時、強面共に連れてこられた怪我をした騎士さん達の症状に似ている。

 まるで恐ろしいものを見たかのような、恐怖に染まった表情……なるほど。


「可愛そうに、よほど高いところから落ちるのが怖かったんだな」

「絶対分かってて言っているわよね? 明らかに貴方のせいだからね?」

「僕をあの顔面凶器共と同列に扱うっていうのか!? いくら君でも許さないぞ!」

「なんでそこで怒るのよ!?」


 散々化物呼ばわりされていたが、あの救命団のリアルモンスター顔共と一緒にされては黙ってはいられない。

 僕はまだ人間だ。

 気絶した少女を抱えたまま、始まった口喧嘩はアマコ達が来るまで続けられた。



 不本意であるが、獣人の少女を気絶させて捕まえることができた僕達は、一時的にその場で休息を取り、少女が起きるのを待った。

 その間、アマコに話を聞けば、この少女はやはりアマコの知り合いだったらしい。

 少女の名はリンカ。

 灰色の耳と尻尾が特徴的な狼の獣人で、獣人の国を飛び出す前に友達だった人物とのこと。そんな彼女がどうして僕を矢で狙ったのかについては、恐らく人間と一緒にいるアマコを助ける為の行動だったらしい。

 彼女が襲撃した理由は分かったけれど、一つだけ疑問に思ってしまったことがある。


「なんで僕が狙われたんだろう?」


 目の前で気絶している少女は、僕を最初に倒そうとした。

 たまたま僕を狙っただけだったらそれで終わりだろうけど、明らかに僕だけを集中して狙っていたからそこが気になった。

 アマコはくつろいでいるブルリンの体を枕にして気絶しているリンカを一瞥すると、悩ましげな表情で僕へ視線を戻した。


「多分、ウサトが一番弱そうに見えたからじゃないかな?」

「え?」

「私の知っているリンカなら、動物をむやみに傷つけないだろうし。その点、ウサトは見た目“だけ”は普通だから、雰囲気からして強そうなアルクと比べたら、ウサトを狙った方がいいと思ったんだろうね」

「なるほどね。ウサトは見た目だけ(・・)は弱そうだものね。蓋を開ければ、目視してから矢を掴み取る化物だったけど」

「君達、そこを強調するのはおかしいよね? なんで僕は味方からこんな責められなくちゃいけないの?」


 僕だって泣くときはあるんだよ?

 いや、自分の見た目が弱そうに見えるのは自覚しているんだけど。


「やっぱり僕も団長みたいにすれば、いきなり矢も放たれずに済むのかなぁ……」


 常に肉食獣のような雰囲気を漂わせ、射殺さんばかりの視線を常に向ける。

 試しに髪をかきあげながら、イメージ通りにローズの真似をしてみると、目の前にいる三人はサーッと一様に顔を青くさせた。


「ウサト、ごめん。今のままでいい」

「ごめんなさい。貴方は変わる必要なんてないのよ」

「ウサト殿は、今が一番いいですよ」


 アルクさんならまだしも、急に優しくなるのは不気味なんだけど。

 え? 僕ってそこまでヤバい顔してた? 全く自覚がなかったんですけど。


「……皆、リンカが起きるよ」


 リンカの方を振り向いたアマコ。どうやら予知で彼女が起きるのを見たようだ。

 さっと、僕達を隠すようにしてリンカの傍らに移動したアマコは、優しく彼女の肩を揺すった。


「リンカ、大丈夫?」

「うぅ、うぅ……怪物が、怪物が追いかけてくる……う、うん、あれ?」


 うなされながらも目を開けたリンカは、アマコの顔を見て硬直した後に、がばっと起き上がり彼女に抱きついた。

 彼女から僕達の姿は見えていないのか、安堵のあまり号泣していた。


「ア、アマコぉ、久しぶりだよぉー!」

「ん、久しぶり、リンカ」


 同い年と聞いていたが、アマコの方が背が低いので抜け出せずにされるがままにされている。


「あの人間の皮を被った魔物に捕まっていたところを逃げられたんだね!」


 開口一番に酷いこと言うな、この子。


「いえ、実は――」

「もう、なんなんだよ、あれ! 獣人で一番速い狼族の私に追いつくなんて、しかも私を騙そうとする狡猾さまで持ち合わせて、相手を呪う魔法もつかって、それで、それでっ……私、怖くて、もう……うぅ……」

「そうだよね、怖かったよね。すごく分かるよ」


 ひ、酷い言いぐさだ。

 てか、アマコも同意するな!?

