最終話:きっと、いつかまた
あれから三日が経った。
俺と白河の奇妙な関係は、作品の完成を以て終わった。
あれ以降、白河とは一言も話していない。
あいつは相変わらず、学校では孤高の優等生として誰も寄せ付けずにいる。
聖奈との友人(?)関係は継続しているらしいが、俺の方にその交流内容は伝わってこない。
例の裏アカウントも閉鎖され、唯一の連絡手段も絶たれてしまった。
とはいえ同じ教室にはいるので、たまにすれ違ったりすることはある。
けれど、互いに何か特別な反応を見せたりすることもない。
つまり、全てはあの日の前に戻ったということだ。
完成した作品は白河の意向で、俺のSNSアカウント上で公開することになった。
もちろん、全て無料で最初から最後まで読むことができる。
いいねの数は歴代最高の10万を超えて、フォロワーの数もかなり伸びた。
アメリカ合衆国第四十四代大統領にはまだ及ばないが、反応は上々と言っていいだろう。
リプライには登場人物の生々しい感情の機微を絶賛する声や、物語の背徳的な美しさに心を揺さぶられたという声、普通にドチャシコでしたという感想が溢れていた。
それ以外にも出版社やDL販売サイトから『うちで販売しないか』という打診のメッセージも何件か届いたが、もちろん丁重に断らせてもらった。
俺がまだ高校生だからというのも当然あるが、それ以上にこれはそういう作品じゃないからというのが一番の理由だ。
世界中の誰の目にも触れられる場所で、いつでも見られる形で公開して欲しいというのがクライアントの要望だからな。
これが、一連の出来事の結末。
それ以外には何も変わっていない。
俺の人生は相変わらず、順風満帆に進んでいる。
「なあ、大和。お前も澄代の夏期講習行くんだっけ?」
「その予定だけど」
「よしっ! じゃあ取る講座合わせようぜ!」
「いいけど……俺は全部トップレベルの講座の予定だぞ? お前についてこれるか?」
「げっ……じゃあ、ダメじゃん……」
「ったく……どうせ、課題を俺頼りにしようと思ってたんだろ?」
まず、俺は頭が良い。
都内有数の進学校でも常に成績は上位。
全国模試では、常に上位1%の成績を維持している。
東大、京大、国立医学部……望めば好きな大学に進学できる学力だ。
かと言って勉強一辺倒というわけじゃない。
「おーい、大和ー! 今度、バスケの試合があるんだけどさ」
「助っ人か?」
「話が早い! 報酬はプールのペアチケットだ!」
「乗った!」
「よしっ! 西園寺さんと行って来い!!」
運動神経だって抜群だ。
中学の頃はテニスで全国大会にも出場したし、他のスポーツだって何でもできる。
今でも体育の時間や球技大会では本職の運動部にだって全く遅れをとらない。
あと自分で言うのもなんだけどルックスも上々だ。
シュッと通った鼻筋に薄めの唇と、爽やかな印象を与える目鼻立ち。
くっきりとした二重まぶたに、それを飾る眉毛は月一でサロンに通って整えている。
正直言って、女子にもかなりモテる。
「大和く~ん……少々お話がございまして……」
「なんだよ。不気味な腰の低さだな……」
「この前、話した百合園女子との合コンの日程が決まったんだけどさ……」
「だけど……? なんか嫌な予感しかしない話の切り出し方だな」
「西園寺さんに、『どうか大和くんを釣り餌としてお借りさせてください』と丁重にお伝えしたところ……『じゃあ、私も行く』と言い出しまして、どうしようかと……」
「あ~……あとで俺が説得しとくよ」
「ありがとうございます! こちらの映画のチケットをどうぞお納めください……!」
でも、こんな高いステータスを衒うこともせず、人間関係もずっと良好だ。
PINEの登録数は校内外の知り合いだけで三桁人を優に超え、通知はミュートにしておかないと日中はひっきりなしに鳴り響いている。
そして、何よりも……。
「大和ー! そろそろ行こー!」
俺には学校で一番美人と評判の彼女がいる。
「おー、今行く」
入口で呼び声を上げる聖奈に、手を上げて応える。
その横を素知らぬ顔で白河が通り過ぎ、一足先に教室から出ていく。
挨拶程度の会話もなければ、目を合わせることもない。
ただ、その長く綺麗な黒髪を自然と目で追ってしまうだけ。
まるで、あの日々の全てが幻だったのかのように元通りだ。
「今日はどこ行く?」
「そうだなぁ……ちょうど今、映画のチケットもらったんだけど観に行くか? 早めの回なら聖奈の門限にも間に合いそうだし」
「いいね! 賛成! それって今めっちゃ流行ってるやつでしょ!? 楽しみ~!」
廊下を歩きながらはしゃぐ聖奈の肩越しに、窓に映った自分の姿が見えた。
途端に、身体の最奥から尋常でない嫌悪感が湧き上がってくる。
文武両道、眉目秀麗、光彩陸離、一呼百諾。
真岡大和は誰もが羨む学校一の人気者。
でも、俺はそんな自分が嫌いで仕方ない。
本当の自分を殺し、姉を見捨てた平穏へと惨めにしがみつく男を憎悪している。
だから、きっと……いつかまた、俺は白河真白を求めることになるだろう。




