閑話 再会の後 /隣国にて
お待たせしました。
今回は、二つの閑話をお送りします。
閑話 フェルム、再会の後
朝は習慣通りに目覚め、昼間はローズに倒れるまで走らされ、夜は日記を書いて倒れるように眠る。
それがボクの、いつもと変わらない救命団の日常。
そんな日常の中、いつものようにローズに虐げられていたボクが、次に目を開けると、目の前にウサトがいた。
やけに現実味があったが、ボクは自分が夢を見ていると判断した。
あいつは今、書状渡しとかいう旅に出ている。そんなあいつがなんの前触れもなしにボクの前に現れるはずがない。
そう結論づけたボクは、ウサトに殴りかかった。
ボクの夢の中なら、ウサトをボコボコにできるはず……なのだが、どうしてか前と変わらずにボクはあいつに為す術無く気絶させられてしまった。
「いつまで寝てんだ」
「ふぎゃ!?」
額にとてつもない衝撃を受けて、ボクは目を覚ました。
正確には覚まされたというべきなのだろうけど、誰に起こされたかは既に分かっているので、痛みに悶えながらも起き上がる。
ボクの前には指を構えたローズと、こちらの顔を覗き込んでいるナックがいた。
「その様子じゃ、あっちでウサトと話してきたみたいだな」
「あっち? え、ウサト……?」
「……十分休憩を取る。その間に体を休めておけ」
休憩!? 血も涙もない、この女が!? とは口が裂けても言えないので、コクコクと頷く。
そう言い放った後に、宿舎の方へ足を向けるローズに、首を傾げたナックが声をかけた。
「どこかへ行かれるんですか? ローズさん」
「城へ行く用ができた。大丈夫だとは思うが……サボったら、分かっているな?」
ギロリと、魔物ですら威圧しそうな視線に、ボクと同じくナックも何度も首を縦に振る。
この女なら、例え見ていなくてもサボったことを察知してもおかしくはない。というより、何度か察知している。
挙動不審になりながらも、ローズの姿を見送ったボクは、肩の力を抜いて地面に座りこむ。
「ふぅー……。フェルムさん、ウサトさんは元気でしたか?」
「は? なに言っているんだお前」
「え? だって、魔術ってやつで呼ばれたんじゃないんですか?」
……ん?
ナックの質問の意味が分からない。
首を傾げたボクに、ナックがボクに起ったことを説明し始めた。
こいつが言うには、ボクは魔術によってウサトのいるところにまで引き込まれて、気絶して帰ってきたらしい。
……。
「あれは夢じゃなかったのか!?」
「……もしかしてフェルムさんって、バカなんですか?」
「うっさい!」
呆れた様子のナックに怒鳴りながら、今一度ウサトとのやり取りを思い出す。
思い出してみれば、ウサト以外にも誰かいたような気がする。
ウサトもウサトで、好戦的なボクを見て呆れていたけど……結局は、デコピンされて頭叩かれて――、
「ということは、またボクはあいつにやられっぱなしで気絶させられたのか……! くそう! なにが『よく頑張ったな』だ!! お前に褒められても全然嬉しくなんてないんだぞ!!」
地面を踏みつけ鬱憤を晴らしていると、微笑ましそうにボクを見ているナックの視線に気付く。
「なんだよ。気持ち悪い笑みでボクを見て……」
「いや、なんというか……なんだかんだ言って、フェルムさんって俺と同じなんだろうなって……」
「はぁ? どういう意味だそれ」
「どうせ否定するので、言いません。さ、そろそろ訓練を再開しましょう。サボると後が怖いですからね」
「……」
こいつと同じとはなんだろうか? 訳の分からないことを言ってボクを混乱させようとしているのか?
