第十三話
ローズに決意表明をした後、やっぱりお仕置きされました。
悪口を言ったことを根に持っていたローズは、僕を閉じ込め、地獄の筋トレメニューを課した。昨晩の記憶は僕にはない、よほど恐ろしい体験をしたのだろう。
気付いたら何故かトングと相部屋している自分のベッドに寝ていた。
体には怪我も疲労もない、されど心は疲弊しているという訳の分からなさに顔を青くさせる。
「ぼ、僕は一体何をされたんだ……」
「おう、起きたかウサト」
「トングか、何かお前の顔を見るのも久しぶりだな」
ベッドから体を起こすとそこには、強面の同僚トングがいた。
寝起きに、この子どもですら逃げ出しそうな残念な顔を見るとはなんて幸先悪い一日だろうか。
「はぁ……」
「おい、なんでそこでため息をつくんだよ。森に放り込まれて少しは大人しくなっていると期待したんだがなあ。こりゃあ望み薄だな」
抜かせよ強面、僕が大人しくなるのはトングとその他四人以外の時だからね。
トングと軽い雑談という名の煽りを交わしながら着替えを済ませてた僕は、食堂で朝食を食べた後、宿舎の外に出た。
外に出る際に、食堂から拝借した果物をバケツに詰めて、ブルリンのいる厩舎に持っていく。
厩舎の中を覗き込むと、藁の上に寝ているブルーグリズリーのブルリンがいた。
「ブルリン、起きてるか?」
「………グ?」
今、起きたようだ。
ブルリンを一撫でしてから、バケツに入れたリンゴに似た果物を一つ持ってブルリンの前に差し出す。
差し出された果物に鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅いだブルリンは、大きな口を開けて果物をガブリと一噛みする。
「よしよし」
「ハフッ……ハフッ」
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだブルリンにもう一つ果物を差し出す。その際にもう片方の手で撫でるのを忘れない。
ふふふ、大人しいうえになんと心地よい毛並み。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら果物をあげる僕の姿は傍から見たらとても気持ち悪かっただろう。
「ここにいたのか。探して損したぞ」
「団長? どうしたんですか? まだ訓練時間じゃないんですけど」
入り口から、不機嫌な表情のローズが入ってきた。
不機嫌に見えるのはいつものことなので、あまり気にしないようにする。
「今日の訓練には……そいつの名前は何だ?」
「ブルリンのことですか?」
「ブル……リン? それ、名前なのか?」
ブルリンの名前を聞いてきたローズに、彼の名前を教える。
すると、ローズは目を皿のように丸くさせる。滅多に見れない表情なので少し新鮮な気持ちになった。
「お前、そんな名前でいいのか?」
「え、いい名前じゃないですか? なあブルリン」
「カプッ」
頭を撫でようとして差し出した手をカプリと噛まれる。
これはきっとブルリンが照れてるだけだから。
この子の愛情表現だから、全然苦じゃないから。
「ほら、ブルリンも気に入ってますよ」
「そ、そうか? それじゃ、そのブルリンには今日からお前と一緒に訓練に参加してもらう」
僕とブルリンが?
噛みついていた手を解放したブルリンが首を傾げながら、ローズを見上げる。
「こいつも、救命団の一員だ。お前の訓練にも参加させるべきだろう?」
「うーん、行ける? ブルリン」
言葉を投げかけてみると、自ずと理解したブルリンはまるで己を鼓舞するかのように一声鳴く。
「行けるようです」
「時間が惜しい。早く行くぞ」
ブルリンを連れて、ローズと共に馬小屋から出る。
何故か久しぶりの特訓に胸が踊る。
………あれ、もしかして、僕って調教されてる?
●
「よし、ウサト。ブル……リンを担いで走れ」
「はい?」
なぜブルリンの名前を言い淀んだのか気になったけど、それよりも別の部分が気になった。
何でブルリンを担ぐのか、一緒に走るのではないのか?
