今日は雨の日 サイドB
おめでとう、フランチェスカ。
母の笑顔は、大分弱弱しく、お世辞にもこれからの前途が明るいとは思っていなかったけれど、私もまったく同意見だったから、苦笑した。
ありがとう、お母様。今までお世話になりました。
などといいながらも、どこかよそよそしさは捨てきれない。
父が亡くなってすぐにもちこまれた縁談。
最高の相手を見つけてやると豪語していた父は、結局のところ誰もお眼鏡がかなわなかったのか、20歳になる娘に相手を用意するにいたらなかった。
それでも、諦める気はなかったようでよく年頃の男と話しては「あいつは駄目だな」とけちをつけていた。
誰でも駄目なくせに。
婚期を逃す、と周囲には囃し立てられたけれど、それでものんびりかまえていればいいと思っていたのは、生まれ育った領地を離れたくなかったからだ。
しかし、父は呆気なく現世を離れた。
予想外の事態に、混乱した私と母には、知らされていなかった借金の催促と、その返済計画が残された。
なにひとつわからない私たちに、その返済計画を理解できるだけの予備知識はなかった。
そこで差し出されたのが、父の弟である叔父からの婚姻話。
どうやら町長をやってる叔父は、丁度後継者の伴侶を探しているらしかった。
そこに、あまった土地と、それを持て余した兄の家族。
これは丁度いい、と叔父はこの土地の管理と引き換えに嫁に来ないかと誘ってくれた。
・・・断れるほど、賢くなかったのだ私も母も、いろんな意味で。
渡りに船、乗らなければ地獄。
その手にすがったのはいうまでもない。
相手がどんな男であろうと、とにかく明日のご飯にありつくのが先決のように思われたのだ。
だから私は後悔なんかしてない。
理不尽だなんて思ってない。
助かったんだから。
だから、と目の前に立つ自分同様真っ白の衣装に身を包んだ男をみる。
なんの感情も浮かばない顔、冷たさがよぎって、背筋が凍ったが、私だって負けず劣らず無表情であることは想像に難くない。
「誓いのキスを」
一瞬触れたそれは、とても冷たかった。
大丈夫、それでいい。
ぎゅっと、手のひらを握って目を瞑ると、母の顔がよぎる。
少なくとも、母の余生は、生まれ故郷でゆっくりと過ごせるという。
私も母もとても弱い生き物だ。
いつだって、父に守られてきた。
なんて、愚かな。
こうなって、はじめてわかった。
人に頼り切って、なんとかなると思っていた私は大ばか者だ。
だから、こんなにも選択肢が少ない。
なんで強くなろうとしなかったのだろう、盛大な披露宴の最中、私はただ自戒していた。
隣の伴侶の気配を探りながら、ずっと息を殺した。
この人が優しい人であったならいい、でも、違ったとしたら、それを責めることなんかできない。
だってわたしはただの愚かな花嫁。
これから、強くなるのでは遅すぎたりはしないだろうか。
ねぇ、父上。