閑話 その頃、二人の勇者は……
お待たせしました。
今回はスズネとカズキの閑話です。
取り返しのつかない間違いをした時、人は考えることを放棄する。
何も考えられなくなって後に引けなくなった人にできる手段は、思考を放棄したまま前に進むこと。
例え間違いでも、前に進む足を止めることはできない。
だって、進まなくてはより一層状況が悪くなるだけだからだ。
吐きだした言葉は、消すことも戻すこともできないし。多くの人に知られてしまった彼への想いは、誤魔化すことも偽ることもできない。
私は、どうすればいい。
どうすれば……いいんだろうか。
「スズネさーん。いい加減に立ち直ってくださいよーぅ。今日が出発の日ですよーぅ」
「クルミア、私は今失意のどん底にいる。だから、もうちょっとだけ放っておいてくれ」
心の中で現実逃避気味のポエムを思い浮かべている私を呼ぶ声に、枕に顔を押しつけたまま返答する。
今、私がいるのはカームヘリオという国の宿。
私は、前代の勇者へ強い信仰を持つその国で、私は大きな過ちを犯した。
具体的に言うなら、私がウサト君に想いを寄せている旨がこの国ならず大陸中に広まってしまったことだ。
だけど、わざとじゃない。
口が滑ったというか、ちょっと抑えが効かなくなって色々大きな声でカミングアウトしちゃっただけなんだ……。
「うわああぁ、思い出すだけで凄い恥ずかしいっ、なんであんなこと言っちゃったんだろうなぁ私!」
「はぁ……」
そもそもの発端は、カームヘリオを覆う壁を壊そうとしていた巨大な魔牛を討伐するという願いを受けたことが始まりだった。
魔牛自体は苦戦こそしたものの倒すことができたけど、その後が大変だった。
なんとカームヘリオの王子、カイル・ラーク・カームヘリオが、私に婚約を申し入れてきたのだ。しかも、カームヘリオの国のド真ん中―――多くの人の視線が集まっている中でだ。
「だからなんだって言うんですか、枕に顔を押し付けたまま話されても、その失意は全然伝わらないですよ」
ベッドにうつ伏せになり横になっている私に、お供唯一の女騎士―――クルミアが呆れる。
年も近いせいか、他の騎士とは違って話しやすい間柄だけど、いかんせん傷心の私を慰める心は持ち合わせていないようだ。
「もーぅ、何時までショックを受けているんですか。騎士の私が言うのもあれなんですけど、スズネさんの断り文句にはすっきりしましたよ?」
「君はスッキリしても私は自分の失言に気付いてからずっと羞恥に悶えているよ!?」
「それこそ自業自得ですよぅ」
「じ、自業自得とはなんだ……!? 君は騎士だろ!? ちょっとは私のことを慰めたり、心配してくれたっていいだろう!?」
「そこまでするのは駄目かなと思いまして」
「なんで!?」
「なんとなく」
え、なんとなくで断られるって……。
「ともかく、街の方は大分落ち着きを取り戻しましたから、今が機会としては最適です」
「本当に?」
「大丈夫ですって。そもそも彼の父である陛下が許したのですから出る分には問題は無いはずです……。むしろ、喜んでいたじゃないですか? あの王子、街をふらふら遊びまわって結構好き勝手していたらしいですから」
確かにそうだけど。
でも問題にならなくて良かった。
流石に無理やり婚約させようとする事態になれば、私も本気の本気で抵抗していくつもりだったけど、当の王様が問題にしないとしてくれたのは本当に良かった。
「で、でも子供に『あー、おうじ振った人だー』とか指差されたりしない?」
「どんな子供ですか。もう、いい加減に動いてくださいよぅ」
「う、でも……」
今、外にはこの国の記者がばらまいた記事が至る所に張り出されている。
しかも、何故かウサト君のこれじゃない感じの似顔絵が出回っているし……。
まだ布団にくるまっている私に嘆息したクルミアは「しょうがない」と小さく呟き、わざとらしく咳払いする。
「コホン……いやー、あっちも安易に断れない状況を作ってからの求婚だったのでかわいそうともなんとも思っちゃあいないんですが、流石にあの断り方は哀れ程度には思いますね。なんでしたっけ? 『私には将来を約束した大切な人がいるんだ』でしたっけ? 情熱的ですねぇ」
「うわあああああああああああああああ!?」
クルミアの言葉に、先日の私の失言が頭によぎって絶叫する。
え、今、その台詞を言うの!?