 僕のメンタルを切り刻むリンカの言葉に狼狽えながら、横で笑いを堪えているネアにデコピンを叩き込む。

 とりあえず、彼女が落ち着くまで待とう。

 泣いているリンカを慰めるアマコを眺めていること数分、ようやく彼女が泣き止んだところで、アマコが僕達のことを切り出した。


「リンカ、私のことで色々知りたいことがあると思うけど、まず先に知ってほしいことがあるの」

「うん、なんでもいって?」

「とりあえず、後ろを見て」

「え、後ろになにがある……の?」


 アマコの言葉に従い後ろを振り向くリンカ。

 微妙な表情を浮かべているであろう僕と彼女の目が合う。

 にこにことした表情のまま石のように固まってしまった彼女に、気まずげに謝罪する。


「いや、あの……さっきは、ごめんね?」

「――」

「怖がらせるつもりはなかったんだけど……ん?」

「……リンカ?」


 固まってしまったまま動かない彼女の肩をアマコが叩く。依然として反応しない彼女に溜息を吐いたアマコは、ジト目で僕を見る。


「また気絶してる……ウサト、リンカに何をしたの?」

「き、木から降ろしただけなんだけどなぁ」


 治癒魔法乱弾をぶつけて動揺させてから、木を蹴って落として捕まえたなんて口が裂けても言えない。


「違うわね。拘束の呪術付きの魔力弾ぶつけて、木から蹴り落として捕まえたのよ」

「しょうがないのは分かるけどやりすぎだよ……」


 速攻でネアに暴露されてしまった。

 アマコの言うとおり、いくら矢を放ってきた子とはいえ、やりすぎてしまったな。


「とりあえず、もう一度起こそう。今度はウサトのことを話してから顔を会わせるから。ウサト達は少し離れてて」

「分かった」


 僕の扱いが完全に恐ろしい何かに対するものなことに、げんなりとしながらもアマコの言葉に従い、その場を離れる。

 数分ほど経つと、リンカがもう一度目を目を覚ましたのか、さっきとほぼ同じ言葉をアマコに投げかける。その際に「悪夢を見せた」だとか「また騙そうとした」という恐怖の声が新たに加わっていたが、理由は言われるまでもなかった。

 その後、僕達のことを説明しおえたアマコはリンカの手を引いて、僕達のいる場所まで連れてきた。


「……ほ、本当に大丈夫なの? アマコ」

「うん、大丈夫。ここまで一緒に旅してきたから、信用してもいい」


 未だに不安なのか、アマコの背に隠れるように身を縮めているのだが、いかんせんアマコの背が小さすぎるのか、全然隠れられていない。

 ……アマコは年不相応に背が小さいからなぁ。とても、後ろの子と同い年には見えない。

 何気に失礼なことを考えていると、アルクさんが怯えているリンカに近づき、目線を合わせた。


「はじめまして、アマコ殿と一緒に旅をさせていただいている、アルクと申します」

「は、はじめまして。リンカです」

「私はネア。貴女の言う人に化けてる魔物は私よ」

「ええ!? こっちが!?」

「グアー」

「ひぁ!? なんでブルーグリズリーがここにいるのぉ!?」


 各々が自己紹介(?)したので、僕もやろうか。

 これまでのイメージを払拭できるような、100パーセントのスマイルお兄さんで好印象を与えよう。

 流石に、アマコの友達に怖がられるのは嫌だしね。


「僕はウサト。アマコの―――」

「ご、ごめんなさい。怖がらないから、怒らないで……!」


 まだ名前しか言っていないのに、凄い怯えられてしまった。

 お、おかしいな。アマコは僕のこともちゃんと説明してくれたって聞いたんだけど。


「アマコ。どう説明したらこんな反応されるのかな? 怒らないから、正直に言いなさい」

「今までどんな旅をしてきたかをおおまかに話した」

「あー、納得。自分が喧嘩を売った相手が、異常な旅を送ってきた人間だって知ったら、そんな反応になるわね……。カロンが暴走した件も獣人なら知っているだろうし」


 えぇ、僕一人で解決したわけじゃないのに……。

 やっぱり、最初の印象からして悪い方向にイメージしちゃうのかな。


「あ、ちゃんと人間だって言っておいたよ」

「前々から思ってたけど、貴女も相当ウサトに毒されているわよねぇ……」


 なぜか自信満々にそう言ったアマコに、ネアが呆れる。

 僕としては、人間だというところから証明しなくてはいけないことに疑問を持って欲しいのだけど。

 ……この際、怯えられてもいいか。今は、アマコの知り合いであるリンカに会えただけでも、よしとしよう。

 嫌われているよりもマシと考えれば、大分気持ちも軽くなるし。

 相変わらず僕を警戒して、アマコの背から出てこないリンカを見て、僕は小さな溜息を吐くのだった。

リンカ「あ……、あいつ弱そうだな。よし、あいつから狙ってアマコを助けよう!」

   ↓

リンカ「人間じゃなかった! 人間じゃなかったよぉぉ!?」


襲撃時の彼女は大体こんな感じでした。

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