そんな思惑に乗るつもりはないので、大人しく訓練に戻る。……サボったとバレてローズにボコボコにされるのも嫌だし。
……そういえば――、
「……あれは、なんだったんだ……?」
ボクの魔法で作った鎧にウサトが触れたとき、異変が起こった……ような気がした。
鎧が一人で動き出したような、そんな感覚。
そもそも、ボクの鎧が意思に反して勝手に形を変えること自体おかしいのだ。そんなこと魔王軍にいた時は一度もなかった。
「気にしてもしょうがないか。どーせ、また魔力を封じられてるし」
外されたと思っていた首の魔導具もいつのまにか元に戻っている。
魔法が使えない今、異変について考えても意味がない。
「次に会った時、目にもの見せてやる……!」
「さっきからブツブツと何を呟いているんですか? 無駄口叩いてないで訓練に戻りましょうよ」
「分かってるッ!」
「あ、ちょっと先にいかないでくださいよ!」
呆れ顔のナックに怒鳴りながら、走り出す。
今に見てろよ、人間の皮を被った化物め。次に会う時は、今日以上に強くなってぎゃふんと言わせてやるんだからな……!
そう決意したボクは、訓練へと意識を集中させるのだった。
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閑話 スズネ、隣国にて
グラリアル王国。
それが、私達が書状を届けるために訪れた三番目の国。
書状を渡すことは意外なほどあっさりと済んだ。しかし、その代わりに私達はグラリアル王国の王から、ある依頼をされた。
「ミアラークの危機を救ってほしい、か」
グラリアル王国の隣に位置する都市、ミアラーク。
私達がグラリアル王国にやってきた時には既に、その都市で問題が起きていた。
それは、ミアラークに所属するある騎士が暴走し、ミアラーク周辺の水を氷結させ、都市を破壊しようとしていること。
そして、ミアラークの民達は現在、グラリアル王国に避難している。
都市といえど、ミアラークに住む人々の数は決して少なくはない。グラリアル王国もできる限り、食料や物資を節約し、ミアラークの民に分け与えてはいるが、そう長くは保たない。
このままでは、ミアラークの民を見捨てなければいけない。
非情な決断をしなければならなかったそんな時に、グラリアル王の前に私達が現れた。
「ウサト君……」
ミアラークの城とは未だにフーバードを用いての連絡が取れている。
私達がグラリアル王国に到着した時には既に、ウサト君達がミアラークに到着しており、暴走している騎士を止める為に動いてくれているらしかった。
……連絡の内容を聞けば、単身で暴走している騎士に肉弾戦を仕掛けただとか、相も変わらない破天荒さを発揮しているようで、つまりは全然変わっていないようで安心した。
「心配ですか?」
「……ああ、心配に決まっている」
グラリアル王国の門の外で、急ごしらえのテントで休んでいるミアラークの人達を見ていた私の隣に、クルミアがやってくる。
「聞けば、暴走している騎士は勇者の称号を与えられたであろうと言われた人だ。そんな人が龍と化しながら暴れている……ウサト君に何かあったらと思うと……」
私もミアラークで何が起っているかは把握していない。
だが、龍と化した者が暴れていると聞けば、どれだけ深刻な事態かは想像できる。
ドラゴンという存在は、どのような物語でも強い存在として描かれている。それは、この世界でも変わらないはずだ。
「それで、本音は?」
「恥ずかしすぎて、会わせる顔がない」
クルミアの言葉に顔を手で隠して、羞恥に悶える。
ここまで来るのに色々やらかしてしまった……!
しかも、噂が一人歩きしまくって、色々大変なことになってしまっている……!
「ウサト様も大変ですね。治癒魔法使いという特異性からか、噂に尾ひれがついて、凄いことになっていますよ」
「うぅ……」
「もうあれですよ。魔物を素手で殴り飛ばしただとか、治癒魔法で目つぶしをしてくるだとか、終いにはウサト様に殴られた者は金縛りにあったように体が動かなくなる……なんていう噂も出てきましたし」
「……」
この数ヶ月で、ウサト君が超人みたいな扱いになってしまった。
それに妖術師みたいなことになっているし……治癒魔法で目潰しだとか、ウサト君はそんなことしない……はずだ。
「本当は、ウサト君なら大丈夫だって分かっているんだ……! だけど、肝心の私がどんな顔して会っていいか分からない。多分、確実に、いや絶対にウサト君は私への仕返しを目論んでいる。……いや、それも望むところだけど、まず会うのが恥ずかしすぎて、決心がつかない……」
「……面倒くさ」
「酷くない!?」
確かに面倒くさいのは自覚しているけれど、面と向かって言われるのが一番傷つくのだけど!?
