第百一話
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
そして、お待たせしました。
第百一話です。
ミアラークの城までの道のりは、酷く静かなものだった。
人も居ないし、売られている物すらも放置されたまま……まるで、ある時を境に人が消え失せたかのような状況からは、どこか不穏な気配が感じ取れた。
「レオさん」
沈黙が支配する街をアルクさん達と歩いていた僕は、前を歩いてくれている鎧の男、レオさんに声を掛ける。
「はい、なんでしょうか?」
「兜は取らないんでしょうか?」
「!?」
先ほどから、一向に兜を外そうとしない彼が少し気になっていたんだ。
僕の疑問の言葉を聞いた彼は、ハッと頭を手で押さえる。
「あぁ、何時までも顔を隠したままなのは失礼でしたね。すいません、今外します」
すぐさま自身の兜を脱ごうとするレオさん。
だが、予想に反して兜は何かに引っかかったように外れない。
「あ、あれ? 取れない? むっ、むむぅ……!」
自身の頭を掴んで上に引っ張り上げようとするレオさん。
多分、カロンさんとの戦闘で鎧が歪んでしまい、兜に引っかかって外れなくなってしまったんだろう。
その場でピョンピョンと跳び上がり始めたレオさんは、僕達の視線に気付くと焦るようにこちらを振り向いた。
心なしか、その声は震えているように思えた。
「し、城で外して貰います」
「そ、そうした方が良いですね……」
恥ずかしそうにしながら、前を向いて再び歩き出したレオさん。
なにやら「やってしまった……」とか「もう、駄目かもしれない」とかブツブツと小さく呟いている。
城への報告内容についてまとめているんだろう。この人、真面目そうだし。
「思っていたよりもお茶目な人なのかな?」
「そのようですね。ああいう風に自然に親しみを感じられる人柄は非常に稀有なものです」
僕の言葉に頷くアルクさん。
レオさんとは会ったばかりだけど、色々な印象が持てた。
頼もしく、真面目、自分のことよりも僕のことを気に掛けてくれた優しさに、親しみやすい人格……少しだけ残念な感じがしたけど、それはきっと気のせいだろう。
毎度毎度、僕が出会う人全てが残念な人とは限らない。
「残念といったら……」
「……あん? なによ?」
何気なく斜め前を歩いているネアを見ると、ジト目で返される。
……。
「はぁ……」
「ちょっとぉ!? 人の顔を見てため息って酷くない!? 私なにもしてないわよ!?」
「いや、なんかさ……君って残念だなぁ……」
「一番残念なやつに言われたくないわよ! この鬼畜脳筋鈍感化物男!」
「思いつく限りの罵倒をまとめて叩きつけるのはやめて、結構心にくるんだけど」
あんまりな悪口に流石の僕も苦言を呈せざるをえない。
てか鈍感ってなんだ。
鬼畜と脳筋はともかく、むしろ反射神経に至っては鋭すぎる領域に達している自負はあるぞ。
「痛覚のことを言っているなら、僕は普通に痛みも感じているよ。ただ我慢しているだけに過ぎないし。要は気合いだよ気合い、気持ちが折れなきゃ耐えられる」
「気合いで我慢できている時点でおかしいことに気付いてくれないかしら……」
「人間は痛みを乗り越える度に強くなる生き物だから……」
訓練での凄まじい筋肉痛。
悲鳴を上げる筋肉を無視し、酷使し続けた痛み。
蛇との戦いでの怪我と毒。
ローズに一方的に殴られる回避訓練。
邪龍との戦いでの怪我。
サマリアールでの精神攻撃。
全て、生半可なものじゃなかったけど、僕はそれを耐えて、乗り越えてきた。
「え、まだ人間だと思ってたの?」
だが、村娘の皮を被った吸血鬼は、僕の言葉にあろうことかそんな反応で返してきやがった。
「その反応はかなり傷つくんだけど」
「いや、だって……常識的に考えなさいよ……普通の人間はまず一撃でオーガを悶絶させたりしないから……。それに、サマリアール何百年分の怨念を耐えられる時点で精神も化物なのよ、貴方?」
こいつ、バカにしているとかじゃない。
本当に引いている……!? あんまりな反応に僕の方が泣きそうになった。
「ネア、やめて。ウサトだって傷つくんだよ?」
「アマコ……!」
やっぱり君は僕の味方だったんだな、アマコ。
ひしっ、と僕の腕を両腕で抱きしめたアマコがネアを睨み付ける。
「ウサトはまだ人間だよ。まだ、ね」
「ねぇ、なんで二回も言ったの?」
さも意味ありげに言うけど、僕は人間だからね?
ある時を境に別生物に変身したりしないからね?
