閑話 ナックとフェルム
二つ目の閑話です。
ウサトさん。
今、貴方はどこにいる頃でしょうか?
サマリアールでしょうか? それとももうミアラークに到着している頃でしょうか。
どちらにしても、俺は貴方の旅が無事に終わることを切に願っております。けど、ウサトさんならどんな逆境も苦難も容易く乗り越えられると信じています。
どん底にいた俺に手を差し伸べて、一人で立ち上がれるように助けてくれたときのように……。
それはともかく、俺が団員見習いとして救命団に入ってから約一ヶ月が過ぎました。
救命団の日常は俺にとって厳しくもあり、充実したものでした。
アレクさん達も最初は顔が怖くて、怯えていましたが知り合ってみると、後輩の俺に優しくしてくれるとてもいい人達でした。
たまに救命団に来てくれるウルルさんともよく話します。
でも、毎回顔を合わせる度に「大丈夫? 性格変わっていない? ウサト君みたいになっていない?」と聞かれます。正直、どうやったらウサトさんみたいになれるかこっちが聞きたいです……本当に。
そして、ローズさん。
……あの人の訓練を受けてみて分かります。
ウサトさん、超優しかった……!
滅茶苦茶気を遣ってくれていた……!
一度、魔物はびこる森にフェルムさんと落とされた時は本当に死を覚悟しました。
森からは三日で出してもらいましたが、ウサトさんが十日もあの森にいて、しかも本気でグランドグリズリーを狩ろうとしていた事実に戦慄を隠せませんでした。
それに―――
「おい、何を書いているんだ」
救命団の宿舎の近くで手紙を書いていた俺に誰かが声をかけてきた。
振り向くと、ジト目で俺を見ている救命団の同僚、フェルムさんがいた。
「え? あぁ、ウサトさんへの手紙ですよ。何時もウサトさんが目的の国へついたらフーバードが伝えにきてくれるらしいんで、その際に俺のも送ってもらおうかなって」
「ふぅん、随分とあいつを慕っているんだな」
「ええ。俺の憧れの人ですから」
あの人がいなかったら今の俺はいないからね。
「なら、先輩のボクも敬うべきだろ」
「はぁ? 寝言は寝てから言ってくださいよ」
「あ?」
「は?」
すっと手紙をポケットに入れ、立ち上がる俺とフェルムさん。
「だーかーら! お前はボクの後輩なんだから、ボクに敬意を払うべきだ!」
「その後輩をローズさんへの身代わりにした人がなに先輩風吹かしているんですか!? アレクさん達ならまだしも、俺は絶対にあんたなんかに敬意を払いませんからね!」
「な、なんだとぉ!」
俺は四歳年上の魔族―――フェルムさんとよく喧嘩する。
最初は魔族だとか、角が生えているだとかで怯えていたけど、何度も何度もこの人と一緒にローズさんにボコられていくうちにこの人への恐怖を感じなくなってきた。
むしろローズさんへの恐怖が半端ない。
今や、逆らうことすらできないくらいには恐怖している。
「このっ、年下の癖して!」
「うるさい! 羊みたいな角して!」
「ひ、羊だと……!? ぼ、ボクの角を言うにも欠いて羊だとぉ!」
「ああそうです! ねじり曲がった角がその性根を表していそうですねぇ!!」
「ムキィ―――! もう許さない! 年下だからってもう黙っちゃいない!! 黒騎士の恐怖を刻みつけてやる!!」
そのまま取っ組み合いを始める俺とフェルムさん。
だけど、脚力以外の身体能力は圧倒的にフェルムさんの方が勝っているので、呆気なく頬を掴まれ引っ張られる。
こちらも負けずに彼女の頬を掴む。
「ぐ、ふぃ……はりゃせぇ……」
「ほっちこそぉ……」
どちらも引かない一進一退の攻防。
しかし、俺もフェルムさんも絶対に手を離さない。
この程度、ローズさんのお仕置きに比べたら断然耐えられる痛さだからだ。だけど、それはフェルムさんも同じ―――だからこれはどちらかが折れるかの意地の張り合い。
絶対に負けられな―――、
「うるさいぞ、お前ら」
「いぃ!?」
「たぁ!?」
瞬間、俺とフェルムさんの近くで恐ろしい鬼の声が聞こえると同時に、頭部に凄まじい一撃が降ってきた。
あまりの痛みに声も出せずにしゃがみこむと、目の前にいたフェルムさんも涙を浮かべて頭を押さえている。
こ、この気配を消してからの拳骨……っ!
