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書き溜めてある分は多くないので、休みながらの連載になりそうです。
橘楓花は、職場を出ると自宅へと帰るため軽自動車を走らせていた。
今日も1日が終わった。
夫を亡くして3年、悲しすぎてどう生きていいのか途方に暮れていた。
呼吸をすることを意識して、ただ目の前のことをこなすだけの日々を過ごしていた。
あの日、急に出てきた車に衝突した。
その前後の記憶は曖昧だけれど、慌てた相手運転手に車から助け出されたらしい。
相手運転手は老人だった。
夫が運転席に突っ伏していた記憶はある。だけど、その後は火に包まれてしまったらしい。
夫の骨は残っていたけれど、通常のような量は残っていなかった。
私の目が覚めた時には、夫の葬儀は終わっていた。
そして、お腹の子もいなくなってしまっていた。
弁護士やら保険の人やらとのやり取りもしたらしいが、はっきりとは覚えていない。
交通事故の補償として、保険金は支払われた。
そして、夫の遺族年金は出ることになった。
ただ、37才になったばかりの私の場合、遺族厚生年金のみの支給だった。
遺族基礎年金は子がいなければ支払われない。40才以上であれば寡婦加算が5万円近くあったらしいが、37才ではだめらしい。
そして、遺族厚生年金も5年の有期支給だった。
ないよりはいい。
けれど年間50万に満たない金額では生活の足しにしかならない。結婚前の正社員時代の家賃補助程度だった。
それもたった5年だ。
総額で230万と少し…結婚のために仕事を辞めたのは失敗だった。でも、一緒に暮らしたかったから仕方がなかった。
結婚して飛行機の距離では、結婚する意味がない。
一緒に過ごしたくて、仕事を辞めて夫の元へ引っ越した。
だからってこんなひどいペナルティがあるだろうか?
子供が欲しくて不妊治療も始めていた。夫に貯金はなかったので、自分が貯めたなけなしの300万が資金だった。だが、それも全て無駄になった。使ったお金も子供も返ってこない。
「遺族年金たくさん出るでしょう?」なんて言葉を投げかけられたが、これでどうやって生活できると思ってそんなことを言うのだろう。
夫の生命保険と相手保険会社からの賠償金があるから、パートでもどうにか生きていけそうだけれど、 こんなことになるなら自宅を建てておけばよかったと後悔していた。
亡くなったら完済になる保険があるからだ。
いや、でも…それなら夫の実家の土地になんてなっていただろうから、それはそれで困っていたか…。
再婚してもいいのだろうけれど、そんな気にもなれない。
もし、保険金をかけていなかったら本当に路頭に迷っていたと思う。
事故の補償金も相手の保険会社から支払われていた。
子供は生まれなかったらなかったことになる。
胎児には補償はないのだ。
夫の補償金として6000万円が下りていた。
夫の命はたったそれだけと言われたような気分で腹立たしかった。
だけど、事故の相手は謝罪にも来たし、毎年お墓にも来てくれている。
許しがたいけれど、事故である以上、心の中で折り合いをつけるしかない。
夫の遺産受取人は、子がいないので私と夫の両親だった。
法律上は、1/2が妻、1/2が親となる。だが、実際は法廷相続人の話し合い次第だ。折り合いがつかなければ法律に従う形となる。
夫には独身時代からの借金があった。
それもあり夫の両親は結婚してからの貯金や生命保険は私に受け取るように言ってくれた。
ただし、事故の賠償については思うところがあるようで、私との折半となった。
私には夫の生命保険があるので、そちらと合わせて手元に約5000万が残り、夫の両親には3000万が渡った。私の場合は、そこから夫の借金を清算したので4500万ほどが残った。
4500万というのは、夫婦2人が生きていれば大金だけれど一人となると心許ない。
人数が減っているのに?と思うかもしれないけれど、それは正社員であったならだ。
私は、結婚を機に仕事を辞めたこともあって40近い女にできる仕事はそう多くなかった。
