第一話
くろかたと申します。
久しぶりにこちらで投稿させていただきました。
血生臭い匂いが充満する部屋。
泣き叫ぶ人影。
高笑いするいかつい男共。
そんな光景をまるで心此処にあらずかのように傍観する僕。
「ヒャッハーッ!!傷口は消毒だぜ―――ッ!!」
「うわああああああああああああ!!」
これは決して、汚物を炎で消毒しているのではない。
怪我をした兵士の傷口を消毒しているのだ。
……ははは。え、他にどのように見えるのですか?
「怪我人攫ってきたぜ――――ッ!!」
「きゃああああああああああああ!!」
今の木偶のぼ……のっぽさんも、女性を攫ってきたのではなく怪我人を運んできただけ。
盗賊みたいに、売り払ったり痛めつけたりもしない。
だから僕には、あの女性兵士が何で泣いているのかも分からない。
「おいおい、テメェ……この腕は何だァ?隠してんじゃねえぞこの豚野郎!!手当てさせろやあ!!」
「ごっごめんなさいぃ!!」
今のも全然おかしくない。
だって、怪我を放っておいたらおかしな病原菌とか色々入っちゃうからね。
別にかつあげとかそんなでもないよ?
いや、僕の部下達は皆すごいなぁ。……まさに泣く子も黙るよ。
実際は、恐怖によって黙らせているけどね。
ボーっと感慨に耽っていると部下の一人が僕の元にやってくる。そのヒャッハーな顔に少し恐怖感を抱きつつ、そちらの方に向く。
「副団長ォ!!怪我人をベッドにぶち込んでおきましたぜ!後は楽にしてあげてくだせぇ!」
こらこら、怪我人をベッドにぶち込んじゃ駄目じゃないか。
楽にするって……君が言うと意味が違ってくるよ。
こういう時は、ビシッっと注意しなくちゃね。
「テメェッ、患者は丁重に扱えと何度言えば分かるんだァ!! お前らもだぞ、この役立たず共がァ!!」
「「「すんません副団長!!」」」
あっ、言い遅れました。
僕の名前は兎里健、皆からはウサトだとか、副団長と呼ばれているよ。
異世界に召喚された勇者のおまけです。
今は救命団という組織の副団長をやっています。
得意魔法は治癒魔法、どんな怪我でも治せちゃう凄い魔法なんだ。
笑顔の絶えない職場で働けてとってもウレシーナー……。
「はぁ……」
元の世界ではごく普通の高校生活を送っていた僕が、どうしてこんな愉快すぎる職場にいるか……それはいくつもの過ちから始まった。
酷い雨の日だった。
学校が終わり、のびのび気分で帰ろうとした僕の行く手を遮るかのような豪雨。
しかし、傘は家に忘れてきた僕は、他の生徒が傘をバサリと開きながら、降り注ぐ雨の中を意気揚々と歩みだす様を見送ることしかできない。
ぐぬぬ、クラスメートに都合よく傘を二つ持っている人がいない。
だからといって、雨の中をずぶ濡れになって不快な気分を味わいたくない。
「仕方ない。少し雨宿りしてから出るか」
無理をして帰りたいほど、急いではいないし雨は嫌いじゃない。
だが30分ほど経っても一向に雨は止まない。玄関で雨宿りしながら僕は思わずため息を吐いてしまう。おい、嫌いになるぞ、雨。
そして更に一時間が過ぎた頃、雨雲が空を覆っているせいか回りの景色に影が差してくる。
「うーん、流石にこれ以上暗くなるのは……ん?」
廊下の奥から下駄箱にやって来る2人の男女。
確かあの二人は……生徒会の人だな。
男のほうは龍泉一樹。一樹と書いてカズキと読むカッコイイ名前を持つ男。高身長で顔もカッコイイという非の打ち所がないギャルゲーも真っ青な主人公気質の男。
しかも副会長で僕のクラスメートである。誰から見ても設定盛り込み過ぎの完璧超人である。
兎里 健という名字ぐらいしか、際だったものがない僕とは天と地ほどの差がある。
「……おや」
「どうしました犬上先輩」
「あの子は君のクラスの……」
犬上鈴音。この学校の生徒会長にして高校三年生の先輩、黒髪で凛々しく整った美形の女性。
頭脳明晰、運動神経抜群、それに美人もついた才色兼備な彼女は学校中の男子生徒たちの憧れの存在である。あと、一部の特殊嗜好の女生徒達にも人気。
噂では、龍泉と付き合っているとか、いないとか。
そんな彼女が下駄箱で途方に暮れている僕に気付く。
「君は傘がないのかな?」
「えっ、まぁ……はい」
「なるほど、だから雨が止むのをここで待っていたのか。しかし、もうすぐ下校時刻になることだし……」
もうそんな時間になっていたのか。
