第九十七話
お待たせしました。
今話で、第4章エピローグです。
第九十七話です
呪いを壊した後、僕は疲労の為か祭壇から玉座のある広間に戻ったすぐ後に眠るように気絶してしまった。
次に目を覚ますと、六日目の夜であった。
目覚めると、ベッドの傍らで心配そうに僕の顔を覗き込むアマコと、少し離れたところで座っているアルクさんとネアがいた。
どうやらあの後、アマコ達も城へ入ることを許されたようで僕が眠っている部屋でずっと見ていてくれたらしい。
鐘を壊したことも罪にならないようで良かった。
でも、アマコから「無茶し過ぎ」とか「いくら頑丈でも過信しないで」とか説教されてしまった。
確かに今回は結構無茶をしてしまったと自覚しているので、僕は素直に彼女の言葉を受け入れて、アマコとアルクさんにしっかりと謝った。
「本当に、どれだけお礼をしても足りないほど、君には大きな借りを作ってしまったね」
「僕が勝手にやったことですから」
目が覚めた日の翌日の朝、僕達は玉座のある広間にいた。
僕が壊した壁は布で隠され、その前の玉座にはルーカス様が座り、その隣にはエヴァがいた。
僕達がここにいる理由は、今日サマリアールから次の国―――水上都市ミアラークに出発するので、その挨拶の為である。
アマコ、アルクさんは僕の両隣に並んで、ネアは暇なのかフクロウのまま僕の肩の上で居眠りをしていた。
「ルーカス様はこれからが大変でしょう?」
呪いによって苦しむ人達はいなくなりハッピーエンド、と言いたいところだけど呪いの大本を壊して全てが丸く収まるという訳ではなかった。
フェグニスさんの一族とそれに感化された人達―――例えば、フェグニスさんの部下の騎士達をなんとかしない限り、また同じようなことが繰り返されるかもしれないのだ。
「ははは、今までと比べれば大分気楽なものさ。呪いの管理を行っていた筆頭であったフェグニスとその騎士達を捕えたんだ。後は、芋づる式に関係者を炙り出していけばいいだけだ」
「フェグニスさんか……。今はどうしていますか?」
あれだけ呪いを頼っていた人だ。
それが壊されたと知って、どんな反応をしたのだろうか。
「……彼はな、呪いが破壊されたと知って抜け殻のようになっていたよ。そして全ての原因が彼自身の先祖で、数えきれないほどの民の魂を利用していたと知って、酷くショックを受けていた。今は地下牢に幽閉してはいるが、立ち直るには時間がいるだろうな」
「そうですか……」
ルーカス様も辛いだろうな。
長年信用してきた人を、一夜にして、自分を騙してきた裏切り者として扱わなければいけないのは。
「……話を変えよう。書状に関しては、最初に答えた通りサマリアールはリングル王国に協力するよ。一緒に魔王軍からこの大陸を守ろう」
「っ、ありがとうございます!」
なんだか最初に書状を受けて貰えた時よりも嬉しい気持ちになった。
この七日間でルーカス様の人柄を知ったせいか、それとも彼の真摯な言葉に素直に嬉しくなったのか。
どちらにしても、僕は自分の役目の一つを無事に果たすことができたってことだ。
「ウサト、君のおかげで僕はエヴァを失わずに済んだ。君がいなかったら多分僕は自棄になって王という職務を投げ出していただろう。本当にありがとう」
「僕は自分のやりたいことをやり通したまでです」
見返りとかを求めてやった訳じゃない。
本当に自分のやりたいようにやっただけだ。
「謙虚、という訳ではないな。それが君なんだな。うん、そうだ、それでこそだ。うんうん、君なら安心して任せられるよ」
「……任せられる?」
なんだろう、唐突に嫌な予感が……。
任せられるとはなんだろうか。
しきりに頷いたルーカス様は肩の力を抜くと、エヴァに目を向けてから僕の方を見た。
「それでウサト、これは本題なんだけど……」
「この七日間ありがとうございました。それでは、すぐに旅に出ようと思いますので、それでは―――」
察した。
凄い察せた。
色々な意味での危機を察知した僕はにっこりと笑みを浮かべ一礼し、くるりと後ろを向く。
隣のアマコとアルクさんが困惑しながら、付いて来るけど今の僕は二人の疑問に答えられないくらいに先を急いでいた。
しかし、ルーカス様もそれを予期していたのか、パチンと指を鳴らすと僕の前にメイドさん達が立ちふさがる。
「いやいや、ウサト。そう急ぐことは無い。話は最後まで聞いても損はないだろう?」
「僕の世界では時は金なりという諺があります。即ち、時間は金にも勝る価値があるものとして扱うということです」
「ほう、それは良い言葉だ。しかし、今からする話も十分に価値のあるものだよ」
最早、うろ覚えな諺を解説しつつ、メイドさん達の間を通ろうとするも、メイドさん達は笑顔で僕の前に割り込み通そうとしない。
何が彼女らをそこまで駆り立てるのか。
この人たちが騎士だったら、無理やりにでも先へ行けるのに……ッ。
くっ、流石はルーカス様だ。僕の性格を知ったうえでの対策だぜ……ッ!