僕の訴えかける視線に、アマコは可愛らしく首を傾げた。
「?」
「いや、首傾げないでよ。なんで本気で分からないって顔しているの?」
アマコ、それはフォローじゃ無い。
なんというか、それは違うと思う。
踏んだり蹴ったりとはまさにこういうことを言うのだろう。
「もうすぐ城に着きます。……おや、ウサト、どうしましたか? まさか、さっきの戦闘でどこかに怪我を!?」
「体はなんともありませんが、心が……心が痛い」
サマリアールで精神が強くなったはずなのに、普通に引かれたりすると普通にショックなんですけど。
なにを勘違いしたのか、慌て始めたレオさんに大丈夫と伝えた僕は、近くに迫ったミアラークの城へと目を向ける。
見た目はリングル王国やサマリアールと同じような作りの城だ。色はちょっと水色っぽいかな?
ここに、レオさんが会わせたいと言う人がいる。
「ま、僕達も聞きたいことがたくさんあるけどね」
ミアラークの周囲の水が凍っていること。
謎の男、カロンさんがなぜ暴走しているのか。
そして、そのカロンさんの身に起こっていることについて、巻き込まれた僕達は聞いておかなきゃならない。
●
レオさんに案内され、辿り着いた城。
そこの城門の前にまで移動すると、城のメイドらしき人がレオさんと僕達を出迎えてくれた。しかし、彼女以外に城からは誰も出てこない。
彼女は、レオさんの姿を見るなり、血相を変えて彼の元へ駆け寄った。
「―――ご無事でしたか!?」
「ああ、見ての通り怪我はない」
「ボロボロじゃないですか!?」
「あ、いや、中にいる私は無傷だ」
「そ、そうなんですか……。あの、そちらの方々は?」
安堵するメイドさんだが、後ろにいる僕達に気付くと訝し気な表情を浮かべた。
多分、魔物であるブルリンがいるからだろう。普段は暢気に見えるけど、普通の人から見れば凶暴な魔物、ブルーグリズリーであるから、警戒するのも無理はない。
「彼らは、危ないところを助けてくれたんだ。敵ではないことは私が保証しよう」
すぐにレオさんがメイドさんに僕達のことを話してくれたおかげで、警戒されるようなことは無かった。
「ウサト、後は彼女に案内させる。私はこの鎧を外さなければならないからな」
「あ、はい。分かりました」
「まあ、私とはすぐに会うことになるだろう」
僕の肩に手を乗せ、フッと笑みを漏らしたレオさんは、城の方へと歩いて行く。
レオさんを見送ったメイドさんは、こちらを振り向き恭しく一礼する。
「それでは、皆さん。こちらへどうぞ。あ、使い魔……使い魔? ……ブルーグリズリーは、厩舎の方へ入れてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
とりあえずブルリンを城の敷地内にある厩舎にいれてから、メイドさんに城の中に案内して貰う。
城の中は、外と同じように人気は無かった。
「ここも誰もいないのか……?」
「そうでもないみたいよ? かなり少ないけど、何人かはいるみたい」
ネアの言葉を聞き、城の中を見回す。
ますます意味が分からない。外もそうだけど、こんなに人がいないのはどう考えてもおかしい。仮に、外にいるカロンさんの手によって、ミアラークの人達が消されてしまったということならまだ説得力はあるけど―――氷を操る彼にそこまでのことができるのか?
「皆さんは、どうしてミアラークにやってきたのですか?」
「私達は使命を受けて、リングル王国からやってきました。ですが、来てみればミアラークの周囲の水が凍り付き、正体不明の男が暴れ回っている……一体、何があったんですか?」
「……」
そう、アルクさんがメイドさんに聞くと、彼女は無言になってしまった。
暫しの沈黙の末、彼女は躊躇しながらも口を開いた。
「私は……詳しい事情は理解しておりません。しておりませんが……始まりは、一ヶ月ほど前でした」
「一ヶ月……」
僕達がサマリアールに到着する前くらいか?
その時から、その騒ぎが始まっていたということか。
「ある日の夜のこと、一人の騎士が突然暴れ出したんです。我を忘れたかのように周囲の者を襲い始めた彼は、すぐさま周りの騎士に取り押さえられて、牢へ入れられました」
恐らく、その騎士がカロンさんなのだろう。
でも突然暴れ出したとはどういうことなのだろうか。
「しばらくすれば、彼も元通りになりいつも通りの平和な日常が戻ってくる……そう思っていましたが、彼はいつになっても正気には戻らなかった。しかも、その力は日に日に増してきているようにも思えた……。そして―――」
「……そして?」
「丁度二週間前、彼が檻を破り脱走したのです。ミアラークの強力な武具を奪った彼は、瞬く間に騎士達を無力化し、破壊の限りを尽くそうとしたんです」
「あの斧の力だけじゃなかったのか……」
カロンさんの持っている斧―――強力な冷気を纏っていたから、あれが彼を異形に変えている原因かと思っていたけど、その前から彼は変化していた。
しかも、二週間前か……。
僕達がサマリアールを出発した時もその頃だから、ミアラークの異常事態に気付かずにそのまま向かってしまったという訳か。
うーん、なんとも運が悪い話だ。
「それで、ここの人達は彼に……?」
「いいえ。ミアラークに住む人々は隣国へ逃がしました」
「……え?」
隣国に逃がしたって、外でカロンさんが暴れている中で、国の人達を逃がしたっていうのか?
そんなことが可能なのか……?
