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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第五章 水上都市ミアラーク
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第百三話

第百三話です。

 レオさんは実は女性で、名前もレオナさんだった。

 とんでもない勘違いしてしまった僕は、ショックを受けていた彼女に必死に謝り、なんとか落ち着かせることができた。


「……それで、ウサト。貴方は覚醒したカロンと戦闘を行ったの?」

「ええ、まあ……一応ですが」


 先程の騒ぎに少しばかり疲れたような表情を見せたノルン様の言葉に頷く。

 戦闘を行ったといっても、吹雪に吹っ飛ばされて身動きが取れなくなりながらも、殴り返そうとしただけだ。

 おおよそ戦闘といってもいいか分からないけど、僕の情報が役に立つのなら言っておいた方が良いだろう。


「僕もレオ……ナさんと同じ感想です。角と尻尾が生えたことによって、さらに荒々しい雰囲気になっていました。もしかしたら、次に戦うようなことがあれば僕も力負けしてしまうかもしれません……」


 実際、覚醒前でも僕と同等以上の腕力を有していた。

 もし、力も増しているとなれば、現状彼に勝っている部分は足の速さしかない。ならば、次に相対する可能性を考えて速力と筋力を向上させる訓練をしなければならないな。

 腕を組み、これからの訓練方針を考えていると、ノルン様が首を傾げた。


「聞き間違いかしら? 今、ウサトは覚醒前の彼と互角の力を有していたように聞こえたのだけど」

「……はっ!?」


 し、しまった。

 なんたる墓穴。もっとオブラートに包んで言うべきだった。

 いくらなんでも、腕力で張り合ったという事実をそのまま言うのは駄目だろう。


「……まさか、言葉の綾ですよ。」

「フッ、謙遜しなくてもいいぞウサト。私はしっかりとこの目で見ていたぞ。君が身体能力のみでカロンを圧倒しているところを……」


 咄嗟に誤魔化そうとするも、落ち着きを取り戻していたレオナさんに訂正されてしまった。

 レオナさんは、僕とカロンさんが戦っている時の光景を思い出したのだろうか、噛みしめるような笑みを浮かべ、拳を力強く握りしめた。


「彼は私を抱えているにも関わらず、風のように氷上を走り、カロンを引き離すばかりか……! カロンが放った降り注ぐ氷の槍を悉く回避、飛び散る破片すらも素手でたたき落とすという離れ業までも見せました……!」

「レ、レオナさん……?」

「私は援護に回って彼の戦いを見ていましたが、目の前で縦横無尽に振り回される斧をほぼ完璧に避けきった危機察知能力、回避における俊敏性は特に人間離れしていると言ってもいいでしょう!」


 なんだか凄い熱が入ってらっしゃる……?

 僕のことを紹介してくれるのはありがたいのだけど、なにもそこまで説明しなくてもいい気がするのだけど。一応事実のはずだけど、改めて聞くと恥ずかしくなってくるのですが……。

 レオナさんの熱弁に若干引いたノルン様は、目を見開いて僕に視線を移した。


「只者ではないとは思ってはいたけど、リングル王国はとんでもない人間を送ってきたわね……。あの状態のカロンと体だけで張り合うのは明らかに普通じゃないわ。もしかして、貴方は噂に聞く救命団の者かしら?」

「……はい」


 この人は、グラディスさんやルーカス様のように、ローズのことは知らないようだけど、救命団のことは噂で知っているようだ。

 ……その救命団の噂について聞くのが少し怖いけど。


「決まりね」

「……?」


 僕を見て一度頷いたノルン様。

 彼女が呟いた言葉に、少しばかりの疑問を抱く。


「なぜ彼が貴方が来ることを予想していたか、理由がようやく分かったわ」

「彼? それは誰でしょうか?」


 先程からノルン様の指している”彼”という言葉。

 最初はカロンさんや、レオさんのことかと思っていたけど、明らかに違う。

 まるで僕達がここに訪れることを予期し、尚且つカロンさんの現状を把握しているかのような言動だ。


「今から会わせるわ。……レオナ」


 ノルン様は玉座から立ち上がり、レオナさんに話しかけた。


「ウサト達を彼に会わせる。貴女も一緒に」

「それでは、カロンのことも?」

「ええ、全て明かさなくてはならないでしょう」


 ノルン様の言葉に僅かに顔を顰めたレオナさんだが、すぐに真剣な表情に戻ると僕達のすぐ隣にまで移動する。

 それに合わせ、ノルン様も僕達の方に歩み寄ってきた。


「ノルン様、一体なにを……」

「本来は、特別な身分の者にしか見せないミアラークの秘密の場所。その場所へ、貴方達を連れて行きます」


 秘密の場所……?

