生業
幾つかの影がまるで青白いホタルの燐光のようにゆらゆらと闇の中を漂っていた。
そのうちのいくつかが岩陰に隠れたかと思うと、別のいくつかが窪地から姿をみせる。岩陰に隠れた光は反対側に姿を現す。そうやって光は、ゆっくりと僕達のいる方へと近づいていた。
「1、2・・・5。5人だよ、R」
僕は、大きなレンズがついた、赤外線スコープを覗きながら、被っていた赤外線を遮断するコートをはねのけた。
むしむしして通気性のまるでないコートを脱ぐと、シャツに染み込んだ汗が夜風に攫われて、僕の体を一気に冷やした。
もう夜は秋相応に涼しくなっていた。
「了解、少年。あと、ちょっと暑いかもしれないが、それはかぶっておいてくれ。相手から丸見えになるかもしれない」
そう言ってRはすぐ僕にコートをかぶせて、スコープを覗きこんだ。
「羊飼いを探していると聞いたんだが」
「あーん?…はっ。子連れのパパが何しに来た。牧場はとなり町だ」
初めに、カウンター越しに無表情でRを見、次に僕に気づいた枯れた松のような老人は呆れた顔をして、最後にバカにした顔でまたRを見た。
彼の古い酒場は、もう何年もろくに手を入れていないのか、看板のペンキさえもところどころではげおちて、常連以外が見れば、とてもやっているようには思えない有様になっていた。
床には、倒れた椅子や割れて先の尖ったガラスの欠片が点々と散らばっていた。
「動物好きに見えるか。それにコイツはこれでいい目をしてるんだ」
僕の頭に手を置きながら、Rはそう店主にいうと、コートの胸ポケットから一発の弾丸を取り出してカウンターに立てて置いた。
「ほぅ。338Magか。なかなかキワモノ好きだな」
老人は手に取り心持ち目を見開くと、そう言ってまた弾丸をカウンターに戻した。
綺麗な銅色の弾丸は溢れた酒が染みこんだ、傾いたカウンターを、店主に向かって自然に転がり始め、途中でコップにぶつかって、キーン、という高く澄んだ音を立てた。
「分かった。じゃああんたらに羊飼いを頼もう。痩せオオカミばかりだろうが、ちと数が多い。いけるか」
「見通しと天気にもよるが10ほどまでなら」
「じゃあ、よろしく」
老人は卑しい笑顔でそう言うと、Rと細かい話し合いを始めた。
―「羊飼い」は町を守る用心棒で、「オオカミ」は盗賊。
「なんでこんなことわざわざ言い換えるんだろ」
酒の匂いに参ってしまい、僕は一人で外に出ていた。
なかではRたちがまだ話し合いを続けている。
通りには,どろどろで,もともとなんだったのか検討をもつかないボロ布や,通り沿いの家の窓から投げ捨てられたのであろう缶詰の空き缶が,そこかしこに転がっていた。
通りの隅や,家の影の暗がりでは残飯目当てのイヌやカラス,たまに人がゴミ山をゴソゴソと漁っている。
僕は、入口へと続く階段に腰掛けると、日が落ちかけて辺りが暗くなり始め、Rが店から出てくるまで、ゴミだらけの通りのしょぼくれた人の往来を眺めていた。
カキン
―
バーン
耳をつんざくような破裂音に、僕は顔をしかめて赤外線スコープを覗き込んだ。
顔の左側だけ何かで覆われたような感覚がキーンという耳鳴りとともに続いていた。
「命中したよ。R」
「セカンドショットは必要か、―少年」
僕が双眼鏡を覗き込んだままそう言うと、Rはおもむろに僕の頭に、手袋をしたままの手を乗せて、頭をわしわしとなでた。
「火薬くさい、耳もいたい」
彼の使い古してボロボロになった手袋からは、真新しい硝煙の臭いがした。
「そうだな、すまない」
「残り2。距離約450。風なし」
「ああ、分かった」
カキン
Rの右手がボルトハンドルを引き込み、チャンバーが空薬莢を吐き出した。
中身を失い空っぽの筒になってしまった薬莢はキーン、コン、コンと透き通った音を立てて弾みながら、しゃがんでいる僕の足元にまで転がってきた。
チャンバーから吐き出された直後のそれは中身が詰まっていたころの輝きを失い、まだらにくすんだ金属の表面からは煙とも湯気ともつかないものがかすかに立ちのぼって、僕の鼻をくすぐった。
始まってから一時間も経たないうちに、緑の光はみんな消えてしまった。
東の空は濃い黒を失ってもう明るくなり始めている。
「さて、今日は昼過ぎまで寝るとするか」
Rは僕にそう笑いかけ、楽しそうに塔の階段を下っていった。