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橘楓花は、遠距離恋愛からの結婚のために、正社員を辞めて引っ越しをした。
結婚して3年後、夫と旅行中、急に現れた車と衝突し未亡人となってしまう。
保険会社からの事故補償金と夫にかけていた保険金を手にし、遺族年金が出るようになったが、37才で子なしの楓花には、夫の厚生年金3/4を5年だけの有期支給だ。
遺族年金は、年に40数万円…2か月に一回9万円に満たない金額が振り込まれた。
到底食べて行けず婚姻時から継続していた常勤パートで働いていた。夫を亡くして気持ちの整理がつかず、現状維持のフルタイムパートが精いっぱいだったのだ。
3年後、加害者が亡くなった。相続人がいないからとなぜか私が指名されていた。
受け取ったのは、小さな家とその土地、それからキャンピングカーだった。それと、株式と1000万円ほどの貯金だった。相続税などを払うと、あまり現金は残らなかった。
家は、広いリビングダイニングに小上がりがあり、あとは寝室だけだ。
シャッターのついた車庫は1台分あり、キャンピングカーが停められていた。
元から乗っていた軽ワゴン車は、車庫の奥にある庭との通り道に停めていた。
夫の遺品の整理ができず引っ越しの時の段ボール箱に入れたま寝室のクローゼットにいれてある。
廊下の収納の一角には、前の持ち主の本が大量に入っていた。
引っ越しを済ませた楓花は、新しい家での生活に慣れたところで月曜休みを取っての3連休を使い、キャンピングカーで旅行に出かけた。
それから、雨予報でないときには出かけるようになっていた。
リビングダイニングの食卓テーブルの置いてある場所にある出窓にはいくつかの鉢植えを並べていた。花などではなく、ミントとバジル、イタリアンバジルに、ローズマリーなど料理に使えるハーブだ。実用主義の楓花らしい。
ある雨の週末、楓花は掃除をしていてテレビの隣にある飾り棚を開けた。
飾り棚の奥に、クッションにのせられた紫色の玉を見つけた。
純粋な透明ではなく少しの斑があり、自然石の玉らしい。
水晶…アメジスト?
そうだとしたら大玉で希少価値がありそうだった。
実家にあった紫水晶の石よりも数段大きい。
この加工ができる石となると…相当に希少性があるだろう。
落とさないように両手で持った。
なんとなく掲げて光に透かした。
「きれい…傷一つないなんて…」
吸い込まれそうな透明感、暗い紫なのに…何かが頭の中へと流れ込んできた。
大量の何かに目が回る。
落とてしまう!
楓花は、慌てて水晶を抱えたところでプツンと意識が途切れた。
胸に抱えた水晶を抱きしめたまま、楓花の体はその場で崩れ落ちた。
しばらくして、床の上で倒れた楓花は目が覚めた。
なんだろう、頭に靄がかかったような感じ。
意識の中で何か壁がある感じが気持ち悪い。
体を起こすと、水晶玉が転がりソファーで止まっていた。その水晶を手に取り飾り棚へと戻した。
楓花は、ソファーに転がり目を閉じた。
少しだけ眠って目が覚めるとすっきりとしていた。
体でおかしなところもない。
戻した水晶玉が透明になっていることに気が付いていなかった。
いつも通りの日常を過ごして迎えた週末、午後から雨が降るらしいので、外出する気にはなれなかったので家で過ごす事にした。
引っ越してきて初めて庭に出た。
小さな畑があることは知っていた。
その奥には、小さな小屋もある。おそらくは農機具小屋だろう。
畑に出てみると、野菜が育っていた。
玉葱の葉が倒れそうなので、もう少しで収穫の時期になりそうだ。気が付いてよかった。
蕪も1列植わっていた。種まきの時期をずらしてあったらしく、奥の物は育ちすぎてとう立ちしていたが、手前の物は食べられそうだ。
楓花は急いで蕪を抜き、食べられそうな物とゴミにする物を仕分けていく。
畑をひと通り見ていくが、他に植えられている物はなかった。
よかった。
食べられる物をだめにするのも、捨てるのも苦手だった。
蕪の土を外のシンクで洗った。よく見ると、水道栓から器具に繋がっていた。
なんだろう?
ああ、散水機だ。
なるほど自動で水やりがされていたのか。
使っていないホースが丸められていて、畑には1本だけ置かれていた。
なるほど、ONとOFはこのボタンか。雨も降るしもういいかな?
楓花は散水機のスイッチを本体から切った。
玉葱にはもう水はいらないだろう。ここからの水は雨で十分だろうし葉が倒れたら収穫になる。
キッチンに蕪を置くと楓花は、それらを再度洗った。
18本か…一度には食べきれそうもない。
10本はよく洗ってから、葉と実に分けて塩をしてからジッパー袋へと入れて空気を抜き、冷蔵庫へ入れた。
残り8本のうち、6つは出汁で煮て冷蔵庫へ入れた。こうすると味が染みるのだ。
さて、やらなくてはならない事はない。
今週末は雨だし、出かけるよりも整理した方がいいだろう。
この家に来てからほとんどの週末は出かけていた。
そうだ、あの本たちをどうしようか…廊下の本棚を開けると前の持ち主の本がびっしりと入っていた。 普段戸を閉めてあるから気が付かなかったけれど本棚4列の一番下と中央には浅い引き出しがついていた。
訳の分からない本…そう思って手にとった本は、読める物だった。
あれ?
読める?
前回読めないと思ったのはなぜだろう?
楓花は少し戸惑っていた。
前回は、ちらっと見ただけだから勘違いしたのかもしれない。
前の住人の椅子とテーブルは寝室に移動させ、窓に向かって窓の片側分は机を置いていた。デスクトップパソコンを乗せた机があり、キーボードを片付ければ本を読むのに支障はない。デスクライトもあるので、ゆっくりと本を読み始めた。
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