メイドさんの説明に解せないでいると、前を歩いていた彼女が立ち止まり、こちらを振り向いた。僕達の側方には大きな扉があり、彼女はその扉に掌を置く。
「詳しい話は、女王様が話されます」
「女王……?」
そう言い、扉を開け放つ。
扉の先に見えた広間の最奥には一人の女性が玉座に座っていた。
年齢は、ローズと同じか、それより上くらいだろうか。だけど、疲れたような表情と目元にうっすらと浮かんでいる隈のせいで、どんよりと老け込んでいるようにも見える。
青色を基調とした王族然とした衣装に、氷のように透き通った杖。眼を細めるように、こちらに視線を移した女性は、僕達を興味深げに見つめていた。
「貴方達……いえ、貴方が彼が言っていた者、ね」
「……!」
僕を見て、そう言葉にした彼女に困惑する。
まるで僕のことを知っているような口ぶりだ。しかも、今度はサマリアールのような事前に調べていたような感じでは無かった。
驚愕に眼を見開く僕に、女王はゆっくりと玉座から立ち上がる。
「ミアラークへようこそ、私はミアラークの女王、ノルン・エラド・ミアラークです。まず最初に言っておきます、私は―――君達を快く歓迎することはできません」
女王、ノルン・エラド・ミアラークの明らかな拒絶の言葉。
その言葉に僕は、今回の書状渡しもそう簡単に終わってくれないことを確信せざるをえなかった。
●
「歓迎されていないのは分かっています。ですが、私達も訳も分からず巻き込まれたようなものです。まずは何が起こっているか、事情を話していただけませんか?」
明確な拒絶を受けた後、どう話を切り出して良いか分からない僕の代わりにアルクさんが、ノルン様に話しかけていた。
彼の言葉にノルン様は、項垂れるように肩を落とすと小さく口を開いた。
その声は、先程の威厳を感じさせない弱々しいものだった。
「分かっています。本来は君達を迎え入れるべきなのだろうけど……時期が悪すぎるの。厳しい言い方になってしまったのは申し訳ないけど……」
ノルン様は、表情に影を作り、脱力するようにだらんと両腕を下げた。
なんというべきか、その姿は女王というよりも仕事に疲れたサラリーマンを連想させるようなものだった。予想していた女王の姿と、今目の前の女王の差異に困惑しながらも、僕は彼女の次の言葉を待った。
「一週間ほどまともに眠っていなくて、正直かなり苛ついているの……」
「え、えぇ……」
そんな予想を下回った理由で、不機嫌になられても……。
高価そうな杖を無造作に横に置き、乱暴に椅子に座り込んだ彼女は、眠たげに目元を押さえる。よく見れば、玉座の傍らには瓶のようなものが転がっている。
……なんだ、あれ……お酒か?
ジッと空瓶を見ていると、隣にいるネアとアマコが鼻を押さえ、顔を顰める。
「う、ウサト……あれ、ポーションだよ。しかも、このきつい匂い……眠気を飛ばす効果のあるやつだよ……」
「うわぁ、ポーションって高価なはずなのに、凄い使い方だわ……」
ポーションとか何気に初めて聞いたけど、なるほどあれは眠気覚ましの栄養ドリンク的なものなのか。
アマコの言葉を聞き、カラカラと空虚に笑みを零した女王は、傍らにある中身の入った瓶を掴み、それをラッパ飲みする。
そんなノルン様を見て、後ろにいたメイドさんは慌てて駆け寄った。
「ノ、ノルン様ぁ! ポーションの過剰摂取は体に悪いって何度言ったら分かるんですかぁ!? いい加減三時間でもいいので眠ってください!」
「い、嫌だ! 君は絶対三時間じゃ起こさないでしょ! あの外で暴れている問題児をなんとかする為に、一日でも眠ってられないの! ガボガボガボ!」
「あぁ、そんな一気に!? 駄目ですってば!」
ポーションをがぶ飲みする女王と、あたふたとしながらその凶行を止めようとするメイドさん。
……正直、ルーカス様やロイド様といった王様らしい王様と会ってきた僕にとって、目の前の年若いノルン様は、かなり異様に見えた。
というより、かなり引いてる。
「まだ、女王になって日も浅いのになんで、滅亡寸前にならなくてはいけないの……くッ、うぅ……」
ついには、僕達がいるのに、泣き言を呟き始めた。
面倒くさがってもしょうがないので、一つため息を吐いた僕は一つ前に出ることにする。
「あの、すいません」
「な、何ですかぁ……」
最初に感じた威厳も何もかもを台無しにする幽鬼のような彼女に、声を掛ける。
本当は、凄い美人な人なんだろうな。隈と疲れのせいで台無しだけど。
「治癒魔法、かけましょうか?」
「……ハッ!?」
なんですか、その手があったか! って顔は。
まるで救世主を見つけたかのようなノルン様とメイドさんを見て、なぜかこちらの方が疲れてしまった。
事情を聞くのは、もうちょっと先になりそうだ。
苦労人女王と苦労人メイドの登場回でした。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
二十日頃までは忙しい日が続きますので、それまでは更新ができないかもしれません。