 そんな場所に、ノルン様の言う”彼”はいるのだろうか。


「その場所で逢わせるのは、カロンの持つ武具を創った者であり―――魔王を打倒した勇者の持つ剣を創り出した者でもあるわ」

「!?」


 勇者の武器を創った者!?

 それは、今僕が持っている小刀の制作者でもある人……だよな?


「ちょっとまってください。魔王を倒した勇者って、何百年も前の話ですよね? 普通の人間がそんな長い間生きられるはずが……」


 僕の少し後ろにいるネアのことを思い出す。

 人間なら無理だが、ネアのような人間を上回る知能と寿命を持つ魔物なら可能性はある。


「そうよ。今から貴方達に逢わせるのは人間ではないわ」


 口ごもった僕に、答えたノルン様はその手に持った杖で床を三度叩いた。

 すると、地面に青色の文様が浮き出て、足が地面に沈み込むように消えていく。僕は咄嗟にネアの方へ顔を向ける。

 彼女は、厳しい顔つきで青色の文様の浮かぶ床に手を当てていた。


「ネア、これは?」

「ええ、魔術よ。しかも、とても古くて高度に隠されてる。私でも気付けないなんて……下にいるのは相当な術者ね。悔しいけど、私よりも巧く魔術を扱えている」


 できるだけ声を潜め、ネアと会話している間も、僕達の体は床を通り抜けて下へ進んでいく。

 頭上を見ると、半透明になった床だった場所から、メイドさんが手を振って送ってくれているのが見えた。

 足場はどんどん下へ降りていく。

 その最中、ジッと自身の杖を見つめていたノルン様が顔を上げた。


「下に着くまではまだ時間があるわ。それまでに訊きたいことが有れば質問してちょうだい」


 訊きたいこと……か。

 一番訊きたいことは、今から会う人についてだけど、それはすぐに分かるからいいか。

 なにを質問しようか考えていると、アルクさんがノルン様に話しかけた。


「女王様、私から質問をよろしいでしょうか?」

「答えられる範囲でなら、構わないわ」

「では、この都市に住む人々はどのような方法で隣国へ移されたのですか? カロン殿が暴れている今、少人数でも隠しながら移動させるには、多大な時間と労力が掛かるはずですが」


 そういえば、ミアラークの人達を隣国へ送った方法を説明してもらってはいなかった。

 都市とは言え、住んでいる人は決して少なくは無い。

 しかも、周りは水では無く氷。どれだけたくさんの人が乗れる船でも、肝心の水面が凍っていれば意味が無い。

 そんな中、どうやってミアラークの人達を国外へ逃がしたのだろうか?


「ここから民を移動する上で、まずはレオナにカロンの足止めをして貰い、彼女が足止めしている間に全ての民の移動を行ったわ」


 ……それは流石に無理があるのでは?

 口には出なかったが、あまりにも簡潔で雑な説明に怪訝な顔になってしまう。

 僕達の反応を見たノルン様は、困ったように笑みを作る。


「これだけの説明では納得できないでしょうね。確かに、ここまでは無謀な作戦だけど、今から逢う彼の力を借りることで、この無謀な作戦を成功させたの」


 そう言ったノルン様は、手の中にある杖を僕達に見せるように掲げた。

 杖の中心には三角形のギザギザとした鱗のような宝石が嵌められており、そこからミアラークを覆う結界と同じような光が発せられていた。


「まさか、これが結界を作り出していた魔導具ですか?」

「ええ。正確には魔導具と魔術を組み合わせた道具ね。これも彼が創ったもので、私達王族に受け継がれてきた特別な杖よ」


 つまり、ノルン様の持っている杖がこのミアラークという都市を護るための最後の砦といってもいいのか?

