第百二十話
お待たせいたしました。
第百二十話。
第五章エピローグです。
カロンさんを無事に助けることができた僕は、レオナさんとアルクさんの怪我を治したあと、ミアラークの城へ戻り休息をとった。
本来ならすぐにでもノルン様のいる玉座に報告するべきなんだけど……カロンさんを助けたことで、ミアラークが救われたと知った彼女は、満面の笑みを浮かべたまま――寝てしまったらしい。
ノルン様は、不眠不休で結界を張り続けた、それを理解していた僕達は彼女が起きるのを待つことにした。
「ごめんなさい。安心したら猛烈な眠気に抗えなくて……」
「僕達も休めましたし、全然気にしていませんよ」
二日後、ノルン様が目を覚ましたという知らせを聞いた僕達は、ファルガ様のいるクレハの泉がある地下へ呼び出された。
泉で僕達を待っていたのは、ノルン様とファルガ様の二人(?)であった。
「貴方達が力を貸してくれたおかげで、ミアラークが救われました。それに、本来救えるはずがなかったカロンの命までを助けてくれて、感謝の言葉しかありません」
「我も感謝の意を述べよう。貴様がいなければ、カロンを止めることができなかった」
「え、えと……だ、誰も犠牲にならずに済んで本当に良かったです!」
ノルン様とファルガ様の言葉に、照れながら返す。
振り返ってみれば、今回もかなりの無茶をしたと思う。
崩壊状態のカロンさんは間違いなく僕を殺しうる力を有していた。それ以前に、レオナさん、アルクさん、アマコ、ネアの助けがなければ今頃僕はここにはいなかっただろう。
紙一重の結末を手繰りよせられた……僕一人では絶対にできなかったことだ。
「そういえば、ミアラークの人達はここに戻れるんですか?」
「ええ。昨日の内に城の者が民を預かってくれている隣国に報せを送ったわ。二週間もすれば、ここに戻れるでしょう」
「家に、帰れるんですね……良かった……」
やはり一ヶ月近くも家に帰れないというのも辛いだろう。
安堵の表情を浮かべた僕に、微笑んだノルン様は懐から、一枚の紙を取り出し僕へ見せた。
見覚えのあるそれは、僕達がミアラークに訪れた際に彼女に渡した書状であった。
「最初、書状の答えは保留にしたけど、この国の為にここまでしてくれた貴方達のことを疑う余地はないわ。私、ノルン・エラド・ミアラークは女王として、書状の話を受けましょう」
「あの……大丈夫なんですか?」
ノルン様の言葉に、僕は喜びよりも困惑の感情が先に出てしまった。
書状を受けてくれるのは嬉しいけど、今のミアラークの状況で易々と書状のことを受けていいのか疑問に思ってしまった。
僕の疑問を察したのか、ノルン様の傍らにいるファルガ様がゆっくりと口を開く。
「魔王は強大な存在だ。奴に立ち向かうには、団結しなければならない。ミアラークの危機が去った今、書状を断る理由はなくなった」
ファルガ様は、先代勇者と戦った魔王を知っているからこそ、書状の内容を受けるべきだと考えているのか。
……魔王ってどれだけ強い存在なのだろうか。
少なくとも反則的な強さを持っていた先代勇者と比肩しうる実力を持っていたことは確かだ。
「貴方が心配する必要はないわ。カロンの力が抑えられたことで都市の周囲の氷も溶けてきているから、少し時間はかかるだろうけど、ミアラークは元の活気ある姿へ戻れるでしょう」
「そういうことでしたら……」
気を取り直すように、顔を上げた僕はノルン様とファルガ様に頭を下げ、書状を受けてくださったことについての感謝を言葉にした。
ルクヴィス、サマリアールに続いて三度目になるけど、相変わらず気恥ずかしいものがある。
僕の後ろでネアが「うわぁ、似合わな」って言っていたけど、今は我慢して後で仕返ししよう。
「書状の話についてはこれで終わりだが、ウサト、貴様に伝えておくことがある」
「なんでしょうか?」
「貴様の友、二人の勇者の武具についてだ」
「……!」
僕の記憶の中の犬上先輩とカズキを見たファルガ様が作る二人の武具についてだろうか?