「口答えすんな、重りを付けた上でブルリンを担いで走るんだよ」
「重りもですか!?」
「当然だろう? その熊は人間より少し重いくらいだから丁度いいんだよ。実戦を想定した模擬訓練だ。熊を要救助者と仮定して走り続けろ。手なんか抜くんじゃねえぞ、実戦のつもりでやれ」
「……はぁ、分かりましたよ……」
重りの付いているベストのような上着を着る。
懐かしい重さを体に感じながらブルリンを背負うように持ち上げる。
全然軽いな、これならいける。
「大丈夫? ブルリン」
「グア」
ぺしりと僕の頭を軽くはたくブルリン。
おぶったことで、上半身がブルリンの柔らかい毛並みに包まれて、ほんわかとした気分になった。
木陰に座り、少し厚い本を取り出したローズに声を掛ける。
「フフフ、団長、僕とブルリンのコンビネーションを見せてやりますよ!!」
「無駄口を叩くな、さっさと走れ」
明らかにイラついた口調のローズに流石にマズイと感じた僕は、やや前傾姿勢で走り出す。
走るルートはいつも練習している訓練場の周辺の林の中。
決して広くない土地の中をぐるぐると回る。
……心なしか身体が軽い。森でのサバイバル生活が僕の体を鍛えたのか。それとも蛇との戦いで急速に治療した影響で筋肉や骨が強靭になっているか。
「そんなマンガみたいな話、あるわけないか」
「グゥ?」
「ああ、ごめんごめん、こっちの話」
走っている間は、治癒魔法を体全体を覆う薄い膜のように展開している。
効力は集中した時よりは劣るけど、その魔力の強さに応じて万遍なく治癒することができる。これが無かったらローズの訓練なんてついて行けなかっただろう。
走り出してから約二時間、一定のスピードで走り続けているが、まだ疲れは出ない。魔力も節約しているのだ、むしろこれぐらいで音を上げたら僕はここに居られないだろう。
「まだまだ行ける……」
走り出してから約四時間が過ぎた頃だった。
その時間を過ぎてから、僕は体に違和感を抱きはじめていた。
足が重く、息が苦しいのだ。体力はまだ余裕がある、でも僕の動きを阻害する何かが、体の挙動を邪魔している。
「……」
背中のブルリンが心配そうに体を揺するが、僕はそれに反応できない。
次第に体が重くなってゆき、走る速さもどんどん遅くなる。太陽が真上を過ぎた頃、とうとう僕はその場で転び、ブルリンを降ろした後、大の字で寝転んでしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ……何だ……これ……」
気づかないうちに魔力が尽きている。
疲労だけを回復しているなら、半日使っていても保つはずなのに……。
大の字に寝転がっている僕の所に、木陰で本を読んでいたローズが僕の方に近づき顔を覗きこんできた。
「理解したか? それが、人を背負った事を仮定した状態でのお前の体力だ」
「仮定……した?」
「人間の体っつーもんは面白いもんで、ストレスによって疲労の度合いが変わるんだよ。緊張、恐怖、焦燥感のような感情でも人間の体は疲労を感じちまう。お前が背負ったブルリンを人間と仮定すると、お前は戦場で普通に走ってると普段より確実に短い時間で力尽きちまうってことだ」
「じゃあ、どうすれば?」
「慣れろ。それか、怖気づかない精神力と判断力を身につけろ。今日からこの訓練をするぞ。ほらっ」
僕の頭に緑色の光の灯った手を置くローズ。
温かい光が全身を包み込むと同時に体の疲労が抜けてゆく。流石に魔力は戻らないだろうけど、自分で立つくらいになら回復することができた。
「ありがとうございます」
「今は魔力の回復に努めろ。午後から同じことをする」
……何だかんだでこの人って面倒見いいよな。
僕が森に居る間も王国に帰らないで、森にいたらしいから。
あと、意外に動物好き。
「団長って……」
「ん?」
「ツンデレですね」
「なんだその言葉?」
「いえ、なんでもないです」
流石にこの言葉を知られるのはまずいので、心の内にしまっておくことにした。
「……ならいい、午後からは城周りと城下町の方を走ってこい」
「……え? もしかして、ブルリンを背負って?」
「それ以外に何がある?」
それって、沢山の人に注目されてしまうんじゃ?