閑話 魔王軍の脅威
お待たせしました。
閑話ですが、実質第六章の導入のようなものです。
一応の補足として、今回は第一章で登場した敵、魔王軍、第三軍団長のアーミラ・ベルグレットの視点となります。
私、アーミラ・ベルグレットはリングル王国との戦いで敗走を余儀なくされた。
その責任を取り、第三軍団長の地位を剥奪された私は、ただの一兵士として戦うことを選んだ。
私が戦うべき理由は、因縁の相手であるローズを打ち倒すことではなく、魔王様、ひいては魔族達の為であると、人間への敗北と魔王様のお言葉を以て気付かされたからだ。
軍団長を下りて、兵士としていずれ来る戦いの為に鍛錬を行っていたが、第二軍団長が私を呼び出したことで、私の状況が変わる。
魔王様から特別な命令が言い渡され、それに私も参加しろと奴は言ったのだ。
任務に対しての文句なんてあるわけがない。魔王様から承ったのなら、どんな内容であれ命を賭けてでも遂行するのが、魔王軍に所属する者の責務だ。
しかし、問題なのは私が一時的に第二軍団長の部下となりその任務に当たらなければいけないことであった。
「ベルグレット軍団長補佐。ずっと顰めっ面だが、疲れてんのか?」
第二軍団、副団長。
それが、ただの一兵士と成り下がった私に与えられた仮の地位。
そう呼ばれ、眉間に皺を寄せた私は、目の前を歩く男に嫌みを返す。
「ああ、貴様といるのは疲れるな」
「おっと、そりゃあすまないな」
額を押さえている私に暢気に声を掛けてきた男に、何度目か分からない溜息を吐く。
魔族特有の角と褐色の肌に加えて、鎧すらも身につけず、黒い装いを纏ったそいつは、私の悪態に形だけの謝罪を口にし、再び前を向いた。
魔王軍第二軍団、軍団長コーガ・ディンガル。
齢十七歳にして、軍団長の肩書きを持つ天才――と言えば、聞こえはいいのだが、実際は部下に戦闘以外の業務を任せている怠け者だ。
「はぁ……」
現在、私達は魔王領を離れて、緑が生い茂る渓谷の中を進んでいる。
目の前の男と私には五人の部下が同行しており、今のところ後ろを付いてきてはいるが、その顔には疲労が見え始めている。
「おい、そろそろ部下を休ませた方がいい。このままでは、谷を越える前に倒れるぞ」
「ん? ああ、そうだな」
汗一つ流さずに部下に休憩することを言い渡した奴は、最寄りの木の幹に腰を下ろす。
一息ついている部下達を一瞥した私は、訝しげな視線を奴へ向ける。
「……本当に部下はこの人数で良かったのか? 貴様ならば、もっと多く連れてこられたはずだろう?」
「今回の任務は威圧することが目的じゃないのさ。俺達は、獣人が使えるか、使えないかを見定めにいくだけだからな」
魔王様から仰せつかった命令は”獣人族が、人間と戦える存在か見極める”というものだ。
魔王様のお力添えがあれば、現状でも十分に人間達の軍勢と戦えるが、数は多いに越したことはない。人間と因縁深い獣人ならば、我ら魔族に協力する可能性が高い―――が、足手纏いになるようでは仲間にする価値がない。
その為に、魔王様は第二軍団長であるコーガを使者として遣わし、獣人達を見定めるように命じた。
……だが、その人選は正しいのか、未だに疑ってしまっている。
「敵対、という可能性もあるだろう?」
「俺とお前、現役の軍団長と元軍団長がいるんだ。戦力としては過剰だろうよ」
「あまり相手を嘗めていると足を掬われるぞ」
「それはそれで面白いから、良し」
にへら、としまりのない笑顔を浮かべるコーガに苛立ちを抱くが、こいつを相手に腹を立てるのが意味のないことを理解しているので、溜息を吐くしかない。
「それに、ここは大人数で越えるのは無理だ。流石は魔物の領域、強力な魔物がわんさかといるからな。変に刺激して、面倒な事態になるのはご免だね」
「……確かにな」
ここは人間でも魔族の領域でもない、魔物の領域。
この場所を通れば大河を渡らなくとも獣人の国には行けるが、魔物に殺されるという危険が高まる。その点を考えれば、少数精鋭という考えも分かる。
「しっかし、お前がいると、部下に気を遣う必要もないから楽だなぁ」
「……」
……こいつ、この先も部下の指示とか他諸々を全て私に一任するつもりだな?