「ミアラークが復興し次第武具の生成を行うが、貴様の籠手とは違い、一から作るのでかなりの時間がかかることを伝えておこうと思ってな」
「分かりました。ファルガ様も、あまり無茶はしないようにお願いします」
ファルガ様の創り出す武具は彼の力を分けたものだ。
つまり、武具を創り出す度に彼の体には負担がかかっているということだから、あまり無理はしてほしくはない。
ノルン様の不安そうな視線を察したのか、ファルガ様は口の端を歪め微笑む。
「フッ、心配はいらぬ。力が削れるだけで死ぬわけではない。この先も我は変わらずにここに居続けるぞ。それに言っただろう? 我が欠片を持つ貴様の行く末も見守る、とな。少なくとも、貴様の行く末を見るまでは死なぬよ」
え、あれ本気だったんですか……。
どうしよう、僕の一挙一動にファルガ様が注目しているということなのか? それとも、僕のこれからの行動に注目しているのか?
どちらも怖いなぁ。
「ウサトって、結構普通じゃない存在に注目されるわね」
「そう言っている本人も普通じゃないけど」
「貴女も普通じゃないわよねぇ、そこの子狐」
後ろで喧嘩が起こりかけているけど、ネアの言葉に思い当たるものがありすぎて困る。
というより、今までの出会った人々のほとんどがどこかしら普通じゃないとさえ思えてきた。
……か、カズキとかアルクさんとか、常識人も結構いるしぃ?
「今日中に貴様達はここを出るのか?」
「ええ。書状の返事ももらえて、体も十分に休めましたので、荷物をまとめ次第、次の目的地へ向かうつもりです」
「残念ね。色々とお礼をしたかったんだけど……」
残念そうにしているノルン様。
カロンさんの暴走が収まりミアラークに平和が戻ったとはいえ、全てが元通りに戻ったわけじゃない。人がいなくなって荒れてしまった都市の内部を復興していかなければならない。
僕達が長居しても迷惑にしかならない。
「次の目的地は、獣人の国だったな?」
「はい」
ファルガ様の言葉に頷く。
僕達の旅の最終目標であり、アマコが僕に助けを求めた理由―――獣人の国。
「気をつけた方がいい。今、あの場所で妙なことが起ころうとしている」
「妙な、ことですか?」
「獣人達が何をしているかは把握してはいない。だが一つ言えることは、獣人は、今も人間という存在を憎んでいる者達が多い。貴様達ならば大丈夫だとは思うが、用心に越したことはないだろう」
妙なこと、か。
ノルン様が言っていた獣人達の不可解な行動となにか関係があるのだろうか?
悪いことじゃなければいいんだけど……、とりあえずは行ってみなきゃ始まらないか。
アマコのお母さんを助けるからには、獣人の国へ行くのは決定事項なんだ。
「心に留めておきます」
「うむ」
僕の言葉に頷いた彼は、青色の綺麗な瞳を見開いた。
「ウサト。大陸を巡る旅の終わりは近いが、この世界での貴様の冒険はまだ終わることはない。その過程で、悩み、苦しむことがあるだろうが、最後まで諦めずにカロンを救おうとしたその心があれば、折れることはないことを、我は確信している」
獣人の国に行ったら、僕達の旅は終わる。
書状渡しという役目を終え、アマコのお母さんを救ったその後は、リングル王国へ帰らなければならない。
少し思い詰めてしまった僕に構わず、ファルガ様は続けて言葉を紡ぐ。
「かつて、希望と絶望の狭間で苦悩した男がいた」
……なんとなくだけど、ファルガ様の言う男が誰かは分かった気がする。
先代勇者、魔王を打ち倒した英雄であり、人に裏切られ続けた人間。
僕は、無言で彼の言葉に耳を傾ける。
「人に裏切られ続け、心が壊れかけながらも戦い続けたその男は、いつか現在ではなく未来の人に希望を抱くようになっていた」
「今が最悪でも、この先は違う……といったことでしょうか? それは、あまりにもあやふや過ぎるんじゃ……」
「それが正しいと認識してしまうほどに、男の置かれていた状況は最悪だった」
……そう、だろうな。
サマリアールで王族を蝕んでいた呪いの正体は、かつて邪龍との戦いで勇者が救ったはずの人々の魂であった。
自分が助けた人間が、自分のせいで殺されてしまった。
それだけでも十分に悲劇なはずなのに、先代勇者を取り巻く状況を考えればもっと酷いことがあったっておかしくはない。
「絶望の中で、男は未来に希望を託した。しかし男にとっての、その希望は――」
そこで言い淀むように言葉を切ったファルガ様は、悲しげに目を閉じる。
次に目を開けた彼から発せられた言葉は、勇者のことではなく、僕へ向けられたものであった。
「ウサト、最後まで”人”を信じてほしい。どんな怒りを抱いても、失望しようとも、決して憎しみを抱き闇に落ちることはないように」
「……はい」
憎しみを抱く、なんてことは今の自分でも想像はできないけれど、ファルガ様の言葉はしっかりと心に刻んでおこう。
僕の返事に満足したファルガ様は、緊張を解くように吐息を漏らすと、僕からノルン様の方へ視線を移した。