携帯を開いて時間を確認して外を見やると、まだ雨が降っていた。
まだまだ止みそうにないな……。
親に迎えに来てもらうという考えが頭の中にはあったが、どちらも共働きなので頼れない。
犬上先輩は腕を組み悩むような動作をする。
「むー……ずぶ濡れのまま帰らせるのは生徒会の沽券に関わる」
「なら先輩、俺の傘をウサト君に貸しますよ?」
「俺折り畳み傘持ってるから」と、フレンドリーなノリでこちらに傘を手渡す龍泉。
なるほど、この人柄の良さが女生徒に人気が有るのか。
同じクラスになって初めて話したけど、何というかさわやかな奴だな。後、僕の名前を覚えてくれていた所に少し感動した。
「ありがとう、龍泉君」
「おいおい、君付けなんてむず痒いぜ。気軽にカズキって呼んでくれよ。俺も……えーと」
「ウサトでいいよ」
ケンとかたくさん学校にいるしね。
しかし、まさか学校一のイケメンに友達として名前を呼ばれる日がこようとは、明日はファンの女子達の注目(殺気)を集めちゃうな。
「それじゃあ私もウサト君と呼ばせてもらってもいいかな?」
「構わないですよ?」
内心歓喜、学校一の美人さんに名前を呼ばれるなんて、もう死んでもいいです。
いやー、今日はついていない日だと思っていたけど、逆だった。学校の人気者と友達になれるなんてね。滅多にないことだ。
雨、最高、もっと降ってくれてもいい
雨への手のひら返しが激しい僕であった。
僕と仲良くなれたのが嬉しいのか、カズキはややテンションをあげて僕も一緒に帰るように誘ってくれた。
一瞬、この男、そっちの人かと心臓を鷲掴みされる気分になったが、唯単に、男友達が増えて嬉しいだけだった。疑ってしまったことに自己嫌悪を覚えつつ、内心謝る。
一緒に帰る事については、犬上先輩も特に反対しなかったので、僕も同伴させてももらう事にした。
「君は、今後の進路とか考えているかい?」
「いえ、まだ二年生なので」
「先輩、俺にもその質問しましたよね?」
「ふふっ、私にはそういうものがないからな、他の人のそういうものが気になるのさ」
雨が降り注ぐ道路を歩く。
長い事雨が降っているせいか、不思議と車が通らない。まあ、こんな雨の日は外に出たいとは思わないだろうから、当然なんだろうけど……。
雨水が周囲に響く音を聞いていると落ち着いてくるな、とそんなことを思う。
不思議と心が穏やかになってくる。実はこの二人、マイナスイオンでも放出しているんじゃないのか?
のほーんとした気分のまま、犬上先輩に気になった事を質問してみる。
「犬上先輩は、進路とか決めてないんですか?三年生なのに?」
「決めてないよ」
「それって結構まずくないですか?」
不躾な質問だけど、僕の素直な感想を言ってみた。犬上先輩は高校三年生、そろそろ進路を決めなくてはいけないはずなのに……。
僕の答えに先輩は苦々しく笑う。
なんだか凛と生徒会長をしている犬上先輩には似合わない笑顔だ。
「そうなんだけどね。私にはやりたい事が見つからないんだ……これといった目標を見つけてもすぐに達成してしまう。なんだかね、ここは私のいる場所じゃない。そう考えてしまうときがあるんだよ」
「すごい先輩だよな、ウサト」
「確かにね」
「あ、今のは、嫌味とかそんなんじゃないからね……?」
「分かってますよ」とカズキと顔を見合わせ笑う。
頬を朱に染めた犬上先輩は、怒ったようにそっぽを向いてしまった。
「そういえば、カズキと犬上先輩は付き合ってるんですか?」
ここでふと気になったことをぶっこんでみる。
僕の質問に二人はきょとんとした表情を浮かべる。
「は?違うぞ」
「そうだぞ、周囲には誤解されがちだが、生徒会という仕事柄一緒にいることが多いだけだ」
驚愕の事実、僕も二人が付き合ってると思ったのに……。
「嘘でしょ?」
「ははは、なんでここで嘘をつくんだよー」
カズキは、僕が思っていたよりずっとフレンドリーな人のようだ。
少しとっつきにくい人だと思っていたと彼に言うと、苦笑いしながら「ウサトには言われたくないよ」と言われた……解せぬ。
まあ、僕は普段、決まった友人としか話さないからね。そう思われても仕方ないのかもしれない。
「……なんだ?」
「んん?」
僕以外の2人が怪訝な顔をして立ち止まる。不思議に思って背後を見ると2人とも耳を澄ますように、耳に手を添えている。
なにか聞こえたのだろうか?僕にはなにも聞こえなかったけど。