「『私は、彼に心奪われた。最早、彼以外に目移りすることが無いほどに、ね』」
「うえええええええええええええええええ!?」
「『治癒魔法だけじゃ彼は語れない。彼の最も強い部分は決して折れない心と優しさだ。そんな彼に、私は惹かれたんだろうな』」
「あいえええええええええええええええええ!?」
これ以上なく顔を真っ赤にして転がった。
布団と枕を巻き込んで、溢れる羞恥に苦しんでいると、にこにことしたクルミアが続けて口を開いた。
「『敵を倒す剣が私達勇者ならば、仲間を守る盾がウサト君だ!』もかっこよかったですよ」
「ひええええええええええええええええ!?」
やめてくれ、やめてくれ……っ!
いくら私でもそれは相当な黒歴史なんだ……!
遂にはベッドから転げ落ち、壁に激突し、布団にくるまったまま力無く止まる。
「だ、だって治癒魔法使いなんて私には相応しくないとか、そんな軟弱な奴よりも自分の方がいいって言うもんだからさっ、そりゃあ私だって色々言いたくもなるじゃないか!」
「それは私達も同じ気持ちですよぅ」
止まった私から布団を引き剥がしたクルミアは、その時の王子の言葉を思い出したのか顔を顰める。
「ウサト殿、いえ救命団は私達騎士にとって特別な存在です。彼らがいなければ友人、同僚は帰らぬ人になっていたでしょう。治癒魔法というだけで全てを知った気になり貶めるのは許されない」
真剣な表情でそう言ったクルミア。
魔王軍との戦いでウサト君は沢山の騎士達を救った。
そして今、彼は私とカズキ君と同じ任を背負い旅をしている。
……。
「……おや、観念しましたか」
「そうだね。今、ウサト君もカズキ君も頑張っているんだと考えると、私もこんなところで立ち止まってはいられないなって」
「……『今、ここにいる私は彼のものだ!!』」
「立ち直った傍から折りにくるのはやめてぇぇぇぇぇ!?」
よりにもよって口が裂けても本人の前では言えないセリフを……!
「別の意味で話題になっていますよ? 主に女性の間で」
「話題になって欲しくなかったよ……もしかして、ウサト君の絵があんな貴公子風だったのは……」
「女性受けするように、元のウサト殿を美化させたからでしょうね」
「……私は、あんな着飾ったウサト君は嫌だな……」
最初に彼の絵を見て、少しだけ嫌な気持ちになった。なんとなく、彼の魅力が無駄な飾りで塗りつぶされているような気がしたからだ。
不機嫌になってしまった私にクルミアは不機嫌そうな表情を浮かべる。
「私から見たら、お似合いだとは思いますよ? ですが、ウサト殿にその想いが伝わるかは別ですが。スズネさん、ウサト殿にそういうこと言う時は冗談とか挟んで言うから本気かどうか分からないんですもん」
「ぐ、だって何かしらワンフレーズ入れておかないと、ウサト君の前でこんなこと言えないよ」
「あら、意外に乙女なんですね」
「私はいつだって乙女だよ!?」
「……え」
なんでそんな意外そうな顔をするんだい!?
