第十二話
ようやく、地獄のジャングル(?)からリングル王国に帰ることができた。
蛇から毒も食らい、怪我もしたけれどローズの治癒魔法によって全て治してもらった。今の僕じゃこうは治せなかっただろう。
そう考えると、やっぱりローズの治癒魔法は凄いと改めて痛感させられた。
王国に戻ってからしみじみと思うのはたった十日間ほどの山籠もりは、僕にとってはとても長い時間を過ごしていたと錯覚させるものだった。
今は、ブルーグリズリーの子供、命名「ブルリン」を救命団の宿舎近くの古びた馬小屋に連れて彼の体の傷を治癒魔法で治しているところだ。
青い毛並みがふさふさしていい手触りである。
「ふふふ、我ながら、ナイスネーミングだと思うんだよね。なあブルリン」
いや、本当にブルリンはいい名前だと思う。
ブルーグリズリーから「ブル」と「リ」を取ってブルリンって、どこかのご当地キャラクターのような可愛らしい名前だ。
やっぱり、こういう時にセンスが出ちゃうんだろうなぁ。
うんうんと頷きながら、ブルリンの頭に手を置くと、こいつは僕の言葉に頷く様に――、
「………カプッ」
ガブリと僕の手に噛みつきやがった。
……なるほど、よほど名前を貰えたのが嬉しいと見える。ははは、甘噛みを通り越して血が出てるよ?
現在進行形で僕の手を食み食みしているブルリンは、無事に王国に入ることができた。
正直追い出されると思っていたけど、ローズの話からすると黒ウサギのククルみたいな人間に従うモンスターは、ある程度の安全を確保できれば、数日の観察期間の後、晴れて王国に滞在する権利を頂けるそうだ。
……その際に難しい報告書とか書かなくちゃいけないらしいんだけど、その点に関してはローズがやってくれるらしい。
恐ろしい一面しかない師匠だけど、こういう時頼りになるから本心で嫌いになれないんだよな……。
「それはそうと……」
「きゅ?」
「お前だよ、この裏切り者……いや裏切りウサギ」
「きゅ~」
「……可愛く首を傾げても無駄だからな?」
一瞬、その可愛さに心奪われ、許しかけたのは秘密だ。
僕とブルリンについてきたローズのペット「ククル」。
魔物としての名はノワールラビットというもので、かなり珍しい類のモンスターとローズから聞いている。
このウサギには恨みがある。
僕の純粋な心を弄んだことだ。わざわざ怪我をしたフリまでして僕に近づくなんて……主人に健気すぎて好感が持てるが――、
「しかし、納得がいかない。ローズのペットと言ったら……ドラゴンとか、伝説上の危ない生物だと思ったのに……可愛いなんてズルイだろ!」
「グァ!!」
「痛い!? ごめんよ! ブルリンも可愛いよ!?」
ブルリンが一番だから!? だから僕の脛を殴らないで!
必死に痛みを我慢していると、こちらを不思議そうに見ていたククルが、僕の背後を見た後に一声鳴いて僕の背後の方に飛びだす。
背後を向くと、肩にククルを乗せたローズの姿があった。
「おーし、いい子だ」
「ローズさん……」
「おう、報告書は適当に済ませといた。その熊はもう救命団の所有物だ」
「……所有物、ですか」
まあ、そう言う事になるだろうね。
この場所も無料で貸してくれる訳でもないし、ブルリンの餌の事もある。こいつにも働いて貰わなくちゃ。
そう思いながらブルリンの方を向くと、彼は藁の塊に頭を突っ込んでいた。心なしか、青い体が震えているように見える。
ブルリン、お前……。いくらローズが怖いからって、それはないだろうに。
「まあその熊についての話はこれで終わりだ。私がここに来たのは、あの出来損ないについてだ」
「出来損ない?」
あの蛇のことだろうか。
出来損ないとは……、文字通りの意味か、それともまた別の意味があるのか。
「あの魔物は、僕がその……ククルに綺麗な水の場所を案内された時に、森の奥深くで遭遇したんです」
「なるほどな。奴は私達に見つからない場所で傷を癒し、力を蓄えていたってことか………しかし、グランドグリズリーを殺すほどとは……」
「あの……」
「何だ?」
「グランドグリズリーってどんだけ危険な魔物だったんですか? 僕は知識でしか知らないんですけど……」
これが一番気になっていた。
僕がどれだけ危険な場所に投げ込まれていたのかを純粋に知りたい。
僕の質問にローズは面倒くさそうに腕を組む。
「そうだな。この国の精鋭を集めた中隊が束になっても敵わないレベルだな」
「アンタバカじゃねえの!?」
「あ?」
「ごめんなさい」
即座に謝ってしまった。ここは退いたら負けのはずなのに、反射的に謝ってしまう……!