「どうしたの二人とも?」
「……ウサト、今何か聞こえなかった?ごぉーんって」
「僕にはなにも……」
「私にも聞こえた。これは……鐘の音?」
僕以外の2人には聞こえたようだ。
「鐘の音」と犬上先輩は言うが、この近くには鐘を鳴らすような建物もない。ましてや、周囲の雨音に混ざって鐘の音なんか聞き取れるはずがないだろう。
しかし、実際僕以外の2人がその音を聞き取っているのだから空耳とは言い難い。
「だ、大丈夫ですか?」
僕が近くにまで歩み寄った瞬間、僕達の足元に幾何学的な文様が浮かび上がった。
ややゲーム脳の僕の思考は、反射的にその文様を言葉で表した。
「ま、魔法陣?」
魔法陣、科学が支配するこの世界で魔法陣とはいかなる物か。
パニックになりすぎて逆に冷静になった頭で自分の現状を見る。地面に魔法陣、それが脈打つように輝いている。
これは……展開的に異世界への道が開かれるのではないか?こんな事態の中、不謹慎ながらも僕は内心少し期待してしまった。
「カズキ、い、異世界ってどう思う!!」
「えっいきなり何言ってんだよウサト!?それより何だよこれ!撮影!?」
そうだよね!
こんなときに訳の分からないこと言われたらそうなりますよね、ごめん!
「ウサト君ッ異世界には魔法とかモンスターとか……ゆっ勇者とかいるのだろうか?」
「僕、何だか犬上先輩とすごく仲良くなれる気がしました」
犬上先輩こっち側の人だ!
絶対ネット小説とかラノベを読んでいる人だ。
そうこうしている内に魔法陣が目が眩むくらいに輝く、その眩しさに思わず目を瞑った僕は突然襲ってくる吐き気と浮遊感と共に意識を失った。
まどろみの中、僕は床の冷たい感触を肌で感じ目が覚めた。
頭を押えて、もう片方の手を床に置くと、そこは先ほどいた道路のコンクリートではなく、すべすべとした光沢
「……ん……ここ、は」
周りを見ると、煌びやかな大広間。
目の前には、大きな椅子に腰掛ける男性と、その周りに佇む数人の老人達がいた。
寝起きで頭の働かないまま状況を把握しようと努める
よく見ると真ん中の玉座らしき場所に座っている男性は、高級そうな西洋風の衣服、それに加え頭には王冠がかぶせられている。
加えて、後ろの老人達はRPGでよく見るお付きのような服を着ている。
老人たちから、周りに目を移すと、灰色の鎧に身を包み腰に西洋剣を携えている騎士らしき人物達が横一列に並んでいる。
「大丈夫か。ウサト」
「カズキ、一体ここはどこ?」
横にいたカズキが、不安そうに僕に声をかけた。
よかった、はぐれてはいないみたいだ。カズキがいるなら先輩もいるはず。
カズキの方に目を向けると、既に目を覚ました犬上先輩が僕の隣に座っていた。
「分からない。でも起きたら周りに変な格好した人が沢山いて……」
「そっか。先輩は大丈夫ですか?」
「ああ、心配は要らないよ。どこも怪我はしていない」
僕たち全員が目を覚ましたことに気付いたのか、目の前で尊大に座っていた王冠を被った男がこちらを見やった。
威厳と言うのか、眼力と言うのか、なんというか気圧されてしまった。
「全員目が覚めたようだな」
とても偉い人に見えるが、一体僕たちに何の用があるのだろうか。
僕が、ボーっと周りの状況をゆっくりと理解するようにしていると、カズキが警戒しながら王冠を被った男に顔を向ける。
「あんたらは、誰だ」
「貴様!ロイド様に何と不敬な」
王様らしき人物の隣に佇んでいたお付の人が、カズキの不遜な物言いに怒るように声を上げる。
そんなお付の人を手で制す王様(?)。
「いいのだ。いきなりこのような場に呼び出されれば、自ずとそのような言葉も出てこよう。あまり目くじらを立てるなセルジオ」
「し、しかし、分かりました」
「すまない。私の家臣はどうにも頭が固くてな」
「は、はあ……」
「私の名前はロイド・ブルーガスト・リングル。このリングル王国の王だ」
リングル王国。聞いたことがない国だ。
「困惑しているようだが。簡潔に言おう。お主らは勇者として我が国リングル王国に召喚された。」
「勇者、だって?」
今、隣で小さい声で「キタッ」って声が聞こえたけど、僕は決して犬上先輩の声じゃないと信じている。
先輩、これ以上クールビューティーな先輩のイメージを崩さないでください。僕は貴女に憧れてたんですから。
あと、カズキがシリアスやってんだから、自重してくださいお願いします。
