閑話 呪いとは―――
少しプロットの方を作り直していたので、更新が遅れてしまいました。
お待たせしました。
閑話です。
「シエル、呪いとはなんだと思う?」
唐突に、魔王様が背後に控えている私に、そんな質問をしてきた。
一通りのお世話を終え、魔王様が座する玉座の背後に佇んでいただけの私に投げかけられたその質問に、変に答えてしまわないように真面目に思考してからお答えする。
「呪いとは、恨みでしょうか? あの人が憎い、この人が憎い、とかある対象に向けるものだと認識しておりますが……」
「ふむ、面白みはないが……それも一つの呪いの形だろう」
私に面白さを期待されても困るのですが、とは口が裂けても言えなかった。
魔王様は寛大なお方なので、多少の失言は目を瞑ってくれるどころか逆に喜んでくれるのだけど、私の上司の侍女長にそれが知られるのが怖い。
小言怖い。
無表情からの説教が辛い。
「どうした? そんな間抜けな顔をして」
「あ、いえ。なぜ突然呪いについて話されたのか気になってしまって……」
どうして私の顔を一瞥もしていないはずなのに、表情とか分かるのだろう。後、間抜けっていうほど変な顔をしていたのだろうか、私は……。
こちらを見ずに話しかけてきた魔王様に慌てて返事を返す。
「少し前、邪龍の話をしたな?」
「はい」
「そこにいた人間達のことが気になってな。彼らの行く先を予想した場所が、呪いの話に繋がるのだ」
邪龍。
世にも恐ろしい龍が一時とはいえこの世に蘇った時の話。
人間達というのは、治癒魔法使いを筆頭にした奇天烈集団のことだろう。
「サマリアール。今は祈りの国とも呼ばれている王国。私からすれば、祈りの国などという高尚な名のつく国ではないことが確かだろうがな」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「私が知る中で、あそこが勇者に対して、決して解かれることのない最も強力な呪いを与えた場所だからだ」
解かれることのない呪い?
首をかしげる私に、魔王様は当時を思い出すように声を漏らし頬杖をつく。
「勇者と邪龍の戦いはサマリアールで行われた。それは言ったな?」
「ええ、まあ……はい」
「当時の私からすれば、その勝負が勇者の勝利で終わることは明白だった。何せ、神龍から強力な武具を与えられていたからな。加えて、奴の精神状態が極めて危険な状態にあったことから、邪龍が勝利する可能性は限りなく低いのは分かりきっていた」
「危険な状態とは?」
「自暴自棄になっていたのだよ。相次ぐ裏切り、救われなかった民からの心無い声―――最早、こちら側、人間を滅ぼす側に『傾き』かけていた奴がどういう目的を持っていたとはいえ、サマリアールを救おうとしたのはある意味奇跡かもしれないほどの行いだった」
人間の側から危害を加えられる。
それも人間の為に命を賭して戦った勇者が、だ。
あまり理解力の無い私も分かるほどに、当時の勇者は追い込まれていた。
「結果、奴はサマリアールを救った。邪龍を倒した彼へ向けられたのは、多くの感謝の言葉だった。命をたすけてくれてありがとう。邪龍を倒してくれてありがとう。そんなただの言葉で、傷ついた勇者の心は僅かであるが癒やされていった」
「勇者が人間に希望を見出し、魔族に害をもたらすと考えれば喜べる話ではありませんね」
「フッ……」
私の言葉に魔王様は小さく笑みを漏らす。
「しかし、それはまやかしに過ぎなかった。結局は救った人間達は勇者の力に目が眩んだ俗物共によって魔術の生け贄にされ、死んでいった」
「それは……酷い、ですね。人間は自らの救世主すらも裏切るのですか」
「それが人間だ。だがな、ここからが最悪だ」
話の内容自体は勇者の不幸話だが、それを話している魔王様は随分と愉快そうだ。
「多くの無意味な犠牲は勇者に決して解けない呪いを刻みつけた」
「呪い……魔術でしょうか?」
「いいや、そんな生易しいものではない。そもそも奴に並大抵の魔術は効かん。奴にまともな呪術を食らわせるとすれば、五つ以上の魔術を重ねて放たねば効果は無い。中途半端な魔術はそのまま返される」
「どれだけデタラメだったんですか……」
「それだけデタラメでなければ、私を封印できるはずがないだろう?」
改めて聞くと、魔王様と戦った勇者というのは本当に異常な存在だったと再認識する。
「話が逸れたな……呪いというものは多くの意味を持つ。他者からの期待、憎悪、嫉妬、向けられる感情が重荷に変わり、精神を摩耗させる。勇者に向けられていたのはそれだ。そして―――」