よく考えたら、精鋭を集めた中隊が敵わないグランドグリズリーを殺した蛇を瀕死に追い込んだ僕は、すごいとは言わないけど少しは頑張ったんじゃないのかな?
そのことを何気なしにローズに訊いてみると、意外にも彼女の答えは罵倒でも批判でもなかった。
「……今回に関してはお前は合格だ、いや合格以上と言ってもいい。討ち損じたとはいえあの出来損ないを追い詰めたんだ。お前には資格がある」
「何の、資格ですか?」
「私と同じ戦場に立つ資格だよ。まだまだ基礎が足りねえが、お前には他の治癒魔法使いとは違うもんを手に入れたって事だ」
「違うもの?」
「苦痛に耐える体に、身体能力、それに……」
ローズは僕の胸に拳を当てる。
「強靭な精神力、それが私の部下の残りの治癒魔法使い二人が手に入れられなかったもんだ。誇れよ」
「いまいち、自覚がありませんけど……ん? 二人の治癒魔法使い?」
そういえば、救命団にはローズの他に二人治癒魔法使いが居ることを思い出した。
しかし、救命団に放り込まれてから一度もその姿を見たことがない。
「そいつらは身体が弱ぇから、街の方で診療所を開いている」
「ああ、それで……」
……羨ましいなぁ。
その人達は、ローズの訓練を受けずに済んでいるのだから……。
「そいつらは緊急時の後方支援だ、他五人は負傷者の回収、私とお前は前衛で負傷者の治療」
「僕が前衛!?」
「当然だ。お前は、私と同じだからな」
「何……で?」
「時間がねえんだよ。もうすぐ魔王軍が来る。恐らく前回の失敗を繰り返さねぇように積極的に私を狙ってくるだろうしな。そこで隠し玉のお前が登場って訳だ」
つまり僕は、魔王軍に対しての切り札……は言いすぎか、むしろ相手を騙すためのからめ手に近いのかもしれない。
僕にそんな大役ができるのか。
死ぬか生きるかの戦いの中で、僕は普通の精神状態のままでいられるのだろうか。
暗くなった僕の表情を見て、僕の心情を察したローズは続けて言葉を紡ぐ。
「悩むのはしょうがねえことだ。だが覚悟しろ、戦場には確実に勇者が駆り出されるぞ」
「っ!?」
カズキに、犬上先輩。
二人は僕とは違う本物の勇者だ。魔王軍と戦うことになるのは当然のことだろう。
例え、王様が出陣させるのを止めても二人なら、絶対に戦場に行くだろう。
僕はどうする?
正直に言って戦争になんか参加したくはない。だけど、それ以上にこの世界の友人をなくしたくない思いの方が強い。
でも、なんというか意地というのか、二人が出るなら同じ境遇にある僕も出ないと何か嫌だ。二人が頑張っているのに、自分だけ安全な所に居るのも嫌だ。
まるで子供のような我儘だけで、一つ言えるのは見て見ぬ振りなんてできないことだ。
僕は真剣な表情でローズの方を見る。
「僕は……戦いません」
「おう」
「敵も殺しません」
「おう」
「でも、皆を助けます」
「それでいい、私達は救命団だ、相手も殺す必要がねえ。人を救ってなんぼだ。自己犠牲精神の死にたがり野郎は殴って連れて行き、敵に殺されそうな奴を横から掠め取り、死にそうな奴は死んでも生かす。それが私たちの役目だ……理解したか? 新米。どんどん理想論を語れ、私達救命団はそうでなくてはならない」
僕には力がある。
それは相手を殺す力でもなく、生かす力。今までは宙ぶらりんに自分の道を決められずにいた僕だけど、今この時、この人の言葉で決意する。
戦場は、人が簡単に死んでしまうような無慈悲な場所だろう。
だけど、そんな場所で僕の力が誰かの命を救う力になるなら、迷いなく前へ踏みだそう。
僕は、彼女の言葉に応えるように声を張り上げた。
「はいッ、団長!!」
この時、僕は初めて救命団の一員になった。