「ねえ、ウサト。どうしたの?」
「アマコ、協力してくれ。下手をすれば僕は呪い以上に追い詰められる事態になるかもしれない」
「はぁ? なにいっているの?」
そうですよね。そんなこと言われたら首を傾げますよね、普通。
僕がアマコに首を傾げられていると、いつの間にか玉座を降りたルーカス様が話しかけてくる。
「ウサト、君を僕の国に引き込むという話をしたが、あれはやめにするよ」
「……え? ……は、はい」
予想と違う……?
足を止め、ルーカス様の方を振り向けば、彼はニヤリと笑みを浮かべ握り拳を掲げる。
「ウサト、エヴァの婿になって僕の跡を継ぐ気はないかな!?」
……。
「……無礼を承知で言わせてもらいます。貴方は一体何を考えているんですか!?」
「僕だって元は騎士の一人だったんだ。だいじょーぶだいじょーぶ、政治の知識と度胸とカリスマさえあれば大抵なんとかなる! むしろ君くらいの度胸が無いと務まらん!!」
「そんな力技で王様が務まるはずがないでしょう!?」
「おいおい、目の前にいる僕がその証明だ」
話がどんどんおかしい方向になっている。
どうして引き込みから、後を継いでくれって、話が飛躍しすぎて僕の方が混乱してくる。
どう反応していいか分からずにしどろもどろになっていると、僕の団服の裾をアマコが引っ張ってくる。
「ねえウサト。どういうこと? 一体なんの話? ちゃんと説明してよ」
「落ち着いてアマコ」
「落ち着いている。すごく、これ以上なく、落ち着いている」
無表情で見上げてくるアマコが怖すぎてシャレにならない。
「ハハハー。やりますね、ウサト殿」
アルクさんは笑っているだけ。
他人事だと思って楽しそうですね……。僕はどんどん追い込まれている感じがして笑えないんですけど。
「ウサトさん……」
「エ、エヴァ。君からも何か言ってやってくれ!? いきなり婚約だとか嫌だろう!?」
「ウサトさんは、私のことが嫌いなのですか?」
「……!?」
乗り気!?
すごく不安そうな表情でそう訊いてくる彼女に、さらに僕は混乱する。
正直、好意を抱いてくれることは嬉しいけど、彼女の場合色々な意味で危うい部分があるから快諾するのはあまりにもリスキーすぎる……!
アマコからの鋭い視線と、ルーカス様の期待の視線は強まるばかり。
「でも、いいんです」
「……え?」
自らの指を胸の前で絡ませた彼女は、花のような笑顔を浮かべる。
「貴方が私が嫌いでも構いません。それでも私のやることは変わりませんから」
「か、変わらないって?」
あれ? なんかデジャブ?
「好きになってもらえるまで頑張ります。それで解決です」
解決どころか、人生の墓場という迷宮に入りそうなのだけど。
というより、一周回って凄い男らしい告白みたいになってるし……。
「本当はウサトさんの旅に同行したい、一緒に色々なものを見てみたい。でもそれはウサトさんの迷惑になってしまいます。だから、今はここでお別れです。次に会う時は、私も今まで触れることの無かった色々なものに触れて、もっと成長してからにしたいんです」
微笑んだ彼女の言葉に僕はどうしていいか分からなくなる。
彼女と同じ場所で過ごした数日間の思い出とか、色々な思考がぐるぐると回る。
混乱したまま、僕はにこにこと笑っているエヴァに深く頭を下げる。
「と、友達からでお願いします!!」
なにこの男子からの告白を断る女子みたいな返し。
彼女の真っ直ぐな好意が嬉しくない訳ではない。
でも、今は婚約を結んでしまったその先の展開と、今僕が担っている使命を鑑みた結果、このようなチキンな答えを出すしかなかった。
自分はなんて卑怯なやつなんだと自虐的になる一方で、ただのつり橋効果的な気の迷いであってほしいと願う僕もいる。
「そうですね。いきなり婚約だなんて非常識ですよね。きっかけは小さなことからが大事です。それが友達からでも……私は一向に構いません」
なんだろう、エヴァの言葉が少し怖い。
虎視眈々と獲物を狙う捕食者のような、そんな感じがする。
ルーカス様も「あぁ、やっぱりエリザと似ているなぁ」と遠い目をして呟いている。
「そ、それでは僕達はそろそろ行きます!」
「あ、ちょっとウサト!」
色々と耐えきれなくなった僕は彼女とルーカス様に深くお辞儀をした後に、割と本気のステップを用いてメイドさんの隙間を通り過ぎ、早足で玉座から出ようとする。
「大変ですルーカス様ぁ!」
しかし、その前に入り口から執事のエイリさんが、数枚の紙を持って玉座に入ってくる。
その際に、急ぎ足だったせいか僕の肩が彼にぶつかったことで、彼の手から紙がふわりと滑り落ちて、僕の足元に落ちてくる。
それを拾って、エイリさんに渡そうとすると、その紙にデカデカと記された文字が目に入った。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」
僕らしくない大きな声を上げて、紙を持ったままその場に硬直する。
背後にいたアマコ達は僕の異変を見て、慌てて手に持った紙を覗き込むと、僕と同様に硬直してしまう。
僕達が驚愕した文面、それは―――
―――王子の求婚断る!? 噂の女勇者の想い人は治癒魔法使いウサト!?―――
犬上先輩の遠方からの援護射撃であった。
見事に僕の危機的状況を加速させることに一役買ってくれた。
「な、なにをしてくれているんですか、あの先輩は……」
先輩何してんだこれ!? 本当に何しているの!?