そこで区切った魔王様は、つまらなそうに虚空を見つめる。
「救ったはずの人間を私欲の為に殺された勇者は、これまでの戦いが意味の無いものになってしまった虚無感と、自らが勇者であったせいで死ぬはずのない人間が殺されてしまったという後悔に襲われた。それはどんなに振り払おうとも離れない呪いとなった」
確かにサマリアールは呪いの国と呼ばれてもいいかもしれない。
でも、魔王様が封印される前に生きてきた人間達は、どうしてこうも平然と同族を虐げようとするのだろうか。
私達魔族は、多少のいざこざはあるけどそんなことは無い。
それは魔王様という絶対の統治者がいるからこそのものかもしれないが、どちらにしても人間という種族はやっぱり理解できない。
「その後、勇者は一体どうしたのですか?」
「どうもこうもしない。ただ、立ちはだかる我ら魔王軍を薙ぎ払い、私と戦った末、勝利を収めた。ただそれだけだ」
……。
「本当に、それだけなんでしょうか?」
「……」
ふと、疑問に思ってしまった。魔王様は何か隠しているのではないか、と。
勿論、魔王様が私達魔族を裏切るようなことをするなんて考えてはいない。そもそも、このお方が魔族を見放しているのなら、既に魔王領は更地と化しているだろう。
私の言葉に魔王様は、愉快そうに口元に手を当てる。
「やはり貴様との会話は退屈しないな。私に問いただそうとする者は、この魔王領に貴様くらいしかいないだろうな、シエル」
「え、あ、その……出過ぎたことを言って申し訳ありません……」
「いい、いちいち頭を下げるな」
魔王様の言葉に下げかけた頭を上げる。
思えば、我ながら遠慮の無い質問だった。幸い魔王様はお許しになったけれど、侍女長に知れたら小言&説教の二重苦が下される。
そんなことになったら―――いや、想像するのはやめよう。
魔王様の後ろで一人肩を震わせていると、相変わらずの冷淡な口調で魔王様が言葉を紡ぎ始める。
「これは言葉にするのは些か難しくてな。簡潔に言うならば―――勇者は人間という種の未来に希望を抱いていた。例え、今が愚かで見るに堪えない者達でも、時代が変われば人も思想も変わる。絶望しかない現在を見限り、未来を見据えていた」
「未来、というと今、ですか?」
「さあ? それは私にも分からない。なにせ奴は呪いを背負ってしまったからな、未来にも過去にも想いを馳せることはできても、それ以上のことはできない。……いや、やろうと思えばできたのか? まあ、奴が死んだ今では確認する術はないだろうがな」
「……」
正直、あまり理解できない。
勇者について理解しようと思ったけど、魔王様の言葉を聞いてもよく理解できなかった。
結局、その勇者は何を思って魔王様の前に現れたのか、何の為に魔王様を倒そうとしたのか……でも、一つ私が言えること、それは―――、
「でも、最終的には人間を選んだ……ということでしょうか」
「私からすれば愚かな思考だ。人間の本質は決して変わらない、愚か者共に人生を食い潰された奴の夢見た未来は、昔と変わらない」
最後は、人間の為に魔王様を封印した。
どんな思惑があるとしても、それは変わりようのない事実だ。
「……どちらにせよ、今を生きている貴様らにはどうでもいいことだ。奴と私の戦いは既に終わった。私が封印から目覚めるまでの魔族の歴史を築いてきたのは、他でもない貴様達だ。今の時代に目覚めた私がするべきことは、貴様ら魔族を勝たせる―――それだけだ」
そう言って、ゆっくりと座から立ち上がる魔王様。
何かなさろうとしているのか、と思い話しかけようとするも、それよりも先に魔王様が私の方を振り向いた。
「シエル、第二軍団長を呼んでくれ」
「は、はい。ですが、何をなさるおつもりで?」
「このまま人間と魔族だけの争いはつまらん。そろそろ奴らに反撃の機会を与えてやろうと思ってな」
「……奴ら?」
一体、なにを指しているのだろうか。
少なくとも人間と魔族ではないことは確かだろうけど。
「ククク、さてさてどうなるか。数百年の時を経て、奴らの牙が抜け落ちていなければ良いのだがな」
私の疑問には答えず、冷たい笑みを浮かべる魔王様。
その姿をぼんやりと後ろから見ていた私は「やっぱり、魔王様の考えていることは分からないなぁ」などと失礼なことを思いながらも、命令通りに第二軍団長を呼ぶように手配するのだった。
第4章は、魔王様がうまくまとめて終わりですね。
第5章は、少し戦闘が多くなる予定です。
次回の更新は、月曜を予定としております。
※書籍、第三巻発売の方の活動報告を書かせていただきました。