常勤パートでなんとか月に14万程度の手取りと年2回の同額程度のボーナスは得られたものの、賃貸暮らしだったために家賃として半分消えてしまう。もっと安いところに入れたらいいのだけど、市営団地や県営団地の要件には当てはまらない。
水道光熱費など固定費を支払うとお給料で残るお金は2万円ほどだった。そこに遺族年金の4万円と少しでは食費や最低限の衣服や医療費などには足りなかった。
贅沢をしなくても年間で50万円は貯金を取り崩すことになったけれど、いつまで働けるかはわからないし、冷蔵庫や洗濯機など家電が壊れたらその分貯蓄を崩すことになる。車の買い替えも2回はあるだろう。PCやスマホもと考える。
年金をもらえる65歳まで働いたとしてもあと28年間最低でも毎年50万は崩して使う、それだけで1400万円、大型の買い替えには65歳までに300万円は使うだろうから、それで1700万円は最低限使う。車の買い替えも2回はあるから合わせたら2100万円だ。そうすると残りは2900万円までは確実に減ってしまう。老後は確実に取り崩すだろうけれど、今の比ではなく取り崩すしかない。油断するとどこまで減るのか…。
人生100年といわれているので、それは恐ろしく心許ない金額だった。
インフレが起きたら人生終了なのに、今の時点で体感的な物価が3年前の2倍近くになっていた。
節約しているつもりだけど、インフレでは65歳の時点で2000万も残りそうもない。子なしなのに老人ホームに入るのは無理かもしれない。
悲しすぎて自分の事すらおぼつかないまま3年が経過していたある日、弁護士を名乗る人物から連絡が来た。何かの詐欺かと思ったが、近所の喫茶店で会うことにした。
「私、弁護士の菱沼と申します。今日はお時間をいただきありがとうございました。」
「橘です。私に相続ですか?なぜ?」
「沼田様にご家族はおりませんでした。あの事故を大変後悔しており、遺産の受取人もいないため、橘様に遺贈したいと…こちらが遺言書でございます。裁判所の認めもあります。」
「本当ですね…。」
「家は5年前に建てたものです。1LDKで小さな畑しかありません。それから、納車されて未使用の軽キャンピングカーがあります。受け取っても橘様にとってマイナスの影響はないと思います。」
「なぜ未使用のキャンピングカーが?」
「こちらについては、納車されたのが事故以降の日だったようです。手放す事もせずに車庫に入れてあります。」
「そうですか…魅力的なお話しですが、相続税がかかるでしょう?私に手持ちの現金は少なくて…その…。」
「ご安心ください。家と土地、車や資産などの相続の手続きは私が責任を持ってさせていただきます。相続税は資産から十分に支払えますのでご心配はいりません。橘様が受け取らなければ国庫に入ってしまいますので、何卒受け取ってはもらえませんか?」
「なぜそこまで?」
「私は、沼田様に随分と助けられた身です。沼田様は大変な後悔をしてこの3年を過ごしてきた。最後の願いを叶えたいのです。」
「なるほど…。」
正直、住む家があるのは助かる。
荷物は残っているだろうけれど、それは片付ければいい。
持ち主がもういないし、相続人であれば処分する権利もある。
今支払っている家賃は6万5千円でそれがなくなればかなり生活は楽になるだろう。少しくらいなら外食をためらわずに出来るようになるかもしれない。
「見てから決めてもいいですか?」
「もちろんです、今から向かいますか?」
「そうですね…お願いします。」
「では、私の車で…」
「いえ、一度帰って車で向かいますので住所を教えてください。」
「かしこまりました。住所は…」
渡された住所は、海のあるこの街では津波の心配がいらない丘の上だった。
人気のある住宅地だ。売ってもそれなりに価値のある場所だろう。
大きな通りには大型スーパーがあり、食べ物屋さんが並んでいて、高速の乗り口も近い。少し走れば大型のショッピングセンターもある。
年金についての描写は、新制度適用のイメージです。
これはあくまでも日本によく似た大和のお話し。
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