 魔導具から外の大きな結界が発せられていると聞いて、もっと大仰な装置かと思っていたけど、随分とコンパクトだ。


「この杖は、術者である私が魔力を込めることによって広域の結界を張ることができるの。彼の支配下であるこの都市でしか使えないという制約はあるけど、私の魔力でなら一定の強度を持つ結界をどんな形でも展開できるの」


 限定した場所でしか使えないけど、相応の効果を発揮する魔導具。

 一人の魔力で発動し続けられるのは、かなり規格外なものだな。

 さっき、ポーションを飲んだくれていた時は、放り投げていたけど……。


「私は、カロンと民の間に結界で境目を創ることで、民を安全に移動させたわ。でも森の中にはカロンの気に当てられて凶暴化した魔物もいるから、ほとんどの騎士を護衛につけてしまったの。だから今、城にいる者はごく僅かよ」

「なるほど……」


 ミアラークの騎士が居ないのは、凶暴化した魔物から移動している人達を護衛する為に一緒に出て行ってしまったからか。

 騎士達もカロンさんがいるから迂闊に戻れない。

 なんとも難しい状況だ。


「ということは、実質的にレオナさん一人でカロンさんを相手取っていたんですね」

「私は最初から最後まで防戦一方だったよ。今日に至っては危うく止めを刺されそうになってしまっていた」

「それでも、僕は凄いと思います」


 誰の助けも無く、カロンさんという大きな敵に立ち向かった彼女が弱いはずがない。

 僕の言葉に狼狽えたレオナさんは、気まずそうに顔を逸らす。


「い、いや、そもそも私がもっとうまくやれれば、彼が覚醒する前になんとかできていたかもしれないんだ……」

「あまり自分を卑下しないで、貴女はよくやってくれているわ」


 それでも自虐的になるレオナさんを心配するように、ノルン様が声を掛けた。


「謙虚なところは貴女の長所でもあるけど、短所でもあるわ。今の貴女に必要なのは自信よ。それさえ備えれば、貴女はこのミアラークの―――」

「ノルン様……!」


 ノルン様の言葉を遮り、苦しげな声を発したレオナさん。

 すぐに自身の失礼な態度に頭を下げた彼女だが、その表情は厳しいものに変わっていた。

 ノルン様がなにを言いかけたのかは分からなかったけど、それから先の言葉はレオナさんにとって、あまり良くない言葉なことは理解できた。


「なにか訳ありなようですね」

「そう、ですね」


 二人のやり取りを見ていたアルクさんの呟きに頷く。

 気にはなるけど、僕達が関わって良い問題じゃ無い。これはノルン様とレオナ様、主と従者の問題なのだ。


「そろそろ、最下層に到着するわ」


 やや沈んだノルン様の声。

 彼女の声に足下を見れば、青く光った魔術の文様が徐々に光を失っていくのが分かった。


「彼は、私にこう言ったわ。『汝は未熟なれど女王だ。己が二つの眼で見極めろ』と」


 静かに降りていく床を注視していると、独り言のようにノルン様がそんなことを口にした。


「私の目で見た貴方達は……信用に値すると思えたわ。それでも、注意はしておく」

「注意? なにか気を付けることでもあるんですか?」

「ええ。彼に会ったら、絶対に怯えないで。少しばかり大きくて怖い顔をしていて、無駄に威圧感を放っていて、言動もかなりの上から目線だけど、心根は優しい人……人? だから……」


 怖い顔で無駄に威圧感を放っていて、言動も上から……ローズかな?

 いや、理不尽が入っていないな。

 なんだ、それくらいじゃ僕は全然大丈夫だ。怖い顔といっても、あの強面やローズを超えるとは思えないからね。


「同じような人を知っているので大丈夫です」


 今から会う人が人外とは言え、ローズ以上に怖い人が来るわけがない。

 というより、あの人以上に恐ろしい存在がこの世に存在するのか? とすら思っている。


「それはないわ。彼と同じ存在なんているはずがない。いえ、存在してはいけない」

「え?」


 小さく呟いた彼女に、思わず聞き返してしまった。

 それほどまでに凄い存在なのか?

