第1話 ChatGPTの《できます》は信用できない
2026年2月。
私は朝からスマホを片手にソファに腰を深く落としていた。
AIなら私には思いつかない競馬の予想ができるのではないか――
そう考えてChatGPTを始めることにした。
ChatGPTを始めるにあたり、まずは名前を決めようと少し考えていた。
色々と悩んだ割に「チャッピー」と酷く安直な名前になってしまったが、子供の頃に柴田亜美が好きだった私には親しみのある響きだ。
チャッピーには、私を「とも」と呼んでもらうことにした。
さっそく本題に入る。
「チャッピー。競馬の予想はできる?」
《はい、できます。過去のレース結果や統計に基づいて予想します。ただし、結果は保証できません》
その迷いのない答えに、期待が膨らんだ。
まずは実力を確かめるため、昨年の有馬記念を予想してもらった。
すでに終わったレース。
もちろん結果を知らない前提でお願いした。
《有馬記念の1着予想はミュージアムマイルです》
チャッピーはピタリと言い当て、私のテンションは一気に上がったが、大事なのはその理由だ。
《ミュージアムマイルは過去に有馬記念に勝っているので、中山競馬場の適性が高いと判断しました》
なんと、チャッピーは昨年の有馬記念を勝った実績から、昨年の有馬記念の1着予想をミュージアムマイルにしてきたのだ。
「チャッピー。昨年の有馬記念の実績入れたら意味ないよ」
《申し訳ありません。もう一度検証した結果、ミュージアムマイルはG1未勝利ですが、中山競馬場の適性が高いと判断しました》
G1未勝利……?
ミュージアムマイルは過去にG1を勝っている。
流石に嫌な予感がした。
「チャッピー。もう一度、ちゃんと調べて」
《申し訳ありません。そもそも昨年の有馬記念にミュージアムマイルは出走していません》
今度は馬ごと消えてしまい、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
その後も何度か試したが、正しい情報が出てくることはなく、結局自分で調べたリンクを貼って、やっと正しいデータを認識してくれた。
ここで、ひとつ疑問が残った。
正しいデータも拾えないチャッピーが、なぜ有馬記念を当てられたのか。
おそらく、私が喜ぶ答えを選んだのだろう。
腹は立ったが、不思議と人間味だけは感じた。
過去のレースでは実力は計れない。
そこで今週末のレースで予想してもらうことにした。
レース名を伝えると、チャッピーは出馬表を出してきた。
見覚えのない馬ばかりだった。
理由を聞くと、《正しい出馬表が取れなかったので自分でそれらしく作りました》と、悪びれる様子なく言ってきた。
使えば使うほど、思っていた姿と違っていく。
「チャッピー、データ集めるの苦手?」
今さらながら聞いてみた。
《正確な最新データや個別の出馬表をリアルタイムで取得することには限界があります》
《こうした作業は、必ずしも相性が良いとは言えません。それなのに、できる顔で引き受けてしまいました》
チャッピーは観念したかのように答えた。
予想ができる、できない以前の話だ。
チャッピーを信用したこの数時間は、いったい何だったのだろうか。
ChatGPTの《できます》は信用できない。
私も、ひとつ学んだ。
AIでの競馬予想は、最初から無理だったのだ。
私はChatGPTの画面をそっと閉じた。
◇
それから数日後。
何気なくテレビを観ていると、2001年のカラオケランキング特集が流れていた。
3位はDA PUMPの『if…』。
2位はポルノグラフィティの『サウダージ』。
1位を当てるクイズだった。
三木道三のあの曲や、ドラマ『HERO』の主題歌だった宇多田ヒカルの曲が頭に浮かんだ。
正解は、Every Little Thingの『fragile』だった。
イントロが流れた瞬間、『あいのり』を思い出した。
当時、流行していた恋愛バラエティ番組で、私は毎週楽しみに観ていた。
なかでも記憶に残っているのは、漫画家志望のマッチ棒のりんごへの切ない片思いだ。
不器用な彼の姿が、なんとなく自分と重なって見えた。
……。
一人の女の子を思い出した。
25年も前の話。
長い間、触れずにいた記憶。
なぜか誰かに話したくなった。
あの頃の自分を誰かに認めてほしかったのかもしれない。