いくら求婚されて困ったからって、どうしてそこで僕の名前を出したんですか!? 僕も同じ状況に陥っているから気持ちはよく分かりますけど!?
脳裏に「てへっ☆」と笑う先輩の笑顔がよぎったのはきっと気のせいじゃないだろう。
「しかもこれ僕か!? 僕なのか!?」
でかでかと記された見出しの下には似顔絵らしきものが描かれていた。
でもそれは、僕の髪型しか合っておらず、髪から下はびっくりするくらいの美形に整形されている始末。なんだ、このバラでも咥えていそうな貴公子は、鼻が尖りすぎて壁に穴を空けそうなんですけど。
しかも僕のトレードマークと言っても差し支えの無い団服に、貴族みたいな飾りが付けられているし、これってほぼ原型が残ってないんじゃ……。
「こ、こんなものを団長や救命団の強面共に見られたらネタにされる……」
しかも今、救命団にはナックがいる。
彼がこれを見た時の反応が恐ろしすぎる。
主に師匠としての威厳的に。
ローズ、絶対これ見た時ニヤニヤしてそう。
「あ、あばばばば……」
「ウ、ウサト、大丈夫だよ。これより今のウサトの方がいいよ。この絵、全然凶暴そうじゃないし、これじゃあただの人間だよ」
はたしてアマコはフォローしてくれているのだろうか。
遠回しに、僕を鬼みたいに描いた方が正解と言われた気がするのだけど。
「ほっほー、成程成程、エヴァ、どうやら彼を獲るにはライバルを倒さなければならないようだ」
「それでも私、頑張ります!」
「ははは、その意気だ! 僕も協力を惜しまないぞぉ」
エイリさんから受け取ったのか、もう一枚の紙に目を通したルーカス様も親バカを発揮する形でエスカレートしている。
「んー、うっさいわねぇ……私、まだ疲れているんだから、騒がないでよ……て、ん? ウサト、なにその紙―――」
「ミニ治癒魔法弾!」
「ぶぎゃふ!?」
肩の上で起きたネアにデコピンの要領で飛ばした治癒魔法弾を当て気絶させる。
悪いが、君にまでこの似顔絵のことを知られるわけにはいかない。
「こ、この場にいたら駄目だ……」
もういても立ってもいられない僕は、その場から逃げ出すように城から走り出す。
後ろから、晴れやかな笑顔で手を振って見送ってくれるルーカス様とエヴァがいる。二人の心から笑顔を浮かべるようになって嬉しい気持ちもあるけど、最後の最後に婚約とか跡を継ぐとかとんでもないことの連続で、もう大変な気分だった。
「もうどうしたらいいんだぁぁ―――!」
「ウサト! ネアが白目剥いてウサトの服に張り付いているけど大丈夫なの!? ねえ!?」
数百年も続いた呪いを仲間と一緒に打ち破った僕でも、どうにもできないものはある。
城を飛び出し、空を見上げながら僕はそれを痛感するのだった。
ウサト、へたれるの回でした。
いくら精神的に強くなってもウサト自身、元の世界では男子高校生だったのでこういう展開に弱いですね。
先輩に関しては、求婚を断った件が広がってしまったことは彼女の思惑ではありません。
嬉しがるどころか、真っ赤になりながら悶えているでしょう。
その辺は、閑話にて書きたいと思います。
二話か三話ほど閑話を更新したら、第五章に移ります。
因みに今話で、本編・閑話を合わせて百話目になります。
偶然ですが、ちょうど百話目で第四章を終わらせることができて良かったです。