 もしかして、ローズ以上……? いやいや、別にローズ基準じゃなくて、それとは別の意味で凄いということも考えられる。

 そう考えている内に、下っていた周りの景色が変化している。

 今までは、真っ青な壁面が続いていくだけだった光景が、一転してとてつもなく広い洞窟に移り変わったのだ。


「おぉ……」


 意図せず僕の口から感嘆の声が漏れた。

 天井、横幅が異様に広い洞窟。洞窟内の至る場所に泉のようなものが存在しており、その水底から青色の光が漏れ出し、洞窟の中を照らしていた。

 幻想的な光景だった。

 地下に空間があることも驚いたけど、まさかここまで綺麗な景色が見られるとは思わなかったからだ。


「これがミアラークが誇る宝であり、遺産。『クレハの泉』」

「凄い、ですね。それしか言葉が見つかりません」


 僕の言葉に、少しだけ笑ったノルン様は青い輝きを放つ泉に目を向ける。


「この泉の水は特別なの。見た目はただ光る水だけど、飲めば絶大な力を得ることができるの」

「絶大な、力? あの水にそんな効果が……でも、そんな甘い話があるわけがないですよね?」

「ええ。この水は生物にとって毒でしかないわ。水は力を与えるものではなく、力を引き出すもの。その力の出所は命―――命を力に変えてしまう。そして最も人間にとって有害なのは、この水が与えるのは力だけじゃないこと」


 命を力に変える。

 僕としては、あまり良いものには思えない。


「安易に手に入る力は人の心を狂わせる。この水を飲むことは、自らの弱さに屈し、目の前の現実から目を背けることを意味する。湧き出る力は、心に余裕と冷静さを無くし、ただただ力を振るうだけの無法者と化す―――」


 足場が洞窟に到着する。

 周りの景色に目を奪われていた僕達よりも先に前に進み出したノルン様は、近くにある泉に手を差し入れ、軽く掬い上げた。


「『欲と業を以て欲すれば、心は引き裂かれ、体は痛みの末に朽ち果てるだろう』……この水を飲んでしまったら、そのあまりの効力に心も体も滅ぼしてしまう。だから私達王族は『欲深き者』が泉を悪用しない為に、ここを守り続けているの」


 力を与える泉。

 きっと、その存在を知られるようなことがあれば、欲しがる人は後を絶たないだろう。

 話を聞くだけで、目の前の美しい泉は、危険なものだと理解できた。


「……彼の居る場所に案内するわ」


 手に掬った水を泉に戻したノルン様は、洞窟の先へ歩いて行く。

 無言のまま彼女についていくと、一際大きな泉の前で彼女は立ち止まった。

 しかし、その泉には誰もいない。

 ノルン様の言う”彼”とはどこにいるのだろうか?


「……いるわ」

「ネア?」


 緊張を帯びた声で呟いたネア。

 彼女を見れば、ジッと泉を凝視していた。


「間違いなくここにいるわ。この気配を……私達は知っている。アマコ、貴女もこの気配を感じているでしょう?」

「……うん」


 僕とアルクさんは、ネアとアマコがなにを感じているのかは分からない。

 だが、二人の強ばった表情を見れば、確実に泉の中に何かがいるのは明白だ。


「―――連れて参りました。どうか、お姿をお見せください」


 ノルン様がそう言うと、一瞬の静寂の後に泉の水が中心から膨らみ巨大な”何か”が浮上してくる。

 瞬間、僕でも感じ取れるほどの存在感が眼前のそれから発せられ、咄嗟にアマコの前に立ち拳を軽く握りしめた。


「おいおい、嘘だろ……」


 ネアの言うとおり、僕達は知っていた。

 それは二ヶ月前の修羅場。

 僕が先代勇者について知った切っ掛け。

 彼女が目覚めさせてしまった災厄の龍。


「―――」


 しかし、現れたそれは僕達が知っている”邪龍”とは異なる姿であった。

 四つある翼の内、二つは半ばから千切れ、

 大きな尾は切り離されたように先が無く、

 鱗はひび割れ、爪も半分以上が欠け、

 首から伸ばされる鬣と下顎からの髭は、真っ白に彩られていた。

 驚きのあまり、声すらも出せない状況のまま呆然と”彼”を見上げていた僕達を、泉の水を滴らせた”龍”は見下ろした。


「―――ようこそ、異邦者よ。我が片割れが世話になった」


 ”彼”、青色の老龍は老人を思わせるしわがれた声で、僕にそう言い放った。

魔王「フラグは立てておいた」


第三章閑話の伏線回収ですね。


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