私の言葉にクルミアは呆れたように、肩を竦める。
「貴女の乙女心なんて知ったこっちゃありませんよぉ。私達はウサト様の助けに向かう、それでいいじゃないですか」
「ぐぐぐ、私の従者が厳しすぎる……」
「それに、今を苦しんでいる者がいる。それを見て見ぬ振りなんてできるはずがない。そうでしょう?」
「……分かっているさ。だから、こうして出発の準備を整えているんじゃないか」
「その割には現実逃避していましたけど」
「う、それは……」
本当に痛いところを突いてくるなぁ、この子は。
だけど、事実であることに変わりない。私がウサト君に会わせる顔がないという理由で、ミアラークに向かわないという選択肢は最初から存在しない。
今、私の目の前には家に帰れないミアラークの民がいて、後ろには彼らの為に力を尽くすグラリアル王国の民がいる。
一先ずは個人の感情を度外視して、ミアラークの問題をなんとかしなければ――、
「勇者様ぁ―――!」
「ん?」
決意を固め、ミアラークへと出発するべく仲間に合図を出そうとしていると、城の方からグラリアル王国の騎士が大慌てでこちらへ走ってきた。
心なしか、その表情は喜色に溢れていることを疑問に思いつつ、息を乱している騎士に話しかける。
「どうしました? これからミアラークに出発しようと思っていたのですが……」
「その必要は、ありません……! ミアラークの危機は、今日っ、去りました!!」
「え?」
「これを!」
騎士が差し出したのは、ミアラークからフーバードで送られたであろう手紙であった。
訝しみながら、手紙を開き目を通すと―――そこには、ウサト君達によってミアラークで暴れていた騎士を止めることに成功したという報せが記されていた。
「そうか、ウサト君がやってくれたか。さすがはウサト君だ」
「悉く、私達の想像を超えていくお方です。やっぱり、ウサト様についていくべきだったかも……」
「私に聞こえるように言うのやめてくれない!? 普通に傷つくよ!?」
冗談です、と返すクルミアに、肩を落としながら報せに目を向ける。
……ミアラークの危機が去ったのなら、私が行く必要はない。ウサト君に会えなくなって、少し寂しいけれどミアラークが救われて本当に良かった。
嬉しさ半分、名残惜しさ半分な心境で、報せに目を通していると、ある一文に目が留まる。
「ん? 銀色に輝く右腕? 黒い使い魔と共に氷上を駆ける治癒魔法使いウサト……?」
ん?……んん?
あ、あれれ? どういうことかな? 彼右腕に銀色の装備なんてついていたっけ? 黒い使い魔と共に氷上を駆ける……ブルリンかな? でもあの子は黒くはなかったし……。
連絡を送った者は報せに信憑性を持たせようとしたのか、分かりやすいように手書きの一枚絵を添えていた。
それを見れば、ルクヴィスで別れたときと変わらないウサト君と彼の仲間達が描かれていた。
しかし、彼の右腕には控えめにいって、格好良すぎる籠手が嵌められていた。
加えて、彼の右肩には控えめにいって、可愛らしすぎるフクロウが乗っていた。
……ん?
「いや、本当にさすがですね。私達が行くまでもなく、なんとかしてしまいましたねスズネさん。……スズネさん?」
「……ず、ずるい!」
「は?」
私の言葉に素っ頓狂な声を漏らすクルミア。
しかし、そんなことが気にならないほどに私は肩を震わせた。
ルクヴィスでは見なかった籠手をつけているのは置いておくとして、ブルリンがいるにも関わらず、フクロウというずんぐり可愛い生物を肩に乗せているなんて、ずるいぞウサト君……! 私なんて使い魔との出会いすらないのに……羨ましい……!
「なんかウサト君、私と別の世界で旅をしていないかな!?」
ウサト君、君はどのような旅を送っているのだろうか……!
君と再会した時、君がどれほど成長しているのか、想像するのが怖くなってくるよ……。
ウサトの噂に関しては、サマリア―ル編で気絶させられた騎士達から漏れた感じです。
※活動報告にて、『治癒魔法の間違った使い方』のコミカライズについての情報を更新しました。