「「ロ、ローズさん……」」
「くだらねぇことで喧嘩するな。うちのモットーは何だ?」
「「喧嘩は御法度です!」」
「次は無い」
「「はぁい!!」」
ローズさんへの恐怖が体に染みついている俺とフェルムさんは、逆らうことができずに声を揃えて謝る。
呆れたように嘆息したローズは、懐から紙のようなものを取り出しそれを俺に差し出す。
「お前らに面白いものを持ってきてやった」
「面白いもの?」
「なんだ……ですか? それは」
「見てからのお楽しみだ。じゃ、私は中に戻る。騒ぐんじゃねーぞ」
心なしか上機嫌なローズさんから手渡された用紙。
俺がそれを受け取ると、ローズは小さく笑みを漏らしながら、救命団の宿舎の方へ歩いて行ってしまった。
「なんだろう、これ」
「あの女が笑って手渡すものだ。きっと恐ろしいものに違いない」
その可能性はないとは言い切れない。
もしかしたら、今から僕達を地獄に叩きつける訓練メニューが記されているのかもしれない。
恐る恐る渡された紙に目を通すと、そこにはウサトさんの名前があった。
「……え、王子の求婚断る? 噂の女勇者の想い人は治癒魔法使いぃ? ウサトさん!? ええええええええええええええ!?」
まさか女勇者って、スズネさんのこと!?
数回しか会っていない俺でもウサトさんとスズネさんは仲良しに見えたけど、まさか彼女がウサトさんに想いを寄せていたなんて驚きだ……。
ウサトさんはこれを見てどう思っているのだろうか。
あの人のことだから嫌がりはしないだろうけど、困ってはいるだろうなぁ。
「でも……」
見出しの下にはウサトさんの似顔絵らしきものが書かれているけど……。
「だけど、なんだこれ。こんなのウサトさんじゃない」
似顔絵にするならウサトさんはもっと鬼のような形相がいい。
貴族みたいな優男なんかじゃない。
「フェルムさん。これどう思いますか? どう見てもウサトさんじゃないですよね」
「……ふんっ」
「あ」
ばしっと俺の手から紙を奪い取ったフェルムさんは、勢いのままにそれをバラバラに破いてしまった。
地面に落ちる紙片を見て俺は慌てる。
「ええええ!? なんてことするんですか!? ウサトさんの記事だから保存しようと思ってたのに!?」
「なんだか楽しそうだからイラッとした」
「ど、どんな理由ですか!? あぁ、こんなにバラバラに……」
「うるさい。ボクが今苦しんでいるのに暢気に旅しているあいつが本当に気にくわない」
ムスッ、と不満げな表情でそっぽを向くフェルムさんにため息を漏らす。
だからといって破ることはないでしょうに……。
「ウサトさんだって遊びに行っている訳じゃないんですよ?」
「知らないよ、人間のことなんて。ボクは魔族だ」
そりゃあ魔族のフェルムさんからすれば、人間の平和の為に動いているウサトさんの使命のことなんて関係ないかもしれないけど……この人のは違う気がする。
「もしかして、拗ねているんですか?」
「はぁ!?」
ぎょっとするフェルムさん。
確か、トングさんから聞いた話ではフェルムさんは元魔王軍の兵士で、それも黒騎士という凄く恐ろしい人だったらしい。それをウサトさんがボコボコにして捕まえて今に至るのだけど……ウサトさんに対してのこの人の態度を見ていると、憎むというより一人留守番を任された子供のように見えた。
「やっぱり。ウサトさんがスズネさんに取られそうで拗ねているんでしょう!」
「ふんっ!」
「ぐぇ!?」
フェルムさんの頭突きが俺の頭に直撃する。
誰よりもローズさんの拳骨を食らっている彼女の頭は非常に固く、俺の視界一杯に星が飛ぶ。
「いいか。ボクはあいつにされた仕打ちを忘れたわけじゃない」
「~~~! 元は敵同士だったんだからしょうがないじゃないですか……それなのに何時までもグチグチと面倒くさい人ですね」
「……お前、ローズに顔ぶん殴られて、その後たこ殴りにされたらどうなると思う?」
「肉塊になっていますね」
なに当たり前のことを聞いているんですか。
額を押さえながらそう言うと、真顔になるフェルムさん。
「ボクはウサトにそれをされた」
「ごめんなさい。それは結構根に持っていいと思います」
遠い場所で「おいぃ!?」とツッコんでくるウサトさんの声が聞こえた気がした。
「後、ボクはあいつのことをもっと知らなくちゃいけない」
「え、何でですか? 普段の態度からしててっきり嫌っているとばかり……」
少なくとも気に入っていることはないと思ってはいたけど、どうやらそうではないらしい。
俺の言葉にフェルムさんはより不機嫌そうになる。
「あいつは訳の分からない人間だ。敵だったボクを治したりするし、その後も軽い気持ちで檻にいたボクのところにやってきて世間話もした。ここに入ったときなんてまるでボクのことを怖がっていなかったんだぞ? ……殺し合いをしていた相手になんでそんな態度を取れるか知りたいのは当然だ」
「……」
ウサトさんが殺し合い……?