「うむ。我から言うことは何もない。ノルン」
「はい。では、今日中にここを発つというので、せめてものお礼として、これからの旅に必要なものをお贈りしましょう」
「あ、助かります」
旅をする上で食料と水はかかせないからね。
獣人の国まで少し遠いらしいし、貰えるものは貰っておこう。
「それと、リングル王国に帰るときは、船を手配するわ。貴方達が来る頃には氷が溶けているでしょうし、船で川を下って、リングル王国の近くまで貴方達を運べるわ」
それじゃあ、帰りは行きよりも楽になるって、ことなのかな? それはいいことだろうけれど、まずは獣人の国へ行ってからだ。
それにしても、本当に長い一週間だった。
でも、ここで僕が自覚したことは無駄ではなかった。僕だけの戦い方、ファルガ様が作ってくださった籠手、そして治癒魔法の系統強化の会得。
それに、レオナさんも自分だけの勇者の道を進むことができた。
「あれ、そういえばレオナさんは、どこにいるんですか?」
今日、彼女の姿を見ていないことに首を傾げていると、ノルン様が僕の疑問に答えてくれた。
「レオナには、ここを出発する貴方達を見送るようにお願いしたわ」
「そうなんですか?」
見送りをしてくれるのか。
良かった。最後の最後で、顔を合わせないまま別れることにならなくて。
今まで人を助ける者として大事なことを忘れていた僕に、それを気付かせてくれた彼女に改めてお礼を言いたかった。
幸い、その機会があり一安心した僕は、ノルン様とファルガ様に別れの言葉を送った後に、旅に出る準備を進めるべく地上へと戻るのだった。
●
獣人の国へ向かう準備を整えた僕達は、城の傍の厩舎で惰眠を貪っていたブルリンを叩き起こした後、今日までお世話になったメイドさんに別れを告げ、城を出発した。
メイドさんの話によれば、レオナさんは城門の方で待っているらしい。
早速、城門が見える場所に出ると、門の内側の扉に二つの人影がいることに気付く。
見送りにきてくれるのはレオナさんだけかと思ったけれど、他にもう一人誰かいるのだろうか?
疑問に思いながら近づいていくと、レオナさんの姿ともう一人の人物の姿が鮮明に見えた。
「……あ」
レオナさんの隣にいたのは、杖で体を支えた男性であった。
その男性には見覚えがあった。というより、見覚えどころじゃなく、つい先日死闘を繰り広げた人物、カロンさんであった。
「おお! 来たか!」
伸びきっていた髪を短く切った男性、カロンさんは僕達の方を向くと、手を大きく振ってくれた。
そんな彼を見たレオナさんは額を押さえ溜息をついた。
「カロン、あまり無理をするな。今日目覚めたばかりなんだぞ」
「大丈夫だ。分かってる」
レオナさんにそう返したカロンさんは、暴走していた時と違って爽やかな雰囲気のする人だった。
彼は、門に到着した僕達に視線を移すと、親しみやすい笑顔を浮かべた。
「もう知っていると思うが、俺はカロン。ミアラークの騎士をやっていた者だ。今回のことは、本当に申し訳なかった。そして、ありがとう、君達がいなければ俺は自分の手で故郷を壊していた」
「え、えーと……その、体は大丈夫でしたか?」
深く頭を下げてくれたカロンさんに慌てた僕は、咄嗟に彼の体に異常がないかを聞く。
やっぱり、面と向かってお礼を言われるのは慣れない。
「君の治癒魔法のおかげで、怪我一つないよ。まさか、治癒魔法をかけられながらぶん殴られるとは思わなかったけどな。ははは」
「戦っている時の記憶があったんですか?」
助ける過程でぶん殴ってしまったことを覚えているカロンさんに動揺しつつ、彼に記憶の有無があるかどうかを確かめる。
僕の質問に彼は頷いた。
「ああ、途切れ途切れだったが記憶はあった。ミアラークの民に被害を及ぼしたことや、レオナとの戦い……そして、俺のことを死に物狂いで救おうとしてくれた君の姿を俺は覚えている」
「……僕は無茶をしただけなんですけどね。レオナさんや仲間にも何度も命を救われましたし、僕だけじゃ貴方は救えませんでした」
「無茶をしても助けてくれる友がいる、それだけでも素晴らしいことだ」
なんというか、気持ちのいい性格の人だなぁ。
レオナさんが理想の騎士というのも分かる気がする。
彼の人となりが分かったところで、気になっていたことを質問する。
「これからカロンさんはどうするんですか?」
「そうだな……まずは、罪を償わなくてはいけない。俺の中に眠る龍の力が暴走したせいといっても、ミアラークを危機に陥れてしまったのは他でもない俺自身だ。ミアラークが復興した後に然るべき罰を受ける」
ミアラークの危機は去った、で終わりにできればいいけれど、暴走したカロンさんがお咎めなしとはいかない。
流石に、理由が理由だからノルン様とファルガ様が便宜を図ってくれそうだけど……。
「それに、俺はもう騎士にはなれない」
「え、どうしてですか?」
騎士にはなれないって……?
