第9話:初めての共同作業(後半)
「ぜ、全然ダメって……はぁ!? 何言ってんだ、お前!」
想定外の答えに、思わず声を荒げてしまう。
机の上に置かれたタブレットを手に持って、自分でも再確認する。
悪くない。
いや、むしろ胸を張って良い出来だと言える。
モデルの特徴を上手く掴んで、2次元の存在に上手く落とし込めている。
SNSに上げれば、これだけで『5000いいね』はもらえる品質だ。
少なくとも、こんな切って捨てられるような出来じゃないはずだ。
「いいからリテイク」
タブレットがぐるっと半回転され、俺の方へと向け直される。
「リテイクって……せめて、どこが気に食わないのか言ってくれよ」
「全部」
白河が短く不満の言葉を口に出す。
「とにかく、やり直し。ルールその四,クライアントの要望は絶対」
怒気を孕んだ声で、勝手に新しいルールが追加される。
「クライアントって……それならせめてもう少し具体的に問題を指摘しろよ」
「だから、全部が問題って言ってるよね?。逆に聞くけど、君はこんな表面をサッとなぞっただけのもので本当に満足?」
「は? 表面って……なんだよそれ……」
全く具体的じゃない改善要求に頭を抱える。
まるで営業と開発の苦労を同時に味わわされてる気分だ。
だが、どれだけ無茶な要望でも秘密を握られている以上は従わなければならない。
タブレットをスタンドに設置して、ペンを握り直す。
新しいキャンバスを作り直して、またラフから順番に描いていく。
「目の前の人間をモデルに落とし込むなんて初めてだから難しいんだよ……」
「そう。でも、頑張って」
他人事かよ、こいつ……。
乗り気になれないままペンを握り直し、改めて画面と向き合う。
全部って言っても、どこをどう変えろっていうんだよ。
表面だけじゃダメってことは、内面をしっかり描けってことか……?
顔の一部を消して、表情を少し書き直してみる。
今よりも少し大人っぽく、妖艶な感じに。
「……これでどうだ?」
「リテイク」
今度はほとんど見もせずに、やり直しが告げられる。
「禄に見てもないくせに……」
「見なくても分かる。全部ダメって言ったのに、そんなすぐに直せるわけないし」
恨み言をぼやくも、すぐにダメ出しと共にタブレットが突っ返される。
それからも何回か修正しては提出してを繰り返したが、良い返事は一つもなかった。
「全くダメ。やり直し」
「またかよ……」
「いつも黒髪ロングのキャラばかり描いてるから変な手癖が出てる。それは《《私じゃない》》」
何度も突き返されたタブレットを手に、俺のフラストレーションは限界に達していた。
改善点も何も告げないリテイクを、この短時間でもう六回もやらされている。
こんなのは下請けイジメ以外のなにものでもない。
これがもし正当な契約下での取引なら俺は確実に出るところに出ているだろう。
もしかして、端から俺への嫌がらせのためにこんなことをしてるのか?