戦力の増加といって、私をほぼ無理矢理に副団長に任命して連れてきたのはこの為か。
この男は軍団長の名に恥じない実力を有している上、その快活な性格もあってか、部下からの信頼が篤い。それがかなり性質が悪い。
「心底気に入らないって顔をしているようだが……お前、俺に借りがあるのを忘れるなよ? うちの秘蔵っ子をリングル王国の捕虜にされたこと忘れてないからな」
「ぐ……分かってる」
リングル王国との戦いの最中、第二軍団から派遣されていた黒騎士が捕虜になってしまったことを言っているのだろう。
私自身、あの反則的なカウンターを持つ黒騎士が捕虜にされるなんて露ほども思わなかった。
「まあ、俺としても、秘蔵っ子……フェルムが捕獲されるとは思わなかったさ。なにせ、俺と同じ闇魔法の使い手でも、あいつの魔法は異質だったからな」
『反転』の特性を持つ闇の魔法。
敵対者に傷を返す黒騎士の魔法は、どんな強敵にも致命傷を与えることができる無敵の魔法のはずだった。
コーガも黒騎士という戦力を寄越した時は、私と同じことを考えていただろう。
「だからなぁ、あいつが人間に負けたって聞いたときは心底驚いた。まさか治癒魔法使いにぶん殴られるなんて、思わず笑っちまったよ。なんで味方を回復させる奴が凶悪な闇魔法使いに殴りかかるんだよ! ってな」
「おい、心配じゃないのか。お前の部下だろう?」
部下が捕虜にされているのに笑うとはなんだ。
不謹慎な物言いに、思わずコーガを鋭く睨み付ける。
「それほどは心配していないな。むしろ、相手に寝返っている可能性すら考えているぞ?」
「……なぜ、そんなことが言えるんだ」
「あいつにとって、魔王軍はその程度の存在だからだよ。魔王軍で戦うのは魔王様の為じゃなく、自分の為であって、ただ力を思う存分に振るえる環境が欲しかったにすぎない」
そう言われれば、黒騎士は魔王軍の為というよりは、自分の為に戦っているように思えた。
流石に、他人に魔王様の為に戦え! と強要する訳じゃないが、あいつがどのような理由で戦っていたか知りたかったな……。
あの時の私は、軍団長という立場で一杯一杯だったから、黒騎士に対して怒鳴っていた記憶しかない。
軍団長という任を降り、落ち着いた今なら、もっと話せることがあったのかもしれない。
「闇魔法使いってやつはよ。誰もが理解者ってのを欲しているんだよ」
「理解者?」
「生まれたその日から忌み子として扱われ、恐れられながら育つからな。そんな育て方されたら自然と捻くれた性格になっちまうってもんだ」
「お前のようにか?」
「俺はまだ表に出ていないだけマシ」
へらへらとした笑みを浮かべたコーガは、自身の掌を見つめた。
横顔こそは笑顔だが、その瞳はどこか遠くを見ているような空虚さが感じられた。
「だからよ、フェルムにとっての”理解者”たり得る人物が、リングル王国にいるってんなら、あいつは魔王軍には戻ってこないだろう。そこに自分が存在する理由があるからな」
存在する理由、か。
裏切り者、という話だけで済むような簡単な話じゃない。
闇魔法の使い手を忌避し、そういう環境を作り上げてしまったのは他でもない私達魔族であるからだ。本来ならば、魔族を見限ってもおかしくはない。
悩ましげに腕を組むと、ふと思い出したようにコーガがこちらを見る。
「それよりも、俺が気になってんのはフェルムをぶん殴った治癒魔法使いと、二人の勇者のことだよ」
「……それは私にとって苦い記憶でしかないんだが」
二人目の治癒魔法使いと、二人の勇者。
黒騎士が戦闘不能にまで追い込んだ勇者を、ほぼ全快にまで回復させ戦線へ復帰させた者。
雷の魔法と光の魔法、強力無比な魔法を扱い、魔王軍の主戦力であった蛇の魔物、バルジナクを打ち倒した二人の勇者。
それらの存在は私にとってトラウマでしかない。
二人の勇者もそうだが、ほぼ不死身の回復要員がもう一人だとか、最悪の一言に尽きるだろう。
コーガの方は余程興味があるのか、いつもの無気力な様子とは違い興味津々といったばかりに私に話しかけてくる。
「戦争に行った兵士から聞き込んでみれば、その治癒魔法使いと二人の勇者。俺とそう変わらない年頃だって聞いてさらにびっくりだ」
「……はぁ? 偶然だろう」
「そうか? 俺としては、治癒魔法使いと勇者に何かしらの繋がりがあると見ているんだが」
年齢よりも、二年前の戦いにはいなかったローズと同一の治癒魔法使いが、一体どこから湧いて出てきたのかが甚だ疑問だ。
「しかし、随分と熱心なんだな」
「熱心というより、あれだ……機会があれば戦ってみてぇなって」
「……珍しいな。お前がそんなことを言うのは」
「確かにな」
戦いを面倒くさがるこいつが、戦いたいと口にしたことに私は素直に驚いた。
「俺が望むのは宿敵との戦い、それに尽きる。現状その候補が、勇者と、治癒魔法使いってだけだ。……まあ、治癒魔法使いの方にはあまり期待はしていないけどな」
宿敵ときたか。
今まで無気力にも思えたこいつの印象が少し変わった。
「……その宿敵ってのは、今まではいたのか?」
「いいやいないな。せめて俺と殴り合うくらいの気概がなけりゃあ駄目だな」
「フッ、お前相手に近距離で戦おうとする奴はただのバカだろう」
私の言葉に、深く頷いたコーガは不敵な笑みを浮かべた。
その笑みは私が、脳天気なこいつからは想像できないほどの好戦的なものであった。
「いいじゃないか、バカで。俺はそういうのが大好きなんだ」
「コーガ、お前は――」
その時、私の声を遮るかのように魔物の雄叫びが響いた。
そう遠くない場所から聞こえた雄叫びに、ゆっくりと立ち上がったコーガは私と部下達に立つように促した。
「無駄に魔物と戦う必要もないだろ。十分に休んだな? じゃ、先に進もうぜ」
「……ああ」
コーガの言葉に頷き、部下達と共に立ち上がり、再び険しい道を歩き始める。
”闇魔法の使い手は、誰もが理解者を欲している”
コーガ自らが語った言葉だが、それは他ならぬ本人にも当て嵌まるというなら――、
「……いや、任務に集中しよう」
今、そんなことを考えている場合ではない。
雑念を振り払い、目の前の景色に意識を向けた私は魔王様から命ぜられた任を遂行するべく、地面を踏みしめた。
今回はギャグなしでした。
明日の19時か20時頃に次話を更新いたします。