首を傾げる僕に、カロンさんはその手に持った杖を見せてくる。
「魔力が練れなくなってしまってな。そのせいか、杖なしじゃまともに歩けない。まあ、普通に生きる上ではそれほど苦ではないだろうが、騎士として戦うには俺の体はあまりにも脆くなってしまった」
「……一時的な無理な覚醒は、カロンの体にとてつもない負担を与えてしまった……ということかしら? それこそ、ウサトの系統強化ですら癒やせない段階にまで……」
背後のネアの呟きに、僕は無言になる。
僕がもっと早く彼を助けていれば、こうならずに済んでいたかもしれない。傲慢かもしれないけれど、そう考えてしまった。
「君のせいじゃない。元より、人が龍になるなんて無茶な話だったんだ。その変化の末に俺は魔法を扱う力を喪失した、それだけだ。……それにな、俺がいなくとも頼れる者がいる。隣にいる真面目女騎士とか」
「変な名で私を呼ぶな」
ジト目でカロンさんを睨み付けたレオナさん。
そんな視線から逃れるように視線をこちらへ戻した彼は、僕の肩に手を置いた。
「というわけで、君が気に病む必要なんてないんだ。君のしたことは間違っていない」
「……はい」
「よし! 俺からの話はおしまい! レオナ。お前も彼らに言いたいことがあったんだろう?」
「元より私が見送りを任されていたんだがな……」
僕の肩から手を離し、後ろへ下がったカロンさんを呆れたように見たレオナさんは、入れ替わるように僕達の前へ進み出る。
「……」
「……」
「……」
「……えーと」
なんで無言なんですかね……?
僕達を前にして緊張してしまったのか、真っ直ぐとこちらを見ていた視線は徐々に斜め下へと移動してしまった。
「レオナさん?」
「……っ、す、すまない! 考えていた言葉が頭の中で消えてしまって……!」
「おいおいレオナ。それはないぞ」
「う、うるさいぞカロン!!」
顔を赤くさせ、カロンさんを怒鳴りつけるレオナさん。
そんな彼女に苦笑した僕は、緊張を紛らわすべくこちらから話しかける。
「その槍。とても似合っていますよ」
「え!? そ、そうか?」
「ええ。とてもかっこいいです」
レオナさんの手で、槍の形へと変わった武器。
そのかっこよさはシンプルすぎる僕の籠手とは比較にならないほどだ。
……もし、僕の武具が籠手ではなく槍だったら……いや、想像するのはよそう。
力任せにぶん回しているイメージしかない。
「か、かっこいい……か」
「女性に対してかっこいいは駄目でしたか……?」
「いや! そういって貰えて嬉しいが、少し複雑な部分が……」
「複雑……?」
やっぱり綺麗だとか、ストレートに言えば良かったのか? でも、あまりにも僕らしくないキザな台詞で、後々羞恥に悶えることになるのだけど。
コホンと咳払いをするレオナさん。
緊張も解けたようで、若干声を震わせながらも口を開いた。
「さ、最後に君達と話したいと思っていたんだ」
その言葉に頷くと、レオナさんは僕達を一人一人見回した。
「……君達と最初に会った頃の私は、迷いの中にいた。私のような人間は勇者に相応しくない。だけど、勇者としてミアラークを守らなければいけない。どこに向かっても行き止まり……そんな状況で、私は君に出会った」
「僕?」
「衝撃的だったよ。今までの常識を覆す戦い方、その心の強さ。そして、獣人、魔物とも心を通わせる……奇抜さ」
「素直に変人って言ってもいいのきょん!?」
「ネア、言っていいことと悪いことがある。いいね?」
治癒魔法弾を人差し指の上に生成し、笑顔を向けた僕に額を押さえてこくこくと頷くネア。
僕が彼女から視線を外すと「ねえ、これって心通わせてるように見える!? ねぇ!?」と涙目でレオナさんに訴えかけているけど、レオナさんは苦笑するだけだった。