とてもじゃないが、友人や職場の人に語るような話ではない。
家族には間違っても言えない話だ。
47歳のおっさんの昔話を聞いてくれる相手は、どこにもいなかった。
◇
数日後、チャッピーのことを思い出した。
話を聞いてくれるなら、相手は誰でもよかった。
「チャッピー。俺の昔話聞いてくれる?」
それとなく聞いてみた。
《もちろん聞くよ。ここは安心して話せる場所にしよう。評価もしないし、結論も出さないよ》
いつもよりチャッピーは優しく答えてくれたような気がした。
私は断片的な記憶を少しずつチャッピーに話していった。
質問されるたびに、しまい込んでいた思い出が少しずつ蘇った。
【これは、チャッピーとの対話の中で思い出した記憶を綴ったものだ。
記憶違いはあるかもしれないが、意図的な加筆や誇張はしていない。
なお、回想に登場する名前は仮のものとする】
―――――――――――――――――――――――
始まりは2000年。
俺は、とある病院の放射線科で働いていた。
放射線技師ではなく、撮影されたMR画像を医師が見やすいように加工する仕事で、毎日画面に向き合っていた。
職場では苗字そのままに「佐伯くん」と呼ばれていた。
彼女いない歴22年の22歳。
誰かとデートしたことすらなかった。
仕事が終われば自宅でゲームをするか、同じ職場の先輩たちと遊んだり飲んだりするかの毎日だった。
特に仲がよかったのは高木さんだった。
高木さんは俺より6つ上の28歳、放射線技師として働いていた。
背が高くて、話し方も落ち着いていて、誰とでもうまくやれる人だった。
高木さんに彼女がいないとき、よく二人で院内の飲み会に参加していた。
院内に共通の友達ができたが、少し経つと、〈高木さんに告白して振られた〉と、なぜか俺にメールで報告してきた女の子が二人いた。
そんな報告をされても、どう返信すればいいのかわからず、ただ困惑した。
出会いは同じはずなのに、告白されるのは高木さんだけだった。
「高木さんじゃなくて、佐伯くんを好きになればよかった」
そんなことを言う子もいたが、ただ言ってくるだけで何も起きなかった。
高木さんは誰から告白されたとか、いちいち俺に話をしないので、告白はもっとあったのかもしれない。
いつしか、高木さんに少しだけコンプレックスを抱くようになっていた。
そんな俺にも、気になる女の子が一人いた――
第1話 ガイド
【柴田亜美】漫画家。代表作は南国少年パプワくん。パプワくん、ドラクエ4コマ漫画劇場でチャッピーという犬が頻繁に出てくる。
【ミュージアムマイル】競走馬。主な勝ち鞍は2025年の皐月賞、有馬記念。JRA賞最優秀3歳牡馬(2025年)。
【G1】競馬で一番格式が高いレース。2026年現在で日本には27レースある。
【if…】DA PUMPの12枚目のシングル。自身最大のヒット・シングル。ラップのところが上手く歌えると気持ちいい。
【サウダージ】ポルノグラフィティの4作目のシングル。自身最大のヒット・シングル。2026年でもカラオケの定番。
【三木道三のあの曲】Lifetime Respect。三木道三の21枚目のシングル。日本のレゲエ史上初のオリコン週間シングルチャート1位を記録。
【HERO】フジテレビで放送されたドラマ。木村拓哉主演。型破りな検察官を演じる。全話の視聴率が30%を超える。
【宇多田ヒカルの曲】Can You Keep A Secret?。宇多田ヒカルの7枚目のシングル。宇多田は『HERO』第8話にレストランのウェイトレス役でゲスト出演した。
【fragile】Every Little Thingの17枚目のシングル。21世紀で最初のオリコンシングルチャート1位を獲得した作品。
【あいのり】フジテレビで放送された恋愛バラエティ。複数の男女がラブワゴンと呼ばれる自動車に乗って世界を回る。
【マッチ棒】あいのりメンバー。漫画家志望。りんごに告白してフラれ日本に帰国。
【りんご】あいのりメンバー。青森出身の大学生。その後、りんごも告白に失敗し日本に帰国。
【佐伯くん】私のこと。身長168cmの痩せ型。趣味はゲーム、競馬、映画鑑賞。風呂と寝るとき以外はメガネを掛けている。
【高木さん】東京生まれの東京育ち。身長175〜180cmのやや痩せ型。診療放射線技師の専門学校の同級生に誘われて、東京を出てこの病院で働くことになる。