驚きのあまり起き上がると、クルミアはクスクスと笑みを零す。
「ま、とにかく立ち直ってくれたようで何よりです。では準備をしてください、日が高いうちに出発しますので」
「……あらかじめ荷物はまとめておいたから、そんなには時間はかからないよ……はぁ……」
もう踏んだり蹴ったりだよ。
クルミアは戦闘時は凄い無口になってヒュンヒュン弓矢を飛ばすのに、平常時は人をからかうのを面白がるような子になる。
にこにこしながら部屋を出て行ったクルミアを見て、ため息を一つ吐いた私は着替えを済まして扉のドアノブを握る。
「……よし」
もう後には引けない。
私があの王子の求婚をウサト君を理由にして断ったことが大陸中に広まった事実は変えられない。
正直、今でも恥ずかしくてのたうち回りたい気分だけど、逆に考えるんだ。
―――もうこのまま押し通せばいいって。
「いける、私なら行けるぞスズネ。もうへたれたりしない……!」
そう決意し、扉を開け放つ。
「『私はウサト君にどうしようもなく恋してる!!』」
「かっ!? だから、やめてって言っているじゃないか!?」
扉の隣で待ち伏せていたクルミアの言葉に前のめりに倒れる。
先ほど誓った決意が強く揺れる。
これからしばらくの間このネタでおちょくられる覚悟をしながらも、私はクスクスと笑っているクルミアに制裁の電気ショックチョップを振り上げるのだった。
●
「ははは、先輩も大胆なことをするなあ」
丁度、最初に訪れた国を出発する時に、送り宿に届けられた紙に記された文字を見て頬を綻ばせる。
俺も決闘トーナメントとか色々なことに巻き込まれていたけど、先輩も色々な意味で大変なことになっているなぁ。
「ウサト殿も大変ですなぁ」
「ヒルトもそう思う?」
「ええ」
俺の少し前を歩いている大柄な騎士、ヒルト。
彼は、どんな状況でも前衛を担い、大柄な体躯からは想像のできない巧みな槍捌きで相手に手を出させない頼もしい仲間でもある。
それに性格も明るく、この旅でも彼の物腰の柔らかさと人柄の良さに何度も助けられた。
そんな彼が俺の持っている記事を見て、快活に笑う。
「ようやく先輩も本腰を入れてきたってことか?」
「自分は色恋沙汰にあまり詳しくないのですが、これは意図したことじゃないのでは?」
「……確かに。先輩って大胆なように見せかけて奥手な感じがするな」
何時もウサトと話しているときも少しふざけてしまうから、ウサトも冗談と受け取ってしまっているようにも見える。
「ま、それは俺から見ればバレバレなんだけどなー」
「気づかぬは本人だけってことでしょうな」
ははは、とヒルトと一緒に笑みを漏らすと、後ろでついてきている騎士達も苦笑する。
「しかし、スズネ殿には少しばかり酷な話でしょうが……ウサト殿は女性に好かれやすいでしょうな。容姿ではなく、行動で示す。男の自分から見ても彼の救命団としての在り方は尊敬できる」
ヒルトの言葉に納得してしまう。
ウサトは行動がかっこいいのだ。
自分がやると言ったらやり通そうとするし、ルクヴィスでいじめで苦しんでいたナックを助けるために訓練していたと知った時は本当の本当にかっこいいと思った。
「ま、先輩とウサトの今後は俺が下手に口を出す必要も無いと思う。例え、どんな結末になっても俺はウサトと先輩の友達には変わりないから、な……」
「背中を預けられる友がいることは何より素晴らしいことです。カズキ殿と同じことをウサト殿もスズネ殿も思っているでしょう」
「そ、そうか?」
「ええ、きっと」
優しげな笑みを向けてそういったヒルトの言葉に照れるように頬を掻く。
少しの間、ウサトと先輩のことについて話していると、ふと思い出したかのようにヒルトが馬に乗ったままこちらを振り向く。
「時にカズキ殿。姫様との関係はどこまで進みましたか?」
「ま、またその話か……」
「いいじゃないですか。自分たちはリングル王国の騎士、陛下のご息女との浮いた話が気にならないはずがないではないですか」
前に聞かれたときはなんとかはぐらかしたけど、今回は難しそうだ。
観念した俺は気恥ずかしげに頬を掻く。
「い、いや、別に……無事に帰ってくるって約束しただけなんだけど……」
「ほほう」
「な、なんでそんなにやにやしているんだよっ! 後ろも!」
ヒルト達は、これからの旅を共にしていく頼もしい仲間達だけど、こういうときは本当に厄介だ。
何かを察するようににやにやとし始めたヒルトと後ろの騎士達に顔が熱くなるのを感じながら、彼女との間にやましいことが無いことを必死に弁解し始めるのだった。
今回は、新キャラを二人ほど出しました。
カズキとスズネで一人ずつといった感じです。
因みに、本作品ではヒロインが他のキャラと~などということはありませんので、その点は安心してください。
次はナックとフェルムの閑話を予定しております。
次話は、明日の19時には更新したいと考えておりますが、もしかしたら明後日になってしまうかもしれません。