第十話
今回は主人公視点ではなく、別視点。
リングル王国から遠く離れた黒雲に覆われた地域。
人間の住める環境とは言えない場所に、高くそびえ立つのは不気味な城。
「………ふむ」
城の主は、重厚な装飾が施された椅子に座っている美形の男。
彼の周囲は薄暗く年季を感じさせる王座のような内装が施されていた。
彼の目の前には、長身で赤髪の女性が跪いていた。その女性の見た目は人間とは言い難く、褐色の肌に肩ほどまで伸ばされた赤い髪に整った顔立ち、何より目を引くのは頭部にねじ曲がった角であった。
男は、臣下と思われる赤髪の女性にゆっくりと口を開いた。
「リングル王国侵略の首尾はどうなっている?」
「順調でございます。現在、部隊を整え着々と侵略の準備が整っており、まもなく進軍を開始できます」
質問された臣下らしき女性は、尊大な男の態度に怒ることもなく淡々とそう返す。
「そうか……ならばいい。さがれ」
「はっ」
恭しく頭を垂れた女性は、男の命令に従い、その部屋から出て行く。
部屋から出た女性は、今までの緊張が解けた様に息を吐く。
「はぁ……やはり魔王様との対談は息が詰まる」
「いいのかい? 第三軍、軍団長である君がそんな事を言うなんて……」
「……ヒュルルクか」
愚痴を吐いた女性の背後から、頭に羊のような角が生えた男性、ヒュルルクが崩れた口調で声を掛けた。
「別に構わないだろう。魔王様は寛大なお方だ、私程度の不敬なぞ、毛ほども気にしていない。そう言うお前はどうだ? 魔物博士殿?」
「やだなあ、そんな変な名前で呼ばないでよ。同期なんだからヒュルルクでいいよ」
「ふん……」
関心がないように歩き出した女性に困ったように頭を搔くヒュルルク。
「ははは、さっきの質問の答えだけど……魔造モンスターの試作体は完成したよ」
「ほお、出来の方は?」
「強力な毒と、大きな体躯に鋭い牙。それに加えて生物の枠を越えた美しさ……」
「名前は何と言うんだ?」
「魔造モンスター試作72番、バルジナク! 僕の最高傑作さ!」
「んん? 前に言っていた71番と同じ名だぞ? あれはどうしたんだ?」
ヒュルルクの言葉に疑問を持ち女性が声を掛けると、彼はよよよと目元を抑えながらその場で腰を地面に付ける。
「ああ、あの子ね。あの子は前のリングル王国進軍時に、あの国の軍団長に見事撃退されてそれっきりなんだ……。あの時の僕の心境は我が子を失ってしまった心境だったよ」
「軍団長シグルスか。奴の実力ならば、アレを撃退することも可能だな」
女性の脳裏に浮かぶのは、炎に包まれた武骨な剣を掲げ敵を薙ぎ払う騎士の姿。
「だが、先の戦いでは奴より厄介な集団がいたがな」
「あー、技術者の僕はあまり知らないんだけど、『人攫い』のこと?」
「そう、あの連中だ。戦場にいるにも関わらず戦わない兵士。前回の戦いでどれだけ奴らに苦労させられたことか……」
先のリングル王国へ進軍した時の事を思い出し、苦渋の表情を浮かべる女性。先の侵攻作戦の失敗はそれほど彼女のプライドを傷つけた。
苦い表情を浮かべる彼女に、一つ疑問を感じたヒュルルクは、不思議そうな顔をしながら女性に質問を投げかける。
「うーん、それなら普通にそいつらを先に倒せばいいんじゃないか?」
「……無理だ。奴らは尋常じゃなくしぶとい。それに、怪我人を抱えての移動すら普通の状態と大差ない。それに奴らのボスは……」
「ボスは?」
「………」
顔を顰め、歯を食いしばる女性を見て、一体、そのボスとは何があったのだろうか?そんな事を思うヒュルルクを余所に女性は勝手に説明を始める。
「奴らのボスは治癒魔法の使い手だ」
「……なるほど、部下が連れてきた怪我人を安全な場所で治す、ということか……」
「それは奴の部下の仕事だ。奴は自ら戦場に飛び出し、その場で負傷を治す……忌々しいのはどんなに攻撃されようとも、瞬く間に負傷、疲労を治癒させる人外に見間違うほどの不死性にある。普通の回復魔法では不可能なほどの治癒速度。その根源にある治癒魔法という希少で目立たない魔法だ。それが、奴の肉体を最高の状態に保ち続けている」
「………そんな使い方をしたら、普通の人間の体が耐えられるはずがない」
ヒュルルクとて伊達に魔物博士とは呼ばれていない。
研究対象として人間すらも入っていることから、人間の体の構造も詳しい。彼女が語った話しからすると、いくら人間の限界を超えた能力を発揮しても、筋組織、骨、内臓の痛みに並の人間が耐えられるはずがない。
ましてやそれを実行しようするものなど、命知らずの無謀者に違いないだろう。
「耐えているから問題なのだ。魔王様が復活する前、私の師匠と殺し合いをして右目を失うだけで済んでいる化け物なんだぞ」
「第一軍団の……それは化物だねって、やっぱり知ってるんじゃないの?」
「……知らないぞ、全然知らない」
あくまで白を切る女性に、嘆息するヒュルルク。
「……君の師匠を相手して生き残るなんて……相当の手練れなんだね」
「ふ、私の部隊の新人は私の話を毛ほども信じてはいないが。次の侵略作戦で嫌と言うほど体験することになる」
「君がそこまで言うのか……」
「だが、私自身、次の侵略作戦で……師匠の無念を晴らす……奴を……ローズを討つことでな」
「君の師匠は生きているけどね」と何気なく呟いたヒュルルクを余所に、女性はリングル王国のある方向に顔を向ける。
「このアーミラ・ベルグレットの名前に懸けてな!」
「今回の君の役割は、兵の指揮だから前線に出ちゃ駄目でしょ……」
「あ………」