「そう、勇者だ。数年前に魔物達の王、魔王が復活した。復活した魔王は軍を率いて、着々と勢力を広げている。我らリングル王国の民も必死の覚悟で戦いに臨んだのにも関わらず、魔王軍の力には到底及ばない。前回の襲撃はなんとか撃退することに成功したが、次はどうなるか分からない。……よって我らは最後の手段をとった……勇者召喚。異世界から素養のある者をこの世に呼び出す禁忌の術を行う事を決断したのだ」
犬上先輩、隣でパタパタと自分の足を叩いて興奮を抑えないでください。
先輩のイメージが崩れ始めてます。いいや、もう崩れてます。瓦礫の山になってます。
「素養とは?」
「誰彼見境なく異世界から人を呼び出すわけにはいかん。そのため魔法陣には素養のあるものを選定し呼び出す術式が施されておる。呼び出される際に鐘の音が聞こえただろう?」
「……あの音がそうだったのか。でもそれだと、ウサトは……」
カズキがこちらを見る。その視線にはどこか謝罪の意がこめられているようにも思えた。
素養のある者のみに聞こえる鐘の音、つまりそれが聞こえない僕には素養がないことになる。
と、いうことは……?
「僕は、巻き込まれた?」
それしか考えられない。
……全然、気にしてないし? 素養なんてなくたって僕だってなにかしら取り柄ぐらいあるし。超負けず嫌いだしッ!!
僕の方を戸惑いの目で見る二人……はい、僕場違いですねっ分かります。
巻き込まれたという事実が、メキメキと僕の心に罅を入れてくる。胸を抑え苦しんでいる僕に気付いたロイド王は、深刻そうに目を瞑る。
ヤバイ、役立たず扱いされて追い出される……。
「お主は巻き込まれたのか……帰してやりたいところだが、現状では異世界召喚は一方通行……連れてくることはできるが、帰すことはできぬ。他の二人も同様だ……本当に申し訳ないと思っている……罵ってくれても構わない」
……この王様実はすごいいい人なんじゃ?
いや、勇者召喚で無関係の人間連れて来たから一概には良い人とは言えないんだけども。
「いえい―――」
「ふざけんじゃねえよ!!」
いえいえ、と僕が発し終わる前に隣にいるカズキが怒りの声を上げる。
王の両隣に佇んでいた兵士らしき人物達の手が腰の剣へと伸びる。
ちょっ、ちょっと僕達の為に怒ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと抑えよう!
「それじゃあ俺達はどうなるんだ! 元の世界に親だっているんだぞ! 先輩にだって、ウサトにだって……」
「申し訳ないと思っている。だが、我らも必死なのだ」
拳を握り締め前に一歩踏み出すカズキ。
友達になってからまだ数時間しか経っていないのに、何て良い奴なんだろうか。僕なんて突拍子がなさ過ぎて真面目になりきれないのに……。
「落ち着いてくれ、カズキ。僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、ここで暴れてもしょうがないだろう?」
「くっ…………ウサトが、そう言うなら」
カズキの中での僕の発言にはどんな力が宿っているのだろうか。
「勝手だと理解している。この世界へ無理やり連れてきたことに釣り合う見返りも与えられるかも分からぬ。だが、必ず我らはお主らを帰す魔法を見つけてみせる。それまでの間、我らに力を貸してくれ……頼む」
「「ロイド様!?」」
お―――いっカズキの方に構っている間にどんどん話が進んでいるよ!?
もう一概にとかじゃないよ、この人凄く良い王様だよ!僕の読んでいる小説の王様とは全然違うもん!
「私は一国の王だ!国民を守る義務があるのだ!!そのためにならこの頭などいくらでも下げてやるわ!」
その場で立ち上がり僕らの所まで降りたロイド王は、僕らに向かって深々と頭を下げる。一国の王が唯の学生に頭を下げている。
その異様な光景の中で、冷静になったカズキは諦めたように肩を落としてしまった。
「………先ほどの非礼、誠に申し訳ありませんでした。頭を上げてください王様。俺も、取り乱し過ぎました。……話を、聞かせてください。まずはそれからです」
「……温情感謝する」
ロイド王に頭を下げたカズキは、僕と犬上先輩のほうを見ながら頷く。
犬上先輩は、学校では見たことがないほど清清しい笑顔のままサムズアップしてきた。
この人、案外この状況を一番楽しんでいると思うんだ。
異世界コメディ……です?