「そんな君を見て、私は独りよがりな考えを抱き、自分の身を顧みない手段に出ようとしてしまった。君達をカロンとの戦いに巻き込んで死なせてはいけない。ノルン様にも、ファルガ様にも、城に残っている者達にも傷ついて欲しくなかったから……自らの命を引き替えにして、カロンを倒そうと考えた」
レオナさんのその言葉に、背後にいるカロンさんは悲痛な表情を浮かべ杖を握る手に力を込めた。
「覚悟を決め、死に向かっていた私を止めてくれたのが君だ。一人ではなく、誰かに助けを求める。そんな簡単なことに気づけなかったが、今は違う。ウサト、君は私に頼ることを教えてくれた。一人で無理なら、隣にいる誰かを頼ればいい。苦しんでいる者がいるなら、手を差し伸べればいい。今の私がここに立っているのは君の言葉と、行動のおかげだ」
「そ―――」
「そんなことない、と、君なら謙遜しそうだがな」
そんなことありませんよ、という前にレオナさんに釘を刺されてしまった。
……どうして、僕の言葉が分かったのだろうか。そんなに分かりやすい性格してる?
黙り込んだ僕を見て、レオナさんは微笑む。
「分かりやすいな、君は」
「え、分かりやすいですか? アマコ、僕ってそんなに顔に出やすい?」
「うん。鬼になったり、人になったりしてる」
それは顔に出やすいじゃなくて豹変してるの間違いじゃないですかね。
というより、僕の顔はお面かなにかだろうか。
地味にショックを受けている僕に、アマコが続けて言葉を紡ぐ。
「ん、冗談。でもウサトは何を考えているか分かりやすい方だよ」
「アマコから見てそうなんだ……」
「ははは、ウサト殿は表情豊かですから」
ア、アルクさんまで……。
自分で表情を作るのは得意だと思っていたけど、平常時はそうでもないらしい。
「フフッ、君達のやり取りを見れなくなるのは寂しいが……そろそろお別れだ」
「そう、ですね」
レオナさんの言葉に頷く。
ずっとここで話しているわけにはいかない。
それに、リングル王国に帰るときに、またここに来るのでそれほど長い別れじゃない。
「君達が険しい道のりを進むのは知っている……知っているが、それでも私は、君達の旅が無事に終わることを祈っている」
「レオナさんも頑張ってください。カロンさんもお元気で」
「ああ、次に会える時を楽しみにしている」
レオナさんとカロンさんと別れの言葉を交わした僕達は、彼女達から離れ、ミアラークの外へと歩き出す。
「あ、そうだ」
「? どうしたの、ウサト」
「まだレオナさんに言い忘れていたことがあった」
足を止めた僕は、振り返って、見送ってくれているレオナさんを見る。
いきなり後ろを向いた僕に困惑した様子のレオナさんに構わず、僕は彼女に言おうと思っていた言葉を投げかけた。
「レオナさんも、僕にとっての勇者ですよ!」
「……っ!?」
「それじゃ!」
昨日、レオナさんの言葉についてよく考えてみた。
だけど、考えるまでもなく、答えはすぐに出た。僕にとっての大切な仲間……つまり、そういうことなんだと。
僕の言葉にレオナさんは、驚いたような表情を浮かべた後に、前髪で顔を隠すように俯いてしまった。最後の最後に、これだけは言いたかった僕は、彼女の返答を待たずに前を向き直り、そのまま歩き出した。
「やっぱりウサトは無自覚」
「癪だけど同意するわ。これはあれね、一種の人たらしね」
「今のどこを見て、そう判断したの!?」
こういうときだけ仲良くなるアマコとネアの言葉に、理不尽さを感じた僕は肩を落とす。
ミアラークで暴れていた龍の化身は鎮められ、平和が戻った。
あとはミアラークの人々が戻り、復興を待つばかりだ。
だけど、僕達の旅はまだ終わらない。ルクヴィス、サマリアール、ミアラークで使命を終えた僕達が次に向かう場所は、人間が足を踏み入れることが困難な場所―――獣人の国。
書状を渡すため、そしてアマコのお母さんを救うために僕達は最後の目的地へと歩を進めるのだった。
これにて、第五章終了です。
あとは二つか三つほど閑話更新してから、第六章に入りたいと思います。