だとしたら嫌がらせのやり方が異次元すぎるだろ。
これまでも色んな嫌がらせを受けてきたけど、ダントツの優勝だ。
もうお前の勝ち、俺の負けでいいよ……。
そんな益体もない思考を脳内で巡らせながらふと顔を上げると――
「……何?」
ソファに座って不機嫌そうに俺を見ている白河と目が合った。
こいつが一体、何を考えているのか、何を求めているのかさっぱり分からない。
今の俺にはその姿が、人間の姿をした怪物が宇宙人のように見える。
てか、よく考えたら俺ってこいつのことを何も知らないんだよな。
これまではまともに話したこともなかったし、教室でも誰かと話している姿すら禄に見たこともない。
知ってるのは、実はエロマンガ好きの隠れ巨乳という部分くらい。
そんな相手をモデルにキャラクターを描こうなんて、最初から無理があった。
「お前、誕生日はいつなんだ?」
だから、まずはこいつのことを知ろう。
そう考えて、質問を飛ばしてみると――
「9月15日だけど」
突拍子がなかったにも拘らず、むしろ待ってたとでも言うようにすぐ答えてくれた。
「へぇ……俺は5月生まれだから4ヶ月年上だな」
「じゃあ、真岡くんの方が先に死ぬ可能性が高いんだ」
年上マウントを取られたのが悔しかったのか、意味不明な強い返しをされる。
「血液型は?」
「A型。先に言っておくけど血液型診断とかいう胡乱なものは信じてないから」
「まだ何も言ってないだろ」
「真岡くんとその周辺にいる人種はあれとかMBTIなるものが大好きみたいだから牽制しておいたの」
いちいちコミュニケーションを突っぱねるような言葉を付け足すな……。
これだから孤立してるのか、それとも孤立してるからこうなったのか。
まあ、今はそういうところも含めて白河真白というキャラだってことにしておこう。
「ああ、そう……じゃあ、身長と体重は?」
「身長は165cm……体重は49kgくらい、だったと思う。確か」
「そこはデリカシーがないとか言わないんだな」
「別に、そこにコンプレックスがあるわけじゃないし」
表情を変えず、事も無げに言われる。
確かに、あのデカい胸をぶら下げておいてこの体重なら言うのを憚らないだろう。
こいつに限ってはないだろうが、普通なら自慢であってもおかしくない。
「じゃあ、どこか別のところにはコンプレックスがあるのか?」
「……真岡くんってデリカシーがないってよく言われない?」
「お前な……」
「冗談。ちなみにトップバストは93cmね」
珍しくクスっと笑ったかと思ったら、躊躇なく特大の情報が告げられた。
「言っとくけど、俺からは何も聞いてないからな?」
「不要だった?」
「いや、まあ……要るには要るけど……」
ラフの横に、その数字を並べて書く。
しかし、改めて聞くと本当にエロマンガの中から飛び出してきたみたいな体型だ。
これなら制服の上からでも多少膨らみを際立たせた方がいいのかもしれない。
そう考えて、キャラデザの体型に少し修正を加える。
「言われたから遠慮なく聞くけど、そのバストってカップ数で言うと?」
「Hカップだけど」
「そりゃすごいな」
驚きつつも、数字の横に『H』の文字を追記する。
世間的には大きい方に見える聖奈でも、Fカップだと言っていた。
それよりも更に二段階上となると、上位1%未満の存在だろう。
これだけで世の中を上手く渡っていける武器になるだろうに、もったいない。
「次の質問は? 先生、が聞いてくれるんなら何でも答えるけど?」
「だったら、好きな色は?」
「そんなのでいいの?」
「キャラクター性ってのはそういうところから滲み出してくるもんだろ」
「……黒、かな」
「名前に白が2つも入ってるのに?」
「別にいいでしょ。だったら、真岡くんは名前に大が付いてるから三度の飯よりも巨乳好きってことにしてもいいの?」
「なんだよそれ……」
謎の負けん気から出た、意味不明な理屈に思わず笑ってしまう。
その後も白河真白という人間を少しずつ掘り下げながらキャラデザを進めていった。
そうして、部屋に入ってからちょうど四時間が経った頃に第七稿目が完成した。
「……よし、できたぞ。今度はどうだ?」
タブレットをスタンドに置いたまま、半回転させて白河の方に向ける。
彼女はタブレットを手に取って、それを自身の眼前に掲げた。
無言のまま、画面の端から端を舐めるように見つめている白河。
不安と期待が半々に入り混じった心境で、クライアントの沙汰を待つ。
数分後、白河が無言でタブレットをテーブルの上に置いた。
反応を見るのが、少し怖い。
これでまた全部やり直しとか言われたら流石に折れるかもしれない。
それでも確認しないわけにはいかないと、意を決して顔を上げると――
「……すごくいい」
彼女はまるで子供のように屈託のない笑顔を浮かべていた。