いや、違うでしょう。
「ウサトさんにとっては殺し合いじゃないと思いますよ」
「はぁ?」
「あの人はそういうことをしに戦場を駆け回っていたんじゃないんですよ。この場所、救命団の理念に従って沢山の人を助けに来ていたんです。俺はフェルムさんとウサトさんが戦ったときの状況を知りませんが、ウサトさんは誰かを助けるために戦った……多分……いや、絶対にそうだと思います」
ウサトさんが相手を殺すために力を振るうはずが無い。
そもそも、もしそうだったらフェルムさんは今ここに生きていない可能性がある。
普通に考えて、治癒魔法を纏っていないウサトさんの拳は人間相手には危険なものなのだから……。
「それは、つまりあれか? そもそもボクのことは眼中に無かったってことか?」
「いや、そういう訳じゃないと思うんですけど」
「く、くくく……そう考えればボクを歯牙にかけないあの態度は納得できる。ボクがどんな気持ちでいたかなんて知らずにあいつは、あいつはぁ……ふざけやがってぇ、あの化物が! くそぅ、次に会ったら絶対に仕返ししてやるからなぁ!」
「……駄目だこりゃ」
完全に頭に血が上ったフェルムさんは地団駄を踏みながら、ウサトさんへの恨み言を口にしている。
非常に楽しそうで何よりだけど、それ以上騒ぐと――――、
そろそろフェルムさんを止めようかな、と思ったその時、俺たちの背後にスタッと誰かが降り立つ。
「「……」」
フェルムさんと俺の動きが止まる。
後ろに誰かいる。
いや、見なくても分かる。背後から差し込む日の光でできた影に、見覚えのありすぎるシルエットが映し出されていたからだ。
恐る恐る後ろを見た瞬間、目で追えないほどの早さで突き出された手が俺とフェルムさんの頭を掴みあげた。
「騒ぐなって何度言えば分かるんだ? あれか? 学習能力がねーのか? それとも休みを訓練に費やしてぇのか? 良い心がけだ。望み通りにいつもの五倍でやってやろうか?」
「ひっ、あ、いえこれはボクは……あっ、頭を鷲づかみにするのばばばば」
「は、俺はほとんど関係ないんですけどぉぉぉ!?」
「言って分からねぇなら、分からせるのが一番だ」
それは分からせるんじゃ無くて恐怖で支配しているようなものなんですけどぉぉぉ!?
フェルムさんと二人仲良く顔を鷲掴みにされもだえ苦しむ。
適度に加減がされているせいか気絶もできないのは流石、ローズさんだ。
「さあ、今から楽しい楽しい訓練だ。お前らも嬉しいだろぅ?」
……ウサトさん。
これが俺の救命団の日常です。
確かにここはとんでもない場所でした。
だけど、なんでしょうか。
ここに住んでいると、今までの自分とは違った自分になれるような―――そんな気がするんです。
日記にしようと思いましたが、今回は趣向を変えて手紙のような形式にさせていただきました。
後、一話閑話を更新したら、第五章に入りたいと思います。




